第5話 新妹〜しんまい〜
退院して
着替えなどの軽め荷物が入ったカバンを持って玄関の前に立つ。
両親は先ほど私を家まで送ってくれて、午後からは仕事があるからと去っていった。
午前は休みを取ってまで迎えにきてくれた。
父親はぶっ飛んでいるけど、なんだかんだいい家族である
だから今現在、私と現妹がこの家にいることになる。
当たり前だがこの家に入るのは初めてなので、少しばかりの緊張とそこからやってくる不安があった。
しかしながら、幼少期の頃に友達の家に初めて遊びに行った時のあの冒険するかのような期待感や高揚感が不安を打ち消していた。
とりあえず入りましょうか。
家のドアに手をかけたところでふと『家にどう入ればいいのか』という疑問が頭をよぎった。
私_辻井
となると、鍵が空いていないためインターホンを鳴らさなければならない。
インターホンとかいつ以来よ…。
ピンポーンと合図をし、家の中にいると思われる人物を玄関に呼び出す。
ガチャ。
「ん…お帰り兄貴…」
家のドアを開けてひょこっと顔を覗かせたのは現妹_辻井
年は要くんの一つ下で今年度から中学三年生。
耳元で結ばれたツインテールが激しく主張してくる。
「ツインテール」と言われると少し幼げな印象を受けると思うが緩く編み込んだ茶髪がツインテールと相乗効果を生み出し、年齢よりも一段階大人っぽい色気を醸し出すことに貢献している。
それに加え、身体よりもひと回り大きい白い編みニットを着ており可愛らしく萌え袖になっている。
どこからどう見ても抱きつきたくなるような部屋着です。素晴らしすぎます。ありがとうございました。
普通に同年代の男子が見たら即惚れてまうやろ、こんなの。私も惚れたわ。
内心ゲスいことを考えそうになっていた(考えてた)ことを梓に悟られないように私は平然と話す。
女の直感はかなり当てになるから怖いのよ?
「ああ、ただいま」
家に入って靴を揃えたもののそこからどうしていいかわからず立ち尽くす。
ボーッと立っているの私を見かねた梓はハッと何かに気がついたように、
「そっか、兄貴記憶喪失だもんね。この家のこと何にもわからないか」
「さてはエスパーだな?我が妹よ」
「気がついて当たり前でしょ、どれだけ兄貴のこと見てきたと思ってんのよ」
おおっと、軽口をさらっと流されちゃった。旧妹_彩奈とのやりとりもこんな感じだったなあ。
私がボケて、そこに妹がツッコむ。Sっけのある妹はいかがですか?私はばっちこいです。
「まずは部屋に行きたいかな、荷物も置いてきたいし」
「兄貴の部屋ね。目の前に見える階段を登って一番奥まで行った右手にある部屋だよ」
「分かった。部屋を確認したら家の他の場所も紹介してほしい」
「はーい。私はリビングにいるから」
と梓は階段横の扉を指差す。
「じゃあ部屋に行ってくる」
「確認し終えたら来てね」
相槌を打って梓と別れる。
部屋はどんなのかな〜?
意外と広いわね。
私が女優時代に借りていたマンションは一人暮らしとしては十分すぎるくらいに広い1LDKだったけれど、この一部屋も10畳くらいとゆとりがある。
なんか如何わしいアイテムでもないかな〜?と部屋に入ったら、あらまあ、要くんが几帳面ってのがわかるくらいに綺麗!!!
数日間開けてたから少し埃が被ってるけど、それでも全然綺麗!!!
………。
もうこの床見るの最後になるんじゃないのかな?
そう。何を隠そう七瀬彼方は掃除が大の苦手。散らかしの天災である。
女優をやっていたんだからイメージでなんとなく家事全般もできると思ったでしょ?
残念ながら天は二物も三物も私に与えてくれなかったわ。女優関連以外はからっきし。
女優時代は一人暮らしだったわけで当然部屋をきれいに保てなかったわ。
じゃあどうやって生活していたって?
パーフェクトマイシスターの彩奈ちゃんが私のお部屋に来てくれて掃除してくれたのよ!!!
しかも、掃除だけじゃなく料理も洗濯も完璧。
私の部屋のことを私以上に把握していたからね!
あ〜もう大好き!!!お嫁さんにしたい!!!
ふう、落ち着いたところでちょっと役所に婚姻届をもらいにいってます。
じゃなくて!
