7.蓮也くんはかっこいいです

 橘花は結局翌日帰り、遥香はいつも通り蓮也の家に来ていた。期末テストまで二週間をきったがのんびりしてるあたり、二人ともテストへの余裕が窺える。


「今日はどうしましょうか」

「野菜炒めが食べたい」

「わかりました」


 高校生の男女の会話とは思えない会話だが、蓮也たちにとっては当たり前の会話になりつつある。ちなみに、遥香はもはや毎日蓮也の部屋に来ている。遥香曰く、一緒に食べた方が美味しいそうだ。もちろん、蓮也としても毎日遥香の料理が食べられるのは嬉しい限りである。


「まだ早いから大丈夫だぞ」

「はい。今日は蓮也くんと居たいので早く来ただけですよ」

「お、おう……」


 橘花が来た日から、遥香が蓮也と居たがる時間が増えたような気がする。少なくとも、出会ったころよりは増えてるだろう。

 そんなことを考えながら遥香に目を向けると、蓮也の事をじっと見ていた。


「どうした?」

「蓮也くんは顔立ちが綺麗なのに、髪とか表情とかで損してる気がします」

「俺は地味でいいよ。こっちの方が落ち着く」

「私としては、もっとかっこいい蓮也くんも見てみたい気がします」

「うっ……」


 そう言われてしまうと弱い。別に、決して遥香にかっこいいと言われたいわけではないが、遥香に何かをしたいとか言われてしまうと、叶えてやりたくなる。決して遥香にかっこいい自分を見て欲しい訳では無い。


「なんでそんなに地味であることにこだわりを?」

「ちょっといろいろあってさ」


 遥香に比べれば全くもってなんでもない、些細なことだが、容姿で少しトラブルがあったのだ。


「いろいろ、ですか」

「話した方がいいか? 隠すほどの事でもないし」

「いえ、別に……気にならないこともありませんけど」

「いいよ別に。まあ、これでそれなりに顔は整ってるんだよ、俺って」

「知ってますが、自分で言いますか」

「まあ、そこは置いといてくれ。で、中学二年の最後にさ、女の子が告白してくれたんだ。全く話したこともなかったけど、クラスの人気者の子だったよ」


 遥香とは違って活発な方だったが、その子もクラスではいつも中心になっているような子だった記憶がある。周りにはいつも人がいた。


「全く知らないからふったんだよ。それじゃあその子、自信あったみたいでさ。なんで、なんでってすごい泣き出して、まあそんなこんなで俺はこうなったわけ。学校での立場とかもややこしくなって、今こっちにいるんだよ」

「……そんなことがあったんですね」

「くだらない理由だろ?」

「そうですかね。要するに、もう誰も傷つけたくなかったんですよね?」

「良く言えばな。ただ逃げてるだけだろ」

「そう取ることもできますか……」

「遥香がどうしても見たいなら、ちゃんとしてみる」

「どうしても、とは言いませんけど……けれど、その子が本当に蓮也くんのことが好きだったなら、蓮也くんが気に病むことはないと思いますよ」

「そうかもな……俺もよくわかってないんだよ、どうするのが正解なのか」


 蓮也がそう言うと、遥香はゆっくり微笑んで、言葉を紡ぐ。


「それでいいんじゃないんですか。蓮也くんの思う正解で」

「……そうだな。今はまだ、もう少しだけこのままでいるよ」

「わかりました」


 そこで一旦話を終わらせる。すると、遥香は蓮也に身体を預けてきた。


「やっぱり、蓮也くんはかっこいいですね」

「そんなことないって」

「顔とかじゃなくて、性格が」

「まあ、そう言ってくれると助かる」

「……こうやって身体を急に預けても、蓮也くんは怒らないんですね」

「別に、怒る理由もだろ?」

「そうですけど。蓮也くんは温かいです」

「体温低めだぞ?」

「そういうことじゃないです」


 遥香の言った温かいは、きっと心の話だろう。だけど、蓮也はそんなにも優しい人間でもないし、優れたものがあるわけでもない。


「私こそ、蓮也くんの支えになれてるのか心配になってきました」

「俺はもうお前がいないとなんもできないぞ?」

「ほんとですかぁ〜?」

「ほんとほんと。そんだけ遥香には助けられてる」

「……なら、よかったです」


 安心したように、遥香は笑みをこぼした。


「髪、切ろうかな」

「えっ?」

「切るよ、髪」

「えっと……いいんですか?ㅤ無理しなくても……」

「いいんだ。遥香だって、もう大丈夫なんだろ?」


 遥香の方が辛い過去なんだ。それを乗り越えて、今俺の隣にいる。それなら、俺もこんなちっぽけな過去くらい乗り越えよう。


「切らせてもらっていいですか、髪」

「切れるのか?」

「はい。この髪も自前ですよ」

「マジか。遥香ってほんとなんでも出来るよな……」

「なんでもは出来ませんよ。出来ないことも、たくさんあります」

「そっか。なら、遥香のできない事は俺ができるようになればいいだろ。しばらくは、それでいいんじゃないか?」

「……それは、蓮也くんがずっと傍にいてくれる、ということですか?」

「いや、だから……しばらくだって」

「冗談です。はさみを取ってきますね」

「今から切るのか?」

「早い方がいいです」


 まだ晩というには早い時間なので問題は無いのだが、やはり申し訳ない。しかし、この髪型も一応思い入れの無いわけじゃない。こうやって地味でいなかったら、翔斗や悠月、遥香にだって出会えなかったのかもしれない。だから、この髪は遥香に切ってもらおう。蓮也が今もっとも大切にできる存在の、遥香に。


「……ずっと傍に、か」


 願わくば、そうならないかと思ってしまっている自分がいて、蓮也は恥ずかしさに身を焦がした。






「……蓮也、お前イメチェンのレベル超えてね? てか月宮と一緒に来てたよな」

「おう」


 遥香に髪を切ってもらった翌日。いつも朝は学校に行くのはずらすようにしていたのだが、今日はたまたま鉢合わせてしまった。なぜか妙に遥香がそわそわしていたのは気の所為だろうか。


「あれ結城……?」

「うっそ別人じゃん!」

「噂されてんじゃん。これで一躍有名人か」

「つか、なんでそんなに高スペックなのに隠してたんだよ。もったいねー」

「いいだろ別に。いろいろあるんだよ」

「いろいろ、ねぇ〜」

「月宮とか?」

「あいつは関係ないだろ」


 関係ないはずはなかったのだが。今の蓮也があるのは、遥香のおかげだ。全面的に、関係しかない。


「まぁいいけどさ。なんで急にイメチェンしたのかとか」

「天宮は理解が良くて助かる」

「これでも空気は読めるよ。なめるな」

「おう」


 視界が一変して見えた気がした。もちろん物理的な話じゃなく、心持ちの問題だが。

 そして、蓮也は気付いてしまった。自分自身が抱く遥香への感情は、おそらく─────

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