6.お泊まり会(強制)

「……風呂、空いたけど」

「わかりました。入ります」


 どうしてこうなった。






「月宮のことなんも知らなかったんだな……」


 支えになっていると言われても、やはり心配にはなる。というか、むしろ心配しかない。

 遥香の言葉にきっと嘘はないんだろうが、それでも他人以上の仲になってしまった以上、放っておくのは嫌だった。

 と、そんなことを考えているとチャイムが鳴らされた。おそらく遥香だろう。


「どうした? 忘れ物?」

「……とても無茶なお願いをしてもいいですか?」

「おう。聞ける範囲ならな」

「泊めてください」

「……なにを? どこに? 止める?」

「私を、結城くんの家に、泊めてください」

「……なんてタチの悪い冗談を」

「本気です。マジです。懇願です」

「なんで?」

「チェーンロック掛けられてます。お姉ちゃんの差し金ですね」

「……うっそだろ」

「着替えは取れる位置に置いてあったので、確実です」

「わかった。わかったからとりあえず入れよ」

「お邪魔します……」


 橘花はどうやら、本気で勘違いしてるらしい。蓮也と遥香には友人、隣人以上の関係はないというのに。






「メッセージで来てるんだもんなぁ……」

 後でメッセージを見た時に気づいたが、『遥香を泊めてあげてね』というメッセージが入っていた。見なかった蓮也も悪いが、見たところでそもそもどうしようも無い。


「ゆ、ゆうきくーん!」

「どうした?」

「む、虫が……」

「おお……マジか」

「すぐ来て……ないでください待ってください、バスタオル巻きます」

「終わったら呼んでくれ」


 案外冷静だった。その辺をしっかりしてくれないと蓮也が困るのだ。主に理性が。


「大丈夫です」

「わかった」


 浴室に行くと、大きめの蜘蛛がいた。なるほど、確かにキモイ。

 極力遥香を視界に入れないようにしつつ、蜘蛛を仕留める。生かして逃がすほど蓮也は優しくもないし、面倒だ。


「助かりました。ありがとうございます」

「……くそ」

「はい?」


 見ないようにしてたのに、見てしまった。白くて艶のある肌も、黒くて綺麗な長い髪も、視界に入ってしまっている。まずい。バスタオルがあってもまずい。


「あ、あ、ぅ……」

「ごめん。心から謝る」

「謝る前に出ていって欲しいです……」

「ごめん」


 素直に浴室から出て、扉を閉める。蓮也の記憶から、抹消できそうもない記憶ができた。






「……あがりました」

「ドライヤーはそこ」

「……はい」

「さっきはごめんな」

「き、気にしてませんので。大丈夫です……」

「綺麗だと思いました」

「そういうの言わなくていいです!」

「ごめんなさい」


 見た以上は感想でも伝えるべきかと思ったので言ってみたのだが、余計だったらしい。今度からは気をつけようと思って、今度なんてあるのか疑問になった。


「蓮……くん?」

「ん?」

「いえ、お姉ちゃんからそう来たので。そう呼ばれてるんですか?」

「そう言えばそうだな……」

「へぇ……」


 そう言うと、遥香はなぜかむくれながら唸っている。赤くなったり、首を振ったりもしていた。

 そして、意を決したように蓮也の方を向いて座った。


「れ、蓮也くん」

「おう。どした」

「い、いえ……結城くん……」

「蓮也でも結城でも別にいい」

「……ほんとですか?」

「別に名前なんて呼ぶためにあるもんだろ。呼ばなきゃ使わないしそんなの」

「そうですか……蓮也くん」

「おう。あ、じゃあ俺もそっちで呼んだ方がいいか」

「えっ」

「は……」


 遥香、と言おうとして、なぜか妙に恥ずかしくなる。さっき蓮也自身が名前は呼ぶものなんて言ったくせに、蓮也が呼べないでどうする。


「遥香」

「はい」

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないかもしれません」

「よし寝よう。下手に二人でいるから疲れるんだ多分」

「そ、そうですね! 私はどこで寝れば?」

「ベッド」

「嫌です。そこは蓮也くんが使ってください」

「女の子ソファーで寝かすくらいなら俺は外で寝るぞ」

「大人しくベッドを借ります」


 蓮也と遥香の住むこのマンションの一室は1LDKとなっていて、リビングと洋室がある。普段は洋室のベッドで寝るのだが、今日はリビングにあるソファーで寝ることにする。ちなみに、いつも蓮也と遥香が喋っているのもこのソファーでの話だ。


「おやすみ」

「おやすみなさい……ふふっ」

「ん?」

「なんか夫婦みたいな会話してますね」

「そういうこと言うなよ。意識するだろ」

「あ、ごめんなさい。でも、いいですね」

「だな。たまにはするか? お泊まり会みたいなの」

「そ、れは……まあ、たまになら」

「マジか」


 てっきり断られると思っていたので、少し驚いてしまう。まさか了承されてしまうとは。


「それでは、また明日」

「おう」


 その夜、蓮也が寝付けなかったのは言うまでもない。






「……くっそ眠い……」

「大丈夫ですか?」


 朝ご飯を作ってくれている遥香が心配の声をかけてくる。というか、朝から遥香のご飯が食べられるのは役得だと思う。


「多分大丈夫」

「無理はしないでくださいね」

「わかってる」


 その眠気の原因は主に遥香なのだが、心配してくれているのに言うことじゃないだろう。


「目玉焼きです」

「助かる。朝からごめん」

「いえいえ。着替えてきますから、食べててください」

「おう」


 遥香の制服や荷物は昨日持ち込んだままにしてあるので、わざわざ家に帰る必要も無い。


「美味いな、やっぱり」


 遥香の作ってくれた目玉焼きはやっぱり美味で、今更ながら遥香が蓮也のベッドで寝ていたことを思い出して、蓮也は一人で勝手に照れた。

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