第14話  α=β

真っ暗な世界。

 ここはどこだろう。私の記憶の中には一切ない経験……。

その時後ろから何かが音を立て、その周りからは人の声が聞こえる。

「時空補完型コンピュータ淡路、起動以上無し。これより冷却装置を作動」

「患者の脳神経を対異空間用サーバーに接続。脳の容量使用領域は0.005から0.009問題ありません」

「淡路内にて補完されている時空信号‐αを感知。内蔵情報は次元情報限界理論値の約九十%。残りの情報は欠損したと考えられます」

「了解。それでは次元信号をαに変換し患者の生命情報と照合し一致するものを特定せよ」

「分かりました」

 

 「特定完了しました。彼女の生命情報は淡路内臓の-αIMEKフォルダと一致しています」

「よし、ならそっちをαに変換し、患者に欠損している生命情報の箇所に適応せよ」

「変換完了しました。これより患者が欠損している生命情報を淡路に内蔵していた情報をもとに修復に入ります」

「……これでなんとか目覚めるはずだ……死ぬなよ」


――――――!!

その時頭に痛みが走る。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


あのドキドキした夜が明け、いよいよマロが襲来する前日に到達した。

 あの時のケミは何だったのかが気になるが、それよりも今は驚愕の余り「え? え?」と言っている人狼族の綺麗な看護婦さん、ウズメさんを何とかしないといけない。


 ウズメさんは私が目を覚ましたぐらいに「おはようございます。朝の検診でーす」とほのぼのとした声で私の体の包帯を取った。この時私はチトセのことを言っとけばいいと思ったけどそれよりも先に彼女は包帯を取ってしまい、今のざまとなっている。

 ウズメさんは頭の整理がついたのか「えっとあの、あの!!」と、子供みたいに私に顔を近づけ――――。

 

 「ど、どうしてあの傷が一晩に!?」

 「それは話せば長くなるんだけど……」

 「あぁー! ケミさんが今日の昼自分包帯を変えたいって言ってたのにー!!」

 ウズメさんは頭を抱えた。

 「は、ははは……」

 これはもう失笑しかないだろう。

 ケミもケミで意気揚々と私の包帯を変えたいと願ったのはいいけど、それよりも先にチトセが来てケミと同じ「言霊」で治してしまった。


 ウズメさんは「これは仕方ありません」と口からこぼし、決意を秘めた顔をした。

 「なら、チカさん。これはしょうがないことですが聞いてください」

 「……しょうがない?」

 「言ったと思いますがケミさんはせめて昨日の謝罪代わりにご飯と包帯の取り換えをしてくれるんです。現に今は朝食を二人分作ってます」

 「ウズメさんは?」

 「私は仕事なのでもう頂いています。―――――けど、こればかりはしょうがありません。ケミさんの思いに答えて―――――」

 「私の思いに?」


 後ろから台車に朝食を乗せたケミが病室に入ってきた。

 ウズメさんは一瞬ビクッと体を震わせたがすぐに平然な態度に戻りケミと顔を合わせた。

 「あ、ケミさん。おはようございます」

 「さっき挨拶をしたじゃないですか……」

 ケミは軽く笑うと台車から朝食を降ろし、襖を閉めた。

 「で、私の思いと言うのは……?」

 ケミはウズメさん疑念のまなざしを送る。

 「あ、あーそれですか! ――――――な、何もないですよ?」

 明らか怪しい態度をとるウズメさんにケミはより疑心暗鬼の視線を向けた。


 確かにこれは怪しまれてもしょうがない。

 「本当ですか?」

 「ほ、本当ですよー。やだなー」

 「……まぁ、大体察せましたが……」

 ケミはそういって私の体を見た。

 「怪我治ってるね」

 「え、あ、あーちょっと用事が―――――」

 ウズメさんは即座にこの場から退散した。

 これは流石に無理があると分かってた。だって包帯巻いてなかったもん。昨日までの私は左半分包帯で、着物から出るほどだったのにそれが無かったら誰でも心配すると思う。


 ケミはそんなウズメさんを見てくすくすと笑う。

 「やっぱりウズメさんは昔から変わらないね」

 「昔から?」

 私がそういうとケミは懐かしそうに、

 「うん、昔から。私は色々あって十六の時からこの村に住んでるんだけど、私とアテルさん以外みんな人狼族なもんだから中々なじめなかったの。その時に一番最初に優しくしてくれたのウズメさんなんだ。多分さっきのもチカが治ってるの見て私がチカの治療が出来なくて落胆してしまうのを避けようとしたからじゃない?」

 ケミは「違う?」と、聞いてきた。


 うん、確かにウズメさんはケミを悲しませないようにしてた。

 「やっぱり。これからもあの人にだけは頭が上がらない」

 ケミは雑炊をスプーンで掬い、「はら、せっかく怪我も治ったんだから食べましょ」と、優しい声を私に投げかけた。

 前日私を襲撃した通り魔――――ケミは次の日私を守ると宣言。

 本当なら全く信頼できるはずもなく、仕返しに殺しているはずだけど今の私には彼女に対しての殺意が前日ほど強いものでは無くなってきた。


 そもそも、私はあって間もない彼女を何で信頼するかが分からず、今この場から逃げてもいいはずなんだけどそれをしようと出来ない。


 なぜ?


 「食べないの?」

 ケミが心配そうな顔で見てきた。

 「ううん、大丈夫。食べる」

 私はケミが作ってくれた雑炊を口に入れる。

 おいしい…‥。

 感想はこれだけで満足な気がする。

 ……でも、今は新生命体、いや、邪神との戦争。その結末なんて誰にも分からない。

 もしかしたら私は今死ぬのかもしれないし生きるのかもしれない。

 私はどうしたらいいのか?


