第11話 事故紹介?

 ガラッと開かれた扉からは予想通りに私_辻井要つじいかなめ(旧七瀬彼方ななせかなた)たちのクラスの担任_高瀬たかせ先生が現れた。


 彼女は黒板前の教卓前で挨拶し始める。


「入学式で紹介されましたが、ここでも自己紹介をしておきまふっ!」



 瞬間___



 教室は歓喜の渦に包まれた。


「先生可愛いーー!!!」「お茶目〜」「美人〜〜〜」「結婚してくれ〜〜」


 おい最後の方。求婚すな。


 実際のところ生徒の発言の通り、高瀬先生が美人であることには同意だ。


 教師らしく髪色は派手ではない灰色がかってややくすんだ茶色、軽く巻いたロングヘアを下の方でゴムで留められている。


 見ろと言わんばかりに晒されたうなじがいっそう大人っぽい雰囲気を出しており、見る者の性癖を捻じ曲げかねない危険を孕んでいる。


 ん?私はうなじ大好きだよ?特に旧妹_彩奈のがね!


 うなじってなんでこうも扇情的なんだろうね?


 えっちくて好き。


 今日、対面して感じたのは「この先生、意外と天然な部分があるかもしれない」ということだ。


 教師が「天然な」部分を持つことは、良く言えば生徒から愛される面があること、悪く言えば舐められる要素を持つことだ。


 皆の反応を見る限りでは、前者の愛され属性が発揮されているように思われる。


 さて、セリフを噛んだ高瀬先生の方はというと、プルプルと震えており顔を赤らめて頬を膨らませて恥ずかしいのか怒っているのかはたまたその両方なのかと言った感じである。


 やがて自分の感情の整理が着いたのか彼女はこほん、とわざとらしく咳をして教室に静寂を取り戻す。


 自己紹介ならぬ事故紹介ね。


「まあ、先生も失敗するということで。改めて、自己紹介をします。私の名前は『高瀬萌たかせもゆる』。『高い』の『たか』に『浅瀬』の『せ』、そしてメイドさんがよく使う『萌〜』で『もゆる』」


