第17話 長い1日の終わり

 文学部の見学を終えた私_辻井要つじいかなめ(旧七瀬彼方ななせかなた)は帰路に着いていた。


 文学部で入部宣言をしたあの後、徹夜で寝落ちしている文芸部部長3年生の大學陸斗だいがくりくと先輩を他所に私は文芸部副部長の八代美咲やつしろみさき先輩に文芸部の説明をしてもらった。


 部員数は現在3人。大學さん、美咲先輩の名前は聞けなかったけど他にももう一人部員がいるのだとか。


 詳細を聞こうとしたら、また美咲先輩が塩らしくなっちゃて、元気なさそうな顔が見られるもんだから流石にやめておいたわ。


 きっと事情があるんでしょうね。


 興味はあったわ。


 いくら興味があるからと言っても人が踏み入って欲しくない領域に土足で上がるのは御法度。


 線引きできずに侵入してしまう人を何度見てきたことか。


 その度に物哀しくなったわ。


 人間関係が悪化するのはその人が大事にしているものを嬲られたら時が多い。

 っていうかこれがほとんどよ。


 文学部の話。


 活動日は週3と他の部活に比べ緩め。


 活動内容は主に読書、輪読、そして執筆活動。


 前二つは任意で、やりたい人同士でやる感じ。


 だから執筆活動がメインの活動となる。


 もちろん執筆した作品は互いに添削したり顧問の国語科の先生に査読したりしてもらっている。


 作品を学外コンクールに出すまでが一通りらしいわ。


 また、最近だとインターネットが流布したためオンライン上での活動も認められている。


 コンテストの分野はジャンルを問わない。


 俳句、短歌、今流行のライトノベルを含む小説、何でもござれだ。


 文学部部室には、世界有数のOrange社が世界中に普及したMakeBookノートパソコンが人数分支給されている。


 新入部員にも配布されるらしい。

 羽振りがいいわ。


 確か1台10数万円くらいするのよね。


 結構金持ちね、光泉こうせん高校。


 あとは卒業した人を含む先輩方の過去作品を拝見した。


 人よりも活字を追っている私としては目が肥えていてハードルが高いと思っていた方の人だったんだけど、見事に作品の魅力に引き込まれたわ。


 自分たちがいつでもどこでも何度でも使ってきた言葉って無限の可能性を秘めているの。


 この言葉とあの言葉を組み合わせると、思いもよらなかった調和が生まれるの!

 掛け算みたいに小さい値から大きい計算結果が獲得できているのよ!


 特に大學さんの短編小説と美咲先輩の詩歌がずば抜けて熱量が込められていたわ!


 短編小説には自分が経験したことはあるけど言語化できなかった描写が書き殴られていた。


 詩歌には季節を詠んだ人の思いが投影されていた。


 感動するってこういうことだったな、と思い出させてくれたわ!


 文学の素晴らしさに充てられてしまったの。


 その衝動は私を机へ駆り立てる衝撃だった。


 私が演技するために撮影場に赴いたあの時の気持ちと似ている。


 顔もわからない誰かのために「届けたい」創作欲きもちが生まれてくる。


 とりあえず何か書いてみたい。

 今すぐに自分の中にある全てをぶつけたい。



 って言うのは建前で。


 長々と語ってごめん。


 本音は『女優やれなくなって不完全燃焼だから埋め合わせでとにかく何かやらせろ!』ってとこね。


 作品に感化されたのは本当。


 これをきっかけに何か書いてみたくなった情動も嘘じゃない。


 文学部についてはそんな感じで。


 部活動をできるってことが既に楽しい。


 しかも!


 部活中は学校にいられるってこと!


 もうこれは学校を居場所にできるってことじゃん!!!


 人によっては放課後はさっさと帰りたいと言う人もいるかもしれないけど。



 私は!みんなが!学校にいる!!!10分の1以下しか!学校にいなかったの!!!(クソデカ大声)



 Can you understand?


 わからないわよね?いや、この私が教えて差し上げるわ!!