それじゃあテンションMAXでお部屋の方を見ていきたいと、思いま〜す!(某チューバー風挨拶)
まずはベッドの下から!えー、何もありません。つまらないですね。
枕の下とかは?好きな女の子の写真とか!ないっ!
次にタンスの中…普通すぎる!もっとこうなんか如何わしいものがあるでしょう!?一般男子高校生なら!
机の上は、勉強道具とか流行りっぽい漫画とか小説とかが置いてあるだけで特に珍しいものはないわ。
じゃあ最後!クローゼット!!ここは性癖の宝庫でしょ?流石に一つくらいあるでしょ!?
…。ない…。
最近の男どもは草食系だと噂されているが「流石に草食系を装うロールキャベツ系の間違いでしょ?」って思っていたけれど。
マジかよ○貞じゃん、ふ○っきゅーじゃん。
最初の方のハイテンションがだんだん下がってきて諦めてクローゼットを閉じようとしたときに一つの箱がコトッと落ちてきた。
私はそれを拾い上げてみるや否や、私のテンションがV字回復した。
おおおっっっっとおおおおおおお????ここで七瀬選手、怪しげな箱を見つけていくうう⤴︎⤴︎!!!
え〜何何?パッケージには0.02とデカデカと書かれていますねえええ?むふふふふふ〜いったいこれは何を表しているんでしょうかねえええええ????(すっとぼけ)
いいねいいですねえ。ちゃんと男子高校生してるじゃないの〜〜〜
しかもこの箱開けた形跡があるわっ!!!
これは探索しない訳にはいかない!!!!
実際箱を開けてみると、中に入ってた数と箱の裏面に書かれている内容量が一致してしまった。
結局童○やんけ!!!
誰かからもらったけど使うには至らなかったってことね。
その経緯は気になるけれども。
はあ、一人で勝手にはしゃいで疲れてしまったわ。
あまり長い時間詮索してもリビングで梓が待ちぼうけてしまうかもしれないので、そろそろ向かうとしましょうか。
そうして件の箱を机に置いて私は部屋を後にする。
「妹様、お部屋を見終わってきました」
リビングに入った私は家族に対して距離のありすぎる敬語でそう声をかける。
思いもよらないという顔をしポカーンと口を開けた梓はやがて本気で心配する顔になり、
「兄貴、どこかぶつけた?『妹様』は流石にキモいから梓でお願い。寒気がする」
「どこかぶつけたから記憶喪失になってんだろうが、後結構口撃力高いなお前」
シリアスな顔して真面目なこと言うかと思ったらこれだ。少なからず要父の血をお前も持っているよね、これ。
ぐさっとくるものがある。
「ボケるのはこんくらいにして」
「デフォルトですかい」
仮にも兄貴が心的重体だと言うのになんて図太い神経してるんですか。
まさか母親も?いやそんなことはないでしょう、多分。
「部屋の方は大丈夫?特に問題なかった?」
「ああ、大丈夫だ、問題ない」
私も試すかのように軽口を叩く。
「それは大丈夫じゃないやつ」
この女、ツッコミもできる!この特殊な状況を女優である私より演じ切れているだとっ!?
「そういえば兄貴」
他愛もないことを考えていた私の意識が引き戻される。
「なんだ?」
「私、兄貴が記憶喪失ってことは聞かされているんだけど、実際のところどうなの?」
質問が漠然すぎだと思ったので素直に聞き返す。
「どうとは?」
「記憶喪失と言っても、歩くとか会話するとか日常生活する上での記憶は残っているわけじゃん?」
「その通りだな」
「だから、過去の出来事の記憶だけが消えたのかな〜と思って」
私、医者の人から詳しく聞いていないし、と梓。
なるほど、梓が聴きたかったのは『記憶喪失がどの範囲にまで影響を及ぼしているのか』ということね。
「医者が言うには、梓の推測通りで過去に起きた出来事が失われたが日常生活をしていく上では問題ないらしいが」
「が?」
真剣な面持ちで梓が再度問うてくる。
「失われた記憶は戻ることはない」
「えっ」
梓は驚いてるのも医者がそう判断するのも無理もないよね。
中身が七瀬彼方なんだもん。
要くんの記憶も残ってくれればいいのだけれどそんなに都合よくはいかないわ。
相当茫然としている様子の梓が見受けられたので声をかけてやることにする。
「大丈夫か?梓」
「どうしよう私…『兄が交通事故で記憶喪失になったためキモオタから脱却した件』っていうラノベの女主人公になっちゃった…」
「心配した俺がバカだった」
大体この梓という人間が分かってきた。
というか要くん妹から『キモオタ』扱いされていたの…?可哀想すぎないかな?
