38.とある休日

 かれこれ新学期が始まって一ヶ月が過ぎた、日曜日

 とはいえ、蓮也はあまり浮かれている暇もないので息抜きを挟みつつ勉強をする。遥香も常に蓮也の部屋にいるのではなく、食事やその他の用事があるときだけ来るようになっていた。


「ふぅ……」


 やはり、今更遥香の学力に追いつこうなんて無謀な話だったのかもしれない。諦めるつもりはないが、なかなか無理があった。


「……これ、無理かもな」


 弱音を吐いてしまって、いけないと蓮也は自身の頬を叩いて気合いを入れ直す。遥香の為、というよりは自分の為である。

 そうしてまた集中状態に入り、蓮也は勉強を続ける。すると、インターホンが鳴らされる。


「ん……?」


 遥香には鍵を渡しているし、入る時は勝手に入ってくれて構わないと伝えている。実際、朝は渡した鍵で勝手に入っている。

 となると遥香以外の誰か、ということになる。しかし、蓮也の交友関係はそれほど広くもないうえ、今が昼前ということを踏まえれば、おそらく翔斗か悠月だろうという予想がついた。


「はいはーい……」

「よっ。あれ、月宮いねーの?」

「いないけど……なんで委員長?」


 扉の前に立っていたのは、案の定翔斗と悠月、そして彼方だった。


「月宮さんから、結城くんはずっと勉強してるって聞いたから、差し入れ持ってきたよ」

「そりゃ助かるけど……やるべきことやってるだけだぞ?」

「それができるのは偉いことだよ。休日も頑張って」

「高三に休日とか関係あるのか……?」


 と、言いつつも蓮也も適度に息抜きはしている。それこそ、遥香の頭を何も考えずに撫で続ける時間を取ってもらったりもしている。恥ずかしいので言いたくはない。


「まあ、せっかく来たんならあがってってくれ。なんかできるかはわかんないけど……」

「あ、あたし遥香にもちょっと用事あるから後で行く」

「あれ?ㅤ月宮さんの家この近くなんだ?」

「あ、ああ。そうなんだよ」

「遥香んち、ここだよ」

「おい天宮!?」

「いいじゃん別に」

「いや、いいんだけどな?ㅤいいんだけど……」


 それから、悠月に良くも悪くも嘘偽りなくすべてを話されたので、蓮也がどんな生活を送っているのかが全てバレてしまった。


「あ、あはは。まあ、これも遥香が好きでやってる事だから……な?」

「……甘えすぎじゃないの?ㅤ将来的に大丈夫?」

「大丈夫だと信じたい……」


 確かに、もう既に遥香がいないとまともに日常生活を送ることすらままならないだろう。言われて、改めて将来への不安が芽生えてしまった。


「あれ、遥香にずっとお世話してもらうんじゃないの?」

「そのつもり……だったらおかしいけど、そのつもりです。はい……」

「うん、知ってる」


 悠月は隣にある遥香の部屋のインターホンを鳴らしている。今遥香と顔を合わせてしまうのは少し恥ずかしいので、蓮也は翔斗と彼方も一緒に部屋へと戻る。


「さて、と……どうする?ㅤ一緒に勉強するか?」

「嫌だ。なんで親友の家にまで来て勉強せにゃいけねぇんだよ」

「翔斗はもうちょっとでいいから勉強してくれ」

「あ、あはは〜するって。多分。おう……」


 不安しかない返事をされてしまい、蓮也は呆れることしかできなかった。

 とりあえず飲み物と、適当な菓子類を出す。遥香も「後で行く」と言っていたのですぐに来るだろう。と、思っていたところに遥香がやってきた。


「……いや、どうした?」

「蓮也くんが浮気しようとしてるなんてありえない嘘に騙されてほいほい釣られてしまいました……悠月ちゃんなんて嫌いです」

「マジか。ごめんって」

「……許します」


 どうやら悠月がとんでもない法螺を吹いたらしく、遥香は若干涙目になりながら悠月と一緒に部屋へ来ていた。なので、抱きしめて頭をぽんぽんと撫でる。


「俺がそんなことすると思うか?」

「思いません!」

「ん、だろ」

「うぅ……やっぱり悠月ちゃんなんて嫌いです……」

「今結城に抱きしめられてるのは誰のおかげ?」

「……ごめんなさい、許します」

「よろしい」

「えっ、なんか月宮さん可愛い……」

「委員長が相手でも遥香は譲らないからな」

「……なんか、結城くんって月宮さんのことになるとキャラ変わるよね」

「そうか?」


 そんなつもりは全くなかったので、少し気になってしまった。確かに蓮也は、遥香のことは大切だと思っているし、二人きりのときは多少他には見せられないような事もしてるかもしれない。


