第15話 チトセ新生

前の世界αが終焉し、新世界たるβが新生された。

 改めて自己紹介すると僕の名前はチトセ。

 前の世界……すなわちαの時、自分はタケルお兄ちゃんとメイお姉ちゃんの二人の手で生み出された生命体と思っていたけどどうやら少し違ったみたい。

 それを教えてくれたのは僕と同じ姿のスグヨ。

 スグヨが言うには僕は新生命体ではあるけど最初に僕を生み出したのは神で、初期の姿は霊体で乗り移った物の姿で行動していたみたいだけど、今の僕の姿になったのはチホが生み出した邪神の細胞に僕の魂を入れ、今の僕が生まれたと言うことらしい。

そんな僕に課せられた使命は世界の終焉が訪れないようにすること。そしてもしするのであれば時空を超えてその時間軸を修正し、終焉する世界と分岐されることが使命。


そんな使命なんて最初はもちろん知らず、ケミに一回殺された後もう一人の自分、スグヨに教えてもらうまでさっぱりだったからね。

ついでにスグヨからはスグヨのいた世界、名称は-αとして、その-α崩壊した原因をサラッとだけど教えてもらった。

そして今僕がいる場所はあの事件の発端である、因幡研究所の所長室の前。

なんでこんなところいるのかはいきなりすぎて分からないかもしれない。

一応弁明のために言うと僕も分からないよ。気づいたらこんなところだし。そもそも時空間の移動の仕方はスグヨから教えてもらったけど、転移したところと違う場所に現れるなんて聞いてない。

もし最初から知っていたのならこの触手でしばき回したい。



でも、こんなところに長居するのもあれか……これからどうする?


スグヨが言うには前の世界の崩壊の原因として挙げられるのは、エビくんもといゾハクにとどめを刺さなかったことで、ゾハクをケミのところに連れて行ったことで仇と僕とケミの間で溝が発生したためあんなことが起きた。

次はタケヒコとの接触。

スグヨが言うにはこれがゾハク以上にダメだったらしい。

あの後最低でもチカが一回殺した後にとどめを刺さなかった段階で無理ゲーの模様。

ならあれか。

最初から詰んでいた状態だったのか。


……あれ? 待って。

そういえばゾハクとチカはこの研究所だったよね。

タケヒコの言っていたことは多分だけどあの状況から見て事実なのかもしれない。

……なら、まず調べてみ――――――。


「――――――所長あの件ですが」


その時遠くから女性の声と、中年の男の声が聞こえた。

やばい、どこに隠れよう……あ、この通路隠れるものない。

天井も完全に隠れる場所もなく新品。

これまずい、非常にまずい!!


