第4話 雪の少年は咲き乱れる。
「うえぇ…」
翼はゆっくりとした足取りで口から溢れだしそうになるものを口で押えながら死体の転がる赤い階段を上っていた。その顔は青ざめている。
翼は耐えきれなくなり、近くのトイレへ足を運んだ。洗面台に吐き出し、自分の顔を見る。
「…あんなのきいてねぇよ…」
翼が爪女を倒し、まず行った場所はエレベーターだった。エレベーターは単純にあの場所から一番近く、そして一番速く屋上へ行ける最速の手段だったからだ。しかし、現在翼は階段を使っている。それはなぜか。理由は単純明快、使えなかったからだ。重量オーバーで。
翼は洗面台に拳を打ち付ける。
「あいつ、死体をゴミみたいに投げ込んでエレベーターを規制的に使えなくしてやがった…!」
今までの人生で未だかつてなかったであろう恐怖が翼を襲った。しかし、それ以上に怒りも覚えた。拳を強く握りしめる。
今はやるべきことがある。翼はまた屋上へ向かった。すると途中であるものを見つけた。
「…制帽?」
そこには、警察官が被るような帽子が血にまみれて落ちていた。近くには警察の死体が拳銃を握っていた。
「お、銃か。普通なら銃刀法違反だが…こんな状況だし許してくれよ、世間様」
翼は死体から拳銃を取り上げる。血がべったりと付着しているのは仕方ないが、弾が入っているかが重要だ。
「と言っても、確認の方法も分からないしなぁ」
少し心配だが、血を軽く払い、拳銃を持って歩きだした。
…屋上に辿り着く前に、少し雛との思い出でも語っておこう。雛は昔は俺に懐いてくれててさ。それこそ、少しの間夫婦になったもんだ。…ままごとの中で。期待しないでほしいが、「私、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるー!」みたいな最近のラブコメ的展開は存在しない。…いや、好かれてなかったわけじゃなくて。
で、小4くらいの時、雛がうちに来たから一緒にこのショッピングモールに来たんだ。子供だけで来たことは俺も雛もなくて、案の定迷っちゃって。俺も妙に責任感じちゃって、夜になるまで探し続けて、結局心配してきた両親に二人とも見つけられて帰ったんだけど、帰りの車で、雛が言ったんだ。
「見つけられなくてごめんね」
雛は泣きそうになっちゃってた。
誘ったのは俺のせいだから、余計に負い目感じちゃって出た言葉が。
「もう一緒に行かない」
本当にバカだった。もう少し考えればいい言葉が出てきてたはずなのに……。
雛は到頭泣き出しちゃって。でも、潤んだ声の一つも出さないで。雛は昔から強かった。
だから、今度こそ、見つけ出そうって…意気込んでたところも…あったんだ。
階段を上ると、見覚えのある姿が段々と縦にスクロールされる。その姿を見て、翼は絶望した。
金髪のツーサイドアップ。空色のネイル。高校生ぐらいの華奢な身体。…見覚えがあった。今日もその姿を見た。顔は血で隠されている。
翼は急いで駆け寄った。翼はもう温度を感じない身体を強く抱き締めた。涙があふれて止まらない。
「ごめん、また見つけられなかった」
(なんで俺は、こんなに遅いんだろ……諦めなければ良かった。もうどうでもいいなんて思わないで、人生を放棄して寝たりなんかしなければまだ…)
「それ誰よ」
突然聞こえたその声は、聞き覚えのある声だった。
その声の主は、こちらへ歩いてくると翼の抱き締めていた身体を蹴飛ばした。
翼は呆気に取られて声の主を見上げる。
……雛だった。水色のワンピースを着ている。奥のほうでは他の生存者もこちらを見ていた。
翼は転がっていった死体と現在の雛を見比べる。
