第14話 俳優の優しさ
「「俳優!?」」
私_
親友の
これが翔也っていう人間。
驚くときには誰よりも驚く。
感情を具現化したような存在なんだとつくづく感心させられる。
ほんと何で要の親友なんだろう?
人生に奇跡が仕組まれているとするならきっと要と翔也の縁のことだよね。
翔也の存在の規格外さは今に始まったことじゃないから良いとして。
それよりも…俊一が
なぜ?
同年代だから知り合いでもおかしくはない。
連絡先を知っているのであればメッセージを送るだけでいいが対面で会いに来る理由は何?
心配して様子を見に来たのかな?
俊一が俳優であることから大方、的を射ているはずね。
それ以外の理由だったら是非私を通してもらいたいものだ。
スッと俊一のそばに移動して肩に手をやる翔也。
「聞いたことある名前だと思ったんだよなあ〜〜〜!!!すごいイケメンだし!!!女の子に囲まれているし!!!ぶっちゃけうらやましい!!!」
「ガッツリ本音漏れてるぞ、翔也」
うらやましい。私も女の子に囲まれたい。
翔也に肩を組まれても嫌な顔一つしない俊一は他人との距離感が近すぎるように思える。
受け入れている風にも見えた。
これが圧倒的陽キャラの人間関係構築力なのかな?
私も相当陽の者だと自己認識しているのだけれど、どのフィールドにおいても上には上がいるものね。
それともただ男の子が単純ということなのだろうか?
性別の違いって複雑。
「俳優なのは正直驚いたが、あや…七瀬さんに会いにきたのはどう言った理由で?」
危ない危ない。
動揺してしまって要の化けの皮が剥がれかけたわ。
「七瀬彼方が亡くなったということは君らも記憶に新しいことだろう?彩奈のことが心配でここにきたわけだが、どうやら留守みたいだね」
先の私の発言を気に留めることはなく、俊一は私たちのクラスを尋ねた理由を話す。
あと『彩奈』呼び…
「本人に連絡はしたのか?」
訳、彩奈の連絡先は持ってるの?持ってたら私にも分けて。
「ああ、したさ。だが反応はなかった。彩奈にも彼方さんにもお世話になっているから連絡をしないわけにはいかない」
やはり彩奈とは面識があったのね。
私のことはちゃんと「さん」付けしてくれるのは嬉しいわ。
ちゃんと尊敬されてて、もう、本当、感無量!
死んだ今となっては伝える術はないけれど。
「なるほどなるほど〜〜〜なるほどなあ〜〜〜」
翔也が合いの手を入れてくる。
「つまり俊くんは彩奈のことが気になるってことだね???」
呼び名決定するの早すぎない?
俊くんて。
翔也も俊一に負けず劣らずのバリバリ陽キャラだわ。
「語弊のありそうな言い方だけど違いはないね」
「うんうん、つまり!俊くんは彩奈ちゃんに恋をしているんだね!!!」
翔也は恋愛レーダーをビンビンに反応させてニマニマして言う。
「翔也、お前初対面でそれはいくら何でも違うだr…」
そう言い終わる前に俊一の顔を見る。
んんんんんんんんんんん????????
俊一は口許を隠して半眼になり頬を赤く染めている。
ひょっとして???
いや、ひょっとしなくても…?
この男!!!
『彩奈に恋心を抱いている!』
マジですか?
嘘じゃん…
昔は私に好意があると感じていたんだけどなあ…
成長もすれば好きな子も変わるか…
うう…でもなあ…ちょっと残念だな…
私から彩奈に乗り換えたこと、彩奈を好きになったことが対になって襲いかかってきた。
そりゃ、七瀬彼方はおばさん直近だし、彩奈ちゃんは現役JKだし、同年代を好きになるのは自然の理だし。
でも私の方が彩奈ちゃんを想っているから!!!
想いの重さだけは誰にも負けないからね!