「――――――あぁ、淡路での生体情報移植であの娘の記憶障害が完治した件か」


……話し声と共に足音もどんどん近づいてくる。

あぁ……早速行動を起こそうとしたときにどうしてこんなー。

すると曲がり角から白衣を着て眼鏡をかけた男性と、かなり若く……えっと……白衣を着たメイお姉ちゃんにそっくりな人がこっちに歩いてきていた。

「はい、これはほぼほぼ人体実験と同時に、例の計画を推進している学会にばれると色々と厄介なので、あの子を遠くに避難させておきました」

「そうか、それは良かった。あのカラクリ野郎にばれると面倒くさ……何だあのタコは?」

すると男性は僕に気づいたのか指をさす。


――――――よし。


「どうも、僕の名前はチトセ。神の使いだよ。今日君たちに伝えないといけないことがあるんだけど良いかな?」

「……」

「……」

二人は僕を可哀そうな奴を見る目を向ける。

うん、思ってたよ。

こんなの宗教の勧誘としか思えないよね。

その時中年の男が僕に近づき、しゃがんで目線を合わせた。


「…………」

「あ、あのー」

「……そうか……。チホ、ちょっとこいつと話がある。先に下に降りていてくれないか?」

「え、でも……この後会議ですよ?」

「別にいい。どうせあのカラクリ野郎が送った糞学会の自慢話だ。会議でもなんでも無いから俺のことは体調不良と言うことにしてくれ」

「は、はー……では私が代理と言うことで参加しときますね」

「あぁ……すまないが頼む」

男はメイお姉ちゃん……いや、チホさんにそういう。

チホさんは少し肩を落としながらこの場を後にした。


あれ……どう見てもあの短髪メイお姉ちゃんじゃないの。

でも、確かタケルお兄ちゃんがチホさんは死んだって聞いた……でも、今はこの男の人に集中しよう。

男は僕をじっくり見ると。

「……話は所長室でする。中に入れ」

男は僕の後ろの所長室の扉を開けた。


その男の眼は、何か悲しそうだった。


――――――――――――。

――――――。

―――。


所長室の中に入るとまず一番に気づいたのは異様に広い部屋。

そんな空間にあるのは机に椅子、そして冷蔵庫と電子レンジのみ。

どうして電子レンジと冷蔵庫があるのかはほっておこう。

あ、と言うことはこの男が所長か。

チホが言ってたねさっき。

所長は僕を机の前まで連れてくると自分は椅子に座り、僕をぎろりと睨んだ。

「で、さっきの神と使いと言うのは本当か?」

所長は渋い声で僕に質問する。


「もちろん本当だよ。逆にこんなに堂々とホラを吹く奴なんているかな?」

「昨日いたからだが?」

え、いたのそんな人?

「あ、今のなし」

「分かった」

よし、何とか見逃された。

えーと……どうしようかな?

いっそ時を超えたこと話す?

でもそのほうが嘘っぽいか。


すると所長は少し笑いをこぼす。

「ふっ。科学者が神を信じるのもあれだが、お前がもし神の使いというのはあながち間違いじゃないのかもしれんな」

「ほー、どうしてそう思ったの」

その時所長は僕の頭を掴む。

「タコが喋ってる段階で非科学的で証明なんて不可能だ」

あ、そうだ。

自分タコだったんだ。

でもタコとはまた違う気はするんだけどなー。


所長は椅子から立つ。

「もし良かったら名前を教えてくれんか?」

「……改めて言ったと思うけど僕の名前はチトセ。神の使いだよ。ここに来た目的はこの世界の……救済と言ったらおかしいかな?」

「神……か。皮肉なものだな。今時科学が発達し、全てを科学で解決する社会で、文化の側面としか残っておらぬ神の使いが今この目の前に現れてしかも救済するなんてな。憎くはないのか? 信仰心すら捨てた哀れな人を見て」

「……憎くはないよ。だって君たちはなんだかんだ言ってそれぞれの氏神を尊重して、神社や祠を大切にしているからね」

僕はそういうと所長は後ろを向く。

……ていうか今話した事合っているかな?

僕としてはこれだと思うのだけど、実際は世界を救うための使命を全うしているだけだから何にも考えていなかったのだけど。


「で、それで私は何をすればいい」

「……はい?」

所長は何か決心した顔つきになる。

えっと僕としては何もしないで欲しいんだけど――――――。

あ、そうだ。

「なら……邪神ゾハク。アノマロカリスが眠てる場所に案内してくれない」

「―――アノマロカリス……あぁ、あの生物か。分かった。で、そいつをどうするんだ」

「世界救済の為に殺すよ」

「……そうか」


所長は少し躊躇いたそうにしていたけど、重い腕を黒電話に動かし受話器を持ち上げた。

そして受話器の先の相手に何か話すと受話器をもとの場所に置く。

「――――少ししたら迎えが来る」

「分かった。一応聞くけど……君はどうして僕の要求をのんだの?」

「……さぁ……な」

所長はそのあとは何も語らなかった。


――――――――――――。

―――――――。

――――。


あの後所長室に迎えが来て、僕は外見が目立つからと台車に乗せられ、布に隠された状態で運ばれている。

ちなみに僕を運んでいるのはチホ、タケルお兄ちゃんとメイお姉ちゃんの母親。

この人はどう見てもメイお姉ちゃんなんだけど……母親なのはわかる、けどあまりにも似すぎだ。

もし彼女が母親なら年齢的にも若すぎるはず、というか今何年? それを聞いてしまえば分かるのに。

その時乱暴に台車を止められた。

「着いたわ」

「ぶふぅ! もっと丁寧に止めて!!」


そして僕は台車から出される。

そこは周りをガラスに囲まれ、中心が異様に広く、そこが見えないぐらい深い空間だった。

えっと……ここにゾハクが。

すると下から強烈な光が見えた。

その瞬間爆音が鳴り響く。

……どんな状況?


