三年生

37.三年生

 四月、新しいクラスになる。そんな中でも、蓮也と遥香の朝は特に変わりなく送られる。


「おはようございます」

「おはよう。あれ、髪切った?」

「気づきますか……ふふっ、少しだけ切りましたよ、誤差程度ですが。気づくと思いませんでしたよ」

「確かに……まあ、気づけてよかったよ」

「嬉しいものですね〜」


 上機嫌に遥香は朝食の準備を進める。蓮也もそれを手伝おうと遥香の隣に立つが、遥香はにこにこと微笑みを向けるだけで何も指示をしてこなかったので、とりあえず食器を準備する。


「こら。何勝手に準備してるんですか」

「駄目だったか。ごめん」

「あ、いえ。のんびりしていてよかったのに、ということです」

「ああ、そういうことか。まあ、そういうことならゆっくり待ってるよ」

「ふふっ、そうしてください」


 鼻歌交じりにせっせと準備を進めていく。二人とも朝に米やパンのこだわりは無いので交互にするので、今日はパンの日のはずだ。


「フレンチトーストですよ」

「美味いやつだ」

「ふふっ、逆に蓮也くんが不味いなんて言う料理を見てみたいですよ」


 確かに、遥香の料理はどれも美味しいものばかりなので言ったことは無い。が、一応蓮也にも嫌いな食べ物くらいはある。好物を伝えた訳では無いが、何故か食卓に好物しか出てこないだけだ。


「作ろうと思えば蓮也くんが不味いっていう料理も作れますよ。多分」

「やめてほしい。俺の日々の一つを楽しみを奪おうとしないでくれ」

「冗談です。はい、できましたよ」

「サンキュー。ほんと、いつもありがとな」

「いえいえ。好きでやってるので」

「そっか」


 思えば、蓮也が「好きでやってるので」というような台詞を何度聞いたかわからない。この一年間での大きな進歩だろう。


「いただきます」

「召し上がれ」

「うん、美味い」

「ふふっ、蓮也くんは美味しそうに食べてくれますよね。嬉しいです」

「そりゃ、美味いもん食べるときはそうなるだろ」

「そういうところは変わりませんね」

「むしろ、俺って変わったか?」

「……そうですね」


 遥香が少し真剣な表情になったので、もしや知らぬ間に蓮也が変わっていて、遥香に不快な思いさせていたのかもしれないと焦ったが、遥香の表情が変わったのはほんの一瞬ですぐに笑顔に戻った。


「私に甘えてくれるようにはなりましたよね。あと、照れてる蓮也くんを見れる機会が減ってしまったのは少し残念です」

「……焦った」

「はい?ㅤもしかして、嫌われたとか思いましたか?」

「ちょっと思ったぞ」

「ふふっ、私が蓮也くんを嫌いになるなんて有り得ませんよ」

「……あーほんとに!」


 なんだか気恥ずかしくなって、顔を背ける。頭を撫で回して誤魔化すことが多かったため、こうして手がギリギリ届かないような位置だと照れ隠しがこうなってしまう。


「のんびりするのもいいですが、早く新しいクラスも知りたいです」

「まあ、そうだな。今日は早めに行くか」

「そうしましょう」


 そう決まってからは、意外と早く準備が終わった。






「結城……結城……ありませんね」

「まず自分の名前を探してくれ」


 学校に着くなり、遥香は蓮也の名前を探し始める。そうなると、蓮也は遥香の名前を探すことになる。


「あ、あったぞ」

「私もありました……ふふっ、同じクラスになりましたね」

「翔斗たちは……」

「別みたいですね。しかも、二人ともバラバラみたいです」

「……なんか残念だな」


 今永(遥香から聞いた話では雄斗というらしい)や蒼弥も他クラスということで、知り合いはほとんどいない。


「南さんは同じクラスみたいですね」

「南?」

「……前のクラスの委員長ですよ。南 彼方さん」

「そうだったのか。全然知らなかった」

「さすがに覚えてください……」


 単純に蓮也は人の名前を覚えるのが苦手だ。自己紹介したのが一度や二度ならほとんどの人を覚えることができない。


「私がどうかした?」


 いつの間にか後ろに立っていた、例の南彼方に尋ねられる。


「……ごめん、南さん。さっきまで名前を知らなかった」

「ああ、そんなこと。いいよ、多分私の名前なんて覚えてる人も少ないから」

「委員長ってみんな呼んでますもんね」

「そうそう。今年は委員長やるかも知らないし、覚えてもらわないといけないかもだけど。今年もよろしくね、二人とも」

「はい。よろしくお願いします」

「よろしく」


 あまり話をすることもなかったが、優しい奴だった。


「聖母みたいな子ですね」

「それお前が言うか?」

「私は、その……彼女ですから。ね?」


 彼女、という言葉が恥ずかしいのか、顔を赤くしてそんなことを言う。


「い、行くぞ」

「はい!」


 二人揃って無駄に緊張してしまって、変な距離感になってしまった。






 蓮也が覚えていないだけかと思っていたが、実際クラスに知り合いはそこまでいなかった。蓮也と遥香が付き合っていることは前のクラスメイトしか知らないようで、男子たちは遥香がいることを騒いでいた。


「いいの?ㅤ月宮さんほっといて」


 たまたま隣の席になっていた彼方がそんなことを尋ねてくる。このクラスでは数少ない、蓮也と遥香の関係を知っている人だ。


「そのうち相手にされてないことに気づく……はずなんだけどな」

「月宮さんの人気はそんな程度じゃないと思うんだけど……まあ、結城くんがそういうならそういうことでいいのかな」


 遥香も、見覚えのある愛想笑いを浮かべているので心配はなさそうだ。なにかあれば蓮也の元へ来るだろう。

 と、思っていると、遥香の居る方向、右の方から紙切れが飛んでくる。


「いって」

「今、月宮さんだよね?ㅤ投げてきたのって」

「えっと……馬鹿……?」


 紙には『蓮也くんの馬鹿』と書かれていた。正直、蓮也は唐突に馬鹿と言われてどうすればいいのかもわからない。単に罵倒されてショックを受けることしか出来ない。

 すると、今度は紙飛行機が飛んできた。


「……今度はなんだ……」


『違います。馬鹿じゃないです。ごめんなさい』と書かれた紙だった。ふと遥香の方を見ると、女子に囲まれた遥香が蓮也の方を指さしていた。


「いや、なに?」

「彼氏は居るのかと聞かれたので。蓮也くんを見たらなにやら南さんと仲良く話していたので腹が立ちました」

「仲良くって……」


 決してそんなつもりがあった訳では無いのだが、そんなことで遥香が怒っているのが可愛くて少し笑ってしまった。


「何笑ってるんですか」

「いや、可愛いなと思って」

「なっ!ㅤ怒りますよ!」

「あはは、ごめんって」


 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに机に顔を埋める遥香もまた可愛いのだった。






「新しいクラス、馴染めてるみたいでよかった」

「馴染めてるんですかね……?」

「馴染めてるだろ」


 蓮也は今年はしっかり勉強しないといけないのでそうも言ってられないが、余裕のある遥香はそういう友好関係も大事にしてほしいのだ。


「馴染めてるのかは分かりませんが、でも……」

「ん?」

「私の隣は空けてますから、いつでも来てくださいね?」

「……はいはい」


 蓮也は照れているのがバレないように、遥香の頭を撫で回すのだった。

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