 「あ、あの、チカ?」

 「……?」

 「ちょっといいかな?」

 「別にいいけど」

 ケミが急に人格が変わるのはたったの二日間でだいぶ慣れたけど今回もまた変わっている。

 そう、謙虚に。


 ケミは少し言葉を詰まらせながら次話し始めた。

 「今日、村周りの警備に行くからご飯の時しか戻れないから待っててね?」

 「うん……」

 「それと合わせてなんだけど、とりあえず今日一日はこの部屋に身を潜めて。今日朝方アテルさんから工作隊αがこの村の近辺に現れたから念のため」

 「工作隊α……昨日言ってたやつ?」

 「えぇ、そうよ。だから今日と明日はせっかく傷が治ったのに申し訳ないけど身を潜めて」

 「……マロにはもう会ってはダメなの?」

 「ごめんなさい……もうあなたを傷つけたくない」

 「……分かった。我慢する」

 「え?」

 

 ケミは驚きの表情を出す。

 「だってわがまま言ってもどうせ無駄だろうし……それに昨日チトセに会えたから」

 「チトセに会ったの?」

 「うん。けどこれで最後かもしれないって」

 「……最後か……でも、絶対ではないんでしょ?」

 「―――――」

 「なら、私が責任もってチトセを連れ戻すから……ここで待っててね?」

 「分かった」


 ケミはそういうと部屋から出ていった。


 それからしばらくして私は窓から外を眺めていた。

 外では学徒隊の人たちが訓練に励み、奥では子供たちがそれを見ていた。これだけ見れば本当に平和そのものなんだけど状況なだけあって私には平和に映らなかった。


 その時、襖がノックされ誰かが開けた。

 そこにいたのは昨日やってきた学徒隊にそっくりな軍服を着た人で、顔はフードを被っているため分からない。

 「―――――」

 その人は無言のまま私に近づく、背筋が凍った私は起き上がって壁を背にし、今すぐにでも逃げられる体制にした。


 「あ、貴方は誰?」

 「―――――」

 その人は私の投げかけた言葉に反応を示さなかった。

 そしていよいよその人と接触しそうになり、私は立ち上がって部屋の襖まで走った。

 「何よアイツ……!!」 

私が襖の前に行くとその人はこちらを向きニヤリと笑った。

 「ひっ」

 私は恐怖のあまり、声を漏らす。


 まずいまずい!!


 私は襖を開けようとしたがピクリとも動かない。

 え、どうして?


 私は時々振り返って近づいてくるその人を注視しながら何度も開けようとこころ見ても襖は動かない。

 その人は私にゆっくりと近づく。

 「助けて! 誰か! 誰か!!」

  私は外に必死に助けを呼んだ。しかし、誰も来てくれない。襖はガタガタと音を鳴らすだけで一ミリたりとも動かない。

 「お願い!! 誰か!!!」

 私は必死に叫び、襖を叩いた。


 「……ヒサシブリ」

 「ひぃっ!!」

 私はその声を聴いて思い出した。

 その人はフードを外す。


あ、


思い出した。


その人は私が殺したはずのタケヒコさんだった。

 しかし、タケヒコさんの顔はあの時と似ても似つかず口は耳元まで裂け目は赤く充血していた。

 タケヒコさんは裂けた口で笑うと、

 「アノ時ハヨクモ……殺シタナ。今度ハ、オ前ヲ殺ス」

 タケヒコさんはゆっくりと私に手を伸ばす、その手はまるでガムみたいに伸びて近づいて来た。


 私は恐ろしさの余り、その場に泣き崩れた。

 「助けて……お願い……助け―――――」

 『動くな!!』


 その時襖が勢いよく開いた。

 そこにいたのはとても若い男の人で、服装は迷彩服に学徒と同じ装甲を身にまとい、タケヒコさんに鉄の筒を突きつけていた。

 その男の人が鉄の筒についているボタンを押すとタケヒコさんのガムみたいに伸びている腕が吹き飛んだ。

 『よし、もう大丈夫だ。君は早く逃げて』

 学徒は徐々にタケヒコさんに詰め寄る。

 タケヒコさんはそれを見てケラケラ笑い出した。

 『何を笑ってる?』

 男はタケヒコさんに言葉を投げかける。

 だが、タケヒコさんは笑い続けた。


 だが、それから間もなく無表情になり、首を一回転させた後真上を向いた。

 その光景はいくら訓練を積んだ兵士でもおぞましかったのか少し震えた。

 男はタケヒコさんに近づくと、

 『今聞くぞ、お前は誰だ? これに答えないと法律に則り射殺する』

 「――――α、α。現座標以下の通り。35.298279の132.889933。対象ニヴァル・クルップここにいる。繰り返す――――」

 『……!! しまった! こいつ!!』

 男は察したのか鉄の筒のボタンを再び押す。その瞬間にタケヒコさんの上半身が消滅した。


 男は満足げな顔をする。

 男は私を見ると優しく微笑み、膝を曲げて目線を私に合わせた。

 『…‥あ、君まだいたのか。もう終わったよ。ではあの看護婦さんのところまで一緒に行こう』

 私は起き上がろうとしたが、あの恐怖が未だに体に染みついているのか起き上がれなかった。

 男は状況を察して。

 『そうだな、ほら、これで大丈夫だよ』

 私を抱っこした。

 「……これは?」

 『大丈夫、大丈夫だ』


 私はヤスケさんに引かれながらウズメさんのところに連れていかれた。

 ウズメさんは私を見ると、とても泣きそうな顔をしていた。

 「無事で良かった、良かったです!!」と。


 男は敬礼すると、

 『では、私は失礼させていただきます』

 「……待って」

 私は男を呼び止めて、

 「貴方の名前は?」と、名前を聞いた。

 私がそういうと学徒は嬉しそうな顔で『ヤスケだよ』と、告げてここを後にした。


 私とウズメさんの二人だけが残るこの部屋に安堵の空気が流れた。

 ウズメさんは今だに私から離れず、グスン、グスン、と泣いていた。

 心配してくれるのはありがたいけど服が涙で濡れる……。 

 

 でも、なんでタケヒコさんがここに? もしかしてタケヒコさんアテルさんが言ってた工作隊α?