「何。ドッペルゲンガーでも見てますと言いたげな顔ね。さて、誰と誰のことかしら? うん?」
雛は翼の眼前で脚を突き立てると、腕を組んで鬼のような形相で翼を睨みつける。
翼は気圧されて何も言えないままブンブンと力いっぱい首を横に振る。
(ヤバい…首取れそう…)
「…まぁいいわ。状況はすぐ分かったみたいだし」
雛はため息をつくとどこかへ歩いて行った。
(た、助かった…)
どうやら助かったようだ。一瞬の出来事が翼に多大な疲労感を与えた。しかし……。
安心して嬉しくもなっていた。
「というかあんた、なんでここに…」
雛が振り向くと、まだ翼は涙を流していた。
「あんたねぇ、男がそんな泣かないの!」
雛は慌ててバッグからハンカチを取り出し、俺に渡す。
「だって、雛が生きてたから…」
「え……」
雛は驚いた顔を見せる。再度ため息をつくと、ハンカチで涙を拭く翼の頭を隣で撫でた。
「ありがとう。ここに来たのも私のことを思ってのことなんだね。さっきは怒ってごめん。あんたの気持ち、分かってなかった」
翼は雛の顔を見る。
「雛~~!」
翼は雛に抱きつ……けなかった。
「汚い」
そう言って翼の頭を掴んだ。
「…はい」
翼は涙を拭き切ると雛と話した。
「なぁ、雛たちって屋上に向かってたんだろ? なんでここで止まってんだよ。早く逃げないと危険だろ」
「はぁ? 誰から聞いたのその情報」
「違うのか…?」
(千代ちゃんの情報、間違ってたのか…)
しかし、翼はあまり重くは考えていなかった。千代ちゃんはまだ子供だったし、結局雛とは会えた。それだけでも十分な情報だったといえるだろう。
「大体、逃げるって何よ。何から? なんか事件でもあったわけ?」
「…は?」
翼は凍り付いた。意味が分からなかった。目の前にあるこの死体、部屋中に満ちた腐臭、階段に残っている血痕。そのどれもが決定的な事件性の証拠だ。それが分からないほど、雛は混乱してしまっているのか…?
翼は他の人たちにも話した。
「もう逃げたほうがいいですよ!」
「ここは危険です! 逃げないと!」
しかし…。
「何言ってんだ?」
「危険って…何が…?」
「君、そういう悪ふざけはやめたほうがいいぞ」
そして…みんな口々にこう口にした。
『みんな、ここで死ぬんだから』
翼は絶望した。何かがおかしい。何かが雛たちを狂わせている…? しかし何が? どうやって?
翼の動悸が激しくなる。雛たちが虚ろな目をしてこっちを見ているように感じる。そうしていると、屋上への階段から足音が聞こえてくる。
「へぇ、新しい客がいるね」
病的に白い肌と白髪の、狐のぬいぐるみを抱えた少年がゆっくりと降りてくる。
「みんな、僕らはここで仲良く天国へ行く。違う?」
少年の問いに雛たちは強く答える。
「おー!」
「みんなで天国へ行こう!」
「私たちみんな一緒だよ!」
「…そうだ」
少年がこの階へ足をつけると、一瞬で空気が凍てつき、少年の周りだけ花のように綺麗な氷が現れる。
「お兄さん、僕のレクイエム聴いてく?」
少年は薄く微笑んだ。翼は少年を強く警戒する。
(こいつ、表面はただの美少年君だけど…)
翼は少年の周りで起きている異常の事態と、少年の空虚な瞳を再確認する。その姿が、先ほどまで翼と対峙していた者を彷彿とさせる。
(さっきの殺人鬼とおんなじ雰囲気なんだよなぁ…)
「でも、すごいね。マリーの包囲網を抜け出せたんだ。どれだけ運がいい人なの?」
「…マリーっていうのはあの爪長殺人鬼か? だったら俺が殺したよ」
すると、少年は高笑いを始めた。
「アハハ! おかしい…マリー舐めすぎでしょ。きっと君が大好きだったんだね」