するとチホがさっきの光に指をさした。

「あれが貴方がゾハクと呼んでる生物が眠る空間よ」

「……あれ暴走じゃ……寝てないじゃん」

「あーあれくしゃみ よ」

「……まじ?」

その時チホさんが僕に耳を近づけた。

「で、このアノマロカリスを殺すのが貴方の願い? 神の使いさん」

「所長さんから聞いたの? ……ならそうだね。彼を殺すことが今のところ第一目標だし」

「そう……でも私はまだこいつを殺すべきではないと思うわ。根拠はそうね。貴方が表面上のことしか知らないからよ。私が知ってる限り今の所長が不利になる方がよっぽどまずいからね。“もし前の世界“みたいな惨劇にしたくなかったら私の話すことを信じてくれませんか?」

「……その言い方……君、何者?」

そういうとチホさんはくすくすと笑いだした。


「もう、ちょっとの冗談なのに本気になって。忘れましたか? 私、貴方の姉のミコですよ」

そういうとチホの神の髪色が茶色から水色に変化した。

その瞬間、とても神々しく見えた。

「えーと……ミコさん? すみません誰ですか?」

「え」

次の瞬間ミコさんが飛びついてきた。


「え? え? どうして? 何で忘れてるんですか? 私ミコ、ミコですよー!?」

「え、えー……」

どうしてだろう? 全く覚えてない。

そら僕は前の世界では何故か記憶が無い状態でのスタートで、スグヨからはどのようにして世界が崩壊したのかぐらいしか教えてもらってな―――――。

「あ、もしかして魂が欠けてる……? ナビィの言霊、癒しの唄」

ミコさんは突如スグヨやケミが唱えていた言霊を口から発したとたん、頭にいろいろ情報が飛び込んできた。


「あ、あー思い出した!!」

ここだけの話、あまりの情報量に今まさに脳みそがパンクしそう。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


僕とミコは過去のことを振り返りながら階段を下りて、ゾハクのもとに向かう。

過去の記憶を見返すと僕とミコさんの関係が姉弟だったのは間違いでなく、そしてミコさんに甘えて過ごして来たことを思い出した。

そしてミコさんも僕と同じ、神によって生み出された存在。


「あ、そういえばミコは最初から僕なのに気づいていた?」

「そうですね。神の使いと堂々と言ったのは引きましたが」

「あ、はははは……」

どうやら特に見抜かれていたらしい。

「そのミコはどうやってチホさんの姿になれたの? 僕の知っている限り死んでいるはずなのだけど」

そういうとミコが驚きの顔をする。

「え、そうなのですか? 今日普通に研究所にいたので殴って気絶させて変装していたのですが」

「待て、今なんて」

「だから殴って――――――」

その時下から凄まじい衝撃がこだました。

その結果階段が一気に崩落した。

いや、ボクは飛べるけどミコが―――――!!

「ミコ!!」

「きゃっ!」

僕は後ろの触手をミコに巻き付け、落下を何とか阻止する。


けど……。


「重すぎるー!!」

「はぁ!?」

そのまま落下します、はい。

 ごめんなさい。

 チカぐらいのサイズなら何とか耐えれるけど……ミコは大きすぎて持てない。


 「ちょっと誰が重いんですか!!」

 落下しながらミコがマジ切れ。

 「違う違う! 大きすぎて持てないの!」

「女の子に重いは禁句ですからね!!」

「分かった、分かったから暴れないで!!」

とうとう僕はミコが大暴れするものだからバランスを崩してしまい、そのまま地面に衝突。


でも、体には痛みは感じなかった。

どうしてだろ?