 

 「よがった、よがったー」

 「あの、そろそろ離れてくれません?」

 そろそろ鬱陶しく思った私は無理やりウズメさんを私の体からはがした。ウズメさんの顔を見るとまだ涙が浮かんでいたため、本当に心配してくれたんだと心底嬉しくなる。

 でも……なんで私は心配されたり褒められたりすると嬉しくなるんだろう? 今まで研究所で実験動物の扱いを受けていたから?


 「本当にあなたが無事でよかった。だって突然あなたの部屋が開かなくなったと思ったら……“一人で歩いて来たんだから”」

 「え、一人? いたでしょ、学徒の人?」

 「―――――? 何を言ってるのか分からないけど突然あなたが誰もいない後ろを向いて「貴方の名前は?」て、聞くもんだからとても驚いたけど、とりあえずあなたが無事でよかった」

 おかしい、おかしすぎる。

 じゃさっき会ってたヤスケさんは何なの?


 「さぁ……それはよくわかりませんね。私は幽霊とかに興味は無いので」

 「待って、本当に、本当にいたの!!」

 私はウズメさんに何度もいたことを説明した。けど、彼女は信じてはくれなかったとしても、何があったのかを説明したら。

 「あ……もしかして」と、気になることを言った。

 「何が……もしかして?」

 「あ、ううん。ちょっと思い出しただけ」


 ウズメさんは懐かしそうにそういって、私に「ちょっと思い出話だけどそれでこの暗い空気を無くしましょう」。そういって私を膝の上に乗せて、説明した。

 「これはここの医院長。お医者さんのお話。『ちょっと前この村に血だらけの学徒の人が迷い込んだの。この時医院長がどうしたのかと聞くと、学徒の人が「因幡との国境線の村が……里が全部滅んだ。私はウガヤ皇国軍が放った邪神に身を滅ぼされ、今この体は傀儡だ。誰でもいい、早く殺してくれ、頼む!!」そう苦しそうな声を出した。この時ケミさんもいて、ケミさんは彼にこう言ったの。「誰にやられた? それと、状況を詳しく」そこからがとても長かった。彼が言うにはウガヤ皇国軍の命令を無視して仲のいい親友とその妹を助けに向かった』」

 「命令?」

 私はウズメさんの説明を遮って質問したところ、ウズメさんは残念そうに。

 「ごめんね、それは分からない」

 と言い、話を再開した。


 「『最初はうまくいって、ここに避難しようとしたんだけど同時に邪神が襲い掛かり、彼は喰われた』」

 「……じゃ……その時に?」

 「えぇ、確かに彼はこの時自分は死んでたみたい。でも、これは違ったのよ」

 ウズメさんは一回ため息をついた。

 「『彼はどこか分からない洞穴で、自身を食べた邪神によって傀儡として蘇らされたの。その時もう一人いた気がするけど覚えてないみたい。それから彼は邪神に命じられて一般住民を殺そうとしたみたいだけどそれを破り、たびたび襲い掛かってくる山の妖怪と邪神たちの攻撃に悩まされながらここまで来た――――そう説明した後、ケミさんは「そう、辛かったわね」て、と彼を労った。続いてアテルさんが彼に近づき「分かった。お前を斬ればいいのだな? なら最後に名前だけでも――――――こんな感じね」』」

 長い説明を終えたウズメさんはグッと腕を伸ばした。


 「じゃ、その人の名前がヤスケさんと言うこと?」

 「そうよ。――――彼はその後ケミさんが責任もって斬り、私はケミさんの心のサポートをしていたわ。この話自体はお医者さんに聞いたけど」

 「ウズメさんはいなかったの?」

 「はい……ちょっとこれは話しずらいんですが危篤状態の患者の治療でそれどころじゃなかったんです」

 ウズメさんは

申し訳なさそうにそういった。


 ――――――ヤスケさんはここで死んだ。

 でも、ひとつ気になる点がある。なんで彼は私を救ったの? そしてどうやってタケヒコさんを?

 「ま、世の中には色々なことがありますからね」

 ウズメさんは元気よく立ち上がり、

 「それでは私は病室を見てきますね」

 「あ、私も行く」


 私はウズメさんの後ろに続いて病室に戻った。

 


 病室に戻るとそこには何事もなかったかのように私が出たときのままで、タケヒコさんがいた形跡がなかった。

 どうして?

 私はウズメさんの方を向く。

 「ねぇ……チカさん?」

 「はい?」

 「ちょっと嫌な感じがするんですが」

 

 ウズメさんは少し強張った顔でそういった。

 「何が嫌な感じがするの?」

 「なんだろう……ここにいてはいけない感じ? がここからするの」

 言われてみればこの部屋からは何か嫌な気配が感じる。

 「ここにいたか」

 

 「アテル様」

 後ろを向くとそこにはアテルさんがいた。

 アテルさんは深刻な顔で、「ケミからこの村に工作隊αが侵入したらしい。それに見た感じここには工作隊αが消滅したときと同等の邪気を感じる」

 そう、声を震わせながら言った。

 さらにアテルさんは続けて話し始めた。


 「工作隊αは暗殺専門なため夜に来るかもしれぬ。だから今晩はこの病院に村人を皆集めて警戒する。ウズメ、この病院は村人全員泊めることは出来るか?」

 アテルさんはウズメさんに視線を向ける。

 ウズメさんはその視線に反応するようにピクン尻尾を立たせる。


 「はい……一応自治体から避難所とされているので収容は可能です。ですが今この状況では、もって三日で限界ですが自給率も下がり、保管している食料が急激に減っている今では出来て半日が限界です」

