3.中間テスト
学校はピリピリとした空気で溢れていた。というよりは、一部の人間がただただ焦っていた。
「蓮也……助けてくれ……」
「今度こそ知らん」
「おいうそだろ……?」
「天宮に泣きつくんだな」
「悠月は優秀だから邪魔したくない」
「言っておくが順位は俺の方が上だからな?」
成績トップの遥香はもちろん、蓮也と悠月も日々の復習やテスト前の勉強はしっかりする。しかし翔斗はその習慣はおろか、テスト前ですら遊び惚けているので成績は悲惨なことになっていた。
「前のときにもう見ないって言ったはずだろ」
「えっ、翔斗また勉強してないの? 馬鹿なの? 学べないの?」
いつの間にかやってきた悠月に正論で負かされている。
「あたしが見てあげるから、結城には迷惑かけない」
「助かる天宮」
「まあ一応これでも彼女だしさ、面倒は見てやんなきゃじゃん?」
「そういうもんか?」
「そういうもんなの」
彼女など居たこともない蓮也には到底わからないのだが、そういうものらしい。
「あれ……月宮?」
「こんばんは」
遥香は昨日も蓮也の晩御飯を作っている。つまり、今日は蓮也の家に来る必要はない。
「どうした?」
「勉強、一緒にしませんか?」
成績トップ生の遥香から出された提案は、蓮也の全く予想していなかった提案だった。
「えっと……とりあえず入ってくれ」
「はい」
遥香が蓮也の家を訪れるのはもう何度目かわからない。引っ越してきたばかりの遥香なら、自室と同じくらいの時間を蓮也の家で過ごしているのではないだろうか。
「なんで急に? お前なら1人で勉強してりゃ十分だろ」
「……一度友達と一緒に勉強してみたかったのですけど……そもそも、私と結城くんは友達とは言えませんね」
「いや、友達じゃないのか? 勉強したいならするけど」
「ほんとですか!?」
蓮也の言葉に遥香は目を輝かせる。よほど自分を友達と言ってくれたのが嬉しかったのか、はたまた一緒に勉強できるのが楽しみなのか。どちらにしても遥香の表情に蓮也は出会ってからもう何度目かわからないくらいの照れを見せるのだった。
「……とはいえ、だ」
「はい」
「俺そこそこは出来るし、お前に至っては学年一位だろ。そもそも2人で勉強してどうする?」
「……確かに。黙って勉強しましょうか」
「賛成」
メリットの無い話は結局雑談になってしまいそうな気がしたのでそのまま各自で勉強することにした。蓮也は時々遥香にお茶を出したりしていたが、集中して取り組めたし、遥香はお茶を飲んでいながらそのお茶が足されていることに気付かないくらい集中していた。そうして、2時間以上も時間が経っていた。
「月宮、休憩入れた方がいいぞ」
「あ、はい。もう2時間も……」
「カステラ食うか?」
「いただいても?」
「わかった」
蓮也がカステラを用意している間に、遥香は机に広げたノートや参考書をしまってくれていたらしい。
「おまたせ」
「結城くん、わからないところは?」
「一応ある」
「言ってくれれば一緒に考えるのに……」
「……ごめん」
遥香の寂しそうな、悲しそうな顔を見て本当に申し訳ない気持ちになった蓮也には、それしか言うことができない。恐らく、蓮也のノートを見たのだろう。
「カステラを食べたら一緒に考えましょう」
「隣、いいですか?」
「どうぞ」
蓮也は隣に少しスペースを開けて座り、そのスペースに遥香が座る。
「ここですよね」
「そこもだけど、ここも」
「わっ、凄い……」
蓮也の指差したその問題の周辺には、びっしりと書いた跡があった。しかし、遥香が驚いたのはそこじゃない。
「ここまで解けたんですね……私は全くわからないので、飛ばしました」
「マジか。月宮がわかんないなら無理だろ」
「まずはこっちからにしましょう。これなら私でもわかりました」
「お願いします月宮先生」
「先生……ふふっ……」
先生という語感が気に入ったのか、月宮は急に幸せそうな顔になる。
「で、では! 先生が教えてあげますね!」
そう言い、遥香はノートに近付こうとしたのか、蓮也とも距離が近付く。その髪の甘い匂いや、柔らかい肌の感触に蓮也は勢いよく離れた。
「ど、どうかしました?」
「……近い」
「……あっ」
言われて肌が触れるほど近付いていたことに気付いたようで、遥香の顔はまるでりんごのように真っ赤になる。
「すみません……」
「いや、別に……ごめん、続きやろ」
「はい」
