19.体育大会、当日

 蓮也の気絶から数日、体育大会当日となった。二人三脚は午後の競技だ。それ以上に楽しみなのは、今日は遥香がわざわざ弁当を作ってくれたことだ。普段は食堂や購買で買ったものを取るが、今日は食堂の利用が少し制限されるので準備してくれた。


「いつもより少しご機嫌ですね?」

「昼が楽しみ」

「ふふっ、それはよかったです。今日は頑張りましょうね」

「おう」


 とは言っても出場種目は男子全員参加の騎馬戦と綱引き、クラス全員参加のリレー、そして個人種目の二人三脚となっている。ちなみに種目としてリレーと名のつくものは3つほどある。次は早速綱引きとなっている。


「頑張ってくださいね」

「おう。出来る限りはやってくる」

「はい。応援してます」


 応援されても、蓮也ひとりでは綱引きの結果なんて変わるわけもないのだが、それでも遥香に応援されるとやる気は出る。

 そうして準備が整い、全員が綱を持つ。


「がんばってー!」


 遥香の声が聞こえてくる。そして、その声に反応したのは蓮也だけではなく、クラスの男子のほとんどがざわめいていた。確かに蓮也くんという言葉は入ってないので、そう取っても文句はないし、それでやる気が出てくれるならむしろありがたい。

 開始の合図と共に蓮也たちの方に綱はどんどん引っ張られ、5秒足らずで終了の合図が鳴る。一応2回戦まではやるのがルールとなっているので2回戦が始まるが、結果は同じである。むしろさっきよりも早い。

 チームのテントへ戻ると、遥香がペットボトルとタオルを持ってきてくれた。男子の視線は相変わらず痛い。


「お疲れ様です」

「びっくりするほど疲れてないな」

「すごい勢いでしたね……次からは蓮也くん頑張れと言った方がいいでしょうか」

「やめてくれ。後が怖い」


 蓮也としてはその方が嬉しいが、それ以上に男子から後でどんな扱いを受けるかがわからない。だから、とりあえず蓮也への声援ではなく、あくまでクラス全体への声援ということにしてもらう。


「あ、徒競走ですね。出るはずの人が休んでしまってるので、私が出ます」

「そうなのか。頑張ってこい」

「はい」


 そう言いながら、遥香は髪を結ぶ。髪を結んだ遥香は新鮮で、またそれも可愛くて直視できない。


「どうしました?」

「いや、別に」

「……あー、蓮也くんは初めてですよね。私のポニテ見るのって」

「そうだな。いいと思う」

「そ、そうですか。普段からこうしていましょうか?」

「それは……」


 迷いどころである。普段の遥香ももちろん可愛いので、それが見られなくなるのは非常に残念だが、ポニーテールの遥香も捨て難い。なんてことを考えていると、遥香がクスクスと笑い出す。


「なんだよ」

「いえ、まさかそんなに真剣に考えてくれるとは思ってなかったので」

「お前が聞いたんだろ」

「そうですけど。あ、そろそろ行きますね。戻ってくるまでに考えててください」

「結局考えさせるのか」

「ふふっ」


 楽しそうに遥香は競技の集合場所に向かっていく。それを後ろから見ていた翔斗と悠月は愉快なものでも見るようににやにやと近付いてきた。


「どっちにすんの?」

「うっせ。関係ないだろ」

「あるって。男子たちが大騒ぎしなきゃなんねーだろ」

「お前は天宮がいるからいいだろ」

「単純に気になるんだよ」

「こいつら…」


 蓮也がわりと真剣に悩んでることなんて露知らず、翔斗と悠月はどんどん踏み込んでくる。


「あ、遥香の番、遥香の番だから」

「彼女の勇姿は見てやんなきゃだもんね?」

「彼女じゃない」

「いいじゃん。どうせ付き合えるんだし」

「何を根拠に……」

「そりゃお前、月宮も……んーっ!」

「あんたまた気絶させられたいの?」

「んぐんっ!ㅤぐうっ!」

「やめとけ。今度こそ手に負えなくなるぞ」

「……ちっ」


 悠月の心の底からの舌打ちを聞いてから解放された翔斗は涙目で震えている。翔斗が言いかけたことが少し気になったが、悠月がここまで怒るくらいの禁句なら詮索するのはやめておこう。