 「……なら、半日中にこの村周辺を周り。工作員を警戒しないとだめだな」

 そういうとアテルさんは私を見て、

 「チカ、傷が治って間もないのにすまないがちょっとついてきてくれ」

 「えっと、はい」

 私はアテルさんに付いて行く。

 あ、その前に。

 「それとウズメさん。看病してくれてありがとう!!」

 そういうとウズメさんはニッコリと笑みを浮かべ、

 「看護婦ですから」と、言った。


 ――――――――。

 ――――――。

 ―――。

 

 私はアテルさんに村はずれに小屋に連れていかれた。

 小屋はとてもボロボロで、どう見ても人が住んでいなさそうな外見をしているものの、中はそこまで酷くなく、むしろ綺麗だった。

 アテルさんは辺りを見渡した後、私の方に振り返り、

 「ほら、中に入り」と言われたため、私は中に進んだ。


 アテルさんは襖を少し開けて外を警戒したあと、襖を閉めて、私の前に座った。

 「それにしても話って何ですか?」

 「あぁ、そうだな。その暗殺対象だが、多分だが高確率でお前だ」

 「私……?」

 「そうだ。特にお前はあの研究所にいたのと、工作隊αに見つかったため尚更殺されるのかもしれぬ」

 アテルさんから衝撃なことが告げられた。

 

 暗殺? 馬鹿々々しい。そもそも私がこの研究所から逃げ出したのもこの研究所の待遇が良くなかったのもあるし、お母さんに会いたかったからだ。

 私には自分で行動する自由すらないの?

 「それは分からない。しかし狙われていると言う事実は覆りようが無い。今晩はとりあえずここでおとなしくしてくれ。守り役はケミに任せる」

 アテルさんはそういうと小屋から出ていった。


「はぁ……」

 私はため息をついた。

 私は少しケミに対して疑問に思った。

 学会についてはお母さんから聞いたことがある。私を生み出した主犯だと言うことを。でも、そこにどうしてケミが入ってくるのかがいまいち分からない。確かにケミはあの洞穴の研究所と関りがありそうだったけどあれ自体もケミが自ら作った幻想かもしれない。

 でも、そんなウソをケミは吐くだろうか? 確かにケミは嘘つきで、とても最低な女だとは思っていたけど。昨日の夜のあれを見ると根は悪くない人と思っているからだ。

 もし、ケミが本当にうそつきだとしても私はケミを少しは信頼したい。


 何故かは分からないけど……。


 チホお母さん以上に私を甘やかしてくれるから?

 それは分からない。でも、私の中では少しながらカ信頼するための土台が出来つつあるのかもね。

 

 さて、では一体何を使用。

 私はこの小屋を見渡した。

 中には古い机と棚、そしてカビが生えてしまったのか黒ずんだ布団が荒っぽく置いてある。

 

 ん、机の上に何かある。

 私は立ち上がって机の上に置いてあるものを見た。

 それはポッチキスで止められた紙の束で、文字がたくさん書いてある。

 えっとなんて書いてあるんだろう?


 私は研究所で習った文字を思い出しながら口に出した。

 「―――日記?」

 私は興味本位で次々と紙をめくっていった。

 『×月×日。

  私はまだ十二歳。子供にも関わらず研究所に拉致されて自由を奪われた挙句アイツに無理やり潔白を奪われ、孕まされた。すぐに降ろしたくて何度もチホに祈願したが許されなかった。そして今日私は子供なのに母となってしまった。その子は女の子で私と似た瞳。チホとその他医者や看護婦は可愛いと言うがどこが可愛いのか分からない。私にはゴミにしか見えなかった』


 これは……。

 私はこの文章の意味は全く伝わらなかったけど、書いた本人が大体怒っているのがうかがえる。


 『×月×日。

  私はあの女からこのゴミの世話を任された。どうして私がこんなゴミの世話をしないといけない。こんなゴミの世話何てもってのほか。とっとと死んでくれないかしら。だってこいつは生み出したくもなかった生命だから』


『×月×日。

 ゴミが毎晩泣く、面倒くさい。私は子育ての為あの女が他者からの仕事は一切しなくてもいいと言ってくれた。でも、そのゴミの世話よりかはよっぽど楽だろう。だって他者からの仕事はお茶を入れたり奉仕だけで他は何もしなくてもいい。ただいうことを聞いていれば良いだけだから』


『×月×日。

 今日私はあの女にビンタされた。理由は分からない。

 私はただ毎晩泣いたり、便をしたりするしつこいゴミを殺そうとしただけ。どうしてダメなの? ―――――この子に罪はない? いや、あるでしょう。私から純潔を奪った象徴みたいに腹から出てきた罪が。

 それにあの女は……ただ実験のために私を孕ませたくせに何が子供には罪が無いよ、ふざけるな。でも、一番苛ついているのは首を絞めたのにずっっっと笑っていたあのゴミだ』


『×月×日。

 今日このゴミに名前を付けろと言われた。どうしてゴミに名前が必要?そんなこと私には分からない。だから適当にナミと付けてやった。そういえばこのゴミはずっとゴミとしか呼んでないから名前を理解するのか? そう思った私は試しに私はゴミに「ナミ。貴女の名前はナミと」と言ってやった。するとこの子は今まで見せたことが無いくらいの笑顔を私に見せた』


