第13話 俳優との邂逅

 午後のホームルームを終えた休み時間、私_辻井要つじいかなめ(旧七瀬彼方ななせかなた)は机に伏せていた。


 2周目の人生をくれた神様、男性になった途端にハードモードにする神様。


 あなた方は別々の存在なんですか?


 そう問いたくなってくる。


 あの自己紹介に関しては完全につばさが悪いわ。


 本人が事故るならともかく、私が事故るって…


 可愛いからってなんでもしてもいいと思ってたら大間違いだわ!!!


 この私があんなことやこんなことを…


 ピーーーーー(自主規制)



 取り乱してました。すみませんでした。



 はあ…


 軽くため息が出てしまう。


 今日だけでも事件が起こりすぎでしょう!?



 幼馴染みのつばさに「気持ち悪い」呼ばわり。

 新入生代表スピーチ。

 自分の事故紹介?

 そしてつばさの事故紹介。


 

 あれ?


 大体つばさが関係してない?


 気のせいかな?


 気のせいってことにしよう。そうしよう。



 歴史と同じで起こってしまった出来事は取り返せない。


 忘れるまで皆の脳裏に刻まれるのである。


 忘れてもふと蘇ることもある。


 事実は取り消せない。


 しかし、重要なのはこの後どうにか取り返していくかである。


 何をか、って?


 当面は一定の信用でしょうね。


 信用。クレジットである。


 信用がないとお願い事すらままならない状況になってしまう。


 本当お金より必要。


 女優という仕事も信頼関係で成り立っているくらいだ。関係が悪化して仕事が減るなんてザラだからね。


 お金は信用があれば取り返せるけど、信用はお金だけでは取り返せない。


 もちろんお金も大事だけど。


 でも今は信用が欲しいのよ…。


 あの入学式で拍手喝采は何だったの?


 私が作り出した虚像だったってこと!?


 「お前はこれからするだろうから餞別として拍手は送っておくわ〜」って言うものだったわけ!?



 つばさと繋がりがあると思われただけで男子からは嫉妬の嵐だろうし、女子からはあらぬ方面であらぬ思惑が生まれそう。


 なんで『介護役』とか言ったの。


 もっと別の言葉あったじゃん…


 愛人とか、元嫁とか


 ふえぇ…。


 女児が泣いた時に出そうな声を出す。


 これからのことを想像するだけでも気が滅入りそうになってくるわ。


 幸いにも親友の翔也しょうや・幼馴染みのつばさは味方であるということね。


 味方だと思っているけど、地雷を持っていることは否めないわ。



 つばさは自己紹介での自分がしたことに対する罪悪感からか謝ってきた。


 本人に悪気があったわけじゃないのは様子を見ていて分かっていた。


 もちろん美少女大好き七瀬彼方さんは寛大な心で速攻で許してあげたわ。


 つばさが謝りに来た場に、付き添いで舞浜千夏まいはまちなつって娘が来て「女心を弄ぶ輩に降った天罰にゃ〜」と言ってたけど、私は弄んでいるつもりは微塵もないわ。


 女の子を弄ぶとは、女の子に悪戯を仕掛けて恥じらいから赤面させることをいうのよ!


 女の子をからかうことに関してはこの七瀬彼方の右に出るものはいないの!!!



 あのムードメーカー、千夏っていうのね。猫語尾と猫っぽい相貌から分かったけど。


 よくつばさといるのかな?


 軽く話した感じだと要と同じ中学らしいし。多分そう。


 スマホに届いたメッセージで目立つランキング1位の文字に起こしてもうるさい翔也に続き、第2位の語尾が猫の『にゃ』。


 絶対そうだ。


 千夏のメッセージね。


 印象は猫大好き人間。以上。



「親友よ〜〜〜!!!」


 今日はよく聞く翔也の声。


「ぐあっ!」


 背中に強烈な衝撃が走る。


 そろそろ力加減というものを考えて欲しいものね。


 肉体は要くんだけど痛がるのは一応私_女の子なんだからね?


「ぐあっ!」


 ぐあっ?


 1回目は私の声だけど今のは誰の?


 絶対に翔也のものではない…


 私のでもないとすると…?



