第22話 運命の巡り合わせ
私_
午後の授業を終えて帰宅する準備をして玄関を向かう道すがら予期せぬ言葉が耳に入ってきた。
それは廊下にいた女子生徒たちの会話からだった。
「さっきの玄関に向かっていった人…って○○○○じゃない?」
「え〜そう??確かにこの学校に今年入学したらしいけどまだ登校してないらしいよ〜」
「そっか〜見間違いだったかな〜」
…。
会話中の『○○○○』の言葉を聞いたときには私は走り出していた。
たとえそれが嘘だったとしても、○○をこの目でひと目だけでも見たい。
今見ないといけない。
乾いた心を潤したいという絶対的な渇望が体を走らせていた。
昇降口を出て、校門に目を向けたが○○の姿は捉えられない。
もう学校を離れてしまった?
いや違う。
根拠のない憶測がアラートのように鳴り響き脳内で警鐘を訴えてくる。
そっちじゃない。と。
向かうべきは校門ではない。と。
それが校舎裏の大きな桜の木だ。
知る人ぞ知る名所。新入生の半分はおそらくまだ知らないであろう。
学校をくまなく調べておいたのが今になって初めて役に立ったわ。
その木の前に○○がいると。
確信にも似た何かが私の中にあった。
刹那の思考を放棄して校舎の周りを沿うようにして校舎裏へ。
私はその場所へただ一直線に向かって走った。
居るという確証もないのに引き寄せられるように走った。
思いが自分の中で大きくなるのに比例して地面に踏み込む足が強く反発する。
足が地面を削り取るかのように進んでいく。
ハアッ…!ハアッ…!
呼吸が荒くなるのが分かる。
肺が痛い。
ハッ、ハァッ!
気分が悪化してしまいそうなほどには酸素が足りていない感じがして呼吸がさらに乱れてくる。
もっと体を鍛えておけばよかったと後悔したくなってくる。
それ以上にできる限り早くいかなければいけない。
早く会いに行きたい。
その思いが先行して。
他のことを考える隙を与えてくれない。
どんどん脳内が○○で支配されていく。
そうして桜の木が次第に見えてくる。
近づいていくにつれ葉桜となっている巨木の体躯が圧倒的な存在感を示している。
そして小さなシルエットが浮かび上がってきた。
巨大な木と比べてしまえば矮小な存在ではあるけれど、そこには私が求めていた人物が確かに存在していた。
その少女は風に吹かれ大木からひらひら落ちる桜の花びらを見上げていて。
私が誰よりも見てきたけど見たことのない姿の女の子だった。
『
七瀬彼方の最愛の妹にして最高の自慢の妹。
彼女が桜の木の前にいた。
***
彩奈は葉桜になってしまった木に夢中で私には目もくれない。
「はあ…はあ…、あや…」
まだ呼吸が整わない中で彩奈を呼ぼうとしたけれど、今の七瀬彼方は七瀬彼方ではないことが呼びたい気持ちを押し留めた。
ただの一般男子高校生_辻井要だ。
七瀬彩奈と辻井要の間に絶対に超えられない壁が在るのを感じて声を出すのを本能的に拒む。
ただ見守ることしかできない。
そんな自分が情けなく思えてくる。
あんなに「彩奈に会いたい!」って言っていたのにいざその場面になって行動不能になっていることに対して己に怒りを覚えてしまう。
手を伸ばしても届かない場所に対してギリっと歯軋りの音がする。
何かをアクションを起こしたいのに何もできない状況。
走りたいのに競歩に制限されてる歯痒さが手足を縄で拘束してくるようで。
選択肢になかったはずの「にげる」ボタンが現れて、押して早く楽になってしまいたかった。
ボタンを押しかけて足を半歩引いたときに、砂を絡めてザッと音が溢れてしまう。
それが彩奈の耳に入り、私が居ることに気が付く。
「誰?」
***
声をかけられた。
平常時の私なら彩奈に会えたことに喜んでいたと思うけど、『彼方は彩奈を知っていて彩奈も彼方を知っているはずなのに彼方に関する情報全てが抜き取られた彩奈と話している』特殊な状況に感情や思考をぐちゃぐちゃにかき乱されている。
分かってはいた。
頭では理解していた。
理解していただけ。
正面から事実を受け止め切れるだけの心の準備をしてこなかった。
したつもりになっていた。
想像したくもなかった。
彩奈に知られていない彼方がいる世界線を。
そんな世界はあり得ないと思った。
だが、ここに存在してしまっている。
ここには七瀬彼方はおらず、七瀬彩奈と辻井要の二人が桜の木の前にいる。
真実は違う。
しかし、これが事実。これが現実。
はあっ…!はあっ…!
恐怖や不安が何度も息を激しく吸ったり吐いたりしているうちに過呼吸気味になってくる。
「あの?大丈夫ですか?ぁぁぁ……
心配する彩奈の声が遠くなっていく。
七瀬彼方が亡くなった交通事故と同じような状況だ。
また私は意識を手放してしまうの?