「いやはっや。えっなにあの子。めちゃくちゃ速いじゃん」

「余裕だな。さすがだ」

「嬉しそうだね結城」

「当たり前……いや、その。遥香が頑張ってくれたら俺も楽できるから」

「うわ下手かよ誤魔化し方。素直になれよ、月宮がトップ走ってて嬉しかったんだろ?」

「……悪いかよ」

「いーや? いいと思うぜ?」

「あ、戻ってくるよ」


 悠月の言った通り、遥香が走り終えてすぐに戻ってきたので、遥香の飲み物とタオルを持っていく。


「お疲れ」

「ありがとうございます。それで、どっちがいいですか?」

「俺はいつも通りの遥香がいいかな」


 わりと真剣に考えてみて、蓮也の中ではいつもの方が接しやすいという結論にたどり着いた。


「ふふっ、わかりましたよ」

「えっ、なにこの会話……夫婦?」

「じゃない」

「夫婦なんて……早いですよ悠月ちゃん」

「おい、将来そうなるみたいだろ」

「あ、そ、そうですね!ㅤ違いますよ悠月ちゃん!」

「……はぁ、まだまだ先は長そうだね。んじゃ、あたしもあたしの競技あるから」

「頑張ってくださいね」

「ん。じゃーね」


 そう言って悠月は集合場所に行って、翔斗は競技が一番見やすい位置に移動して行った。なんだかんだで本気で悠月のことを好きなことがこの行動から伝わってくる。

 それから午前の競技を終えて、昼食の時間となった。


「蓮也くん、はい。お弁当です」

「サンキュー」

「悠月ちゃんたち、遅いですね」

「だな……まあ、先に食べといてもいいんじゃないか?」

「そうですね」


 昼食は蓮也と遥香、そして翔斗も悠月の4人で取る事にした。のだが、2人がいない。すぐに来るだろうと思って、とりあえず2人で先に食べ始めることにした。


「「いただきます」」

「あ、美味い」

「冷めても美味しく食べられるものにしてますから。ところで、視線が痛いんですけど……」

「まあそりゃ、こんな状況ならな……」


 遥香と一緒に遥香お手製の弁当を食べているのだ。状況としてはかなり不思議な状況だし、そもそも蓮也としては当たり前の日常でも、他からすれば遥香の手料理は1度は食べてみたい代物のような扱いなのだろう。少しだけだが優越感がある。


「あ、口元にご飯ついてますよ。珍しいですね」

「あ、ごめん……って、ん?」

「はい?」


 遥香は蓮也の口元についた米を箸でとって、そのまま口の前にその箸を制止させている。これは食べろということだろうか。


「早くしてくれませんか?」

「……わざとか?」

「何がですか?」

「……いやもういい。食べる。食べるよ」

「はぁ。そうしてください」


 恥ずかしさに身を焦がしながらも、蓮也は遥香の差し出している箸に口をつける。そして、口をつけた瞬間に遥香も自分がやっていることに気がついたのか箸を勢いよく引っ込める。


「いって……」

「ご、ごめんなさい! いろいろと……」

「いやいいよ。なんかもう、遥香の天然にはもう慣れてきたから」

「天然とか言わないでください」

「ごめん。でもこれは遥香も悪いからな?」

「わかってます。わかってるんです……」


 しょんぼりとした顔を見るに、本気で反省もしているし自覚もあるのだろう。そして、自分の箸を見つめて顔を真っ赤にする。


「割り箸、貰ってこようか?」

「いい、です。蓮也くんだからセーフです」

「語弊があるからやめろ」


 周囲の、主に男子の視線が半端なく痛い。まるで矢でも刺さってるような痛みを感じるような気がしなくもない。


「待て男子諸君落ち着いてほしい。どう考えてもこれは事故だろ!?」

「知るかよ」

「その状況で何が事故だ。ふざけんな」

「禿げればいいのに」

「最後のは全くわからん。なんでだよ……」


 わらわらと男子が寄ってきて、蓮也の首を絞めたり、背中を叩いたりしてくる。もちろん、悠月がしていたような本気で気絶させる勢いではなく、軽い力でだ。

 横目で遥香を見ると、少し不服そうにしながらおかずを口に運んでいた。若干頬は赤い。


「蓮也くんの友達も増えましたね」

「お前のおかげでな」

「……複雑ですね」

「なにが……」

「ご馳走様でした。お弁当は今度返してください」


 あくまで隣人ということは隠しているので、今度という言葉を使ったのだろう。しかし、こうなってしまった以上はむしろ隣人である事を打ち明けた方が楽なのではないかとも思っていた。