あと確実に翔也もわかったはずだ。
さっきよりも吸収した光を何十倍以上にも増幅させて目を輝かせ、口角が数段上昇しているところから気がついているはずね。絶対。
新しいおもちゃを見つけた無邪気な子供の顔してる。
終わったわね、俊一。
これからが大変だわ。
お互い頑張っていきましょう。
な〜むぅ〜、と心の中で俊一に合掌する。
「別に彩奈のことが好きとか、そう言うわけではなくて…」
私や翔也じゃなくてもわかる嘘ね。
顔に「彩奈が好き」って書いてあるから一旦鏡見てきて。
次に言おうとしていたことが脳内で先走ったのか、先ほどまでの恥ずかしそうな態度までとは一変して俊一は哀愁を体全体に纏わせていく。
それを見て口を噤む私と翔也。
他人の気持ちを慮れないほど翔也は鈍感ではない。
「お姉さんを亡くした彩奈が本当に心配で…」
そういえば俊一、少し窶(やつ)れてた形跡がある?
彩奈の方も心配だけど俊一の方も心配だわ。
俳優は体が資本だし、気をつけてほしいわ。
「単刀直入にいうと、七瀬さんは1週間くらいは学校に来ないらしいよ」
「そっか…」
俊一の周囲の空気に一層、哀愁さが帯びる。
場の雰囲気を自分のものにするのは流石俳優よね。
皆が「オーラ」と呼ぶものの片鱗が垣間見える。
女優時代の私もインタビューや取材を受けるごとに毎度の如く「七瀬さんってオーラありますよね!」と言われるがあまりピンと来なかった。
自分が女優という著名な立場ではなくなったからこそ持たない側の人々の言うことが分かった。
少しずれたところで妙に納得してしまう。
「大事に至ってなければいいんだけど…」
自分より相手を思いやる。
吉野俊一を象徴する一番の美点。
撮影の現場で収録が終わると必ずスタッフ一人ひとりに挨拶をする。
これは他の女優・俳優さんの方々もやっていることなので特筆することはない。
しかし、俊一の思いやりは予想の遥か上を超えていった。
その話をするわ。
***
私は初めて会った時から俊一のファンだったのでお忍びで彼の撮影現場を訪れていたわ。
え?どうやって現場に来たかって???
コネよ!コネ!コネクション!!!
力ある者の特権よ!圧倒的パワープレイ!!!
パワハラでも汚い奴でも何なりと罵倒してくれて構わない!
すみませんでした、やっぱり今のご時世そういうのに対して世間が敏感なので勘弁してくださいorz。
理由はどうあれ俊一のいる現場に来ていたの。
撮影しているところを遠目で見ていたところ、現場に不慣れなスタッフがいたわ。
ガチガチに縮こまってビクビク行動しているから初めての現場なのかなって思っちゃったわ。
この業界では人を成長させるために、現役職に不相応と思えるくらいに絶大な仕事を任されることはしばしばある。
それはもう想像を絶するほどに。
私のマネージャーも死にそうな顔してたことが結構あったわ。
撮影がひと段落して休憩に入った。
そのスタッフは俊一をはじめとする演者さんたちに飲料水を配っていたわ。
緊張しながらも丁寧に配り、最後に俊一に渡そうとしたとき事件は起こった。
水を手渡そうとしていた逆の方の手に他の演者さんが飲みかけたキャップの空いたボトルを持っていたのね。
その飲みかけのボトルを持った側の腕が壁にぶつかったらしく、スタッフはよろめきボトルとともに俊一の方へ。
あとはあなた方の想像通り。
ボトルの中に入っていた水が俊一の上半身を濡らしてしまったわ。
他の演者さんやスタッフさんは慌てて俊一たちのもとへ駆け寄っていった。
当の俊一は水に濡れることを厭わず、体勢の崩したスタッフを支えた。
現場の多くの人がそのスタッフに不満を向けようとしていたが、少なくとも俊一だけは違った。
「いや〜危なかったね、お姉さん。怪我はない?」
抱き抱えられたスタッフさんはとろんとした恍惚な表情で近接した俊一に心奪われていたわ(当社比)。
あれは墜ちたわね。
ドラマの一言じゃなくライブで発された言葉だからね。
結局、俊一の心配のおかげで現場の雰囲気が悪くなることはなかった。
撮影が終わってからそのスタッフさんは俊一にめちゃ謝っていたわ。
謝罪に対して俊一が
「怪我がなくて何よりです。あなたのおかげで撮影がうまくいきました。これからもよろしくお願いします」
っていうもんだから本物のイケメンだなって思ったわ。
オチとして、そのスタッフさんは今俊一の専属スタッフになったっていうね。
***
俊一が俳優として大成している理由がこの『思いやり』。
おかげで多くの関係者から彼は慕われているわ。
きっとこれからも慕われ続けるんでしょうね。
でも、私_七瀬彼方の死により妹_彩奈に対して気を遣いすぎることで相当精神的ダメージを負ってしまうことが切り離せない弱みになっている。
いつの日か自身の身を滅ぼしかねないことを危惧してしまう。
私が要を庇って事故にあったように___。
私が言っても説得力ないか!
