第13話 再開

真っ白い病室の中、ここは本来静かで過ごしやすい空間で、傷を負った者たちが集う場所。このような場所では来る人もみんな落ち着きがあって、患者さんのことを気遣うのが普通だろう。


 しかし、こんな常識的なことさえも理解できない大馬鹿者が一人。


 そう、ケミだ。


 ケミは社の時は飛んだクズやろうと見ていたけど、洞穴で看護されてから私は少し考え方が変わった。


 それは彼女の頭のねじはどこかに行っているけど必要最小限の常識は持っていたからだ。看護の理由自体不明だけど、私を将来的に殺すとみてもここまでする必要が分からない。もしかしたら病人は斬らない主義なだけで健康体だったら即その場で斬り落とすだろう。けど、その心配はなさそうだ。何故ならそのケミが今この場でおかしくなっているからだ。




 「チカ、しんどくない?」


  ケミは猫のような優しい口調で私を心配してくれる。


  そう、まさしくこれだ。私が知っている昨日のケミとは違い、そして洞穴の時のケミとは全く違い、彼女がまるでただの子供好きのお姉さんみたいになっているのだ。


  もう本当に勘弁してほしい。


  もしこのままケミが同じことしでかすのならいっそのこと開き直ってママって呼んでふざけようかな。




  それはともかく、アネモネとの死闘が終わり、ケミに軽く治療してもらった後この村に帰り、その後私はお医者さんに診てもらって塗り薬を塗り、包帯を変え、次にとても不味い薬を飲まされた。医者曰くこの薬は今から三十分前に飲んだ薬を含めて昼ご飯後、晩御飯後の三回だ。


  あんな不味いものをあと二回飲むなんて嫌。しかし、その後の昼ご飯にケミが美味しいものを作ってあげると言ったばかりに私は期待して「お願いね」と頼んでしまった。


  口は災いの元、これは間違っていないだろう。


  現に今この状況こそ災いだ。


 「ほら、チカ口を開けて」




  ケミは明らか腐っているだろう、黒くなったニンニクを丁寧に皿いっぱいに乗せて持ってきた。




 で、そのほかは?


 もしかしたら待望の昼ご飯が大量に盛られた腐ったニンニクだけ?


 ケミはとてもうれしそうな顔で「いっぱい食べてね」と言うが、この臭いの物を食べさせるとか頭大丈夫か。


 「嫌よ、何で臭いもの食べないといけないのよ」


 私は狂気の英雄ケミが私の口に黒い物体を近づけるのを必死に阻止した。その物体はケミ曰く黒ニンニクと言われるもので、ニンニクを熟成させたもの。


 そうか、だから黒いんだ。けどこんなに臭いきついものなの


 「そうね、確かにこれは臭いがにきついけど納豆みたいだと思えばいいわ」


 「そういう……もの?」


 私は眼を疑った。


 確かに納豆は臭いがする。けど、これほど臭かったものか少し確かめたい。


 私が研究所にいたころに食べた納豆も割かしら臭かったけどこんなにひどかったっけ?




 ケミは嬉しそうに笑うと、


 「どう、食べれる?」


 「腐っていないという確証があったら」


 「あるわよ。だってこれ私のご飯だもん」


 そう……なら安心……してもいいの?


 もしかしたらこれは何かの罠!?




 「だからね、はい、あーん♡」


 ケミは今まで以上に砂糖のような甘い顔を浮かべながら箸で黒ニンニク? をつまんで私の前に持ってきた。




 凄い……寒気がした。




 「ほーら、嫌な顔しない♡」


 いやいやいやこれを嫌な顔をしていられるものか。


 いきなりどうしたの、ケミ? 何か悩みがあるの?


 でもこれは悩みで何とか出来るものか。


 「もう、どうしたの? やっぱり臭いのだめ?」


 「え、えーとケミ? ケミだよね?」


 「そうよ?」




 あ、うん。思っていたよ、本物なの。けどほんのわずかだけ期待したの、こいつは偽物で本物は別にいるって。


 やっぱり違ったか。なら多人格過ぎるでしょこの人。


当のケミはと言うと「嫌だったら……」と顎に手を当ててないか悩んでいた。




 どうしよう……次絶対変なこと言う気がする、助けてアテルさん、助けて!!






