第4話 面会with幼馴染み

 検査を終えた翌日、私_七瀬彼方(ななせかなた)、おっと、今は辻井要(つじいかなめ)だったわね。


 私は病室のベッドの上から窓の外を眺めていた。


 今日から面会が可能となるとのことで午前中には両親と妹がお見舞いに来てくれた。


 先程家族は帰っていった。


 一応、医師や看護師さんと面談している内に「こいつ記憶ないんじゃね?(当社比)」となり、記憶喪失_逆向性健忘と認定されている。


 要するに受傷_今回でいう交通事故によって過去の記憶が失われたということだ。


 私としても記憶喪失扱いしてもらえるとありがたい。


 実際、要くんの過去は知らないわけだから設定として都合がいい。



 話を戻しましょう。


 医師から要くんが記憶喪失であると説明された家族の反応は二極化していた。


 母親と妹は「要…大丈夫?」「いつもの兄貴じゃない…!」と心配するように声をかけてくれる。


 まあ普通の反応だよね。驚いたり心配したりするのは至極当然。


 一方の父親はというと「ぎゃはっはっは!!!要、お前記憶喪失なの?めっちゃおもろ!!!」と心配の欠片という欠片が微塵も感じられない感じで腹を抱えて笑って背中をバンバン叩いてくる。


 この人まじか。


 仮にも息子だというのに心配しないってどういう神経してるんだ?要くんが聞いたら悲しむぞ。


 今の要くんは私なんだけどね。


 記憶喪失という体で(実質その通りだけれども)家族と会話している中で事故前の要くんの分かってきたことがある。



  ・一人称は「僕」

  ・前髪が目で隠れているところから見た目通りインドア派

  ・ネガティブ思考

  ・友人から誘われれば遊ぶ。自分からは誘わない

  ・彼女いない歴=年齢。おそらくというかほぼ確実に童貞



 こんなところかな。


 インターネットが普及した今日、上のような特徴の人はごまんと居そうね。


 陰キャラというやつだ。


 けど要くんのことが多少分かったからとはいえ、これまでの要くんのように振る舞うことは不可能なので参考程度にしておきましょう。


 問題はこれからどう振る舞うか、だ。


 私は要くんの母親が持ってきてくれたスマホをポケットから取り出す。


 検索エンジンに「男子高校生 今時」と入力し検索する。


 検索結果が表示された画面を下にスクロールする。


 適当に目に入ったサイトを片っ端からタップしていき、男子高校生のファッション・表情・話し方などありとあらゆる有用な情報を得て、自分の中で辻井要という人間を構築していく。



 私が女優として確固たる地位を確立していった理由の一つとして『役づくり』がある。



 例えば、私が『子持ちの主婦』を演じるとしましょう。


 まず初めに情報収集を行う。


 インターネット・小説・ドラマ・記事と手段は様々。


 今回は主婦であることと子持ちであること、この2点を元に私は画像付きの記事を読み漁る。


 次に集めた情報から台本のシチュエーションを想像した上で感情を作り出していく。


 大体、役が決定した時点で台本は作られていることが多い。


 だから私は自分のセリフがあるシーンを想像して、表情、動作、声のトーン・大きさ、心情を徐々に確定していく。


 この過程を経ていく段階で重要なのが、『自他の言動で感情がどのように変化するのかを表せられるか』である。


 子供がモノにぶつかって痛がっているシーンでは、優しげな声から心配する声へ。

 夫と喧嘩するシーンでは、普段の微笑みから想像もできないくらいの怒った表情へ。


「感情が変化しているな」といかに視聴者に雰囲気を感じてもらうか。


 他の俳優さんや女優さんがどう考えているかわからないが、これが一番大切だと思っている。



 この『役づくり』こそが私が評価されてきた能力である。


 もちろんこの能力だけでは役を勝ち取るという戦場では戦えない。


 しかし、この『役づくり』のスピード・完成度が圧倒的に他の女優よりも長けている。


 他にも女優として大成した理由はたくさんあるが、そのお話はまた近々。



 とりあえず一般的な男子高校生としてはうまく立ち回れそうね。


 ひと段落したところで病室の扉がノックされる。


「どうぞ」


 私は部屋に入ることを承諾する。


 友人か誰かかな。


 部屋に入ってきたのは、全体的にゆるいウェーブがかかっており右側の三つ編みの強調がある光沢のある黒髪の女性だった。


 女性というには少しあどけなさがあるけれど。


 身長は要くんより少し低いくらいかな。


 肌や爪もしっかりと手入れがしていて、普通に可愛い。


 妹_彩奈には及ばないけどね!


 あと年相応の体つきをしてて、出るとこが出て引っ込むところは引っ込んでいる、ってね。


 どこが出ているかはご想像に任せます。


「要?身体は大丈夫?」


 彼女がベットの脇に置いてある椅子に座りながら心配そうに言う。


 さて、初陣ね。

 どのくらい違和感なく立ち回れるのか。


 女優として腕が鳴るわね。


「ああ、大丈夫。交通事故に遭っても死なないもんだな」


 こんな感じでどうかな?彼女の反応は?


