第9話(閑話)幼馴染みの心境

 私_最上もがみつばさは自分の座席に座り机に長い髪の内側から頬杖を突いてかなめ翔也しょうやが会話しているのを眺めている。


 先ほど要が教室に入ってきたときは、教室にいた皆の視線が要に集中し少しだけ教室の空気が引き締まった。


 警戒、興味、未知、様々な意を含んだ空気感の中、翔也が要に突撃していったおかげで教室に平穏が訪れたけど。


 翔也って無意識で場の空気を良い方向へもっていく能力でもあるのかな?

 それとも意識的に行っているのかな?


 良い意味でのムードブレイカー、そしてムードメーカー。


 どちらにせよ、魅力的なチカラをもっていることに変わりはないよね。


 あ、ちなみに私と翔也も仲良いよ。


 中学時代によく要と一緒にいたから必然的に私と関わる機会が増えたからね。


 翔也のことは少し置いといて。



 先刻の全校集会で要が『大人はつまらない』と学校中を驚愕の渦へと巻き込む発言をしたことについて考える。


 中学時代の要はもともと目立つこと極力控えるような人物だった。


 客観的に自分を捉えることができている。

 過小評価も過大評価もしない。

 徹底的な自己分析ができる。

 それでいて、繋がりがないと他人のことに全く興味がなくなる。

 私から見たら極度の自分大好き人間。

 自分のことにしか興味が向かない。

 思春期が身体的成長に極振りされ、精神的に全く変化が見られなかった男の子。


 私が辛うじて要と繋がれる要素が『幼馴染であること』と『私が過去に要に救われたこと』だ。


 じゃあ要と翔也を繋げるものは?と気になる方もいるから答えましょう。


 翔也に関しては、これでもかっ!ってくらいの『押しの強さ』の一点突破で強引に要と強固な関係を築き上げてしまった。


 要の方も最初は翔也を突き放すようにしていたが翔也は拒絶されても曇ることを知らない笑顔で毎日のように要に話しかけ、いつしか当たり前のように要の隣に居座るようになった。


 私もそれぐらい強引にいければなあと何度思ったことか。


 今この状況もそうだ、要が記憶喪失と知ってもなお翔也は友人としていることの選択を厭わなかった。


 誰よりも眩しく現在に生きているって感じ。


 素直に尊敬してる。


 また話が翔也になってるけど、私は別に翔也のことを異性として好きとかじゃないからね?


 自分とはどこか別の次元を生きているのではないかと錯覚してしまうほどの存在レベルで尊敬してる。

 

 それくらい翔也がすごいってこと。

 しかもそれを知っているというか、そう感じるのは近くにいる人間だけなんじゃないのかな?


 要も翔也に惹かれる部分があるから自分の領域に入ってくることを許したのかも。



 じゃあ要は…?


 要に意識が寄せられる。


 それに合わせて自ずと視線が要に寄る。


 交通事故に遭って記憶喪失になって以前の要とはほとんど共通項を持ち合わせていない今の要。


 魂が入れ替わったかと思わせるくらいには人という人が変わった。


 容姿への無頓着さ。気怠げな相貌。不器用な口調。


 全てが良い方に修正されていると思う。


 前が悪かったというわけではないけど。事故前3ヶ月は私の中で結構株価が上がってたんだよ?


 それに高校生上がり立てとは思えないくらいに妙に達観しているというか、落ち着きがあるというか、一気に大人びた感じがするし…。


 私はどう要と接していけば良いのかな?


 本人はいつも通りでいいって言ってくれたし。


 私も普通にふざけたけどそれも受け入れてくれたから嬉しかったなあ。


 じゃあ普段通りでいいよね。


 それにしてもスキップしていた要はシュールすぎて面白かったなあ。


 ふふふ、と思い出し笑いしていると机の下からひょこっと人影が現れた。


「な〜に笑ってるかにゃ???」


「あひゅん!?」


 人間という生き物は集中しているところに自分に向けられた声を聞くと、普通に話を聞いている時の数倍は大きく聞こえるみたい。


 実際にはそんな大きな声じゃなかったと思うけどね。


 兎にも角にも心臓が跳ね上がった。


 声の主を見ると、ニャハ〜と口角が上がった口からくっきりと可愛らしくも鋭い八重歯をキラっと輝かせる。


 私の親友、舞浜千夏まいはまちなつである。


 トレードマークとして主張が激しい茶トラ柄の猫耳フード付きパーカーから綺麗に整えられた前髪の艶感のあるショートボブが覗いており、清楚というよりかはミステリアスな雰囲気を醸し出している。