周りは薄暗くて細かくは分からないけど地面は臓物の要は感触がする。

……こんな気持ちの悪いものがクッション代わりか……でも、死なずに良かった。

 「えーと………ミコは?」

 隣を向くと、ミコは僕に背中を向けて拗ねていた。

 あーうん。

 「あの、ミコ本当にごめんって」

 「――――もう知りません」

 「……」

 やばい……これ本当に怒ってる。

 これ……このまま放置するわけにもいかないしね……

 

 次の瞬間目の前から眩しい光が見えた。

 「危ない!」

 僕はミコと入れるぐらいの磁場を周りに覆わせ、熱線と熱風を全て防ぐことが出来た。

 あとは煙が消えるまでこの状態を維持しよう。

 心なしか前の世界より大幅に強くなってる気がする。

 でも……最初からこんなに防御力あった?


 その瞬間後ろで何かが倒れた。

 後ろを向くとミコが地面に倒れていた。

 「ミコ!」

 僕はミコのそばに寄って、仰向けにして首を少し上げる。

「ミコ! ミコ!」

「う、ううん……無事だったようですね」

ミコは息を切らしながら話す。

「私は……久々に力を使ったので一気に疲れが来てしまいました」

「……そうなんだ……ありがとう」

ミコは苦し紛れの笑顔を浮かべる。


ゾハクはミコがこんなに苦戦するほどの力を持ってる。

これはスグヨが言っていたようにゾハクが上級の邪神なのは間違いないみたいだね。

「ミコはここで休んでて」

「いえ、もう大丈夫です」

ミコはその場で立ち上がる。

「……本当に?」

「はい、私も貴方の姉でナビィ様から生み出された存在なので」

「……分かった、けど無理しないでね」


僕とミコは最深部にいるはずのゾハクのもとに向かう。



最深部に近づくにつれて異臭が強くなる。

この異臭はかなり刺激を感じるからあまりいいものではない。

ミコもそれは同じなのかかなり不機嫌そうな顔だ。

「ねぇ、ゾハクは確か殺さないんだったよね」

「殺したかったら別にいいけど。私としてはまだ利用価値がある所長を失いたくないからね」

 「あーそう言ってたね。でも、それをするなら何か良いアイデアは無いの?」

 「そうですねー。簡単に言えば今の邪神としての自我を封印して別の自我を用意してしまえばいいんです。それも操りやすいような。そうすれば所長の地位も上がってより情報が入ってくると考えたので」

 ミコは人差し指を顎に当てながら説明する。

 確かに理論上はとても優れてる。

 ……いや待って。

 自我を封印する……?

 もしそうなら前の世界でのエビくんが暴走したりおとなしくなったりしたのって……いや、そんなことないか。

 ……。

 「で、どうしますか? チトセ。」

 「……ならミコの案を採用しようか……それに」


 僕とミコは目の前に現れた巨大な生物。ゾハクを見上げる。

 「操った方が負担少なそうだしね」

 「……そう、分かった」

 ミコは手をゾハクの頭に当てる。


 そしてゆっくりと息を吸い。

 「心の言霊。二重人格」

 「クカキカコケキカコカカカ!!」

 ミコが唱えた瞬間、ゾハクは殻を擦るような音を鳴らし始め、殻の隙間や目から青白い光の筋が伸びた。

 「そして続けてナビィの言霊、邪神鎮魂」

 「アガガガガガァ!!」

 次の瞬間ゾハクは暴れだし、一気に天井目掛けて飛び上がった。

 その反動で生まれた突風にミコは吹き飛ばされたが、何とか触手で掴んで守ることが出来た。

 「ミコ!」

 「あ、ありがとうございます」

 ミコはなんとか大丈夫そう。


 て、早くしないとこのままゾハクが外に出てしまう――――――!

 けど、ゾハクは天井付近から白い蒸気を口から出しながら落ちてきた。

 「……はい?」

 「あら、やっぱり騒がしいと思ったらここに侵入者がいたんですか」

 「……!!」

 僕は気づけば後頭部に銃口を突きつけられていた。

 後ろの人の声はメイお姉ちゃんにまたしてもそっくりな声。

……これもしや本物のチホだよね。

 「あ、あのー」

 「今から勝手にしゃべったら射殺します。話して良いのは私の質問に答えるときです」

 あ、やっぱりだめか。

 ミコもこの状況を理解したのか何も言わない。

 てか、そもそもこの状況逃げれるのでは?

