第8話 親友?or悪友?
私_
その視線には羨望とも不安とも期待とも嫌悪とも興味とも受け取れる善悪が交錯しあった感情が含まれている気がした。
女優時代の七瀬彼方は言わば日本男児の理想の女像、女児の理想の自分像。
注目の的となることに違和感はないが、今は先走ってしまっとことに対する羞恥と後悔の念が止め処なく周囲の視線とともに押し寄せてくる。
コンマ数秒立ち止まった私は心境とは裏腹に不敵な笑みを浮かべながら、教室の静寂を切り裂くかのように自分の席に向かって歩き出す。
歩く道すがらその『ある人物』がぬっと私の肩に腕を回してきた。
「親友よおおおおお〜〜〜〜〜〜!!!!!さっきの演説、めちゃくちゃ面白かったぞ〜〜〜〜!!!」
「うおっ!?」
ガタッと左側に引っ張られよろめく。
力強すぎでしょ、砲丸が肩に直撃したみたいな衝撃を受ける。
それと声大きすぎて鼓膜が破れるかと思ったわ。
「痛い」
「大丈夫?????」
「心配するくらいなら最初から突撃してくるな」
「いや、入院していたことの話」
「唐突すぎないか?まあ立って話すことでもないし俺の席まで行くぞ」
***
俺の席は窓際最後列という前世で徳を積んだ者が座ることを許される課金席である。
七瀬彼方時代は、徳を積んだというかは徳を消費していたと思われますけど。
そして目前にいる『男』がその前の席という、運命の悪戯ぶりである。
「それで、盟友よ」
その男が話を切り出す。
「交通事故で入院してたってマジ?」
「大マジだな」
「その口調、一人称『俺』、生き生きしている目と少なくとも明るめの表情、整えられた髪の毛、伸びた背筋。それに加えて、さっきのぶっ飛んだ演説!!!俺には分かるぞ!」
親友と言うところから要の知り合いね。
きっとつばさから連絡を受けている内の一人だし。
とりあえず理解者がいてくれることに越したことはないと安堵した。
「要、彼女が欲しいんだな?」
「は?」
あえてもう一回言うけど
は?
何を言っているのこの人?
「要、お前の気持ちは痛いほどわかるぞ〜!あれだろ?中学でなかなかモテなくて、好きな人がいてもアタックできなかったから、自分のビジュアルを良くすれば女の子の方から寄ってくるって寸法だろ〜?しかも高校入学時は周りの人間がガラッと変わるしな〜」
うんうん、と翔也は自分で勝手に納得する。
頭の中お花畑かと思ってしまったわ。
今の男子高校生って思春期真っ只中だから仕方ないと言えば仕方ないのかしら。
それにしても前の要の印象はかなり低い。申し訳ないんだけどよく友人いたわね。
何か要くんに他人を惹きつける魅力があったのかな?
「あのなあ?別に彼女が欲しいわけじゃないからな?」
「いやいや、それはもう好きな人がいるっ!」
だめだわ。
爛々と目を輝かせていて何言っても効かない。
好きな人は彩奈っていうパーフェクトオールドシスターが確かにいるんだけどね。
何の話だっけ?交通事故があったところだっけ。
話が逸れて話が進まないのは全然構わないんだけど、脱線しすぎたら確認のために戻すようにしないとね。
結局、この人は要が記憶喪失であるってことを知っていない?
