4.蓮也の憂鬱とプレゼント

 今日も遥香は蓮也の家に来て、晩御飯を作っていた。手際の良さには毎度の事ながら凄いと思う。そして、蓮也の感謝の気持ちは「好きでやっているだけですので」の一言で終わらされてしまう。日頃のお礼くらいはしたいものだ。


「なんか欲しいものとかないの?」

「中華鍋くらいですかね?」

「……マジか」


 まさか日頃のお礼が中華鍋……いや、駄目だろうそれは。プレゼントするならもっと女の子らしいものをプレゼントしたい。


「日頃のお礼とか考えてるんでしょうけど、本当に好きでやってるだけですから」

「いや、今回は学年一位の月宮へのご褒美でも、と思ってさ」

「ああ……」


 見透かされていることが少し悔しかったので、嘘をつく。ちなみに今回も遥香は学年一位の成績を収め、蓮也は九位といういつもよりも高いラインだった。一日とはいえ遥香と勉強したのが役にたったのかもしれない。


「なら、いつもより頑張った結城くんにこそご褒美が必要なのでは?」

「あー……」


 そう言われてしまうと言い返せない。普段から成績優秀な遥香に対して、今回蓮也は少しだけ頑張って普段よりも成績を上げている。それなら確かに蓮也がご褒美を貰う方だろう。


「……日頃のお礼がしたいです」

「素直でよろしい。ですが、本当に欲しいものなんてないので大丈夫ですよ」

「……そうか」


 言われて引き下がるわけにも行かない。友達と言える人は少ない蓮也だが、幸い女子の友達がいない訳じゃない。プレゼントの話くらいなら聞けるだろう。


「……なにか企んでますか?」

「いーや別に」






「で、あたしに頼りたいと」

「お願いします」

「中華鍋ほしいとか言ってる奴の好みとかほんと謎でしかないんですけど……」


 悠月に頼ることにした蓮也は、相手が遥香であることを伏せて聞いてみた。相談代は喫茶店のメロンソーダということで手を打ってもらった。


「女の子が貰って嬉しいものとか……」

「人によるって。あたしとかならアクセでも嬉しいけど、それ嫌がる人もいるからね」

「駄目じゃんもう」

「月宮?」

「……どうしてそう思った?」

「いや、結城が仲のいい女子とか月宮くらいしか思いつかなくて。まあ繋がりは謎なんだけど」

「相手は隣人だよ。たまに飯作ってもらってるし、そのお礼をさ」


 嘘はついてない。いや、たまにというのが嘘かもしれないが、蓮也的にはたまにだ。そういうことにしておこう。


「ふーん……まあなんでもいいけど。いくらなんでもその人の情報が少なすぎるんだよね」

「そっかぁ……まあ、だよな……」

「ごめんね、力んなってあげらんなくてさ」

「いや、こっちこそわざわざありがとう」

「ん。ジュース代は自分で払っとくよ」

「いや、相談には乗ってもらったしそれは俺が出す」

「わかった。じゃあお言葉に甘えようかな」

「そうしてくれ」


 結局収穫はないまま蓮也は家に帰った。






「にしてもなぁ……」


 遥香の好みなんて蓮也が知るはずもない。かと言って本人に聞いても適当に誤魔化されるだけなのは目に見えているので、蓮也自身で考えるしかないのだ。

 しかし、クラスの地味なやつという立ち位置であることを忘れてはいけない。蓮也と関わりのある女子なんて、遥香を除けばそれこそ悠月くらいしかいない。


「やっぱり月宮に直接教えてもらうしかないよな……」






「月宮」

「はい?」

「欲しいものとかは?」


 翌日、いつものように晩御飯を作りに来てくれた月宮に直接聞いてみることにしたが、その言葉を聞いた途端、遥香は呆れたような表現になる。


「なんですか? 見返りが欲しくてやってる訳じゃないんですけど」

「わかってる。月宮をそんな風には見てないから」

「そうですか。なら変に気を遣わないでください」

「とは言ってもなぁ……」


 毎日なにもせず晩御飯を作ってもらうのは、さすがに申し訳ないと思う。本人が好きでやってると言っている以上、蓮也には止められないし、そもそも遥香の料理はできることなら毎日食べていたいくらい美味いのだ。できることならずっと作っていて欲しい。