 いや、そうはいかないか。


 「では、まず一つ目の質問。貴方たちの目的は何ですか?」

 「え、えーと」

 僕は少しミコト目を合わせる。

 ミコは眼で「答えてください」と解釈した。

 ……しょうがないな。


 「えっと目的は単純だよ。ここの所長さんがアノマロカリスが暴れるからと言って、僕たちにおとなしくさせてくれと依頼したんだよ」

 「はぇー……でもそれ本当? 貴方のお仲間のその女、私を鉄パイプで殴った挙句睡眠薬飲ませてきたんだけど?」

 「……はぁ?」

 僕はミコに目を向ける。

 しかし、ミコは汗をだらだら流すだけで何も言わなかった。

 

 え、これもう詰んだよね。


 「で、それとね、この件所長に報告したら『裏切ったのか……!』ってカンカンに怒ってた

わ。残念ね」

 あ、うん。


ごめんなさい世界のみんな。

 死んだ。


 僕はさらに銃口を押し付けられる。とても痛い。

 あぁー……、これどうしようかな。

 「なーんてね」

 チホはさっきの威圧の声とは違い、母性がこもった声を出す。

 そして銃口を突きつけるのをやめ、僕の頭を優しくなでてくれた。

 振り返ってみるとそこにいたのは予想通り、ミコがチホに化けた姿とまんま同じだった。

 「ごめんね怖がらせて。大丈夫よ、所長から教えてもらってるから」

 「……そうなの?」

 「えぇ、ほんとは貴方をここに案内する予定だったんだけど、所長室に行く途中にミコさん……? にね、殴られたんだけどね、その後話すと理解してくれて私の代わりに行ってもらったの」

 「ん? じゃ、最初僕と会った時は本物だったと言うこと?」

 「そうですよ」

 「で、ミコがいきなり殴ったってこと……か。ミコさん?」

 「……ナビィの言霊、光の雫」

 「あ、逃げやがった」

 ミコは都合が悪くなったのか、光の雫となって、何処かに逃亡した。


 けど、チホさんは怒った様子もなく、むしろ和んだのか嬉しそうに笑う。

 「ま、本当は痛くもなんともなくって、逆に私の方が泣かしてしまいそうになったので許してあげてください」

 「……チホさんがそういうなら」

 「で、貴方はチトセさんだったね。結局アノマロカリスは―――――」

 「……あー、殺さず放置することにしたよ。だってあの所長さん、僕の話した事信じてくれたから、アノマロカリスが死んだ責任でやめてほしくなかったからね」

 「要するに後ろ盾として十分だからと」

 「ま、そうなるね、ちょっと失礼だけど。で、一つ良いかな?」

 僕は天井に触手の先端を向ける。

 「はい、良いですよ」

 「あの天井に何か仕掛けをしてる? 彼があの付近に近づいた途端白い蒸気を吐き出したんだけど」

 「そうですね……センサーと言った方が分かりやすいかな。これは確か学会が極秘に開発したものだから詳しくは知らないけど、アノマロカリスとかにはこのセンサーを壁に貼っとけば壁を突き破ろうとすると気絶するとしか言われてないわ」

 「そうなんだ。ところで学会……て何?」

 「あ、あーそれはね……、正しくは御袈根学会と呼ばれる百年周期で経営破綻する古代からある学会」

 「あーそれね。思い出した」

 そう、苦い思い出が。

 あの学会にはそんなにいい印象が無いんだよね。

 チホさんは頭を傾け、疑問の表情を向けてきた。

 「うん、ちょっと昔に関わったことあるからね」

 「……そうなんだ。なら、あまり追求しないでおくわ」

 「ありがと」

 

 チホはこれ以上追求せず、僕を持ち上げた。

 「……?」

 「これ以上長居すると危険です。早いとこ出ましょう」

 「――――危険って?」

 その時、上から靴音が聞こえ、それはどんどん近づいてきていた。

 「あ、やば」


 チホはその音を聞くと、アノマロカリスの陰に隠れる。

 そして靴音がアスファルトを叩く音から内臓を叩く音に変わった時、気づかれないようゆっくりと階段を上がっていった。

 あ、今僕は見つかると面倒くさいと言う理由で、白衣の中に隠され、チホさんの肌が直接感じる。


 そしてそこから所長室まで直行した。

 

 所長室前に着くと僕は白衣から出された。

 そしてチホさんはカードを胸ポケットから取り出し、ドアについてる端末にカードを通したけど何故か開かなかった。

 それからチホさんは何度も通したけど開かない……どうして?

