18.体育大会、練習
二学期中間テストを乗り切り、体育大会まであと数日に迫っていた。二人三脚の練習はまだ一度もしていない。
「いいよな結城は!ㅤあの月宮さんと二人三脚とかよぉ!」
「いや知るかよ!ㅤお前ら好き勝手に選んでただろーが!」
「いや女子と二人三脚とか俺には無理だって……」
「じゃあ言うなよ……」
なんだかんだで嫉妬の目を向けてきた人間も、蓮也と仲良く話すようになっていた。今こうして話している今永という男子生徒も、少し前まで蓮也に殺意に近い何かを向けていた連中の一人である。経緯はどうあれ、蓮也にも友人と呼べる人間は増えた。
「そこそこ顔は良いし月宮さんとも仲良いし……人生勝ち組だなぁおい!」
「将来のことはおろか付き合ってすらないけどな」
「早くアタックすりゃ落とせるだろうに。もったいねぇ。今永もそう思うだろ?」
「そうなって欲しくないけど、そうだよなぁ」
「お前ら黙ってろ」
今永と、横から入ってきた翔斗と適当な雑談を繰り広げていると、話題の張本人である遥香と、遥香と話していた悠月が蓮也の傍にやってきた。
「私がどうかしましたか?」
「あーいや、蓮也だったらつきみ……んぐっ!ㅤんーっ!」
「あんたってほんと馬鹿?」
悠月が、口走ろうとした翔斗の口を押さえてそのまま首を締める。翔斗は悠月の腕の中で悶えているが、そんなことはお構い無しである。
「な、仲がいいですよね、八神くんと悠月ちゃんって。八神くん白目ですけど……」
「おい待て天宮、死ぬぞ」
「いっぺん死ねばいいんじゃない?」
「んーっ!ㅤんぐーっ!」
「あーはいはいすごいすごい。頑張れ」
「ん……ぐ……」
「や、八神くん!?」
気を失った翔斗を保健室へ連れて行かなければいけなくなった。
「いやほんっとごめん。やりすぎた」
「俺たちじゃなくて翔斗に謝ってやってくれ」
未だ翔斗は眠っている。焦って脈を確認したりしたが、とりあえず脈はあるので死んではいないだろう。
「それじゃあ、俺たちは行ってくる」
「ん?ㅤどこに?」
「二人三脚の練習。一応、本番でずっと転んでるペアがいる、なんてことにはならないようにな」
「八神くんが起きる前に帰ったりしちゃ駄目ですよ?」
「そんなことしないから。頑張ってね」
「おう」
グラウンドには大量の生徒がいた。決して大規模な体育大会とは言えないものの、独自の行事やイベントがなく、まともな行事なんて体育大会か文化祭くらいしかないからどの生徒もそこそこ気合いが入っているらしい。
そんな中、遥香が学校中で有名なので蓮也たちはグラウンドの隅で目立たないように練習をしていた。
「なかなかいい感じじゃないか?」
「普段から一緒にいるからか、息は合いますね」
「だな」
初めての練習だったが、案外既に完成していた。日常生活を共にしている成果は妙なところで現れてしまう。
「ただ、蓮也くんは私を気遣いすぎです。もう少し引っ張ってくれて構いませんよ」
「足首引っ張られるのって痛いだろ。別にトップ狙ってる訳でもないし、俺は遥香に怪我させるくらいならビリでいい」
「そ、そうですか。そうですよね、そういう人ですよね蓮也くんは……」
「どういうことだよ」
「蓮也くんはいつでも私の事を気遣ってくれて、私が出来ないことを蓮也くんは全部できます。そういう所が本当にかっこいいです」
「俺はそんな人間じゃないぞ」
「そんなことありません。きっと悠月ちゃんや八神くんに聞いても、同じように答えます」
蓮也が遥香を気遣うのは、それはただ蓮也が遥香の事を好きだからだ。なんでもない人にまで優しさを振りまけるほど、蓮也は善人でもない。
「まあ、なんでもいいか」