近しい人だからてっきりつばさが知らせてくれていると思ったんだけど。
単に報告し忘れか、あるいはこの人が把握していないか。
「それで交通事故に遭って記憶喪失になった感想を聞かせて欲しいな〜」
前言撤回。
記憶喪失と分かった上で遊んでやがったな、こいつ。やりおる。
「記憶喪失だって知ってたんなら先言え。あと感想も何も忘れているからどうしようもない」
「いや〜最初に接触した反応を見たくて…それで、いったいどの程度忘れていたりすんの???見た感じだと歩くとか会話するとか日常生活に支障はなさそうかな???そんで人物や出来事の情報が抜け落ちているっぽい???あ、俺の名前は『
さらっと自己紹介をしてきたわね。
矢継ぎ早に質問してくるけど半分くらいは自問自答しているから答えなくていいかしら。
来間翔也…か。
要の親友と思われる人物。身長は要と大差ない。
ボサッとした髪の毛で、軽薄そうな印象を持つ男だが論理的思考能力が高めで聡いところがある。
たまに理外なこともするけど。ふざけること大好きそうではあるわね。面白くするためには何でも使えというザ・芸人タイプの人間。
おそらくだけど、人付き合いが良いタイプ。
とまあ第一印象はこんな感じね。
私の場合は観察しすぎているのかもしれないけど、大抵の女性は初めて会う人に対して品定めをしていると言っても良いと思うの。
恋愛対象としてどうなのか、これから関係を続けていきたいだとか、無意識化で残酷な選定が行われていると思っても過言ではないわ。
「〜。記憶喪失って辛い過去を忘れられる良い面を持つけど同時に外国に一人放り出されたみたいに一から新しい環境を構築しないといけない大変な面もあるもんな〜」
翔也についての考察を脳内で述べている間に、記憶喪失についての話が展開していた。
面白いことにはとことん首を突っ込んで、行き着く宛もなく話を進めるのが好きなんでしょうね。
私も話を脱線させることに定評がある(主に旧妹_彩奈との会話だけど)が、脱線する人しかいないとどっちかが進行役を務めないといけない。
例えば漫才で2人とボケだと成り立たないでしょう?
「まあ俺がいるから安心しとけ悪いようにはしないから!」
翔也は親指を立ててこちらに笑顔を向けてくる。
「悪くされそうな気しかしないが」
「まあまあ!落ち着いて!」
「俺は落ち着いてる」
初めてのやりとりなのに不思議と悪い心地はしない。
女優時代は他を圧倒的に寄せつけないほどの実力を持っていたので、同じ土俵で会話できたのが他のベテランの女優さんなど主に自分より歳が10以上離れた人ばかりだった。
「精神年齢おばさんじゃんw」と思ったそこの君。後でお話があるからね?
また同年代の人と喋ることはよくあったんだけれど、変に緊張されたり気を遣われたりして距離感感じることが多かったしなあ。
私が相手に興味を持ちすぎて質問責めしすぎたせいで引かれることの方が多かったかも。
芸能界ってすごいのよ?
当然、演者・スタッフが協力してドラマや番組、一つの作品を作り上げていく中で皆が知っているような著名人と関わることが多い。
アイドルとかタレントの人と関われてすごい貴重な経験を毎日のようにさせてもらっていたわ。
何よりその娘たちが可愛すぎてあんなことやこんなことをしたいと思ってスキンシップ(髪の毛の匂いを嗅ぐ、ふくよかな柔肌に手を添えて相手の瞳をじっと見つめる、手入れされた指先を観察する、etc…)するんだけど、毎回良いところでマネージャーに止められたのは良い思い出。
あの娘の唇とか柔らかそうだったなあ。
ある意味でパワハラよね。
でも本人たちは嫌がっていなかったからセーフよ、セーフ。
美人だから大抵のことは許されるのよ!!!
今は男子高校生だからできないけど!!!
小休止。ふう…。
だからこうして、同じ年齢(精神年齢・経験値は違うけれど)で会話できるのは対等という感じがして新鮮ね。
「よろしく頼むよ、翔也」
これからお世話になるわけだし、要の人間構築に重要になってくるはずだし。
私の前の座席から逆向きで椅子に座っていた翔也はニマニマして私の肩をバンバン叩いてきた。
「いや〜要がそんな真面目なこと言うとはな〜!お兄さん泣きそうになっちゃうな〜!」
翔也は手で涙を拭う真似をする。
顔と仕草が全く一致していないのがコミカル。
「真面目なのか?」
「以前の要は、そりゃ尖ってたからな〜。斜に構えていつも捻くれてて、どこからそんな表現でてくるねん!ってことばっか喋ってて面白かったわ!!!今は記憶喪失だからさらに面白いけどっ!!!」
「この状態で突き放されてたらきつい。騒ぎ立ててくれる方がありがたい」
「ジャンジャン騒いでいくからそこんとこよろしくぅ!!」
「ああ」
キーンコーンカーンコーン___。
どうやらホームルームの時間が始まるようだ。
クラス内にいた生徒たちはガヤガヤと各々自分の席に向かう。
俺と翔也も会話をやめ、前へ向き直る。
教室の扉が開き、私たちの学生生活が幕を開けた。
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