しかも今度は彩奈の前で…
それだけは嫌だ。
それだけは嫌だ!
絶対に私は___
***
目を開けたら葉桜が見えた。
んん…?ここは?
桜の大木が見える。
長時間倒れていたらさすがに病室に運び込まれるだろうし、私の体調が悪化していたら救急車の中だろうし。
つまりは少しの間倒れてしまっていたってことでいいかな?
とにかく死にはしなかったらしい。
体調も悪くない。
ここ最近は彩奈が来るのが今か今かと考え込んで少し夜遅くに寝てしまって快眠できていたとは言えない。
少しの間ぐっすり寝ていたから思考がクリアになっている。
今まで違和感なく寝れていたよう。
違和感なく?
そう。短い時間だったけど私は今、ベットで枕に頭をおいて寝るかのように自然に寝れていたのである。
ここは外なのよ?
睡眠環境が整った現在において外で寝る道理はない。
では、私の後頭部に感じる温かい感触は何だろうか。
先ほどまで寝起きの状態だったので視界の端が不明瞭だったが、だんだんその答えがはっきりしてくる。
彩奈?寝ている…?
彩奈!?
ってことはあれだ。
つまり…
彩奈に膝枕されてるうぅぅぅぅぅ
!?!?!?!?!?
え?いや?何で?
理解が追いつかない。
と、とりあえず状況整理を…
私が倒れる
↓
彩奈に膝枕されてる
整理できないんですけど!?
そもそもあの矢印の間に何があったの?
いや別にこの状況が嫌というわけではなく、むしろ楽しむべき状況であって。
あれ?そう考えると…
寝ている彩奈ちゃんに何でもし放題じゃないですか〜〜〜!!!
ぐへへへへ。
ま、私今男の子だし、このご時世すぐセクハラで訴えられるし、そもそも紳士だし?
残念だったな!諸君!ご都合展開はございません!
ですがせっかく間近で彩奈ちゃんを観察できる機会はなかなかないのでね?
彩奈ちゃんが起きるまで可愛さをとことん解説したいと思います!
私が倒れる前に『見たことのない姿』と言ってたけれど、あれは髪の長さね。
超ロングヘアを愛着していたあの彩奈がばっさりカットしてショートヘアにしてきたのである。それだけでもうガラッと印象が変わっているわ。
彩奈のたまにやる思いっきりの良さが姉妹の繋がりを感じるわね。ちょっと泣きそう。
最近流行の茶色寄りのショートボブ。パーマは一切かかっておらず、元のストレートが生かされていて。正統派のショートボブ。王道の中の王道。
夏猫も同じような髪の長さでパーマがかかっていたわね。あれはあれですごく可愛らしかったけど、彩奈がやると一段と可愛さの暴力が生まれるよね。
あと睫毛なっが。今は寝ていて目は閉じちゃっているけれど空いてたらオパールをも超える輝きが詰まってるから多分目があったら昇天する。っていうか七瀬彼方時代はしてた。
目の下にはうっすらと隈が見られる。最近は少し寝れていなかったのかな。
鼻がもうすらっとしててきちんと手入れしてあることが分かるわね。女優を目指す者なら当然かしら。
ふわふわしてそうな頬と薄紅色のぷるっと艶と張りのある唇がもう触りたくてたまらない。
触っちゃダメですか。ダメですね。はい。
やっぱりちょっとだけ…。ダメですか。我慢します。
膝枕されているこの体勢だと首まわりが見えません。
彩奈の胸が視線を遮ってくるんです。
決して双丘を眺めたいわけではなくてですね。首を見ようとしたら目に映っちゃったんです。これは仕方がありません。何カップなんだろう?C…いやD?触って確かめれる日が来ればいいな。私は今首を見ています。
とりあえず見える範囲だとこんな感じかな。
あっ!ここで、ペンネームSさんからお便りが寄せられております!
え〜何何?質問?
Q.太ももの感触は?
現場の後頭部さんに答えていただきましょう!どうぞ!
A.最&高です。絶対すべすべしてるからぜひ生で触りたいです。
素晴らしい回答ありがとうございます!
私は楽しいからずっと彩奈について語っていたいんだけど、そろそろ放送事故起こしそうだから彩奈におきて欲しいところ。
そう思っていた矢先に甘い香りを届けてくれていた天使の寝息が止まる。
「ん〜〜〜〜ふわぁ…」
彩奈が起きてくれた。
起きる瞬間を初めて見れたのでもう悔いはありません。
「はっ!寝ちゃってた?」
「ああ、ガッツリ寝てたな」
「あっ起きてる!?大丈夫?」
「おかげさまで気持ちよく寝させてもらった」
「どういたしまして?」
寝起きだからか疑問形なの可愛い。
「起きたばかりで申し訳ないんだけど、この状況について説明してくれないか?」
(次回へ続く)
人気女優の転生先が男子高校生だったので大好きな妹に本気で恋してみた。 ばちくです @jp_bachiku5
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