 その時、襖を三回ノックして看護婦さんが入ってきた。


 看護婦さんの服装は少し古い白衣に藍色の長い髪の毛、そして耳と尻尾はこの村の人狼族と同じの、少し幼いように見える。


 「初めまして、私は天河ウズメと申します。本日よりチカさんが退院するまでチカさんのお世話を致しますのでよろしくお願いしま……す?」


 看護婦さん――――ウズメさんはこの光景に唖然していた。


 ごめんなさい。


 これ、私が悪いんです。




 ―――――――――――。


 ――――――。


 ―――。




 「あ、あーそういうことがあったんですね……ははは」


 ウズメさんは軽く笑う。


 私はこの部屋で何があったのかをウズメさんに丁寧に説明した。やはりウズメさんも同じことを思ったのか少し引いていた。


 ケミはと言うと話されてやはり恥ずかしいと思ったのか「もういい、ちょっと頭を冷やしてくる」とか言って部屋から出ていってしまった。




 「まぁ、ケミさんのことは私に任せておいてください。ん? この腐ったニンニクは?」


 ウズメさんは床に置き去りにされたニンニクに気づく。


 「ケミが持ってきたの。私の昼ご飯にって」


 「へ、へーこれを……ちょっと捨てときますね」


 ウズメさんは若干引き気味に腐ったニンニクを捨てに行った。




 そしてウズメさんが戻ってきて私の隣に座り、検診を始めた。


 「えっと、まずはこの培養液もとい治療薬を塗りますね。この治療薬はiPS治療液を傷口に塗れば早期に治るんですよ」


 「……どのぐらいかかるの?」


 「治るまでですか? なら二週間から一ヶ月ですね」


 「そ、そうですか……」


 ウズメさんは意気消沈してる私を見て「いえいえ、そんなに落ち込まないでください」と優しい口調で、


 「でも、この怪我で一カ月は早い方ですよ。もしも普通の塗り薬でしたら二カ月以上かかりますので」


 そうか、それなら安心した。


 でもやっぱりマロにはもう二度と会えないのが悲しい。




 会えたとしたら私はどれほど心が躍ったのだろうかは分からないが。






 私はウズメさんに包帯を取って貰い、傷口に塗り薬を塗っている間窓の外の世界を見ていた。


 今更ながらこの村は人が多く住んでおり、私と同じぐらいの子供が賑やかに遊んでいる。もし私が普通の女の子としてこの世に生を授けられたらこんなふうに遊んで暮らしていただろう。


