閑話

 私、月宮遥香はクラスでも人気がある方だと思います。そんな私は、学校から近いマンションに引っ越すことになりました。お父さんは嫌いではありませんが、やっと毎日聞かされる仕事の話を聞かなくてもいいと思えると少し気が楽になります。

 そんなことよりも、今日から新学期です。私にとっては付き合いがあるかもわからないマンションの隣人よりも、1年一緒にいるクラスメイトの方が大事です。






 クラスを見てみても、あまり知っている人はいなかったので、今年こそ本当の私と話してくれる人を見つけましょう。見かけだけで集まってくる人とはあまり仲良くしたくありません。

 きっとクラスの端でいる……結城蓮也くん、あとお隣の八神翔斗くんなんかは私に興味がないので仲良くできそうです。





「……結城?」


 まさか?ㅤいえ、まだ結城くんと決まったわけではありませんよ。

 チャイムを鳴らして、出てきてくれるのを待つこの瞬間が1番ドキドキします……


「……最悪だ」

「は、はい?」

「いや悪い、こっちの話」


 顔立ちは整っているのに髪を伸ばしているのには意味があるんでしょうか。切った方がかっこよさそうですが、初対面の私には関係のないことですね。

 ああ、手土産を渡さないと。


「ああ、そういうのいいよ。同級生にそういうのされる方が面倒だし」


 ……断られてしまいました。どうやら、私はこの人にすごく嫌われてるみたいです。変に知らないのに好かれるのも嫌ですが、ここまで露骨に嫌われると納得がいきません。






「あ、月宮……」

「結城くん。ちょうどいい所に」


 朝一緒に行こうとしたり、帰りに一緒に帰ろうとしたりしても無駄みたいなので、胃袋を掴む作戦です。自慢ではありませんが、料理は得意です。


 それから、部屋を掃除したりしてたくさん結城くんのためにいろんなことをしました。そうこうしていたら、結城くんが遊びに誘ってくれたり、勉強を一緒にしてくれたりしました。やっぱり結城くんは優しいです。念願の本当に話せる友達の1人目が男の人なのは想定外でしたが、そんなことは関係ありません。






「俺は、お前の支えになれてるのか?」


 部屋に戻ってくるなりそんなこと言い出すんですから、一瞬、本気でこの人は大丈夫だろうかと思いましたが、結城くんの様子が明らかにおかしかったので落ち着かせようと抱きついてみます。正直、めちゃくちゃ恥ずかしいです。

 結城くんは落ち着いたみたいで、それからお姉ちゃんと話したことを話してくれました。全く、私の中で結城くんがどれほど大きな存在か気づかないんですか?

 ……ここで終われば、私が寝不足になることもなかったんですがね。


 なんと、お姉ちゃんの陰謀によって、私は結城くんの部屋に泊まることになってしまいました。別に嫌ではないんですが、やはり男の子の部屋というのには抵抗が……とも言ってられず、そもそも私は泊められる側なので、文句は言いません。

 お姉ちゃんが蓮くんと呼んでいるのがものすごく不快でした。なぜでしょうか。

 それから私は蓮也くんのことを蓮也くんと呼び、蓮也くんも私を遥香と呼んでくれます。なぜか、蓮也くんに名前を呼ばれるだけで心が踊ります。これは病気ですね。






 優しい蓮也くんはベッドを貸してくれたのですが……


「……蓮也くんの匂いがします。とても変な気分です」


 当たり前の話ですが、蓮也くんのベッドです。当然、匂いは蓮也くんのものです。こんな状況で寝れるわけもないのですが、私がソファーで寝るなら蓮也くんは外で寝るそうなので、私がベッドで寝ないと結果的に蓮也くんは風邪を引きます。それは困るので、大人しくベッドを借りているのですが、一向に寝れる気配がありません。時計を見ると、なんと2時半。こんなに長く起きていたのは、初めてではないでしょうか。


「……暖かい」


 当たり前です。布団ですからね。むしろ暖かくない布団がある方が怖いです。布団を頭まで被ってみると、蓮也くんに包まれてる感じがして、とても変な気分になります。私はいったい何をしているのでしょうか。

 布団に包まっていたら、なぜか急に眠気が来ました。私はそのままその睡魔に身を任せて、目が覚めたら日が昇っていました。眠いです。






「蓮也くんは顔立ちが綺麗なのに、髪とか表情とかで損してる気がします」

「俺は地味でいいよ。こっちの方が落ち着く」

「私としては、もっとかっこいい蓮也くんも見てみたい気がします」


 異性をかっこいいと思ったのは蓮也くんが初めてです。顔立ちだけなら蓮也くんよりも上がいそうなものですが、なぜか他の人には全く惹かれません。蓮也くんにはそういう能力みたいなのが付いているんでしょうか。