『×月×日。

今日ナミが私をママと呼んだ。確かに私は子育てを開始する前にあの女に言われた通りにマニュアルに書かれていた言語取得訓練をしていた。そして今日ようやく言葉を話した。最初に話すのは良く私が言っていたゴミかと思ったがあの子は「ママ」と呼んだ。私は胸が苦しくなった。今まで負の象徴として酷いことをしてきたのにずっと笑ったり幸せそうにして、最終的に私をママと呼んでくれた。私はこんないい子を殺そうとしたの? 私は今後どんな顔してナミと接していけば良いのか分からない』


『×月×日。

今日は最悪だった。私がこんな目にあった原因であるアイツは私が子育てで奉仕させることは出来ないと言ったあの女の言葉を無視して倉庫に私を無理やり連れ込んで縛り、襲ってきた。私は抵抗できずそのままないがしろにされ、終わったころにはもう日が暮れ、私が襲われていた倉庫の中は静寂だった。服を整えて外に出る。早く、シャワーで穢れを流してナミに離乳食作ってあげないと。ナミの部屋に戻ると泣き喚くナミに、私の代わりにナミを見ていたあの女がいた。あぁ、今日も怒られるのかって思っていたら避妊薬を手渡しして、「後は私がやる」と言うと部屋から出ていった。ナミは私のボロボロの服を見ると「ママ、だいじょうぶ?」と心配してくれた。私は今までナミをゴミと思っていたと見違えるぐらい……ナミのことが好きになったかも―――――』


 私は一旦日記を閉じた。

 これは見た感じとある母子の話なのかな? 

 色々と難しい言葉が入っていて意味が分からなかったけど、見た感じとても重たそうな話だ。

 私は続きを読もうともう一度開いたが――――――


 「なに……見てるの?」

 「……あ」

 後ろを振り向くとそこにはケミが立っていた。

 「それって……」

 「あ、その……机に置いてあって……気になってうっかり」

 私はとりあえず謝る。ケミの背後から禍々しい気配を感じたからだ。

 私は怒っているのかなと少し頭を上げて、様子をうかがった。

 しかし、ケミの顔は全く怒っておらずむしろ悲しそうにも見えたけど気のせいかな。


「これ……そんなに面白い?」

「そうでもないよ。まだ最初だけど母子の成長物語みたいだし」

「……母子の成長物語ね……そうかもね」

 ケミはそこか遠くを見る。

「でもそれ難しい話だと思うんだけど」

「そう? てっきり普通の書物かと。それに良く私が読んでた子供が読む本に似てるし」

「……まさかと思うけど……絵本感覚で見てた?」

うん。

「ふふふ、あははは!!」


ケミは大笑いをしだした。

何だろう。内心馬鹿にされてる感じがする。

「でも……、意外ね。文字読めるんだ」

「うん、そうだけど。どうして?」

「だって今まで研究所にいたんでしょ? だから文字何て読めないと思ってたからね」

「まぁ……一応読めても簡単な文字だけ」

「へぇー、文字は誰に教えてもらったの?」

「文字?」

「そうそう」

「文字はチホお母さんに」

「え……チホ?」

「うん、そうだよ」


ケミは何故か焦りながら私の肩を揺さぶった。

「待って、今チホって言った?」

「うん」

「あの……チホが?」

ケミは声を徐々に小さくしながら私の肩から手を離した。


ケミは私の方を振り向くと弱弱しい声で、

「ねぇ、チホには何もされていない?」

ケミは何を言っているんだろう。

「されてないよ。むしろ研究所で一番私を可愛がってくれた。でもね、ある日を境に来なくなったの」

「―――――ある日を境に?」

「うん」

 

ケミはそっと腰につけていた剣を取り出す。

「ある日を境にいなくなったチホね……心配?」

「もちろん」

ケミは私の言葉を聞くと優しく微笑み、剣を鞘に戻して壁に立て掛けた。

 

 「……ここか」

 その時白い服に赤い目と銀髪をした大男が入ってきた。

 大男は無心の表情で感情など籠ってもいないように見えた。腰には剣を持っている。

 ケミはその大男を見るや否、体が小刻みに震えた。眼は蛇に睨まれた蛙のようでひどく怯えていた。

 そしてケミは私を強く抱きしめ、背中を大男に向けた。

 「な、なんでイザキ様がここに……、いや、いやだ。いやだ……。お願いします。この子だけは許してください」

 「―――――?」

 大男の困惑しているようで、私自身もケミは何で怯えているのかが理解できなかった。

 大男は一回ため息をつき、何かを言おうとしたが―――――。

 「だ――――――」

 「に、逃げたのは私の意思ではなく。外に誤って捨てられたのです。お願いです。どうか……どうか……もう悪いことしないので許してください……」

 「だから――――――」

 「わ、私の体は好きにしてもいいのでこの子だけは何もしないでください。この子だけ――――――ひっ!」

 大男はケミの襟を引っ張り、地面に転がした。私も同様に前にこけてケミの上に乗る感じになった。

 私はケミの腕が緩んだ隙に顔をあげたがその時のケミの顔は涙を流してくしゃくしゃになっていた。

 で、大男はと言うと何か苛ついてそうだった。


 「落ち着いたか?」

 「あ……いや…もう、酷いことはやめてください」

 「初対面なんだが」

 「もう、嫌です……いやだよぉ……」

 「初対面でいきなりよくわからんこと言われた俺が泣きたいんだが」

 「お願いしますイザキ様……私はもう自由に……自由にしてもいいので」

 「はぁ……」


 ケミは子供みたいに泣きじゃくる。一体どうしたの?