 チホお母さんと一緒に。でも、それは理想論で今この現実を一回でも見てしまっているためもう楽しい経験はしないだろう。




 「はい、チカさん終わりましたよ。痛いところとか痒い所はある?」


 ウズメさんは笑顔で私に包帯の取り換えを終えたことを告げた。


 私はその笑顔に釣られるかのように口元が緩み、


 「いいえ、大丈夫です」


 「あ、可愛い!! チカさんここに来てから眉間にずっとしわが寄っていたって聞いていたからちょっと心配だったけど……もう安心ね!!」


 え、私ここに来てから一日しかたってないけど心配されるほどしかめっ面だったのかな? だとしたら恥ずかしい。


 「あ、ちょっといいですか」


 ウズメさんは思い出したかのように声を上げ――――。


 私の後ろ髪をひもでくくってポニーテールにした。


 「やっぱりなんとなくだけどケミさんに似てる気がする」




 そういうとウズメさんは白衣のポケットから鏡を取り出し、私に向けた。


 確かによく見ればケミに似ているかもしれないけど眼の色から顔の雰囲気から何もかも違う。似ているのは髪の毛の色だけ。


 私はウズメさんの方に振り向き、


 「あの、それ嫌なんでやめてもらえますか?」


 と、強めの口調でウズメさんに言った。


 「あら、そう?」


 「はい、ちょっと色々と酷いことされてきたので」


 私がそういうとウズメさんはすぐに察してくれたようで、ひもを優しく取り、私に謝罪した。




 「ごめんなさい。聞いてはいたんですがその配慮を忘れてしまって……」


 「いえ、良いんです。でも……なんか変なんです」


 私は心に秘めている思いをウズメさんに告げようとしたが、その時奴が帰ってきた。


 奴、ケミはどこかでしくしく泣いていたのであろう顔を赤くして戻ってきた。




 また黒ニンニクを持って。




 ウズメさんはケミが戻ってくるのを見て、「あ、おかえりなさい」と言った。


 だが、ウズメさんはケミの持っているものをみて眉間にしわを寄せた。


 「あの、少しいいですか?」


 「ん?」


 ウズメさんはそういってケミに近づき、黒ニンニクを取り上げてじっと観察した。


 「あ、あのーウズメさん?」


 珍しくもケミが下に回ってウズメさんに接していた。もしかしたらケミの立場は低いのかもしれない。




 で、看護婦ウズメさんはと言うと一回深くため息をついて――――――。


 「ふん!!」


 「痛った!!」


 なんとケミの頭にものすごい勢いで頭のてっぺんにゲンコツをくらわした。ケミはその場でうずくまりウズメさんはまるで子供に説教する母親のように見えた。


 「あのね、ケミさん。これどう見ても腐ってるの分からない?」


 「だ、だって本で黒ニンニクは熟成したら臭いがするからって……」


 ケミは頭を擦りながら立ち上がる。


 私はウズメさんに便乗するように、


 「ケミ? もしかして腐った物を?」


 「違うもん!! 美味しかったから味合わせたくて……あ」


 「ははぁーん。そういうことですかケミさん?」


 ウズメさんは今のケミの言葉を聞きにがさないと言わんばかりにニヤニヤしながら近づいた。


 「いや、いやそのー」


 「ほらほらーケミさーん」


 ウズメさんはケミに抱きつき、かなり煽る。


 これ、ケミ怒らないかな? こんなところで乱闘が起きれば私死ぬよ?




 「……お前たち何してる?」


 だが、それはなんとか回避できそうだ。聖人アテルさんが入ってきた。


 ウズメさんはアテルさんに気が付くと「アテル様!!」と言って近寄った。


 「聞いてくださいアテル様、本日ケミさんの可愛いところを発見いたしましたのでご報告しましょう」


 「ちょっとウズメさん!?」


 「ふむ、それは後で聞くとしてこれから大事な話があるからウズメは人払いお願いできるか?」


 「分かりました!!」


 ウズメさんはそういうと、腐ったニンニクを持ってさっさと部屋から出ていき、人払いしに行った。


 あれ人払いに使いのかな?


 そう思いながら私はアテルさんに視線を合わせる。


 「あ、あのーアテルさん?」


 「あー大丈夫だ。どうせ腐ったニンニク出してウズメに怒られたところだろ。それで取り上げられた感じか?」


 「あ、はい。そうです……」


 ケミは複雑な表情を浮かべる。


 まぁ、明らか弱みを握られてるから下手に行動できないのだろう。




 アテルさんはケミに何か耳打ちして二人そろって私の隣に座った。


 一番最初に口を開いたのはアテルさんだった。


 「では早速だがチトセについて話そう」


 「待ってアテルさん。それはまだ」


 「……本当ならあそこで話す予定だったんだぞ?」


 「―――ごめんなさい」


 アテルさんはケミを黙らせると私と視線を合わせた。


 「あの、チトセに会えるんですか?」




 私は少しの希望を込めてアテルさんに聞いた。しかし――――――。


 「すまんがそれは出来ない。出来るのは今何をしてるかだ」


 「……分かりました」


 私の返答を聞いたアテルさんはゆっくりと話し始めた。


 「まず、チトセだが今はゾハクを社の中に封印している。しかしそれは今日入れて明後日までが限界だ。その時私とケミでチトセを救出し、ゾハクを軍付属の亜紀国学徒隊東部方面軍と協力して撃退する予定だ」




 「亜紀? 学徒隊?」


 私が疑問を投げかけるとケミがアテルさんに代わって説明してくれた。


 「そうね、亜紀は瀬戸山陽地区にある行政区。学徒隊はこの国の軍管轄の学園都市群出身の学生たちで構成されている部隊」


 「……なるほど。で、要するにその部隊がここに来るの?」


 「そうね、でも十名程度しかこないわ」


 「どうして?」


 私は首を傾げさせて聞いた。


 「理由はアテルさんが言うには近々機内に学徒隊と正規軍とで大規模攻勢をかけるの。それに伴って総力を使うからここにはほんのわずかな兵しか送られて来ないのよ」




 ケミの説明が終わった後、アテルさんの話に戻った。


 「そうだな、ケミの言った通りがここに来る部隊との協力作戦だ。だが私とケミ含め正統ではないから邪神相手は神位まで来ると撃退がやっとだ」


 「なるほど、だから撃退ですか」


 私はアテルさんの言葉に疑問を感じた。


 正統ではない? 一体どういうこと?