 ですが、どうやら蓮也くんには少し苦い過去があったらしく、あえて地味でいたそうです。告白した女の子の気持ちもよくわかりますし、蓮也くんの優しさも伝わってきます。誰も悪くないんです。


「私こそ、蓮也くんの支えになれてるのか心配になってきました」

「俺はもうお前がいないとなんもできないぞ?」

「ほんとですかぁ〜?」

「ほんとほんと。そんだけ遥香には助けられてる」

「……なら、よかったです」


 私も蓮也くんを支えられていたようです。といっても、これは生活面が大きい気がしますが……まあいいです。

 そして、髪を切ると言いだすのです。理由はわかりませんが、蓮也くんの中でなにかが変わったのなら、是非私もその変わったのを見届けたいです。だから、私が蓮也くんの髪を切ります。


「遥香」

「はい?」

「今どうなってる?」

「切ってます」

「知ってる」

「不安なのはわかりますが、もう少しだけ待ってください」

「わかった」


 せっかちな人です。まだ散髪を初めて10分も経ってませんよ。

 それにしても、やっぱり蓮也くんはかっこいいです。俗に言うイケメンですよ、この人。私はこんな人の隣にいてもいいのでしょうか……? あ、そもそも隣にいる許可はもらってませんでしたね。


「……これからも、しばらく傍にいてくれると嬉しい」

「もちろん、いさせてもらいますよ?」

「なんで疑問形……いや、いいけど」


 まさかの蓮也くんから言われました。とてもドキドキします。理由はやっぱりわかりません。

 学校に行ったら、クラスの女子が騒いでいました。無性にイラッときました。あなたたちが蓮也くんの何を知ってるんですか!

 まあ、私も蓮也くんのことを何も知らなかったので言えないんですが……

 それでも、蓮也くんの隣にいる権利があるのは私だけ(のはず)です。これでも蓮也くんにとって特別のはずです。






「月宮」

「えっと、天宮さん」

「そうそう、それそれ。結城と仲良さげじゃん」


 蓮也くんの友達の彼女さんの天宮悠月さんです。可愛い人ですが、口数が少なくて怖いです。


「れん……結城くんとは付き合いが長いので」


 ここで名前で呼んでしまってはあらぬ疑いをかけられてしまうかもしれないので、苗字で呼びます。ごめんなさい蓮也くん。


「ふーん……まあいいや、どっか遊びに行こ」

「えっ?ㅤ私とですか?」

「そう。月宮いつも帰りは1人だし、バイトとかもしてなさそうだからと思って。無理?」

「いえいえ!ㅤ全然大丈夫です!」

「サンキュ。じゃ、行こ」

「はい!」


 口数は少ないですが、いい人なのは間違いなさそうです。






「こんなこと言うのもなんだけど、結城はかっこいいと思うよ」

「はい?」

「好きでしょ、結城のこと」

「……へっ!?」


 悠月ちゃんから思わぬことを言われました。私が蓮也くんを? 好きなわけない……とも言いきれません。蓮也くんに名前を呼ばれるだけで、私はドキドキします。前に病気だと思った症状とかは、俗に言う恋の病というやつなのでは?

 そう考えると辻褄が合います……


「あいつ良い奴だからさ。その上最近顔がいいとわかっちゃったわけでしょ。まあ、その様子だとまだ付き合ってないみたいだから、早くしなよ。結構女子は狙ってるみたいだよ」

「……そうですか」

「そうそう。あと、あいつの情報ならあたしか翔斗に聞けばだいたい入るから。困ったら頼って」

「わかりました」


 好き……なんですかね?






「遊びに行きたいですね」

「2人でか?」

「悠月ちゃん達も一緒でもいいですよ」


 本音を言うと2人がいいです。理由はわかりませんが2人の方がいいです。

 ですが、私と蓮也くんがカップルだと思われては蓮也くんが可哀想です。なので、悠月ちゃんたちも一緒です。






 消えた悠月ちゃんたちを探して歩き回っていたら疲れてしまい、今蓮也くんが飲み物を買いに行っています。申し訳ないのですが、あいにく私は真っ直ぐ歩きすらできません。完全に熱中症ですね。