マリーというのはやはりあの殺人鬼のことらしい。悪い予想が的中した。こいつ、共犯者だ…。翼は銃を構える。しかし、少年の余裕の表情は変わらない。
「俺は大大大嫌いって言われたけどな」
「そう言った人ほど楽しそうに殺すからね。つまりはツンデレなんだよ」
「どっちかというとヤンデレのほうが多分近いぞ。ついでに言うとヤン九割だ」
「面白いこと言うね。君」
「…お前悲しくないのか? 犯罪者でも、仲間が死んでんだぞ?」
少年は悲しむでもなく、怒るでもなく、ただ哀れそうに翼を見た。しかし、どこか面白いものでも見ているような表情だ。
「ごめんね、言いたくはなかったんだけど彼女、マリーは死なない体質なんだ」
「…は? 死なない体質…?」
「そう」
そういうと少年は自分の左手を見せた。人差し指には綺麗な光沢を放つ白い宝石の指輪が飾られている。
「これはね。レプリカっていうんだ。君も聞いたことあるでしょ?」
「レプリカ…教科書に載っていたこともあると言われる都市伝説だろ? 選ばれた人間にしか使えず、選ばれた人間は異能――ホルンを発揮するって奴」
都市伝説にはありがちな話だと思っていた。俺の困惑した表情を見て楽しむ少年。
「そうそう。で、マリーの異能は通称「殺戮女王」。指の形態変化、身体強化、不死身の三つ。そして僕の異能は「冷血」。氷塊操作と洗脳が出来る。どう? 少しは僕のこと分かった?」
「なるほどな…」
翼は次第に汗が零れだした。信じられないが、あの殺人鬼の身体能力や爪の長さや強度を考えると合点がいくし、何よりこの常識的には考えられない狂った状況だ。信じないというわけにはいかない。そうだとすると、あの殺人鬼は蘇ってて、雛たちの洗脳もどうやって解けばいいかも分からない状況……一人で打開するには辛すぎる。
「どう? 無理って分かったでしょ? お兄さんはよく頑張って来たよ。こんな危ないところまで人助けのために勇気を出して一人で来て。でも無駄だったね。お兄さんは何も出来ずただただ死んでいくんだ。だから早く絶望して?」
少年は翼の顔に手を伸ばす。その手はまるで子供を慰めるような手つきだ。
翼はゆっくりと少年の手に引き寄せられて……。
「…まだだ」
翼は少年の手を振り払う。
「…何、お前ウザいよ。もうお前に出来ることなんてないだろ! なんでそんなに絶望しないんだよ!」
少年は怒り狂った表情を見せる。
「まだ終わってないんだ。どれだけ不可能な道でも、それでもまだ、大事なものを諦めるわけにはいかない!」
「その通りだよ」
下の階からまた足音が上ってくる。
「中々良いこと言うじゃないか。合格だよ」
現れたのは、丸い眼鏡をかけた茶髪のミディアムの少し小柄な制服少女。一見してこの場を打開出来そうな人間ではない。しかし彼女の表情に不安は見当たらない。
「君、誰?」
少年の腹立たしさが表情から伝わってくる。少しでも刺激すれば怒り狂いそうだ。
「樫葉 章乃。折角だし君の名前を聞いておくよ」
「僕? 僕の名はレオン。あと、一つ気がかりなんだけど…ここに来るまでに物騒な殺人鬼がいたはずだよね? どうしたのかな?」
「あぁ大丈夫だよ。ある人に任せてるから」
「…なるほど。君もしかしてこっち側?」
「だったらどうなの?」
「いや?…」
レオンの周りに多数の氷塊が浮かび上がる。
「やることは変わんないからどっちでもいいや」
「クールだね」
それでも余裕の表情の章乃。何があっても動じることはなさそうだ。
レオンは章乃へ氷塊を放った。
贋作ヒューマノイド ウジ @UJ2867
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