これは相当テコ入れして上げないと、変わるのは難しいわね…。
「記憶戻らないんだ…」
俯きながら寂しそうに梓は呟く。
あれ?本当にショック受けてる?
流石に今度こそ流石に、それもそのはずか。
血の繋がった兄弟が今まで一緒にいた記憶がなくなったら、誰だって思うところがある。
たとえどんなに嫌っていようとも。
日常が崩壊すれば違和感が生まれる。
取り巻く環境が変われば己も変わらなければならない。
頭で理解していてもなかなか行動に移せるものではない。
要くんが事故に遭う瞬間を私は最後まで目撃していた。
だから彼が不注意だという落ち度はあった。
そのことに関しては謝っておくことにする。今の私は要くんのだからね。
「俺の不注意が招いた結果だ。すまない、迷惑をかけた」
「ううん、兄貴は悪くない。生きてるだけで私は嬉しいよ」
出来た妹だ。二人目の妹もこんなに素晴らしいなんて。
「ああ、ありがとう」
なんか微妙な空気になってるわね。
非常にいたたまれないというか。この時間が少し息苦しい。
梓の方はというと、あちらも俯いたままでお互いどうしていいかわからない。
よく見ると、少しだけ目が少しだけ赤い?
泣いてた?理由はよくわからないけど…。
会話が途切れてから10秒くらいが過ぎたかしら。
このままだとだんだん切り出すのが難しくなってくるし、どうしましょう?
と考えていると、気まずい雰囲気を切り裂くように梓が口を割った。
「兄貴はすごい変わったよね…」
「記憶があった頃がどんなのかわからないから激変していてもおかしくはないな。俺が記憶を失う前はどんな感じだったんだ?」
「控えめに言ってもクソ野郎だったよ」
「酷評だな」
思わず笑ってしまう。
「容姿は髪がボサボサで若干猫背で死んだ魚のような目をしていて、私服のセンスも圧倒的にひどいし斜に構えて気取ったことばっかりするし」
ボロカスに言われてるわね。本当の要くんが聞いたら泣くわよ?
「でもいつも周りを見てて、兄貴なりの兄貴らしい考えを持っていて、不器用ながらなんでもこなす」
梓の声がいっそう力を増す。
「最近だと少し相談に乗ってくれたりもして、私の意見を尊重した一つの答えをくれた。最低で最高の兄貴だった」
「そっか…」
兄貴のビジュアルはともかく、精神的な部分で結構お世話になっていたみたいね。
「だから、今の兄貴を見て戸惑っているの…どう振る舞えばいいのかわからないの…これからどうなるか不安…なの…」
絞り出すかのように発された声が一節一節部屋に響く感じがする。
困惑や恐怖や不安などのいくつかの負の感情を抱えているような梓はプルプルと震える。
私は演じ切れるかしら?
要くんの後釜として。
辻井家の一員として。
男子高校生として。
この妹の兄として。
いや、そうじゃないわね。
私の方が自信をなくそうとしていてどうするの?
目に、脳に、心に、深く刻まれるような感覚がした。
私は七瀬彼方。
現場の最前線で戦ってきたプロ。
演じれない役はない。絶対にだ。
性別の逆転?見た目の悪化?地位の喪失?
状況なんて関係ない。
私はただこの与えられた生を生き抜くだけだ。
足掻き続けるだけだ。もがき続けるだけだ。
もう意識もなくなり私に身体を奪われた辻井要のためにも___。
だから____。
私は梓の右手を両手で包み込みながら顔を覗き込む。
「大丈夫」
言葉を紡ぐ。
「俺らは兄妹だ。死ぬまで一生切ることのできない兄妹だ。たとえ離れ離れになってお互い孤立してもいつもそばにいると感じられる、そんな兄弟だ」
紡ぎ続ける。
「だからこれからもよろしくな、妹_いや、梓よ」
「うん…こちらこそよろしく!」
そう答えた梓は微笑んでいて、過去に決着をつけた清らかな涙がちょうど一粒、目から零れ落ちた。
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