8.夏休みだから、海へ行こう

「遊びに行きたいですね」

「二人でか?」

「悠月ちゃん達も一緒でもいいですよ」


 夏休みに入って、そんなことを言い出した。遥香と悠月はいつの間にか仲良くなっていたらしく、何日かは遊びに行くらしい。


「どこ行くかによるよな〜」

「そうですね。蓮也くんの行きたいところに行きましょうか」

「いや、遥香の行きたいところにしよう。俺はどこでも楽しめるから、多分」

「……往生際が悪いですよ。たまには蓮也くんの行きたいところに行ってみたいです」

「俺は遥香が行きたいところに連れていきたい」

「……わかりました。なら、せーので言いましょう」

「わかった」

「「せーの」」

「蓮也くんのお家です!」

「……」

「……嫌いです。蓮也くんなんて嫌いです」

「いやごめん。魔が差して……じゃなくて、俺の家ならいつも居るだろ」

「だから、下手に出かけなくてもいいかなと。まったり過ごすのも悪くないんじゃありませんか?」

「つっても、どっかで翔斗も来るし、お前も天宮と遊びに行くけどな」

「その時はそのときです」


 確かに、言われてみれば蓮也と遥香は家族でも無ければ恋人でもない。別にずっと一緒にいる必要なんてないじゃないか。ただ、蓮也としては遥香とずっとそばに居たいんだが。


「でも、海とかもいいかもしれませんね。夏ですし」

「行くか?ㅤさすがに二人では恥ずかしいけど、あのカップル誘っていけばバランス取れるだろうし」

「いいですね。四人で、というのは五月以来でしょうか」

「そうだな」


 思えば、かなりの月日を過ごしてきた。と言っても半年も経ってないが、それでも蓮也と遥香の時間は濃かった気がする。


「楽しみですね、夏休み」

「まだ予定はすかすかだけどな」

「いいじゃないですか」

「ああ、予定で思い出したけど、一週間くらい実家に帰る」

「わかりました」


 さっきの蓮也の愚行は忘れたのか、それとも目をつぶってくれてるのかはわからないが、遥香の表情は穏やかな微笑みだった。


「戻ってる間に、声が聞きたくなったら電話します」

「そんなことないだろ普通」

「わかりませんよ?ㅤもしかしたら蓮也くん欠乏症になるかもしれません」

「そんな大それた病気にはならないでくれ」


 とは言ったものの、もし蓮也が遥香欠乏症になったらどうしようかと、少し頭を悩ませることになった。






「海だぁ!」

「元気なこったな……」


 約束通り、どこぞのカップルを連れて海に来た。


「いやぁまさかまた月宮が一緒とは思わなかったけどな」

「結城、ほんとなにしたの?」

「なんもしてない」

「ふーん……」

「早く着替えてこよーぜ。時間がもったいない!」

「はいはい。じゃあ、その馬鹿止めるの頑張ってね」

「了解。また後でな、月宮」

「はい」


 翔斗たちの前でうっかり遥香なんて呼んでしまえば、たちまち面倒なことになるのは間違いないだろう。だから、事前に打ち合わせてお互いに苗字で呼ぶことにした。


「なあ蓮也、月宮とどんな感じなんだよ?」

「普通。どうという関係でもない」

「ほんとかぁ?」

「ほんとだ」


 下手に言及されたくないので、早急に会話を断ち切って更衣室に向かった。






「れ、蓮也くん……その……」

「……ああ、あの馬鹿ども……」


 更衣室から出ると、翔斗たちの姿は見当たらなかった。理由は、おそらく蓮也たちを二人きりにするためだろう。これでは四人で来た意味がまるでなくなる。


「水着、似合ってる」

「今それ言いますかぁ……うぅ……」

「ごめん、悪気はなかった」

「いいですよ……ありがとうございます……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、そう答えてくれる。