 遥香は蓮也には見向きもせずに教室を出てしまったので、少しだけ虚しくなる。


「……ま、まあ、元気出せよ結城。置いてかれただけだって」

「いや、軽く凹みはしたけど別にそこまで落ち込んではないから」

「ほんとか?」

「ほんとほんと。あと首痛いからそろそろ離せ」


 それから昼食を終えて、遥香と合流した。






 午後の部3つ目の種目、それが二人三脚だ。すでに蓮也も遥香も集合場所に来ている。が、すぐに自分たちがおかしい事に気付く。


「……この雰囲気、すごく辛いです」

「同感だ……」


 周囲を見渡せば、ペアで組んでいるのは女子同士か男子同士、もしくは際限なくイチャついているカップルだ。蓮也たちも傍からみれば、そのカップルたちと同種に見えるだろう。


「帰りたい……」

「同感……」

「いえ、大丈夫です。私たちは恋人でもありませんし。ただの隣人で、友人ですから」

「そうだな。深く考えるのはやめよう」

「そうしましょう」


 考えることを放棄して、蓮也と遥香は足に紐を巻き付ける。というより、実行委員に巻き付けられる。青のバッジを付けている実行委員は確か2年生だ。


「カップルで参加とか、うらやまだな〜」

「カップルじゃないです!」

「えっ? うそっ! この中で一番お似合いだったから、てっきりそうかと……」

「俺が遥香と対等に見えるならおかしいぞ」

「蓮也くん、それは駄目です。私も蓮也くんも対等ですよ。当然じゃないですか」

「そっか。じゃあそういう事でいい」

「今すごくイラッときました」

「ごめんって」

「……ほんとに付き合ってない?」

「これで付き合ってるように見えるのか?」

「むしろ付き合ってるようにしか見えないよ。そろそろ始まるから僕はもう行くね」


 そう言って名も知らない実行委員の生徒は実行委員用のテントへと戻って行った。蓮也としては、遥香のことを知らない生徒、それも同級生がいることが驚きだった。


「始まりますよ」

「おう」


 スタートの音と共に一斉に全てのペアが走り出す。蓮也たちは遅くも早くもない位置にいた。が、トップを走っていたペアの転倒に続いて、他のペアもどんどんと倒れていく。


「えっ……」

「まずい、トップだ」

「というか、圧倒的ですね」

「こうして喋ってる余裕すらあるからな」


 ゴールテープを切る。2人でなんの合図もなく同時に足を止め、後ろを振り返ってみる。トラックの4分の3くらいの位置に先頭だったペアがいた。

 実行委員長の実況が蓮也たちの順位を大きく叫ぶ。心做しか、他の競技よりも声が大きい。


『トップを独走したおふたりですが、ご関係はやはり恋人ですか?』

「あ、違います。ただの友達です」

『えっ、うそぉ……まさかのあれだけ息ぴったりの走りを見せてくれた2人は友達とのことです! 2人の恋路はこれからといったところでしょうか!? はい、拍手!』

「……元気だな」

「2人の恋路はこれかららしいですよ」

「よくそんな台詞言えるよな」

「ふふっ、面白いからいいんじゃないですか?」


 さっき紐を巻き付けた実行委員が紐を解きに来る。解いた後、彼は親指を蓮也に立てたが、その真意は全くわからなかった。






 残る蓮也の出場競技は騎馬戦だけとなった。ちなみに、遥香は全ての競技を終えてクラスのサポートを張り切ってやっていた。


「蓮也くんは馬でしたっけ」

「そうだな。さすがに上に乗れるほど小さくない」

「蓮也くんって大きいですもんね。私との差もこんなにありますし」


 遥香は、こんなにもを強調するようにぴょんぴょんと跳ねる。その様子はとてつもなく可愛らしさで、それ以上続けられるとまた蓮也は照れるはめになるので頭を撫でて制止する。


