第6話 幼馴染みと桜並木道で
今日は4月上旬で高校の入学式の日。
私_
女優として活動していた当時は学校生活と活動の両立をしたかったため、学校の、特にイベント系に参加できなかったことに何度落ち込んだことだろうか。
人は「あの時こうしていれば…」と後悔することが多いだろう。
私もそのうちの一人だ。
自分の選択した道に責任は伴うので仕方ないと思いつつも、やっぱり「参加していたらどれほど楽しかっただろうなあ」と仕事中によく考えたものである。
しかもドラマの仕事で学校生活のイベント関連の場面を幾度と演技してきたから尚更である。
だからこそ、もう二度と経験できないと思っていたことが体は違えど生身で体験できるのは、口元がニヤけてしまうほどには嬉しい。
私_
その人物がだんだんと見えてくる。
ウェーブがかった黒髪。右側に特徴的な三つ編み。間違いない。幼馴染_
あの三つ編みはデフォルトなのね。
綺麗に整っているところから察するに、毎日よく手入れをしているのでしょう。
それにしても風に流される桜に黒髪靡く制服女子高生か…。
何とも響きがいいわね。
今目の前にある光景を画像で保存したいくらいに映え映えに映えている。
「おはよう、要、スキップが絶妙な気持ち悪さを醸し出していたよ」
「おはよう、つばさ」
男子高校生が聞いたら卒倒しそうな具現化した言葉の刃が私のハートにグサグサ突き刺さる音がした。
いやスキップしたい気分ではあったよ?でも私スキップしてないし…?あれ?してた…かも…?
スキップしている要自身の姿を想像してみて改めて、シュールだなと。
同時にそれを自分自身がやっていたことに羞恥を覚えてほんのりと体温が上がるのを感じる。
兎にも角にも、スキップのことに関してはスルーという方向で。
皆様よろしくお願いします。
卒なく挨拶を交わし、つばさの横を通り抜けようとしたら腕をガッと掴まれた。
『女の子に引っ張られたら何よりも振り返ることを優先しなければならない』という絶対服従の制約が私の奥底に刻み混まれているので、本能の赴くままに振り返らざるを得ない。
元妹_
ちゃんとプリンを倍にして返したから許してもらえたけど、私はその時に「もう一生妹様に逆らわないでおこう」と固く心に誓った。
話は変わるけど、女の子に腕を掴まれるって結構背徳感があってそそるわね。
これは悪くないわ。いや、寧ろいいまであるっ!
「って待て待て待て、何さらっとスルーしようとしてるの?」
慌てて私を制止するつばさ。
「ひどいこと言われてハートが粉々に砕かれたので素直にスルーしようかと」
それ相応の報いは必要よね。
誰だってネガティブなことを言われればネガティブなことが返ってくるものよ。
でもこれ『復讐が復讐を呼ぶ』感じがするし、やるかどうか悩んじゃったわ。
要とつばさの間では軽口を叩く関係ではあるのかな?
「それに関してはごめん!いつものノリで…」
先に答えがやってきたみたいね。
軽口は叩きあえる、と。
心にメモメモ。
「いつものノリか…いつもこんなのなんだな」
「嫌だった?」
「いや別に嫌ではないかな。いきなりの『気持ち悪い』発言はびっくりしたけど」
あえて強調しておく。
「本当にごめんって!でも要のスキップしてる姿初めて見たから…」
本人も悪気がない様子なので『気持ち悪い発言』は許すにしても新たな問題が発生したわね。
「スキップしてるの初めて?」
一体、要くんってどういう人生を歩んできた人なの?
性格だとか、年齢だとか、性別だとか、他にもいろんな要因でスキップができない人がいることは私も理解している。
でも生きていれば嬉しいことがあるわけでしょう?
そういう時にスキップしたくならない?
ならないか。(自己完結)
嬉しさの表現はスキップだけじゃないからね。
でもでも!嬉しいことや楽しいことがあったら、心がほっこりとしない?羽毛に包まれるみたいな温かさを感じない?
「初めて見たよ。現実じゃない感じがして思わずさっきみたいなことを言っちゃたけど…」
幼馴染が交通事故からの記憶喪失。それだけでも十分非現実的。
加えて、性格が記憶ありの頃とギャップありまくり。
混乱しない人間がいる方がおかしいわ。いるなら見たいものね。私でも混乱する自信がある。
「そっか。まあ気にしてないし大丈夫」
「本当にごめんね?これからは控えるね」
つばさに何度も謝られるとこちらが申し訳なくなる不思議。
彼女の全身から申し訳なさが伝わってきたから逆にもう謝らせたくないわ。
ただ、一点だけ思うところがあったので提案しておきましょうか。
「控える?その必要ないよ。つばさは今まで接してくれ。さっきのもつばさは軽口のつもりだったと分かっていたし、何より変に距離感作られてこのまま関係が微妙になるのは嫌だからな」
「でも…」
彼女がまた謝りそうになったので言葉を遮る。
「それに家族以外でおそらく一番近くにいたのがつばさだと思うからな。俺を知る人物としてまだ近くにいてくれると助かる」
つばさは目を見張り、意外だと言わんばかりの面持ちでこちらを見つめる。
つばさが今何を考えているのか。私にはわからない。
不安、罪悪感、期待、衝撃、心配全てを足し合わせてお互いを打ち消し合っているような…全然表情から情報が得られない。
真顔よりも真。
人間が先天的に獲得していた一点の濁りのない表情。無ではなく、喜怒哀楽愛憎の可能性という可能性を詰め込んだ表情。
だから彼女がどう思っているかは解り得ない。
「本当に頭大丈夫?どこか悪いところ打ってない?」
さっきまでの私の思考時間を返してほしいわ。
控えないでくれ。と頼んだ瞬間にこれ。
要の周りにはサディスティックな人しかいないのかな?
「打ったからこんなことになってんだろ」
「それもそうだね」
「「あはは」」
まるで何年も関わってきたくらい自然にお互い苦笑し合う。
実際、要とつばさは幼馴染なわけで。
最近関係に要の記憶喪失という大変革が起こり、再び関係を始めなければいけないことになったけど。
「あ!こんなことしてる場合じゃない!入学式遅刻しちゃうよ!早く行こう!」
「ああ、そうだな、初日から遅刻とか勘弁」
思い出したかのように学校に行こうと催促するつばさ。
彼女の顔に一切の不安は含まれておらず、これから始まる学校生活に期待する高校生のように無垢な笑顔があった。
私も彼女に倣って前へ踏み出す。
そして新しい学校での新しい生活が始まる___。
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