 大男は私を見ると。

 「すまん、この状況理解できるか?」

 と聞いてきたが私にも分からないため。

 「無理です」

 と、四文字にまとめて伝えた。


 大男はケミの胸倉を掴み、無理やり座らせた。

 大男は無表情のままケミを見つめ。数秒ぐらいたって

口を開いた。

 「おい」

 「ひぐ……はぁい……グス」

 「……もしかしてだがイザキと言う男の手籠めにされていたのか?」

 「……はい……イザキ様です。まさしく貴方様のことです」

 「――――さっきから何をわめいているのか理解できん」

 ケミは全身震わせながら私から離れ、大男に向かって土下座した。

 「ごべんなざい……ごべんなざいぃ……」

 「だから何故謝る」

 「だってごうしないと……ごうしないと私も大勢の男の相手を一晩中させたではないですか……十三からずっと」

 「うーわ……」

 大男―――――イザキは顔を引きつりながらとても引いていた。


 でも、相手? 一体どういうことだろう。

 「だから……お願いします。私の体は…‥貴方の好きにしてもいいから……この子だけは」

「何を言っているのか分からないが俺はお前とは初対面のはずだ」

 「ご、ご冗談を。私は奉仕係の―――――」

 「奉仕係―――――?」

 「は……い、イサキ様お付きの筑紫ケミです……」

 「イザキ――――奉仕……なら別個体だ。それに納得だ」

 「……は?」

 「お前に奉仕を強制した個体イザキとはまた別。確かに俺もイザキだが違う。そいつと俺は同じ呼称だが正式名称はまた別。アイツの正式名称はヘプタ、俺はヘキサデカ」

 「ヘキサデカ……?」

 ケミが驚愕しているとイザキ――――正式名ヘキサデカは懐から袋を出して、中身を取り出しケミに近づける。

 ケミはそれを受け取ると不思議そうな顔をする。

 「……あの、これは?」

 「工作隊αから姿が見えなくなる遺伝子配列が入ったカプセル。これを一人一錠飲ませろ」

 「……え、でも二錠だけですが」

 ケミは驚愕の顔をする。

 多分私も今まさにそんな感じの顔だろう。

 ケミはしばらくして我に返った。

 「ど、どうしてこれをくださるのですか?」

 「敬語、止めてくれ」

 「あ、えはい。……どうしてこれを?」

 「……人は美徳を好むと聞いたが……違うのか?」

 「――――――」

ケミは恐る恐る頭を下げる。


 ケミは一体どうしたんだろう。こんなにおびえるなんて。

 ヘキサデカは受け取ったのを見届けると「俺がこれ以上ここにいたら君たちの命が危ない……それに今の工作員たちの目標はお前たち、これをお前たちが飲めばあいつらは用済みになり勝手に消えていく」と言って小屋から出た。


 ケミはヘキサデカが出て行くのを見つめると私に泣きついた。

 声は出していないもののとても怖かったのかまだ体が震えている。

 でもまず言いたいのは六歳の女の子の上に大人の女性が泣きつくのはとても珍しい光景なのかもしれない


「あの、ケミ?」

私はケミに優しく問いかけた。

「ケミはあの人に何かされたの?」

「……何もない」

ケミは強がりたいのか何も答えてくれない。


本当にどうしようかな。

そんなことを考えながら私はケミが手に持っている袋を取り上げ、中に入っているカプセルを取り出した。

「これ、飲めばいいのかな?」

「まっ待って!」

 ケミは私を制止させる。

「こ、この薬毒かもしれないから待って!!」

「ど、毒?」

「……私が先に飲む。もし私が倒れたらウズメさんを呼んできてね」


ケミは私からカプセル奪い、飲んだ。

でもあの人の言ってること本当みたいだけどなー。

「……あれ、何もない」

やっぱり。

けどケミはまだ懸念しているようで、ちょっと待って、まだ飲まないでをかれこれ一時間ほど行い、気づけば夕方になり、太陽はもう落ちそうだった。

そろそろケミも諦めたみたいで、私にカプセルを渡す。

「もう大丈夫みたいだから飲んでもいいよ」

「うん……でもこんなに待つ必要ある?」

 私はケミに突っ込んだが生憎悲しいことに無視された。まぁ、分かってたけどさ。

そして薬を自分の口に入れ飲む。


それから少したが何も起こらない。

 ケミはそれを見て安堵の表情になった。

「何もなくて良かった……私の心配しすぎだったのかもしれないわね」

本当にそうよ。

「……それにこれで大丈夫だったら村に戻ってもよさそうだけど効果があるかは信頼できないから村には戻らないでおきましょ」

「うん」

その時遠くから爆音が鳴り響いた。

ケミはその音を聞くとすぐに小屋から飛び出した。

 「待って今のはもしかして……」

 ケミはすぐに壁にかけていた剣を持って私に「ここから出ないで!!」そう告げて走り去っていった。


 一体どうしたの?

 

私は不安になりながらも小屋で一人静かに座る。

あの爆音は言った何?

……もしかしてマロが復活したとかはないよね。

もしそうならケミは本当に大丈夫なの? 

私は別に彼女の心配はしていないけど彼女に死なれるのはとても嫌だ。もしそうなってしまったら私はどうすればいいの? 


 その時空から血生臭い雨が降ってきた。

この雨は何? まるで血みたいな色。そして地面は徐々に赤くなってきている。

一体何が起きているの? 天変地異? それか今近くで人が襲われている?

でも、ケミが今外で戦っている可能性もある……けど、こんなにも血が降り注ぐことはある?


 気になった私は小屋から出て、空を見た。

空はまるで生地を引きちぎるかのように裂け、裂けた箇所の中身は人間の眼と肉のようなものでぎっしり入っていた。

そして血の雨はその眼から流れ出ている。

何よ……あれは。

私はすぐに小屋の中に戻った。


服からはあの血生臭い臭いがする。

何よ何よ! 一体何が起こっているわけ? 全く理解できないわ。

空が裂ける? そんなのあるはずがないじゃない。もし本当に空が裂けるなら……それは夢。そう夢なのよ!!