「わっ!」

「止まれ」

「と、止まりますから人前でこういうことは……その……」

「それは悪かった。ごめん」


 むしろ、人前でこの行為をすることで物理的ダメージを後に受けるのは蓮也の方だろう。

 そうこうしていると、騎馬戦の招集がかけられる。チームの翔斗と今永、そしてあまり関わりのない伊藤と合流して集合場所に向かう。


「月宮可愛いなぁ」

「おい今永、彼氏の前だぞ」

「翔斗、天宮呼んでくんぞ」

「ごめんなさい」

「えっと、月宮さんの彼氏が結城くんってことでおっけ?」

「おっけじゃない。全然なにも良くない」

「あー今はまだ違うんだよな。今は」

「……そうだったらいいけどな」

「お、蓮也の遥香ちゃん大好きが出たか」

「うっせ」


 決して認める訳では無いが、蓮也が遥香のことを大が付くほど好きなのも事実なので否定することもできない。第一、否定すると翔斗はより言及してくるだろう。

 騎馬戦開始の準備が始まったので、蓮也たちも馬を組み始める。上に乗るのは伊藤である。


「安定してるか?」

「大丈夫。それに、これでも体操を少しだけだけどやってたからね。多少バランス崩れても大丈夫だよ」

「初耳だ」

「一応、さっき八神くんと今永くんには言ったんだけどね。結城くんは月宮さんと話してたから、後でもいいかなって」

「そっか。まあ、ありがとう」

「いえいえ。僕もやれる限りは頑張ってみるから」


 インドア派の伊藤だが、やる気は十分である。蓮也は遥香の方を、翔斗は悠月の方を見て闘志を燃やす。蓮也も燃えるタイプではないが、遥香が見ているとなれば話は別である。そして、なんだかんだで友人想いの今永は、蓮也に華を持たせるために意気込んでいた。

 開始の合図が鳴る。動き出す騎もあれば、様子を窺っている騎もある。蓮也たちの騎は前者だ。


「っし、いくぞ!」

「気合い入ってるな翔斗も」

「当たり前だろ。せっかく悠月にいいとこ見せれんだからな」

「あー……」


 蓮也の思い返す限り、確かに翔斗は悠月に世話を焼かれてばかりだろう。それでも傍に居るのだから、そんなに無理をしてかっこつける必要も感じない。しかし、翔斗にとっては大事なことなのだろう。

 そんな翔斗の奮闘もあり、なにより伊藤の猛攻撃によって相手の騎はみるみる数を減らしていく。


「なんか、すげぇな」

「小柄だし2、3人くらい取れればいいかと思ってたんだけどな」


 周囲を見れば、蓮也たちの騎はまだ数を保っているのに対して、相手の騎は残り一騎となっていた。


「ラスト、どうする?」

「僕はまだいけるから、行ってもいいと思うけど」

「よし、じゃあ行こう」


 蓮也の合図で残りの一騎と距離を詰め、一気に帽子を奪う。瞬殺だった。


「圧勝だな。お疲れ、伊藤」

「いやいや、土台の3人の方が疲れたでしょ。ありがとう」

「いやでも、ほんとびっくりしたよな。まさか伊藤があんなに攻め気で行くと思ってなかったし」

「下が安定してくれてるから、なんにも考えてなかったんだけどね」


 今回はほとんど伊藤のおかげだったにも関わらず、第一に周りを考えている。気の良い奴なのだろう。

 待機テントへ戻ると、午前同様に遥香が飲み物とタオルを持ってきてくれた。


「凄かったですね。ぱっぱって」

「ほとんど伊藤のおかげだけどな」

「それでも、蓮也くんもかっこよかったですよ」

「……そうか?」

「はい。とっても」

「そっか」


 平然を装ってはいるが、内心ものすごく嬉しい。今回の体育大会のほとんどの努力は、遥香に見てもらいたいが故のものだ。遥香にかっこいいと言われるのは今日の目的とも言えるのだ。

 体育大会の結果は蓮也たちのチームの圧勝、勝因はおそらく、というか確実に遥香の応援による男子たちの力だろう。






 実行委員たちが早くも片付けを始めている。既に下校の許可は出てはいるのだが、遥香が3人の男子に呼び出されているので、それを待っていた。

 おそらく告白とか、そういう類のものだろう。心配がないと言えば嘘にはなるが、遥香がよく知りもしない人と付き合うとも思えない。少なくとも、今は蓮也が一番だと信じたい。

 しばらくしていると、遥香は蓮也の元へ戻ってきた。が、その様子は先程までとは打って変わって、暗い雰囲気を醸し出している。


「遥香?」

「……蓮也くん。もう……」


 なにか、とんでもないことを言われてしまうような気がした。それは今までの蓮也と遥香の関係を引き裂いてしまうような、そんななにかを言われてしまうような気がした。

 そして、遥香は言葉を紡ぐ。顔を見ると、目には涙を浮かべて。


「私たち、もう関わるのをやめましょう」

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