 衝撃がまだ残る背中にはかなりの重量が感じられる。


 その背中に乗っかっている人物をどかす。


 床にうつ伏せになり、目を回して伸びてるその人の顔色を伺う。



 それは知っている『俳優』だった。



 ***



 吉野俊一よしのしゅんいち


 彼と出会ったのは、私が高校二年生の頃。


 子役が主役となるドラマが大ブームとなり、各芸能事務所は我先にと『子役』ジャンルの募集を始めた。


 もちろん私の事務所もトレンドに乗っかり、子役を獲得しようと一時期はすごい躍起になってたわね。


 それで事務所が見出した才能が『吉野俊一』。


 彼と初めて共演した映画『ソメイヨシノ』で私は彼の才能を目の当たりにすることになった。


 たまたま『吉野』と『ヨシノ』が一致したから役に抜擢されたため、世間や関係者からは「子役を起用して本当に大丈夫か?」と疑問の声が上がったけれど、それを払拭するくらいの見事な演技だったわ。


 一番印象的だったシーンがもう一人の女の子の子役と桜の木の下で約束を交わすシーンね。


 女の子の別れ際のセリフから感じられる寂寥感もすごく上手と感じたけど、それ以上に返答する俊一の演技力が凄まじかったわ。


 彼女の瞳を鋭く捉える決意のこもった真っ直ぐな眼差し。

 自身の寂しさを抑えつつ彼女に安心を与える声音。

 体全体を優しく包み込むように彼女の手を両手で握る仕草。


 どこを切り取っても非の打ちどころがない場面だった。


 どこまでを意識して演じているのか、無意識している部分があるのか。


 私ともいくつかのシーンを撮影していただいたが、お互いが良い演技をしたのでかなりスムーズに終わった。


 もうちょっとNGを出せば彼の演技を直近で見れていたなあ、と後悔したわ。


 こと仕事に関して手が抜けないと言う私の性格が裏目に出てしまった。



 だからといってここで諦める七瀬彼方ではなく。


 撮影の合間の休憩中や撮影後で、俊一を質問攻めにしたのはいい思い出。


 彼がその時戸惑っていたからかなり迷惑をかけちゃったなあ。


 そのせいかもしれないけど、会うたびによそよそしくなってて可愛かったわ。


 母性をくすぐられる感じがして私の新しいジャンルが開拓されそうだった。


 だがしかし!


 私には彩奈という心に決めた人がいると何度もお経のように唱えていて邪な考えを振り払っていたわ!



 そんな可愛らしかった俊一がもう高校生にまで成長しちゃって…。


 成長していく我が子を見て、嬉しいような寂しいような気持ちのお母さんみたいになる。



 俊一は男性誌特集とかでモデルとして出ていておかしくない中性的な顔立ちである。


 高校生となった今、たんまりとモデルのお仕事も増えることでしょう。


 もともと癖っ毛なのかストレートな髪型なのか判別はつかないが、ワックスで爽やかなツーブロックを実現しているわ。


 ピアスを開ければ一気にワイルド感が増すという危うさを持ち、何か一つでも要素が抜け落ちると可愛げが出てきてしまう。


 それくらい奇跡と言えるほどの容姿。


 また、すれ違う女性に尽くときめきを与える存在感。


 しかも嫌味のない行動をとっているので周囲の男子から妬みを買うことはなく好印象のよう。



 初めて知ったことだけど彩奈と同級生だったのね。


 俊一に詳しい年齢は聞いたことはなく、彩奈と同年代っぽそうとは会う度に思っていた。


 それにしてもなんで私の教室に俊一が?


「要〜〜!教室前に大勢の女子に囲まれている挙動不審なイケメンいたから捕まえてきた!!!」


「挙動不審だから捕まえるのは別に構わないが、それ完全に私怨入ってるだろ」


「それもある!」


「理不尽極まりないわ。あと俺にぶつけてくるな。ていうか誰にもぶつけるな」


「とりあえず分かった!」


 絶対分かっていないやつ。


「いてててて…」


 伸びていた俊一が起き上がる。


「オウオウ、イケメンさんよぉ。うちのクラスに何か用か?」


 昭和のヤンキーみたいにポケットに両手を突っ込みながらいきなり喧嘩腰で問いただす翔也。


 状況整理くらいさせてあげなよ。


「焦るな翔也。少しくらい待ってもいいじゃないか」


 これまた目立っているわねこれ。


 教室内だけの視線ならまだしも、今回は俊一が引き連れてきた女子軍団が外から怨嗟の視線を送ってくる。


 主に俊一を連れてきた翔也に対してだろう。


 周囲の視線を感じつつも目の前で事件は起こっているので、まずはそれを解決しなければならない。



「すまないな、うちの翔也が突発的な行動を起こしてしまって。俺の名前は辻井要。知っているとは思うけど、新入生代表のスピーチをした人だ」


「君があの辻井要くんか、近くで見ると聡明そうに見えるね」


「ありがこうな。それで元凶のこいつが来間翔也、一応言っとく」


「幸運を運ぶと言ってくれ!あと一応って!」


「僕の名前は『吉野俊一』。君らと同じこの学校の1年生。俳優をやっていて、この教室には七瀬彼方の妹_『七瀬彩奈』に会うために来た」


 彩奈に?????


「「えええええええぇぇぇ!!!!!」」


 私と翔也の声が教室に響き渡った。

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