そうだわ! 私は今もずっと夢を見ていたんだ。

……はは、バカみたい。

自分でも何を言っているのか意味わからないわ。

私は再び小屋から出た。


どう考えても今超常現象が起きている。

この光景は見覚えがあると思っていたけどタケヒコさんと戦闘機に乗っていた時の光景と同じ?

「――――――!!」

遠くから声が?


私は村の方向を見る。

いや、聞き間違いじゃない。確かに聞こえた。

アテルさんごめんなさい。やっぱり待っていられない。


私は村の方に走った。


――――――――――。

――――――。

――――。


「何よ……え……何が?」

急いで村に戻ると私がいた病院は焼け焦げていた。近くの寄ってみてみると黒焦げになった遺体が複数あり、中には我が子を守ろうとしたのか子供を抱きかかえた女性の死体が複数見られた。

どういうこと?


私は周辺をさまよった。

そこにあったのは人間の手や髪、そして肉片が散らばっている。

「本当に……どういうこと?」

自分には何が起きているのかがさっぱり理解できない。あの短時間で一体何が起きたの? それにしてもあんな短期間でこんなことは普通起きるのかな。

……でも、今まさにそれが起きている。


 私は辺りを駆け巡り生存者を探した。

 さすがに経ったこの短時間で村を壊滅に出来るはずがない。

……もしかしたらあの洞穴に?

 そうだ。あそこは確か大きなスペースがあったから少しは生き残りがいるのかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。


 私は林、廃墟とくまなく探した。

 しかしあったのは死体のみ。


 「本当にみんなどこに行ったの?」

 私は少し薄暗い林の奥に進んだ。

 林の奥は静寂に包まれておりかなり不気味だ。

 それと合わせて何か胸がむかむかする。空から降り注いでる血が何か影響してる?

 でも……いや、そんなことは今はどうでもいい。早く、早く生存者を探さな――――――。

いや待って、そういえば何で病院にウズメさんがいなかったの?


 今のところ生存者が無いのを見たら死亡したと考えてもよさそうだけどそしたら何か痕跡が無いとおかしい。

 病院は何者かに燃やされていたけど見た感じ少し違和感がした。あの病院には村人が避難したんじゃないの? もしそうだとしたら遺体の数が少ないのがおかしい。

 それは私が病室にいたとき広場にいた人の人数の方がどう考えても多かった。あの人数がもしも病院に避難していたら生き残りが何人いてもいいはずで、死んだとすればもっと凄惨なことになっていてもおかしくはないはず。

 私は今いる場所から来た道を引き返す。

 その時近くから――――――。

 「――――――お前のせいで! お前のせいで妻が殺されたんだ!!」

 「この腐れ女が!」


 男たちの怒鳴り声が聞こえてきた。

 そして殴る音がここまで聞こえてくる。一体どうしたの?


 ちょっと見に行ってもいいかな?

 念のため生存者か確認したいし…………。

 

 ――――――。

 ――――。


 私は音がする方に向かうとそこには男二名が木の根っこを睨めつけてる。

 それに……幹についているのは血?

 ……ちょっと隠れよう。

 私は木と腰まである雑草に紛れて隠れる。


 男たちはしばらく何か暴言を吐いたり、蹴ったりして気が済んだのかその場から立ち去った。

 よし、今なら安全か。

 私は林から先ほど男たちが睨んでいたところに駆け寄る。


 え……?


 そこにあったのは服が全てはぎとられ、顔が何度も殴られたからか原型が残っていない程腫れているケミの姿だった。

 「ケミ! ケミ!」

 私はケミを何度も揺さぶるが反応はない。

 本当にどうして? 一体何が起きてるの?

 私はケミの胸に手を当てる。


 ドクン…‥ドクン……。


 心臓は動いている。

 良かった。

でも、肝心のケミは一向に目覚めない。

……それよりも。


 私はケミの全身を見た。

 ケミの体には布一枚もなく、体中痣だらけでとても痛々しい。

 私はケミの服がここに落ちていないか立ち上がって見てみた。


 そういえばケミの服は白色だったからすぐ見つかると思うけど……。

 私は空を見上げる。

 さすがに暗くなってくるともう無理そうだ。

 私はその場に座る。

 空からはまだ血の雨が降り続ける。


 寒いな。


 私はケミと同じように気に持たれ、ケミに抱き着いた。

 こうすればお互い寒くないだろうから……大丈夫かな。

 私の目の前がだんだんぼやけてくる。

 呼吸もどんどんしんどくなり、地面はねばねばと気持ちの悪い感触がした。

 私は一回それを手に触れてみてみるとては血のように真っ赤に染まっていた。

 

 あ、もう私死ぬんだ。

 

 「あ――――――」

 その時ケミが目覚めた。

 ケミはうつろな目で私をしばらく見つめ、その後私の首に手を掛けた。

 「ケ……ミ?」

 私はケミの手首を握る。

 私の首に手をかけるケミの眼から歯何だがあふれ出ていた。

 「……ケミ」

 「――――――」

 ケミの手の力がどんどん強くなる。


 「ケミ……苦しいよ……」

 「――――――ごめんなさい……ごめんなさい」

 「……ケミ……どうして私を殺すの?」

 「――――あ」

 「私が邪神だから? それともそれと同等の恨みがあるから?」

 ケミは何も答えない。

 「だったら……私を殺してもいい。けど、ちゃんと理由がないと嫌だ」

 「私は貴女を殺すのよ……もちろんちゃんとした理由があるわよ」

 「なら……教えて? 理由がないとあの社の時みたいに貴女のことをきちんと理解できないまま嫌いになっちゃうかもしれないから」

 「何を言ってるの。私は最初から貴女のことが嫌い。好きって言ったのは貴女が……似ているだけで何にも感じてない。貴女が単純に勘違いしているだけじゃない」

 「そうなんだ……」


 私は全身の力を抜いた。

 粘り気のある血は私の目に入るぐらいの高さになってきた。

 そもそも私は今寝転んでいるからそれもあるけど。

 そして血の雨は私の服を完全に真っ赤に染めて肌がとても冷たい。

 

 もう私死ぬのかな。

 空は気味が悪い目が覆い尽くしてるし。もうこの世界はどうなっているのかな?