バシンっっっっ!!!!!
バシンっっっっ!!!!!
「「痛っっっっっ!!!!!」」
考え込む私と心配しすぎの俊一を見ていられなくなったのか翔也が背中を平手打ちしてきた。
「二人とも辛気臭い顔しすぎ!!!答えの出ないこと考えても気に病むだけだって!!!ほらスマイル!スマイル!」
翔也以外がいうと争いの起こりそうな発言だけど…。
翔也だからこそ言えることなのかもしれない。
このポジティブ変換器に打ち勝つバッドストーリーが存在するなら是非見てみたいものね。
「そうは言っても、彩奈が心配だな…」
またネガティブモードに入ろうとする俊一。
「はいそこ〜気に病みすぎるとハゲるよ???イケメンくん?」
俳優にハゲとか言うな。
俊一には似合わなさすぎて私は苦笑してしまう。
笑わせてもらったついでに翔也の肩を持つことにする。
「俊一?翔也の言う通り、今はそこまで七瀬さんのことを考える必要はないんじゃないか?」
「君まで…何を言い出すんだ」
「心配するな、って言ってるわけじゃない。俊一は俺らより七瀬さんのことを知ってるだろ?」
「まあ、多少は」
絶対、私の方が知っているけどね!
彩奈の可愛い癖とか可愛い仕草とか可愛い寝顔とか!
語りたいけどまた今度。
「じゃあ、信じて待ってあげればいいんじゃないか?」
「…」
まるで「その発想は無かった」と言う顔ね。
生真面目すぎてルールに縛られているわね。
そんな俊一も好きなんだけどね。
だけど今は…
「俺は彼女をファンとして見ているけど、最近はメディアが彼女の意見を求めているのに怒りを覚えている。弱っているところに追い討ちをかけているみたいで。ほんっっと性根が腐ってる」
「そうなんだよ〜こいつスマホのトプ画を彩奈ちゃんにしてるくらい大好きなんだぜ!!!」
「翔也は少し黙って」
眉間に少しシワを寄せ目を細めて睨みつける。
「はい…」
素直に引き下がったわね。いい子いい子。
「だから一ファンとして言わせてもらう。自分が好きになった人、届かない存在の人が自分の中で窮地に陥っているときに何もできない自分がやれることは何だ?」
静かながらも確かにお腹に力を込めて声を出す。
その問いかけは自分に対するもののようで。
「心配することか?」
いや違う。
「悲しむことか?」
いや違う。
「絶望することか?」
いや違う!
「彼女が、七瀬さんが過去に決着をつけるその日まで信じて待ってあげることじゃないか?『おかえり』と言えるその日を望んで見守ってあげることじゃないか?」
これは辻井要の言葉じゃない。
七瀬彼方の言葉。
彩奈なら絶対乗り切れると信じている。
こんなところで折れるほど彼女は
必ず女優として戻ってくる。
この私が認めた一人の人間なんだから。
「俺はそう思う」
「そうか…見守るか…」
俊一が天を仰ぐ。
「どうやら僕は道に迷っていたみたいだ。君たちが出口まで連れて行ってくれた。気を使わせて申し訳ない」
私と翔也に向かって頭を下げる。
「ありがとう、二人とも」
顔を上げた俊一の顔は__
一切の不安はなく____
ただ無邪気に微笑む男の子の顔だった。
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