「お、かわい子ちゃんはっけーん!」

「……はい?」

「キミだよキミィ。1人で海?」

「1人じゃないです」

「へーまあここで1人放っておく様な男はほっといてさ、俺と遊ぼーぜ?」

「嫌です。そもそも私は男と一緒なんて言ってません」


 なるほど、傍に蓮也くんがいないとこうなるんですね。厄介です。というか、蓮也くんも同じ状況になってないといいんですが。


「あ、遥香〜」

「……し、翔斗くん!」

「あー? 彼氏かぁ? やっぱ男じゃねぇか」

「彼氏だ彼氏だ。ほら散れ。しっしっ」

「ちぇ〜」


 八神くんが助けてくれました。


「悪いな〜勝手に名前で呼んで」

「いえいえ、助かりました」

「蓮也を間に合わせればよかったんだけどなぁ」

「蓮也くんは大丈夫でしょうか……」

「悠月に行かせたから大丈夫だ」


 にこにことしながら親指を立てているので大丈夫でしょう。そう信じます。

 しばらくして蓮也くんと合流できましたが、やっぱり蓮也くんも女の子に声をかけられたようです。かっこいいから仕方ないですね。






 帰りの電車内はガラガラで、遊び疲れていたので座れてラッキーでした。

 そして、疲れていたせいか、寝てしまったのですが…


「っ、あっぶな……」


 電車が揺れて、目が覚めてしまいました。ですが、なぜか蓮也くんに抱きしめられています。これは、なにかイケないことをされてしまうのでは!?大丈夫なのですか!?

 というのはただの勘違いで、蓮也くんはポールに頭をぶつけそうになった私を支えただけのようでした。勘違いも甚だしいですね。

 それからまた私は眠りについてしまうのですが……次目が覚めたら、蓮也くんの背中の上でした。


「……蓮也くん?」

「起こしたか。ごめん」

「……えっ? えっ?」


 状況がつかめません。なぜ私は蓮也くんの背中に?

 一瞬戸惑いましたが、寝ていたから起こさないように、というのはすぐに理解できました。蓮也くんの背中は暖かいです。体温は低めなそうですが、温もりを感じます。

 蓮也くんがスーパーの特売品を覚えていてくれたので、今日の献立を考えることができました。






 晩御飯を食べて、私は食器を洗っていました。いつもは蓮也くんが洗ってくれるのですが、今日はおんぶしてくれたので私がやります。そうして蓮也くんは私無しでは生きていけなくなっていきます。

 ……いえ、私なしで生きていけなくなったら、それは将来的に私以外と結婚とか出来なくなりますね。それも吝かでは……って、何を考えてるんでしょうか……

 そんなとんでもないことを考えていたら、いつの間にか食器を洗い終えてました。無意識の私さすがです。


「蓮也くん、終わりましたよ……寝てるんですか」


 ソファーで座ったまま寝ていました。寝顔はかっこいい、というよりは愛らしいですね。

 魅力的な場所を見つけてしまいました。私、これでも少女漫画なんかはよく読むんですが、膝枕は少し憧れていました。

 なので、好奇心に負けて……蓮也くんの膝に寝転んでしまいました。結構がっちりしています。蓮也くんも男の子なんですねぇ〜

 あまりにも蓮也くんの膝が心地よくて、私はそのまま眠りについてしまいました。

 それから起こされて、おやすみなさいと言って蓮也くんと別れたものの……いろんなところで寝ていたのであまり眠れませんでした。






 明日から一週間は蓮也くんに会えないらしいです。なんでも、実家に帰省するとか。私にはその予定はありませんが、蓮也くんからすれば大切な用事です。傍にいて欲しいですが、仕方ありません。

 なので、御守りを作っています。蓮也くんのミニマスコットです。自慢ではありませんが、私は裁縫だってできます。いつだって蓮也くんに私を忘れてもらわないように、頑張って作ります。

 ……本当は私自身にしようか迷ったんですが、さすがにそれは少しイタイ彼女になるので、やめておきました。


『好きでしょ、結城のこと』


 悠月ちゃんはすごいですね。あのときは私もなんなのかわかっていなかった感情を的確に当ててくれました。

 私は、結城蓮也くんが世界で、宇宙で?

 ……どっちでもいいです。そこは大事なところじゃありません。とにかく好きです。とっても好きです。スーパーウルトラ大好きです。


「……私、怖いですね」


 部屋で1人で、想い人のために想い人のマスコット作ってるんですよ?完全にやばい方向に向かってるじゃないですか。純愛ですよ純愛。きっと世の中にはこんな子はたくさんいます。

 世の中にたくさんいるかもしれませんが、蓮也くんをこんなに大好きなのは世界でただ一人、私だけです!ㅤきっと!ㅤ多分!

 今日はまだ蓮也くんはいるというのに、既に寂しくなっている自分がいます。それに、今生の別れでもないです。ですけど……


「……やっぱり、私のも作りましょう」


 ありえないとは思いますが、もしも遥香の人形が欲しいと言ってくれた時のために、作っておきましょう。言ってくれたら嬉しいですね。


 私と蓮也くんの、少し変わった隣人関係は、もう少しだけ続いてくれますか?

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