第11話
高等魔術学院の日々は何事もなく過ぎていった。
まあ、黒い卵が縁起が悪いということで、友達もアクアさん以外できなかったんだけどね。
シルヴィアさんとは通常通りである。
塩辛いシルヴィアさんの嫌味を聞かないふりをしてやり過ごしている。
でも、だんだんと腹に据えかねてきてはいるけれども。
でも、私にはアクアさんがいるから大丈夫。
うん。大丈夫。
トリードット先生曰く、卵は無事に育っているとのこと。
まあ、トリードット先生は卵を見ているだけではどんな精霊が孵るのかわからないから今のところはいつも通り心穏やかに過ごしなさいと言われている。
心の安定が卵の安定にも繋がるとか。
卵はだいたい2~3ヶ月で孵ると言われている。
それまでの間に学院性たちは、心の安定を守るために道徳の授業と基礎的な魔術の心得を学ぶ。
魔術を本格的に学ぶのはパートナーとなる精霊が卵から孵ってからになるのだ。
「あら、黒い卵をお持ちの方はまだ頑張っているんですのね。そろそろ卵を放り出してご実家に帰った方がいいのではなくて?その黒い卵があるから、このクラスのみんなの顔色が悪いのだとわかっているのかしら?」
シルヴィアさんの嫌味もいつものことだ。
アクアさんが私の側にいない時を見計らって嫌がらせという名の忠告にやってくる。
実力行使に出ないからまだいいけれども、これが物理的に嫌がらせを受けたりするとお父様とお母様のところにも通達が行ってしまう。お父様とお母様には私は魔術学院で毎日楽しく頑張っていると伝えているのに。
いつものことと、シルヴィアさんの言葉を聞かなかったふりをしてやり過ごす。
でも、今日はいつもと違った。
「ふんっ。いつもすました顔でつまらないわ。あのアクアって子も何をしても澄ましているんだもの。つまらないったらないわ。」
「!?アクアさんに何をしたのですかっ!!?」
いつもはアクアさんについて何も言わないシルヴィアさんがアクアさんについて語ったのだ。
それも、シルヴィアさんがアクアさんに何かをしているような言い方だ。
嫌な予感がする。
アクアさんに何が起こっているのだろうか。
私、ずっと知らなかった。
アクアさんがシルヴィアさんになにかをされているだなんて。
気づかなかった。
「あら。いつも一緒にいるのに気づいてなかったの。鈍感なのね。真っ黒な卵を持っているあなたと仲がいいのがいけないのよ。それに、ランティス様のお心も独り占めしているようだし。見の程知らずなのよ。」
「アクアさんに何をしたのですかっ!?」
もったいぶった言い方のシルヴィアさんに思わず平常心を忘れて声を荒げてしまう。
「ふふっ。やっと本性を出したわね。とっても怖いお顔ですこと。とても貴族の令嬢とは思えない歪んだお顔ですわね。貴族の令嬢たるもの、常に優雅に美しくを心掛けるものでしてよ。そんなこともできない貴女はランティス様に相応しくはありませんわ。」
「そんなこと関係ないわ!早くアクアさんのことを教えてっ!!」
シルヴィアさんの言葉に平常心を失った私は、淑女らしからぬ大声で叫んでいた。
「まあ!まあ!怖いわ!皆様!見てくださいな。これが彼女の本性ですわよ。真っ黒な邪竜の卵を持つに相応しい令嬢ですわよ。心まできっと真っ黒なのでしょう。だから邪竜もあなたを選んだのでしょうね。類は友を呼ぶんですわ。この分ですと、エメロードさんと仲良くしているアクアさんの卵も聖竜なのではなくて邪竜の一種ではないかしら。私はそう思うのです。だって、聖竜と邪竜が一緒にいるだなんてそんなおかしなことあり得ませんでしょう。ねえ、皆様。ほんとう、野蛮な方が同じクラスにいると空気が悪くなりますわよねぇ。ですが、安心してくださいな。私はそんな空気を一掃してみせますわ。」
周りの聴衆を味方につけたシルヴィアさんはそう高らかに宣言した。
「そんなことより、アクアさんはどこなのっ!!?」
でも、そんなシルヴィアさんの言い分なんて今はどうでもいい。
今はアクアさんの安否だけが心配なのだ。
「ふんっ。さあね、どこかしらね。アクアさんに相応しい場所にいるのではなくって?」
シルヴィアさんは私にアクアさんの居場所を教えるつもりはないらしい。
ツンッとそっぽを向いてしまった。
私ではどこにアクアさんがいるのかわからない。
でも、これ以上シルヴィアさんに聞いても教えてくれそうにない。
どうしよう。
私が魔術を使うことができれば、アクアさんを探すことができるのに・・・。
あっ!そうだわ!
トリードット先生に相談してみよう。
トリードット先生ならば、私たちのことにも詳しいし、私の持っている真っ黒な精霊の卵に忌避を感じていないように見受けられる。
それならば、きっとトリードット先生を頼れば魔術でアクアさんの居場所を探してくれるかもしれない。
そう思って、トリードット先生がいつもいる魔術棟の実験室に急いで向かう。
「ぜぇ・・・はぁ・・・。先生っ!トリードット先生っ!!」
ガラッと実験室のドアを開ければ、目の前には白髪頭のトリードット先生がいた。
トリードット先生は息を切らせて飛び込んできた私に驚いているように見えた。
「どうしたのじゃ。そんなに慌てて。卵になにかあったのかな?」
トリードット先生は卵にしか興味がないようである。開口一番に卵のことを確認してきた。
「違うんですっ!アクアさんが・・・アクアさんがシルヴィアさんにぃ・・・。」
慌ててしまって要領よく話すことができない。
気ばかりが焦ってしまう。
「アクア嬢がどうしたんだい。落ち着いてゆっくり話してみなさい。」
トリードット先生のごつごつとした手が私を落ち着かせようと私の背中を優しくなでる。
その体温がとても暖かくて涙が出そうになった。
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