 チホさんのおでこからは汗が流れ出てる。

 

 「チトセさん、ちょっと良いですか?」

 チホさんはカードを持つ手を止め、真剣な口調で話しかけてきた。

 「……ん?」

 「多分………今から銃撃戦が起きます」

 「……なんで?」

 「―――――今日……学会の人たちが来てたんですが……その時『この研究所は直轄にする』って話していたんだけど……。最後に冗談と言ってたんだけどね、どうなんでしょう」

 「……えーと」

 僕は少しタケルお兄ちゃんとの話を思い出した。


 ――――――――俺の母さんは先に行きすぎた。


 あれ……? 

ちょっと既視感が。

でも……うーん、ちょっと話が合わなくないかな、時間的な意味だけど。

あ、それを確認すれば……でもどうやって。


『――――――チホお母さん……』

『―――――残念ね。私六歳だから』


……あ、チカを参考にすればいいのか。


僕は自然とチカとのやり取りを振り返った。

よし、ここから計算すれば大丈夫か。

 

 えっとチカは話を見れば六歳。

 で、そこから計算するにはタケルお兄ちゃんとメイお姉ちゃんの二人で十分。

 タケルお兄ちゃんは確か二十五歳。

 そしてメイお姉ちゃんは十七歳で、二人は八歳差。

 次に現年齢をチカの年齢分で引くとチカはタケルお兄ちゃんが十九歳で、メイお姉ちゃんが十一歳の時に誕生。


 ……やっぱり。


 僕は自分自身の中での矛盾点に気づく。

 何故ならチホさんが死んだのはタケルお兄ちゃんが十六歳の時で、そうなればチカは誕生していないはず。

 なら、今存在してるチホさんは?


 僕はそっとチホさんを見上げる。


 「ドア……開かないよ」

 その時後ろから小さな女の子の声が聞こえた。

 僕はすぐに後ろに振り返るとそこにいたのはいまドアの前にいるチホさんを差のまま小さくしたような女の子だった。

 女の子の髪色は茶髪で、どこかしら懐かしい痕跡が見える。

 年齢は見た感じチカと同じ……?

 女の子は僕をじっと見た後、チホさんを見る。

 すると懐から銃を取り出し―――――。


 「―――――パーソナルネーム弐号をオリジナルの指令の下処分します」

 「え――――――」

 「――――待って!」

 女の子は銃でチホの胸を打ち抜き、チホは呆気ない声を出して倒れた。


 「あ……」

 「チホさん! チホさん!!」

 僕はチホさんの傷を抑える。

 しかし、チホさんは血を吐き、息はどんどんゆっくりとなっていく。

 「――――次に、侵入者を排除します」

 待って、確かあの子はチホのことを弐号と呼んだ。ということはチホはもう一人いる――?

 「チ……トセ」

 「―――チホさん!」

 チホさんは僕に一つのカードを渡す。


 「こ、これは……」

 「ここから……西にずっと言った先に軍の基地がある……。そこにいるアテルと言う人にこのカードを渡して……そしてこういって」

 チホは血反吐を吐き、ゆっくりと。

 「常世計画って言って……」

 チホはそのまま息を引き取った。


 その瞬間僕の足元に銃弾が飛ばされた。

 「……」

 女の子は僕に殺意の眼を向ける。

 ――――まったく、この世界は本当に展開が速いな!

 僕はチホさんから受け取ったカードを口に含み、窓を突き破って銃弾の嵐の中外に出た。

 女の子はまだ僕に銃を向けながら発砲を続け、無くなればリロードし、次々に発砲してくる。

 銃弾を躱しながら取り合えず射程範囲外まで高度を上げると、研究所中に煙が上がり火が上がっているのが分かった。

 けど、僕はそれを横目に女の子の銃撃を避けながら西にある軍事基地に向かった。

 チホから授けられたお願いを叶えるべく。

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