『萌〜』を恥ずかしがっていうものだからまた軽く教室がザワっとする。


 きちんと名前の可愛さを体現してるもゆるちゃん、天使かよ。


「えっと、担当教科は数学です。あ、みんなの担任ね、一応」


 一応ってなんやねん。確かに担任でしょうに。


 突如、前の席の人物が手を挙げる。前の席の人物と言っても我が親友_来間翔也くるましょうやだけど。


「はーい!はい!もゆるん先生!!!!質問いいですか!!!」


 先ほどの教室全体の歓喜(主に翔也の声だったような…)に引けを取らない声量で、小学生みたいに机から乗り出して先生に尋ねる。


 もゆるん先生って可愛い。私も使わせてもらおうかな。


「もゆるん先生…?とりあえず質問どうぞ」


 小首を傾げながらも承諾するもゆるん先生。


「彼氏はいますかっ???」


「いません」


 即答オブ即答。諦めたかのように虚空を見つめる高瀬先生の姿はまさに仏。ニヒリズムの極地。


「「「うおっしゃあああああ!!!!!」」」

「「「えええええええええ〜〜〜???」」」


 再度湧き上がる。もちろん喜ぶのは男子で、女子は冷ややかな目で男子を睥睨する者が半分、先生に恋人がいないことに驚く者が半分。


「よくやった翔也!」「さすが切り込み隊長!」「男子きもーい」「先生恋人いないの嘘でしょ!?」


 口々に発言するのでいちいちこのクラスはうるさくならなきゃ気が済まないのかしら。


「はい。質問はここまでにしておいて、ホームルームを始めます」


 突如パンパン、と生徒の気を引くように手を叩き、真剣さが伝わる声のトーンと厳かさを現した顔で高瀬先生は注目を集める。


 それに呼応して、教室の空気が先ほどまでとは打って変わって引き締まる。


 ***


「は〜い、じゃあ配布物の説明が全て終わってお昼休みまで時間があるのでみんなにも自己紹介をしてもらおうと思いま〜す」


 ホームルームもひと段落し高瀬先生の緩んだ声も相まって、生徒たちは安堵し周りの席の人と談笑し合う。



 高校生にもなって自己紹介?とお考えの方もいらっしゃるかもしれないので自己紹介の意義について展開しましょう。


 自己紹介とは『相手に自分が何者であるかを伝えて知ってもらう機会』のことである。しかも大抵の場合が初対面で行われる。


 人間は無意識下で初めて会った人を「こういう人なんだ」と決定する。第一印象というやつね。


 見た目、テンション、リアクション、話し方、目線、体から発せられる『その人』のあらゆる情報が他の人の中での『その人』を構築する。


 こういう割に新入生代表演説が原因で、クラス・学年・全校に対する私の印象が『頭のネジが何本か飛んだ人物』となっているので説得力のかけらもないわ。


 いや、あれは狙ってやったことだからね?

 決して勝算がなかったわけじゃないからね?

 ただ注目を浴びたいってわけじゃないから!

 本当に自分に酔ってるとかじゃないからぁ!


 結局、何が言いたかったというと『自己紹介は大切』ってこと。


 第一印象が全てを決めるわけじゃ無いけど、自己紹介の4割くらい重要!


 だからくれぐれもみんなは「〇〇です。よろしくお願いします」で終わらないで。


 前の人たちがやっていたからって同じようにやる理由はないわ。


 他の人たちと自分を差別化するためにも、30秒くらいで終わる1エピソードを話すといいかもね。


 みんなには是非とも失敗して欲しくないわ。私を反面教師にしてどうぞ。


 あ、反面教師って言っちゃった。違う違う。


 失敗だったかどうかは別にどうでも良くて。


 あとね、「高校デビュー」って言葉があるのはみんな知っていると思うんだけど、私はそれが悪いとは思っていない。


 よくないと思っている人間が多すぎるだけの話である。つまるところ、環境のせい。


 新しい環境だから今までの自分をおさらばして自分を変えようと勇んだ結果、周りの人間から「イタイ奴だw」と嘲笑される。


 それで皆「変わろうとしなければよかった」何て思って今までの自分のままでいることを選択する。


 なんと悲しいことだろうか。


 人間は変化に適応できて残ってきた生命だ。


 大昔にいたと言われている恐竜たちは人間よりも圧倒的に強大な力を持っていた。なのに絶滅した。


 それはなぜだろう?


 人間が今もなお生存しているのはなぜだろう?


 『環境に合わせて生き方を変えてきたから』だ。


 規模の大きい話をしてしまったが教室という小さなコミュニティでも同じことだ。


 自分が環境の中心だと、僕私が台風の目なんだと、周りがどんな評価を下そうともその相対的な評価は自己評価という絶対的な評価に敵わない。


 変化を求めるのは人間として普遍的な欲求である。


 でもみんな変わりたいと思っても嫌なこと一つで変わらないことを選ぶ。


 そしてだんだん変化を嫌う。



 そうじゃないだろう、と私は声を大にして言う。



 変わりたいな。

 変わろうかな。

 変わったら人生がどれほど豊かになるのだろうか。


 そう思ったんなら変わればいい。

 そうしたら勝手に周りも変わってくれるから。

 いや、変わらざるを得ないから。


 あなたに嫌われてもいい覚悟あるなら必ずできる。



 ふう…。自己紹介から環境に対する変化まで展開できるなんて思ってなかったわ。


「おーい、要〜」


 ふと翔也に呼ばれる声がしたので窓の外を見ていた私の心が現実に引き戻される。


「次、要の番だぞ〜自己紹介」


「ん?ああ…」


 もうそんな順番まで来てたのかしら。


 チラと流し目で周りを見渡すと全員が私の方に注目している。


 調子に乗っているなと冷ややかな目を向ける者、一体何者なのかと興味津々で品定めしようとする者、得体の知れない未確認生物に遭遇したかのような若干の警戒心を持った者など様々である。