 その時、外に靴音と共に旭日の旗を掲げた十名程度の人たちが歩いているのが見えた。


 その人たちはタケヒコさんと違って重装備かつ体には機械を取り付けている。服装はチホお母さんからもらった絵本で見た縄文柄の硬そうな服を身に着け、武器は機関銃を担いでいる。顔には遮光器のようなものが取り付けられていた。


 アテルさんはそれを見ると私に、


 「あれが学徒隊だな。若いのにしっかりしとる」と言うと話に戻った。


 「で、話に戻すが最後にお前に力についてだ。お前が力を使えなくなったのは現段階では詳しくは分からないがケミが言うには邪神の卵は未熟の場合まだ体に定着していないからその段階で力を使うと卵は栄養不足で死んでしまうらしい―――――で、違うか?」


 アテルさんはケミに確認を取る。


 ケミはアテルさんの言葉に一回頷き、




 「はい、そうです。邪神は未熟の場合力を量産することが出来ないので消滅するんです。でも、チカに関しては卵がいつ定着したかの話になると不可解な点が多いのです」


 「そうか……まぁ、今回話したかったのはこんなところだ」


 アテルさんはゆっくりと重たい腰を上げる。


 「では、私は少し学徒隊の人たちと打ち合わせがあるからお先に失礼する。ケミはあとから俺が説明する」


 「はい、分かりました」




 アテルさんはそういうと部屋から出ていった。


 さて、どうするこの状況。ケミは私をじっと見つめてる。ちょっと話題作ろっかな?


 「あ、あのケ―――」


 「どうしたの?」


 「あ、え、あ……うん」


 ケミが思ってた以上に嬉しそうな顔をするもんだから驚いた。




……そもそもなんでケミは私を構うのだろうかが分からない。


 まぁ、でも。そんなケミも見ていて楽しいから良いか。


 「……えーとケミも勇者の末裔なら打ち合わせに参加したほうが良いんじゃない?」


 「いえ、私は許されないわ」


 ケミはスパッと話を斬った。


 「私の存在は今ばれたらとにかく面倒なの。特に学会なんかに報告されたらこの村の人たちが皆殺しにされちゃうもの」


 「でも共同作戦でしょ?」


 「ええ、でも私だけは隠密にチトセを救出して撤退するだけで戦うのはアテルさん。そして撃退後私がゾハクを追撃する……こんな形よ」


 「……なら私が洞穴に行く必要あった?」


 「うん。本当は救出がチカで追撃が私の役目だったからね」


 「……そうだったんだ」




 私はほんの少しだけ納得した。


 けど、気がかりなのはチトセ……。


 「ねぇ、チトセは誰の指令でマロを封じているの?」


 「自分自身で」


 「自分自身で?」


 「えぇ、今のチトセは邪神から解放されて思う存分力を発揮しているわ」


 「邪神から……解放? 本当に死んでない?」


 「死んでない、これは本当。なら今日一回下見に行くけど貴女もついてくる?」


 ケミは首を傾げながらこちらに聞いてくる。




 「でも私は見た通り半身包帯で巻かれているから動けない」


 「ふふふ、大丈夫―――――」


 「ダメに決まってるでしょ」


 ウズメさんがアテルさんにもういいと言われたのか帰ってきた。盆にご飯とみそ汁。そして焼き魚をケミと私の分、そしてウズメさん自身の分を含め、昼ご飯を台車に乗せて持ってきた。


 ケミはと言うと駄目と言われて驚きの顔をしている。




 「どうしてダメなの?」


 「こんな怪我をしてむしろ良いよって言う人いる?」


 「―――――」


 まさかのケミ一発で正論を返されて負けてしまった。私としては行きたかったため、もっと頑張ってほしいと思ったのは黙っておこう。


 正論を返されたケミは言葉を詰まらせながらもどう反論しようか考えていた。


 だが無慈悲にもウズメさんは問答無用に――――。


 「それに彼女は貴女が思っている以上の重傷なのに。行けてもダルマみたいな格好だけど今の季節もう少しで梅雨だから汗疹が出来ちゃうからね」


 「うー」


 「うーじゃありません」




 ケミは完全に撃沈したようで、その場に座り込んでしまった。


 ウズメさんは一回ため息をついき、脚を曲げてケミに視線に合わせた。


「それに、貴女は今軍人さんに見られてはいけないのでしょう? 聞いた話によると内部に学会側が派遣した人造工作隊αが紛れ込んでいるみたいだし」


「そう……ね」


 人造工作隊α?