若干距離を置きながらも遥香は続きを始める。言葉がかなりたどたどしいが、蓮也の為に説明してるのだからと集中する。
「……で、こうなるんですけど。理解出来ましたか?」
「ばっちり。助かったよ先生」
「いえいえ。結城くんさえ良ければいつでも先生をやりますから」
「月宮なら心強いな」
ほんとはただ先生がやりたいんでは無いのだろうかと思ったが、教えてもらった恩があるので黙っておく。
「で、次はこれか」
「こっちはゆっくり考えましょうか」
蓮也が書き綴った部分を見て、あー、と呟く遥香を見て少し微笑ましく思えた。どうやら、遥香は少し頭が固いらしい。
「柔軟な発想って大事だぞ」
「身に染みて実感しました」
それからしばらくその問題と向き合い続けて、ようやく解けた。
「やりました!」
「この手の問題、テストで出たらきついな」
「一度解いてしまえば大丈夫でしょう。それに、私が解くのにこれ程時間がかかったので、他の人はきっと時間を惜しんで解きませんから」
「自信あるんだな」
「当然。それなりに努力はしてますので」
「そっか」
蓮也も日々の復習やテスト前の勉強はかなりしっかりとしているつもりだが、遥香のように自分に自信が持てるのはそれほどの努力からだろう。
「はい!」
「ん?」
遥香が突然両手を蓮也に向けて出す。が、その真意が全く理解出来ず、首を傾げる。
「ハイタッチですよ」
「あ、ああ……」
「いぇい」
「い、いぇい?」
遥香のよくわからないテンションに戸惑う蓮也だったが、そんなことはお構い無しに遥香はニコニコしている。その顔を見れば、蓮也にとって遥香のテンションはそれほど大きなことでもなくなった。
「それと、最後まで一緒に考えてくれてありがとうございます。解答を見るなり、やり方はあったでしょうに」
「途中でやめるのは嫌だからな。一回手のつけたものは最後までやりたいだろ?」
「その気持ちはわかりますが、勉強の観点ではたまには諦めることも必要ですよ」
「月宮が頑張ってんのに俺だけ横で答え見るのもなぁ」
「……そうですか」
先程まで蓮也を見つめていた瞳が、急に泳ぎ出した。
「お、お世話になったのでご飯作ります!」
「お、おう……世話になったのはこっちだけど」
「とっても楽しかったです!」
「そっか」
ただ勉強をしていただけなのになにが楽しかったのかは理解できなかったが、遥香が楽しそうにしているのを見て、蓮也も楽しかったかもしれないと思った。
「……終わった。いろいろと」
「あんたは手に負える範囲を超えてる。今のうちに月宮と仲良くなっとけば?」
「そーしとくかぁ……な、蓮也。紹介してくれよ」
「嫌だ」
「取らないからさ。俺には悠月がいるし」
「そういうんじゃないから」
蓮也にとって、遥香はただの世話焼きの隣人であり、ただの友人である。
「まあいいや。お前はどうだったんだよ」
「そこそこ。いつもと同じだろうな」
「さすがだなぁ……なんでそんな好き好んで勉強なんざするのかねぇ」
「勉強は好きじゃないけど、推薦とか考えるとな」
「ね。あたしもそんなんだわ」
それなりに成績が優秀な蓮也と悠月は、このままの成績を収め続ければ希望大学の推薦はもらえるだろう。
「スイセン?」
「カタコト。少しは勉強しろよ」
翔斗も馬鹿ではなく、やらないだけだろう。蓮也や遥香のように日々の復習さえすればまともな成績になるはずだ。
「で、月宮とはどんな感じなんだ?」
「どんな話の飛躍だよ」
「勉強、一緒にしたんだろ?」
「……まぁ」
「へぇ、結城にしては攻めたじゃん。進展は?」
急に悠月が生き生きとしだす。態度は少し冷たいが、やはり女の子。こういう話には興味があるらしい。
「別に。ただ勉強してただけだ。疑うなら月宮に聞いてみろ」
「へぇ、普通に勉強ねぇ〜なにも無いのに一緒に勉強なんかする?」
「するだろ」
蓮也と遥香は隣人という関係だから、気軽に会うことができるからという理由もあるが、友人なら一緒に勉強くらいするんじゃないのだろうか。
「まあいいけど。月宮はあんたのことどう思ってるんだろうね」
「どう思ってる……か」
遥香にとって、蓮也はただの隣人でしかない。それなのにここまで良くしてくれるのは、蓮也は好意的な人間と思ってくれているのだろうか。
距離感はややわかりにくいが、それでも2人の関係は続くらしい。
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