 ちょうど辻井家に到着したところで家に指を差しポーズを決める私。


「あ」


「…。兄貴、何してんの?」


 運悪く白い目をした現妹_あずさと鉢合わせてしまった。


「…」


「どうしよう…。兄貴がさらに頭おかしくなった挙句、妹に何も言えない奴隷になっちゃった…」


「奴隷はご近所さんにあらぬ疑いがかかっちゃうから一緒にお家に入ろうかプリティマイシスター」


「やっぱ奴隷も嫌かな。私としてははよ通報されろって感じ」


「一応兄貴なんだけど」


 今日も今日とて梓の冗談が冗談じゃないレベルで効いています。


 呼吸するかのように毒を吐かないで。


 お兄ちゃん溶けていなくなっちゃうよ。


「自分の家の玄関の前で決めポーズする人は兄貴じゃない」


「血縁を否定するな」


「そんなこと言ってないでさっさと入るよ」


「さっき言ったんだけど」


 妹には敵わないわね。新旧共に。


  ***


 梓と共に家に入り、私は自分の部屋の机上にノートを広げていた。


 それはもちろん作品を描くためである。


 しかし、いざ机の前に座ってみたものの何を書けばいいかわからない。


 とりあえずアイデアを得るためにノートパソコンを取り出し、トレンド・ニュース・情勢など近況を調べていく。


 情報は目に飛び込んでくるが何も閃かない。


 そもそも文学ってなんだ?


 と考えた瞬間には検索エンジンの新規タブを開き、『文学』と入力してエンターキーを押していた。


 何何?


『文学』とは。

 言語を表現の媒介とする芸術一般のこと。

 うんぬんかんぬん(難しい説明なので省略)。


 具体例として詩、散文、劇そのほか多くのジャンルで生まれる。

 現代だと、ライトノベルとかが頭角を表してきているわよね。


 某ペディア参照。


 文字や言葉を使うことはよくわかった。


 で?


 私は何を書きたいんだっけ?


 う〜〜〜〜〜ん…


 一つジャンルを決めてみましょうか。


 詩、小説、評論、随筆、俳句、自伝、自己啓発、対話談…


 あ、対話談といえば過去に一冊だけ本を出版したことがあったわね。


 確か、私より遥かに実績を残していた20歳年上の大御所女優さんとの対談を録音した会話をそのまま文字に起こした本だったかしら。


 あの対談は白熱したわね。


 演技、容姿、業界などについていろんなことを喋れて楽しかったわ。


 それに相手の方の生き方・考え方とかも参考になったし、もともと憧れとかもあったから非常いい対談だった。


 あっ!


 いっけな〜い!


 論点ズレちゃってた〜!☆


 はい。ジャンル見ていきます。


 戯曲、川柳、日記、紀行、風刺、物語…物語……


 物語!?


 ビビッときたーーーーー!!!!!


 これだわ!これ!


 物語!いいじゃない!


 君に決めた!!!


 私が紡ぐ物語!!!


 物語なら何か書けるんじゃないかしら!?


 まだ何を書くか先が見えてこないけどジャンルが決まっただけでも大きな進歩ね!


 小さくガッツポーズする。


「兄貴〜ご飯〜」


 階段の下から妹様の声が聞こえてくる。


「あ〜い。すぐ行くわ〜」


 条件反射で扉に向かって返事をする。


 アイデアはご飯やお風呂に入っていれば浮かぶかな。


  ***


 両親、妹、私でご飯を食べ終え、私はお風呂に入って深呼吸する。



 ふう…


 今日は色々あったわね…


 入学式代表のトンデモスピーチ。

 親友・知り合いとの出会い。

 自己紹介兼事故紹介。

 一方的な顔馴染みのイケメン俳優との邂逅。

 文学部の変人方と入部の決定。


 何より隣の席が世界一愛している妹の彩奈であること。


 ツイてるっ!神様ありがとう!まじ感謝!


 これで私明日からまた頑張れるよ。


 女優をやっている時よりも今日は体感として過密なスケジュールであったため、どっと疲れた体を湯船が芯から癒してくれる。


 高校生ってすごく疲れる…


 でもそれ以上に楽しい…!


 ああぁ〜〜〜〜〜


 お風呂って最高ねえぇぇ〜〜〜


 至福うぅぅ〜〜〜



 そういえばこの家で過ごしてからそろそろ1ヶ月か…


 住めば都とはよく言ったわ…


 意外となんとかなるものね…


 ふわぁ…


 お風呂に入って気の張っていた体が弛緩して休息のサインを発する。


 今日はもう上がって寝ましょうか…


 物語のことも今は考えたくない…


 やることはこれからもたくさんあるだろうけどそれは明日からの私がなんとかする…



 風呂から上がった私は程なくして力なくベットに横たわり目を閉じた。


 明日もいい日になりますように…


 そう願って…。

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