「だからともかく今はとにかくおとなしくしていてくださいね?」


 ウズメさんは念を押してケミに言う。


 ケミはもう懲りたのかこれを了承。




 ともかくこれからはなにをすればいのだろう。


 「では、昼ご飯食べましょ」


 「……うん」


 私はウズメさんが持ってきてくれた料理を口に運び、初めて食べたご馳走に涙を流しそうになったけど、そこを何とかこらえ美味しくいただいた。




―――――――――。


――――――。


―――。




 時は経って夜。外は真っ暗で何の音もしない。見えるのはやはり悲しい蛍の光。


 私は病室の布団で一人静かに布団にもぐり、眠れない夜を過ごしていた。


 本日の成果はマロとチトセが今何をしているかの情報を手に入れたこと。


 そして――――私の能力が使えなくなった理由。まだ仮説の段階でも聞くだけでも安心する。


 さて、一見少なそうだけどそれなりに知りたいことも知れてよかった。もし何の成果もなかったらただ無駄な半日を過ごしていたのかもしれない。


 『チカ……』


 耳元で誰かの声が聞こえる。


 『チカ……』


 私は声をした方を向いたが何もいない。


 誰? 私を呼んでるのは誰?


 私は動かせる範囲で周りを見る。


 『チ……カ……』


 「あ、声が……」


 『に……げ』


 これを最後に声が聞こえなくなった。




 「―――――今のチトセなのかな?」


 私は少し体を起こした。


 「あれ、痛みがだいぶ楽に……本当にあの塗り薬効果あったんだ」


 感心しながらもこれ以上動かすと体に悪いだろうかなと思い、再び寝て、天井を見上げた。


 『あ、チカ』


 「え、チトセ?」


 私は素っ頓狂な声を上げる。


 私の目の前、天井に半透明のチトセがふわふわと浮いている。


 「チトっ」


 『起き上がらないで、今の君はシャレにならないほどの重症だから』


 チトセはそういうと私の体の上に乗る。


 チトセはあの時と変わらない姿をしているが、少し違う点は神妙な気を纏っていること。


 『久しぶりだね、この僕と会うのはいや一日ぶりだから違うか』


 チトセは久しぶりの笑顔を私に見せてくれた。本当にチトセの笑顔は心が落ち着く。彼は私の体を見て、『これは……』と悲しそうな声で言った。


 本当に君もあの間にこんなことになっていたんだね』


 「私も……て、チトセも?」


 『うん、僕はケミに倉庫に隠されてエビ君……いや、ゾハクの第一波の攻撃から守ってくれたんだ』


 「あのケミが?」


 私は驚きの声を上げる。




 チトセはうん、と頷くと、


 『でもね、不思議なことに僕は彼女に対しての憎悪ではなく感謝しかなかったんだ』


 「……感謝?」


 私はチトセに疑心暗鬼の眼を向ける。


 どうして、貴方はケミに一回斬られてるのよ……それにいくらマロが邪神でも、私は今まで彼に助けられてた……そしてチトセにも……。そんな彼らに傷をつけたケミに私は感謝なんてできない。


 しかし、チトセはその考えの斜め右を行った。


 『うん、僕、分かったんだ。自分が何者かと、今まで心の奥底で阻害されて認識すら敵わなかった本当の僕を見つけることが出来たんだ。感謝してるのはそこだけ。一応いうけどチカを斬ったことに関しては絶対許さないからね!!』


 ふふ、やっぱりチトセだ。




 『エビ君はエビ君で僕の家族と離れ離れにさせたこと、そして兄の友達を殺したから絶対許せない――――はずなんだけど一緒に過ごしてみるとこの子も根は悪くはないのかなって』