 「……ねぇケミ。最後のお願い聞いてくれる?」

「……何?」

「マロとチトセはどうなったの?」

「――――――」

ケミは何も答えず私の首から手を離しその場から立ち上がった。

そしてケミは後ろに振り向いた。

「そんなの……見て場分かるじゃない」

「――――――」

「復活したの。予想外の速さで。そのせいでここの住民のほとんどはゾハクに殺され、そして残りの人の行方は分からない」

「……ケミでも間に合わなかったの?」

「ううん。最初は村の手前でアテルさんと学徒隊が抑えてて私は住民の避難を担当していた。でも、ゾハクの力は私たちが考えている以上に凄まじく突如発光したと思ったら熱風が吹き荒れて目が覚めたら村がこんなことになっていた」

「まってそれおかしくない?」

「どういうこと?」

「なんでそれほどの爆発が音もなく起きているの? それに……爆発は一回だけで貴女は私と一緒にいたじゃない」

「――――――」

「どういうことよ……話が全くかみ合わないじゃない」

「――――――チカ」


 今まで沈黙を維持していたケミは悲しい声で話しかけてきた。

「私のこと好き?」

「―――――」

「私がもし……」

 ケミはそういうと前を振り向いた。


「――――――!!」

その時空が昼間のように明るくなり、今まで肌触りでしか分からなかったケミの裸体が見えた。

よく見るとケミの腹には見るのも躊躇ってしまうぐらいの傷跡が見えた。

そしてケミはとても悲しい顔で私を見つめる。

「私がもし貴女のお母さんだったらさ。……私のことが好きだった?」

「…………そんなの分からない。けど社の段階でもう二度と……今以上に信頼しなかったのは確か」

「……なら今はそれなりに信頼を?]

「言っても少しだけ。クズの割には傷の手当てをしてくれたり私の話し相手になってくれた時の恩ぐらい。それ以外はない」

「そう……でもそれだけでも私は嬉しい」

「―――あ」



その時空から無数の手が降りてきた。

手は私たちの方に向かってくる。

ケミは気づいていないのか私の方を向いて話を続ける。

「だって……」


 無数の手は私とケミを覆い――――――。

「貴女はあの子に似ているもの――――」

ケミがそう言い終えた後私の体が砕け散った。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


 真っ暗な世界。

 ここはどこだろう。私の記憶の中には一切ない経験……。

その時後ろから何かが音を立て、その周りからは人の声が聞こえる。

「時空補完型コンピュータ淡路、起動以上無し。これより冷却装置を作動」

「患者の脳神経を対異空間用サーバーに接続。脳の容量使用領域は0.005から0.009問題ありません」

「淡路内にて補完されている時空信号‐βを感知。内蔵情報は次元情報限界理論値の約九十%。残りの情報は欠損したと考えられます」

「了解。それでは次元信号をαに変換し患者の生命情報と照合し一致するものを特定せよ」

「分かりました」

 

 「特定完了しました。彼女の生命情報は淡路内臓の-αIMEKフォルダと一致しています」

「よし、ならそっちをαに変換し、患者に欠損している生命情報の箇所に適応せよ」

「変換完了しました。これより患者に欠損している生命情報を淡路に内蔵していた情報をもとに修復に入ります」

「了解……これでなんとか目覚めるはずだ……死ぬなよ」


――――――!!

その時頭に痛みが走る。



 ―――――――――――。

 ――――――。

 ――――。


 私は眼を開けた。

 そこはとてもきれいな病室で私はその中の一つの物体に過ぎない。

 私は少し自分の体を少し起こして病室を見渡す。

 私はビニールのカーテンに覆われた空間にポツンと存在し、カーテンの空間の中私がいる空間内には私が眠っていったベッドとお花が入れられている花瓶、天井にぶら下がっている照明しかない。


 私は自分の右手を見る。

 

 『大好きだよ』

『……私は貴女のことが好き』

『どうして殺すの?』

『……貴女のことが嫌いだからよ』

「―――――!!」


 何今の? 今確かに誰かが私の頭の中に語り掛けてきた。

 誰? 誰かいるの?

 私は辺りを見渡したが誰もいない。

 その時花瓶の下に挟まれていた紙に気づいた。

 私はその紙を手に取って読んだ。


『親愛なる筑紫笹宮花美へ

お怪我は大丈夫ですか?

私は貴女が交通事故で昏睡状態になり、私はずっと泣き続けていました。

そう言えばあれからもう何年も過ぎて今では小学校に入学している頃でしょう。もし出来るのなら貴女が笑顔で小学校に笑顔で通う姿が見たいものです。

でも、今はただ……早く貴女が目を覚まして欲しいです。


もし目覚めてこの手紙を読んだならそのままお腹の上に置いて頂けると幸いです。


あなたのお母さんより』

 


 そうか思い出した!!

 私は確か車に引かれたんだった。

 思い出した……! 思い出した!!

 その時、病室の扉が開き、外から母が入ってきた。

 私は眼から涙を流しながら大きな声で――――――。


 「お母さん!!」

私は母を見て笑顔で答えた。



その時微かに空から。



 ――――――時空情報の転送完了。これより同時空間は前時空間αと区別をつけるためβと呼称します。



 と、中性的な声が聞こえた。

 

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