第10話(閑話) 先生の苦悩
ホームルームの鐘が鳴って10秒くらいが過ぎたか。
「はあ…」
職員室から教室へ向かう道すがら、私はため息を吐いていた。
私_
そしてこの光泉高校の数学教師だ。2年目にして初めて担任としてクラスを受け持つ次第となった。
先ほどため息を吐いていたのは、入学式で盛大にやらかした『例の生徒』のことについて考えていたからである。
「
その生徒の名前が思わず口に出てしまう。
入学式で校長先生含む全大人を「つまらない」とばっさり切り捨てた新入生代表演説は記憶に新しい。
(とんでもない生徒を引き受けてしまったものね…)
私の頭の中には、
『後悔』
の二文字が大きくまとわりついている。
原因は数日前に学校に入った一報だった。
その日のことを思い出す。
***
「え!?交通事故?記憶喪失!?」
私は電話越しに誰もいない職員室で叫んでいた。
現在は春休みで、部活の顧問として部活を見守り終わり誰もいない職員室で一息ついていたところだ。
そこに一本の電話が事務の人を通して職員室にかかってきた。
電話の主は件の『辻井要』である。
非常に礼儀正しく真面目である印象が伝わる話し方だった。
「はい。目立った外傷もなく日常生活にも支障がないと医者の方に告げられました。学校の方にもご迷惑をおかけしすると思いまして報告させていただきました」
辻井くんは淡々と事実を述べる。
「え、ええ、わかりました。こちらの方で校長先生を始め上の立場の方に報告しておきます。また、入学式後に書類を提出してもらうことになるのでそちらの方は後日お伝えします」
私は動揺しつつも最低限の対処をする。
この時はこれが最善の対処だと思っていた。
「ありがとうございます。それでは失礼します」
ガチャ、と通話が終了した。
***
「なんて日だ…」
某スキンヘッドのお笑い芸人ならもっと声を張って言うのだろうが、今の私は明るく振る舞う気分にもなれない。
辻井要くん。
入試の成績は5教科のうち4科目が満点の2位で合格。
残りの1科目は答案用紙に名前だけ書いて白紙で提出。
当時試験監督だった先生によるとその時間はガッツリ寝ていたらしい。
一般の学生なら分からなくても一生懸命に時間いっぱい諦めず解答するものだろうが、まるで『受験』というものを路傍の石ころほどの価値くらいしか感じていない、もしくはそれ以下の価値にしか思っていないみたい。
私が担当した面接では、最低限コミュニケーションが取れるくらいでネガティブな印象が強かった。
コミュニケーションが苦手な人特有の、質問されたら「あっ、〜」と返答をしたり、目線をあちこちに彷徨わせ落ち着かない感じになったりしていた。
しかしながら返答の仕方や怪し目の態度は面接においてそれほど重要の要素ではない。
もちろんあからさまに態度を悪くしたりすると落第させられるが。
本当に重要なのは、返答の『内容』である。
受験や就職などの面接で仮面を被る受験者は多いだろう。
嘘やテンプレートといった化けの皮はすぐに剥がれる。
ほとんど全員が面接というステージで道化師を演じるせいで差がつかないだけだからね?
本音で語るのが実は良かったりするのよ?
ここだけの話。
だけどごくたまに小さくも大きくも見せることなく『ありのままの自分』をぶつけてくる人がいる。
今回の辻井くんがそうだった。
千枚通しよりも尖っていてかつ
それを隠すことなく自然体で「僕はこういう人間です」とあっさり述べてしまった。
なかなかできることではない。
面接の総評としては『人馴れしてないが自分の全てを億劫なく出すことができる人物』だ。
そして入学式の代表演説をした人でもある。
何故主席ではなく2位の人なのか?
その答えは1位の人がモデル業?をしているらしく、これまた数日前に体調が悪くなったらしく入学式を含め1週間前後欠席すると連絡が入ったからである。
タイミング悪すぎませんか?しかも辻井くんが交通事故で記憶喪失って…。
最近は自分の近いところで事件が起きていて、今度はお前の番だと言われてる感じがしてとても身の危険を感じているわ。
まさしくその通りだったのかもしれない。
結果として、記憶喪失後の辻井くんは入学式で盛大に暴れまわってくれたわけだから。
私に悪い部分があるのも否めない。
電話越しでも入学式演説の確認をするべきだったわ。
というか何が何でも絶対にしなければいけなかったの。
事情を抱えた生徒にさせるべきではなかった。
だからこその後悔。
「あの時、こうしておけばよかった」と後悔してしまう。
後悔で頭が埋め尽くされそうになった私はその言葉を取り除くように頭を左右に振る。
行ったことの事実は消えない。過去を振り返っても無駄。そもそもこれは私が原因だ。
生徒のせいにするのはお門違いというやつだ。
私はネガティブな感情が芽生える、または芽生えそうになったら「自分が悪かった」とまずは現状を受け入れるところから始める。
次にアフターケアをするための方針を決定する。そして実行。
学校全体の共通認識として『辻井要は少々頭がイっちゃってる人』ということがある。
少しでも改善させる方法は…。
………!
我ながら名案が思いついた。これなら勝つる!
そこでちょうど教室のドアの前にたどり着いた。
今日から担任を受け持つのだ。
初っ端からダメな教師を見せるのはダメ。
自分で自分を鼓舞する。
ということで気合を入れるために頬を両手でぱしんと叩く。
意を決して扉を開けた。
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