 「――――――」


 私はこのチトセの言葉には何も返さなかった。


 何故なら彼の声は猫のように甘い声に対して瞳は憎悪の塊だったからだ。


 『ごめんね、久々に会ったのにこんなに重い話題しちゃって』


 チトセは謝罪の言葉を私に言った、続けて――――――。


 『―――――君のこともケミのこと。それに今まで僕の魂が経験したすべて思い出した。言わば再認識したってことだね』


 『再認識?』


 『そう、再認識。人はなぜ物質を認識できるのか? それは神がその時にその情報を送って、人はそれの受け取った情報と今起きていることを照合させて認識している説と、魂が前世に経験した情報を今生きているモノの自我とリンクする事で認識できる説の二つがある。これらの共通点はリンクするための糸の存在がある事で、自我と魂がその糸で繋がっていないと自分は誰かを認識で出来ず思考が崩壊してしまうんだ』


 「―――――ごめん、何を言っているのか一切分からない。その認識と言うのは要するに魂と自我が繋がっていることで生まれる現象。そしてその糸がないと自分自身が認識できないと言うこと?」


 『うん、そうだね』


 チトセはそのまま浮き上がる。


 『これは邪神にも当てはまる。邪神は寄生する生き物で、寄生された生き物は魂と自我を繋ぐ糸を混沌の状態にして、己は邪神だと糸を無理やり自分自身の魂とリンクさせて認識させようとするんだ。で、それを防ぐための方法がじっくりと殺して自我と魂を繋ぐ糸を自然消滅させるんだ』


 「じっくりと―――――」


 これは確かケミが言っていた。


 邪神の卵はいきなり殺すと羽化するからじっくり殺さないといけないって。多分これは今チトセが言ったことと関係している。




 「なら、一瞬で殺すとどうなるの?」


 『一瞬で殺すとか……これは復活するね』


 「……どうして?」


 『何故なら糸が消滅していないからね。じっくり殺す理由は、自分は死ぬんだと無意識下で思わせることで魂と自我を止めている糸が自然に消えるけど、一瞬で殺した場合は死んだと生き物は認識出来ないんだ。けど我が消滅しているもんだから邪神の魂は自らを代わりの自我としてその人間の体を己の体を体現する贄にするんだよ』


 「なるほど……全く分からない」


 『はは、ごめんね。でもこれは本当に大事なことだから覚えていてね。ケミには随分昔に教えているから知っていると思うけど……どうだった? 覚えていたかな?』


 「あーそれはばっちりだった。でもチトセの言っている事と違って卵が羽化する的なのに変えて分かりやすく教えてくれたよ」


 「そうか、良かったよ。あの子物覚え悪いから少し心配だったんだ。でも、それは杞憂だったね。僕が思っていた以上にあの子はしっかり者のようだ」




 さり気なくケミを馬鹿にしたチトセはクスクスとかわいらしい声を上げた後、目を細めて『もう時間か……』と寂しそうな声で言った。


 『もう、僕はこれ以上ここにいれないね』


 「――――――」


 「もう話は聞いたと思うんだけど、僕はあの社でゾハクを封じている。今僕が姿を表せているのはほんのわずかに残った霊力を扱っているから。言ったら今君の目の前にいる僕はホログラム映像だと思って」