 語尾から大体予想ができると思うけど、大の猫好き。


 猫をこよなく愛し、猫に愛された、最も猫に近い存在。


 猫に愛されるとは文字通りであり、学校からの帰り道で野良猫と遭遇すると、一匹狼のような孤高で威厳を放つ猫、疑心感を持ち人間から逃げていく猫、あらゆる猫が野性を捨てて、にゃあという可愛い鳴き声とキュルルルンって効果音を出しそうなくらいの潤んだ瞳から繰り出される上目遣いと共に千夏へすり寄っていくんだもん。


 もう猫の母親だよ。


 対猫用の母性を持ち合わせているとしか思えないよ。


 お家にも猫がいて、将来は猫が周りにいてくれる職場を所望している。


 でも、こういう猫言葉を初っ端からので初めて会話したときは困惑したものだ。


 本人は「私、猫みたいなものだからにゃ〜」と押し切ってきたため当時は納得できてはいなかったが今なら納得できる。


「つばさは相変わらず可愛い反応をしてくれるからからかい甲斐があるにゃ」


「ほんとにびっくりしたんだからね!」


「ちょっと怒ってるつばさも可愛いにゃ♡」


 可愛らしく両手でハートマークを作るのでずるい。


「ん…もう…」


 からかい性能高くて対処に困っちゃう。邪気のないあどけない笑顔が責める気を失くさせているんだからずるすぎる。


 私が千夏をからかっても返り討ちに合うだけなのはもう中学生の時に実証済み。


「真剣なつばさの表情を30秒くらいずっと眺めてても夏に気がつかなかったんだからね〜」


「30秒も見てたの!?」


 う〜〜〜。こういう弱みを突かれると恥ずかしい。


 千夏だから全然構わないんだけどね。


 あと千夏の自称詞は『夏』である。


 あった時からこうだったのでこれ以上は何もないけど。


 彼女に質問ある方は直接どうぞ。


「それで何見て笑ってたかにゃ?大方、要くんの方を見ていたからわかっちゃうんだよね〜」


 むう。図星である。


 千夏には私の行動が全て見通されていると思った方がいい。


 この子、可愛い顔して抜けてる風に見えるからたまに誤解することもあるんだけど、感性が鋭すぎるところがある。


 だから素直に返答する。嘘なんて付いたらそれをきっかけにまた弄られるし。


「あの入学式のスピーチがあったし、気にならないって言うと嘘になっちゃうからね」


「そうだもんね〜つばさは要が大好きだからね〜」


 千夏は要たちの方を見ながらニヤニヤする。


「そんな事ないしっ!別に好きじゃないから!」


「そういう割には顔が赤くなってるにゃ?つばさの嘘はお見通しだにゃ〜」


 少なくとも1ヶ月前の要は好きだったかもしれない。


 かもしれない。可能性はあった。


 気持ちがはっきりする前に要が交通事故に遭ったからその気持ちがどういうものだったか今となっては考察不可能となってしまったわけだが。


 今の私が要に対する感情というと、どう接していいか分からない事による遠慮と以前とどう関係が変わっていくのかという憂慮である。


 と私が混迷の表情を浮かべると、


「やっぱり交通事故で記憶をなくしたのが気になるのかにゃ?」


 私の気持ちを汲み取って、それを言葉にしてくれる。


 千夏にはやっぱり敵わないな。


「そう…だね…。最近は色々な予想外なことが起こりすぎちゃって頭の整理がつかないよ…」


 どこにもぶつけようのない嘆きを放ってしまう。


 それを千夏は真面目に真正面から受け止めてくれる。


 こういう魅力があるから私は千夏に惹かれる。


「要くんから別に拒絶されてるわけじゃないんでしょ?」


「うん…」


「じゃあつばさがしたいようにやったらいいにゃ?」


「私がしたいように?」


「そうにゃ〜今まで通り一緒に過ごしていくのもありだし恋人関係に発展してもいいんじゃないかにゃ〜」


「恋人っ!?」


 再び顔をはじめとして全身から熱を発するのを感じる。


 いつの間にか千夏はニヤニヤしているし、隙あらばトラップを仕掛けてくる。


 まったくもう。


「恋人関係はともかくにゃ。ひとまず現状維持してみればいいんじゃないかにゃ?」


「彼がどう振る舞うのかまだ全然分からないからそれが一番だよね…」


「そうにゃね〜」


 キーンコーンカーンコーン___。


 どうやらホームルームの時間が始まるようだ。


(ありがとね、千夏)


「んにゃ?なんか言ったかにゃ?」


「ううん。それよりホームルームが始まるよ」


 手を振って自分の席に戻っていく千夏。


 私も同じように手を振って返す。



 高校生活かあ。


 波乱の渦が巻き起こった春休み。


 新生活に不安や期待を抱く。


 不安の方が若干大きい気もしなくもないけど。


 チャイムの余韻にこれまでの思考を抱えて黒板へ意識を向けた。

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