「いや、誰!?」


 身を乗り出して驚く彼女。


 知ってた。


 さすがに要くんの言動の全てをトレースできないし、ましてや天文学的な確率で違和感なく演じるのは不可能だったわ。


 こればかりは仕方ない。切り替えましょう。


「その反応をするってことは俺が記憶喪失だと知らないってことだな?」


「記憶喪失?え?ホント?」


「ホントだ。それに俺の口調とかでなんとなく違うって分からないか?」


「確かにそうだけど…」


 戸惑いが隠せない彼女。


 それもそう。


 いきなり知っている人から「記憶喪失になりました〜」と告げられれば困惑するのは当たり前だ。


「記憶喪失だから俺は君のことが分からない。名前を聞いてもいいか?」


「えっと、そうだね。私の名前は『最上(もがみ)つばさ』。氏が『最も上』と書いて、名が平仮名でつばさ。要の幼なじみで、要の隣に住んでいるよ」


 困惑の色を残しつつもつばさは丁寧に説明してくれる。


 なるほど、幼馴染ね。


 恋人の関係ではないところを見ると、どちらかが片想いもしくは両片想いかな。


 腐れ縁とも見て取れるかも。


 いや待て、早まるな七瀬彼方。


 お前は幾度となく恋愛関係に陥ってきたではないか!(役の中で)


 そんな私の目に狂いはない!(狂ってる女優ランキング堂々の1位)


 悪いけどつばさの方が要くんよりスペックが高そうに思えるのよね。


 だからつばさが要くんに恋をしてるんじゃないかな?


 恋愛したことがないから分からないけどね!


 冴えない男子が美少女幼なじみに告白される。これぞお決まり展開って感じな匂いがプンプンする。


 でも憧れるっ!


 あちゃあ、またよくない癖が出てしまったな。いつもそう。


 旧妹_彩奈ちゃんにも毎度のこと指摘されてきたことだけど、すぐに話を恋愛方向に持っていくのはダメ、と。


 でもでも、女優をやると決めたのは中学生の頃だったし、まともに恋愛できなかったから仕方ないじゃん!


 妄想くらいいいでしょ!と彩奈に言うと「私にいってもいいけど外では言わないでね」って言われちゃう。


 彩奈ちゃんまじプリティーマイエンジェルシスター。


 ちょっとヒートアップしました。

 すみません反省してます。

 でも多分またやるつもりです。



 つばさからもっと要のことについて聞き出さないと。


「そっか。じゃあ、幼なじみだし『つばさ』と呼べばいいか?」


「え」


「え?」


 あれ、私地雷踏んだ?


 不安に思ってつばさを見ると、だんだんと頬が赤みを帯ていき、恥ずかしくなったのか彼女はそっぽを向いてしまった。


 ピュアすぎない?

 分かった。あれでしょ?


 昔は名前で呼び合っていたけど思春期を経ていく中で要くんの方が気まずくなっちゃって名前で呼べなくなったやつだよね〜


 そしてつばさの方も久しぶりに要くんボイスで名前呼ばれて恥ずかしがっているんでしょ〜。


 可愛いな〜もおおおおおおおおお!!!!!


 お姉さん、そういう青い春が大好きよ!!!


「あの、えっと、その」


 まだほんのりと頬が赤くなってモジモジするつばさちゃん可愛いかよ。


 やがて意を決したのか


「『つばさ』で…」


「了解。じゃあつばさ」


 名前を呼ぶことでびくりと彼女は肩を震わせる。


 反応がいちいち可愛くてこっちが困る。


 こんな美少女という据え膳を食わないなんて、要くんは相当ヘタレだったようね。


「ひとつお願いがある」


「何?」


「俺と親しい人に俺が記憶喪失だと伝えてくれないか?」


「別にいいけど…?要自身が言わなくていいの?」


 怪訝そうに首を傾げるつばさ。


「俺が言うと『何言ってるんだこいつ』って白い目で見られちゃうだろうが」


「いつも他の人からは白い目で見られてるからあんまり意味ないかもだけど」


「まじかよ」


 ええ…。要くん、中学ではかなり痛いことしてたの?

 人生ハードモードすぎない?

 ひょっとしなくても厨二病?


「まあいいや、お願いするわ」


「分かったわ。私が連絡取れる人にはしておくね」


「助かる」


「じゃあ私、そろそろ行くね?」


「もう行くのか?」


「ごめんね、私ももっと話していたいんだけど、ちょっと予定がね…」


「分かった、じゃあまた退院後にな」


「うん」


 そうしてつばさは病室からそそくさと出ていった。

 

 思春期の女の子を見てると可愛らしく見えてくる。


 そこで改めて彩奈は大人びていたのだと感じる。


 姉として私の至らない面を見せすぎたし、妹ということで色眼鏡で見ている部分があるからかもしれないけど。



 ふと私がいない世界の妹が何をしているのか気になった。


 悲しんでいるのかな。

 いや、確実に悲しんでいるよね。


 というか流石に家族だし!

 悲しんでくれなきゃ私死ぬよ!!

 あ、もう一回死んでいるんだっけ。てへっ☆


 はい、シリアス中にすみませんでした。


 いつも突っ走っちゃって、追いかけてくる彩奈のことを見ないことも多かったよね。


 今回も私の身勝手で後先考えずに交通事故に遭っちゃって。


 彩奈や家族、友人、ファンや今まで関わってきてくれた全ての人を悲しませた。


 でも結果として、私は、七瀬彼方は、ここにいるから。


 まだ神様が巡り合わせてくれる可能性を残してくれたみたい。


 0%に限りなく近似した可能性だけど。私、まだいるから。


 いつかまた彩奈の前に現れるから。


 彩奈には一生わからないかもしれないけど。


 関係としては妹ではなくなった。


 でも、絶対に私は彼女のためにこの2度目の人生を捧げるために。


 決意新たに。私は高校生活に臨む。

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