 チトセは弱弱しく私に近寄り、私の頬を触手で優しく触る。


 『それに、多分もう二度と君に会えないのかもしれない。だから最後のお願いでも聞いてくれる?』


 「もう……会えないの?」


 『――――――多分だけど』


 私は眼から温かい水が出てきた。




 そう、私は泣いている、悲しんでるんだ。 




 『でも、安心して。これは永遠ではなく一時的なもの。もしかしたら早い段階で会えるかもしれないし一生会えないのかもしれない』


 「また、会えるの?」


 『うん、それは君次第だ……。――――ナビィの言霊、愛。』


 チトセは触手を私の前にかざし、ケミと似たような呪文を唱えると私の体が光に包まれた。


 痛みはどんどん消えていき、痒みも無くなっていった。


 そして光が消えるころには私の体はもう痛くもなんともなかった。




 「―――――これは?」


 『君の傷は見る側も胸が痛くなるからね、傷が残らないために僕直々に言霊術で治したよ』


 「――――ありがとう」


 同時に、チトセから光のクズが散らばり、半透明から完全に透明になろうとしていた。




 『あ、もう時間が来たね。そうだ、最後のお願いなのだけどもし徳田メイ、タケルの二人の兄妹に会ったら―――生きているって伝えといて。で、次は……』


 「まだあるの?」


 『うんたくさん。時間が無いから早口でいくね。まずチカはケミに数学と文字を教えてもらう―――こ!!』


  チトセ最後の言葉は下品且つ低俗なもので幕を閉じてしまった。


 気づけば私は涙を流していた。けど、いつかまた彼に会える。


 と、心にその思いを大切に保管した。






 「メイさんとタケルさんか……」


 チトセが消えて少しして私は記憶の奥にある言葉を思い出した。




 ―――――私には大切な子供が二人いるの。多分年齢的に貴女のお姉さんとお兄さんね。




 っと、チホお母さんは言っていた。


 私のお姉さんか、どんな人だろう。


 私は窓の方に寝転がり、空を見た。


 空は暗いけど、星は暖かい光を放っている。そういえば私は外に出れたらゆっくり星を観察したいって願ってたのを思い出す。




「もしもあの二人に会うことが出来たらチトセについていっぱい聞こっかな」


 よし、怪我は治ってもう痛みはないから眠れない心配はなさそう。


 私はゆっくりと瞼を閉じた。






 そしてようやく意識が遠のこうとしたとき、襖が開く音がした。一体誰だろう。


 足音は私に近づいていき、そしてその場に座る。


 後ろにいる誰かはそっと私の頭を優しくなでた。


 「……ごめんね、本当にごめんね」


 この声はケミ?




 ケミは昼時と違い、とてもおしとやかだった。


 続けてケミはかすれかすれの小さな声で―――――。


 「まだ小さいのに、私は貴女に取り返しのつかないことをした。それはもう覆りようのない事実」


 ケミが私の後ろですすり泣いた。


 もしかして私の怪我を見て自分が悪いと本心で思って泣いてるの? 


 「私は貴女のことが嫌いだった。それは本当。おかしいよね、私は貴女のことを殺したのに好きとか言って」


 ケミ……?。


 ケミはこんなことを思ってたの?


 心がズキズキと痛んだ。


 何で痛むのだろうか。ケミの言っていることは本当に正しいことで非があるのはケミで正解なのに、何故か私の心は痛みが走る。




 「そんなの普通信じられないよね? だってそうだもん、自分を刺した通り魔が次の日君を守るとか言っても信用できないのと同じよ。貴女を事故で一回殺したのも嘘、本当に私は貴女を邪神だと思って殺そうとしたから……でもね、貴女がアテルさんとこの村に逃げたとき、邪神か邪神ではないかを識別する勾玉でもう一度見ていたら貴女は白、人だったの。最初はそんなことは無いって貴女がこの病室で寝ている時に何度も確認したの」


 ケミは声を震わせ、鼻をすすりながら続けた。




 「でも違った、違ったの。貴女は正真正銘の人だったの。私は、私はたった一人の女の子を殺そうとした大馬鹿者よ」


それはケミの本心?


私は静かに目を閉じたまま、ケミの言葉を聞き続ける。


 ケミの声は次第に泣き声に近づいていき、私の頬には彼女の涙がぽたぽたと落ちてくる感触がした。




 「私は……! あの子と色々似ているだけで腹が立って……首を斬り落とした。最低よね……それを言ったら全国にいるあの子に似ている子供たちを殺さないとだめじゃない」


 ケミは私の頬に落ちた涙を手で優しくふき取る。


 「私……何がしたいんだろうね。これで自分の罪の償いになるのかしら。多分、ならないでしょうけど。でも、せめての償いで……チトセは絶対に救うから」


 ケミはそういうと私の頭を撫で、その時、頬に唇の柔らかい感触した。


 「本当にあなたは……憎いけど、大好きだよ……」


 ケミは静かに立ち上がった、




 私は自然と唇が触れた自分の頬に触れた。


 「なに……今の?」


 私の心臓はバクバク鳴り響き、今の自分の感情は言葉に表せられないものに襲われていた。


 ―――――チホ母さんに……されたことないのに




 その気持ちは表そうものなら喜び、安堵の二つに絞れるのかもしれないけどなんでその感情が沸き立つのかが分からなかった。


 でも、唯一分かるのが―――――。


 「私こそごめんね……貴女の気持ちを考えずに嫌がることして」


 「――――――?」




 私は気づけばうっかり口を開いてしまっていた。


 これは恥ずかしい。


 ケミもその声に気づいたのか足音がこちらに近づく。


 私はとっさに目を閉じて狸寝入り。




 「口元が……緩んでいる?」


 ケミはボソッと呟き、そして――――――。


 「……ありがとう」


 ケミは小さな声で私にお礼を言った。

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