「それな。結城は過保護すぎるんだよ。まあ、どっちもどっちだけど」

「俺らに対する対応と明らかに違うもんな、二人とも」

「ち、ちょっと。いつの間にか私にも飛び火が来てるんですけど……」

「月宮さんに関してはなんか、結城くんにべったりだから最近は違和感なくなったかな」

「い、委員長まで……」

「俺はそういうとこも好きだから」

「……っ!」


 なぜかぽこぽこと可愛らしい力で殴られた。が、それほど力をこめていないからか、はたまた蓮也がまだ抱きしめているからかはわからないが痛くはない。


「……なにこれ」

「あー、南もまた同じクラスなら慣れた方がいいよ。そろそろこいつら学校でもやりかねない」

「つか、既に俺らがいること忘れてるよな〜」


 背後からの視線が痛かったが、気にしないことにして遥香に殴られることにした。






「……ところで、みんな集まってどうしたんですか?」


 しばらくして、まだ若干顔が上気している遥香は、平然を装いつつ要件を伺いだした。


「私は二人に差し入れ。天宮さんたちに二人とも結城くんの家にいるって聞いてたから」

「プリン……ですか」

「糖分、必要になるでしょ」

「まあ確かに。けど、いいのか?」

「頑張るクラスメイトを応援するのは、委員長の仕事ですから」

「……おお、かっこいいですね」

「全くわからない」


 遥香は謎の委員長魂に感心しているが、蓮也には全く理解できなかった。それに、彼方は既に委員長ではない。


「しかし、お礼はしたいです。蓮也くん、なにかありませんか?」

「昼飯」

「簡潔でいいですね、賛成です」

「……ごめん、あたし結城に翔斗押しつけに来たのと遥香にちょっかい出しに来ただけだし帰るわ」

「……蓮也くんに抱きしめられるきっかけをくれたので悠月ちゃんもどうぞ」

「俺は?」

「勉強するなら遥香に頼め」

「しますっ!」

「わかりました。賑やかなお昼になりますね」


 楽しそうにあれやこれやと呟いている遥香を見ていると、蓮也も微笑ましくなる。この一ヶ月くらいは勉強漬けだった蓮也にとってもいい息抜きになっているので、正直ありがたい。


「月宮さんの手料理か〜楽しみだな〜」

「あ、そっか。委員長は初めてなんだよね。やめといた方がいいかもよ?」

「そうだなーやめといた方がいいかもな、蓮也?」

「えっ、どういうこと……?」

「やめといた方がいいと思うぞ」

「ちょっと三人とも、酷いですよ」

「間違ってないぞ。委員長が俺みたいになられても困る」

「なんか怖い……どういうことなの……?」


 一年前を思い出す。初めて遥香の、タッパーに詰められたオムライスを食べたときの事だ。あのときはまさか毎日食べることになるとはさすがに思っていなかったが、それでも遥香の晩御飯を作る提案に抗えなかった。


「なにがいいですか」

「「「オムライス」」」

「ふふっ、一致ですね。委員ちょ……南さんも大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。あと、委員長でいいから」

「わかりました。蓮也くん、手伝ってもらえますか?」

「おう」


 準備をするのが大変なのかと思って蓮也も台所に立つが、特に何も指示をされるわけじゃなかった。ただぼーっと立っていると、口にスプーンを突っ込まれる。チキンライスだ。


「美味い。いや、美味いけど、なに?」

「味見は私もしましたよ」

「おう」

「……もう、馬鹿」

「えぇ……」


 なにがなんだかよくわからなかった。が、遥香が若干赤面していること、スプーンは遥香の持っている一つしかなかったことなんかで、だいたいの状況は掴めた。なんとなく、ものすごく恥ずかしくなる。どうやら、覚悟を決めてするキスよりも不意打ちの間接キスの方が恥ずかしいらしい。


「遥香、ごめんもう一口」

「はい。構いませんよ」


 遥香からスプーンを受け取り、チキンライスをすくいとる。火傷してはいけないと思い、ふーふーと冷ましてから、遥香の口にチキンライスごとスプーンを入れる。というか、突っ込む。


「ん、んーっ!?」

「仕返し」

「ひ、酷いですよ!?」

「嫌か?」

「わかりきったことを聞かないでください!ㅤ嫌じゃないです!」


 当然、蓮也も嫌なわけじゃなかった。


「……あの二人って、いつもああなの?」

「最近はあんな感じだよな〜」

「ん、糖分甘いものいらない感じだよね」


 それから遥香のオムライスを食べた彼方が通いたいなんて言っていたが、丁寧にお断りした。

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