「あの、少し離れませんか?ㅤ心臓の音が蓮也くんにまで聞こえてそうでなんか嫌です」
「そうだな」
慣れたとは言ったものの、蓮也とて遥香とずっと密接しているのは精神的に辛い。なので一旦練習は休憩することにして、足の紐を解こうとする。が、動いた拍子に片足を固定された遥香はバランスを崩して後ろに倒れ込む。慌てて蓮也は遥香を支えようと腕を回すが、当然蓮也の足も固定しているので2人揃ってバランスが崩れる。なんとか遥香を抱き抱えた蓮也だが、そのままの勢いで蓮也は壁に頭を打ち付けて、意識を手放してしまった。
「……ん……?」
目が覚めたのは、保健室と思わしき場所だった。
「お、おは。大丈夫?」
「天宮か……」
「露骨に残念そうな声出さないでくれない? それに、遥香なら、ほら」
悠月は蓮也が寝転ぶベッドを指差す。差されたところを見ると、遥香が眠っていた。
「あんたも馬鹿だなぁ。遥香を助けようとして遥香泣かせてるし」
「泣かせた?ㅤ俺が?」
「頭打ってすぐは遥香がものすごい泣いて、他の男子たちが大騒ぎしてたよ」
「なんか申し訳ないな」
「反省しなよ? あたしも翔斗も大変だったんだからさ」
「……ごめん」
「ま、いいけどさ。時間も時間だしそろそろ帰るわ」
「翔斗は?」
「今飲み物買ってきてくれてる。あ、噂をすれば」
「蓮也、大丈夫か?」
「まあ、頭打っただけだからな。迷惑かけてごめん」
「気にすんなって」
そう言って翔斗は手に持っていたペットボトルを1本手渡して、「またな〜」と言って帰っていく。時間を見ると8時を過ぎていて、部屋に先生は見当たらなかった。
穏やかに眠る遥香をそっと撫でると、「ん……」となめまかしい声が漏れる。
「れんやくん……?」
「おはよう」
「だ、大丈夫ですか!?」
「おう。大丈夫大丈夫」
「頭は回ってますか?ㅤ歩けそうですか?ㅤ私のことわかりますか?」
「そういえばあなた誰……?」
「えっ……あ、あの……えっと……はい。蓮也くんの隣人の月宮と……」
「ごめん冗談だから。ちゃんと全部覚えてるから」
本気で悲しそうな顔をされてしまい、蓮也は慌てて冗談だと伝える。すると遥香は蓮也を睨みつけて、立ち上がって保健室から出て行った。完全にやってしまった。
「……いてぇ」
蓮也が頭を抱えつつ、保健室の鍵を返してから下駄箱へ向かうと遥香が待っていた。
「もう二度とあんな冗談はやめてください」
「……泣いてた?」
「泣いてません!」
強がってはいるが、目じりが赤く腫れている。蓮也が気を失ってすぐに泣いたと言っていたのでそのせいかもしれない。
「ほんとに悪かったと思ってる。ごめん」
「わかったならいいです。さあ、帰りましょう。荷物、持ちますよ」
「大丈夫だから」
「怪我人は甘えていればいいんです」
「それとこれとは話が違う」
「頑固ですね……私が怪我をさせてしまったのですから、相応の奉仕はしますよ」
「それならいつも晩御飯作ってもらってんのでチャラだろ」
「それは好きでやってるので。それ以前に、それも話が違いますよ」
「俺からすればそれが一番助かってるからな」
「……そう言われると弱いですね」
荷物を持つことは意外にもあっさり諦めてくれた。が、今度は蓮也の手を握りしめる。
「な、なんだよ」
「……倒れちゃったら駄目ですので。私が手を握ってたら倒れませんよね」
「いや、大丈夫だから!」
「怪我人は大人しく甘えなさい」
「はい」
珍しく強気な遥香に少し驚いて、そしてそれ以前に蓮也もこの状況は吝かでは無かったから、蓮也も手を振り払おうとはしなかった。
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