 なぜだか高瀬先生は体の前で両手の指をギュと結んでいて、何かを祈っているみたい。


 あ、今更気が付いたんだけどつばさも同じクラスだったのね。


 めちゃくちゃ心配そうな顔してるわね。実際に心配かけてるしなんとも言えない。


 それより自己紹介しないとね。


 私は椅子を後ろに引いて立ち上がる。


「辻井要です。知っているとは思いますが入学式で挨拶してた変な人です。とりあえずだれかれ構わず話しかけていくんで一年間よろしくお願いします」


 もう変人だって思われてるし、中途半端に真面目ぶっても「何を今更」感が否めなく、中途半端に終わるだけなので突き抜けることにしたわ。


 話しながら次の内容を話した瞬間だった。


 前の席の明る煩い声の大砲が私の言葉を遮った。


「はいは〜い!!!入学式で要くんのことを誤解してる人もいるませんが、彼、諸事情で記憶喪失になったみたいでほぼ友達ゼロな状況なのでみんな絡んであげてね〜!!!」


 翔也の発言にみんなきょとんとする中、私は翔也の発言を思い出していた。



(…まあ俺がいるから安心しとけ悪いようにはしないから!…)



 オイオイオイオイオイオイ!!!!!


『悪くしない』ってこのことだったの!?


 私の自己紹介を中断した挙句、記憶喪失って情報を開示しやがったぞ、あの野郎。


 絶対に後でなんか奢らせるわ。



 起こってしまったことは仕方ない。


 取り消しようがないのだから。


 そもそも翔也に交通事故や記憶喪失のことを他言無用と釘を刺していなかった私にも悪い部分はある。


 とは言ってもなぜこのタイミングで割り込んできたのか?


 付き合いは短いけれど、勢いで余計なことを口走ってしまうほど翔也が馬鹿ではないことはわかっていたはずんだけどなあ。


 それくらいは翔也という人物を買っている。


 もしかして本当に馬鹿?ただ本能が働くとか直感だけで動いているとかなのかな?


 そうじゃないはず。そうだと思いたくない。


 きっと何か考えがあってのことだ。


 客観的に見ても今の私にはマイナスイメージが付いているはず。


 翔也は私に対するみんなの評価を少しでも上方修正しようとしてる。


 これだ。


 あとは私が今まで培ってきたアドリブ能力で打開するしかない!


「いやいやいや!友達ゼロは否定しないが、記憶喪失は流石に嘘だわ!」


 ズベシ、と翔也の頭を強めにチョップする。


「友達ゼロはむしろ否定してくれよ!親友の俺が泣いちゃうぞ?」


 なんで殴られてもニコニコしてるんだ、翔也?ドM?


 すかさず反論した翔也の反論に教室全体が軽く笑いに包まれる。


 なんとか正解を引き当てたようね。


 評価が地に落ちなくて一安心。


「そんなわけで要くんを今後ともご贔屓に!」


「どんなわけでだ」


 また笑いが起こる。


 ひとまず無傷で着地できたっぽいわ。


「うちの翔也がお騒がせしました。それではよろしくな」


「後で会議開くから覚えとけ」と翔也に目線を送って座る。


「はーい、みんな拍手〜」


 高瀬先生めっちゃ冷や汗かいてる。そんなに焦るようなことしたかしら?


「え〜と、次は七瀬さんの番なんだけど、家庭の事情により1週間ほどお休みするので、登校してもらったら自己紹介してもらいます。みんな仲良くしてあげてね」


 え?


 今、『七瀬』って言った?


 彩奈のこと?????


 ええええええええええええええ!?!?!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る