 さて、まずは馬鹿2人を探すところから始めなければいけない。


「行くか……」

「探しにですか?」

「そう。泳いだりしてていいぞ」

「いえ、一緒に行きます」

「わかった」


 と、二人で探し始めたのはいいのだが、一時間ほど探しても見つかる気配がない。それに、炎天下の中ただ歩き回っているだけなので、だんだん疲労も溜まってくる。

 それは遥香も同じようで、心做しかさっきからふらついている。事実、さっきから何度か蓮也にぶつかっている。


「あぶない!」


 ふらふらと歩いている遥香に気づかず子どもが走り回っている。遥香もその子どもたちが見えてないのか、ふらふらと歩き続けていたので、抱き寄せる。


「大丈夫か?ㅤ一旦休もう。あの馬鹿たちも迷子じゃないだろうし、慌てて探さなくてもいい」

「そう……ですね。お言葉に甘えます」

「そうしろ。飲み物買ってくるから、そこのベンチで待ってろ」

「はい……」


 熱中症だろうか、明らかに弱っていた。さすがに心配なので、急いで飲み物を買いに行く。ただ、いくら急いでいても、人に声をかけられたら止まらざるを得ない。


「あの」

「……はい?」

「写真撮ってもいいですか!?」

「……はぁ? なんの?」

「あなたの!」


 すっかり忘れてしまっていた。蓮也はもう、地味で陰湿な男じゃなく、そこそこ顔立ちの整った、その辺にいる程度のイケメンにはなっていることを。

 おそらく、さっきまでは傍に遥香がいたので声をかけられなかったのだろうが、こういう輩もいるのは当たり前だ。

 そうなると、蓮也とは比べ物にならない遥香はどうなるだろう。もしかしたら、今頃大変な目に遭ってるかもしれない。そう考えたら一気に不安になる。


「はいはい、散って散って」

「天宮……お前どこに」

「そんなことはどうでもいい」

「彼女いたんですね……ごめんなさーい……釣り合ってないじゃん……」

「彼女じゃないけどね。あと釣り合ってないは余計でしょ」

「それより、早く遥香のとこに戻らないと……」

「ほほー、遥香?」

「……今それどころじゃ……」

「あっちには翔斗がいるから大丈夫だよ。同性2人だと余計リスクが上がるからそうした。で、遥香?」

「……付き合い長いと名前で呼んだりするだろ」

「するかなぁ?」


 悠月のこういうところは、本当に厄介だ。決して悪い人間では無いのだが、色恋沙汰になると翔斗よりもめんどくさい。現に、今逃げ道が無くなっている。


「素直になればいいじゃん。好きなんでしょ?ㅤ遥香のこと」


 いつの間にか悠月の呼び方も遥香になっている。どうやら、本当に仲が良くなってるらしい。


「どうなの?」

「……悪いかよ」

「ふーん……やっぱりか。まあ、あたしからのアドバイスとしては……早くしないと取られるよ?」

「……わかってる」


 今でこそ遥香は蓮也とばかりいるが、それでも遥香は人気者なんだ。いつ、どこの誰が遥香に言い寄ってくるのかもわからない。男が近寄ってこないのは、手が届かないと思っているからなのか、はたまた最近蓮也がずっと近くにいるからかはわからない。それでも、このままだといつかは取られてしまうだろう。


「まあ、野暮なことはしないし、言わないけど。でも、頑張りなよ」

「おう」


 いつまでもうじうじしてる暇は、どうやらないみたいだ。






「蓮也くん!」

「結城な……いやまあいいかもう」

「戻ってくるのが遅くて心配しましたよ。何かありましたか?」

「女の子に絡まれた」

「えっ……」


 嘘偽りなく(悠月との会話の内容は伏せて)あったことを伝えてみると、遥香は不服そうにため息をついた。


「蓮也くん」

「はい」

「自分がかっこいいことを少しは自覚してください」

「いやいや、それをい……」

「返事は?」

「はい」

「よろしい」

「……なんつーか、付け入る隙もねぇな。てか、月宮もナンパされてたろ」

「……おい」


 これで蓮也だけが責められたのでは納得がいかない。それに、そもそも蓮也と遥香でどっちが異性の気を引くかなんて、明らかな話だ。


「私はいいんです。慣れてるので」

「のわりには、狼狽えてたよな」

「八神くん?」

「あのな、遥香。お前こそ自分のルックスを理解するべきだ」

「知りません」

「可愛いって言ったらわかるか?」

「世間の可愛いなんて知りません」

「世間の可愛いって、なぁ……」


 お前が可愛いから人がこっちを見てるんだ、と思いはしたが口には出さないでおく。そんなことをすれば翔斗たちに蓮也がからかわれることは目に見えている話だ、と思っていたのだが。


「……蓮也くんはどう思いますか?」

「は?」

「蓮也くんは、私が可愛いとおもいますか?」

「……可愛いと思います」

「そうですか」


 次第に、お互いの顔が赤くなる。改めてそういうことを伝えるのは、なんでか恥ずかしい。


「お、泳ぎませんか!?」

「そ、そうだな! 海だしな!」

「……露骨に話変えるし」

「まあいいんじゃねーの?」

「まあいっか」


 そんなこんなで日が暮れるまで蓮也たちは遊んだ。

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