「……わかりました。欲しいものですね」

「おう。あ、でも中華鍋とかは……」

「大丈夫ですよ。欲しいものは、結城くんです」

「……えっ?」






「……こういうことか」


 週末、蓮也は遥香に連れられて映画館に来ていた。どうやら、今話題の感動作品を見るらしい。結城くんが欲しい、と言われて変な勘違いをしていたあの時の蓮也自身を1度ぶん殴ってやりたい。


「人が多いんですね」

「休日だからな。家族連れも多いみたいだし」

「あとはカップルも多いですね」

「……そうだな」


 遥香の言葉に、蓮也は軽く狼狽える。自覚があってか、はたまた無自覚なのか、遥香と蓮也も傍から見ればカップルに見えなくもないことに気づいてはいないらしい。


(まあ、隣がこんな冴えない奴じゃ釣り合わないけどさ)


「結城くん?」

「ああ、ごめん。なに?」

「なにか買わなくて大丈夫ですか?」

「確かに、飲み物くらいは欲しいな。ポップコーンとか食べる人?」

「いえ、映画を見たいので要らないです。飲み物は欲しいです」

「同感だ。なら、飲み物だけだな。買ってくる」

「カフェオレをお願いします」

「わかった」


 チケット代その他諸々は蓮也が出すことにした。もっとも、遥香は意地でも自分で払おうとしたが、今回は蓮也のお礼ということなので、一応代金くらいは払わせてもらってもいいだろう。

 ドリンクバー形式になっていて、遥香の分のカフェオレと、蓮也のコーラを準備する。


「結城くんは手馴れてますね……」

「翔斗たちとよく来るからな」

「そうなんですね」

「月宮は来ないんだ?」

「はい。来る目的も、人もいませんでしたから。今は結城くんが付き合ってくれるので楽しいです」

「俺でよければどこへなり連れ回してくれ」

「ふふっ、わかりました。覚悟してくださいね?」

「どんとこい」


 遥香の頼みなら、よほどの無茶がない限りは聞いてやるつもりだ。それが蓮也なりの感謝の表し方である。


「ちょっと早く来すぎたな」

「ですね。まだ案内まで時間もありますし」

「他の映画の情報でも見とくか。近いうちにまた来るかもしれないし」

「えっ? また来てくれるんですか?」

「月宮が来たいなら、いつだって付き合う」

「大事にされてますね、私」

「そりゃ、いつも世話んなってるからな」


 遥香には出会って数ヶ月にも関わらずいくつもの恩がある。それこそ返しきれるかわからないんだから、蓮也は映画くらいならいつでも行くし、その他の場所でも喜んで付き合うつもりだ。


『シアターの案内を……』

「案内、始まりましたね」

「だな、行くか」

「はい! 楽しみですね!」






「普通に感動した」

「ヒロインの女の子の一途さがカッコよすぎますね……」


 正直、恋愛や感動よりもミステリーなんかの方が好みの蓮也だが、この映画は普通に面白かったと思えた。途中から普通に見入ってしまった。


「結城くんも楽しんでくれたみたいでよかったです」

「なんか俺も普通に楽しんでしまった……月宮は楽しめた?」

「もちろん。今日は本当にありがとうございました」

「ならよかった。いつもありがとな」

「……結城くん」

「ん?」


 急に真剣な顔をして、蓮也を呼ぶ。刹那、心做しか空気が変わったような気がした。それはただの気の所為で、実際は何も変わっていない。けれど、遥香のその表現や態度はそう思わせるには十分だった。


「私には楽しく話が出来る友人も、一緒に遊んだり日々の話が出来る家族もいません。ただ一人を除いて、ですけどね」

「……それって」

「結城くんは私にとって特別なんですよ。私のたった一人の、友人です。だから、気を遣わなくてもいいんですよ」


 にっこりと笑う遥香に、不覚にもまた蓮也は顔を背ける羽目になったことを知ってか知らずか、遥香はとどめのとびきりの笑顔を蓮也に向ける。


「これからも、よろしくお願いしますね」

「……こちらこそ、よろしく……」


 その遥香の笑顔に、蓮也は照れていることがバレないように、そう答えるのだった。

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