第12話 困惑
「オハヨウ……」
巨大なイソギンチャクは耳につく甲高い声を出した。
その声は小鳥のような声にも赤子の泣き声のようにも聞こえる。
巨大なイソギンチャクは体がとても大きく、この洞穴の天井に口の部分が接しているほどだ。しかしその大きさが影響し、動きづらそうに壁に触手を何度もぶつけている。
そんなドジなイソギンチャクでも覇気は凄まじく、一歩間違えれば腰が抜けるほど。
しかし、ケミは私と違って邪神を卵から羽化させまいと卵を産み付けられた人を苦しませて殺し、助けを求める声にも反応しないだけあって平気そうだった。
あのイソギンチャクもケミが言っていた邪神……すなわち神様であるのになぜ人を殺すのか? 神と冠するのにイソギンチャクを入れて人に害しか与えない彼らはいったい何者なのだろう。
そして同じく邪神であった私の育ての親と言っても過言ではなかったマロ……彼もまたあのイソギンチャクと同じ。
私は心なしかとても悲しく、怒りが溢れてくる。
邪神を殺すとなれば同時に私はケミにマロを殺すと意思決定したことになり、殺さなかったら私は邪神のことを守りたい愚か者としてケミに殺されるかもしれない。そんなのはあんまりだ。
もし彼らを殺さないで本当の“神“に出来るのなら私はぜひそうしたい。けど、そんなことは当たり前だけど出来る手段なんてない。
私は鞘から短刀を抜いた。
短刀は私でも持てる軽さで、動きやすい。
まるで……私に合わせたような。
同時に手から汗が流れる。
はは、今更私緊張しているの?
冗談はやめてほしい。
もし私がこんなところで緊張なんかしていたらもしもケミを殺すチャンスがあれば逃してしまうじゃない。
「緊張しているの?」
ケミが私に気を配ったのか話しかけてきた。
一体どういう風の吹きまわしだろうか。
私から見てケミの性格は実に暴虐の勇者で助けを求める人間は問答無用で殺すと思っていたからだ。なんで……なんで心配するのかが理解できない。
「それがどうしたの?」
「少し……心配だから。」
「はぁ? バカなの?」
私はケミに暴言を吐いた。
それもそう。ケミは私の方を一切振り向かず、逆に私の声を聞いて安心したのか顔が嬉しそうだったから。
本当になんで……なんで……!
同時に、イソギンチャクが触手をこちらに振り下ろした。
「キャハハハ! オハヨウ!」
「危ないっ!」
私はケミに抱きしめられ、遠くに避難した。
イソギンチャクが叩きつけた場所は黒く泡立ち、蒸気を放っていた。
もしあれに触れていたらひとたまりもなかっただろう。
その時、ケミは私を優しく抱きしめて小さな声で、
「そうね、私は馬鹿、大馬鹿者。だから私は貴女を……全身全霊をもってしてでも守りたい」
そういった後、私から離れた。
「チカ、よく聞いて。あれは下位邪神・アネモネ。見た感じ体から濃硫酸を分泌してる」
イソギンチャク……アネモネは再び触手をこちらに狙いを定める。
ケミはアネモネの動きに注視しつつ簡潔に説明を続けた。
この時アネモネは無慈悲にも会話の途中で再び触手をひり下ろす。
「もしあれにじかに触れたら即死は免れないだからっ!」
しかしケミは槍で触手を硫酸がこちらに飛び散らないように遠くに薙ぎ払い、斬られた触手の一部分は一定時間暴れた後、そのまま黒い液体となって溶けた。
私はこの光景をじっくり見て、その後ケミに視線を合わせた。
けど気のせいかかなり手を抜いているように触手を一本づつこちらに当てに来るだけで、一斉に触手で潰しに来ない……どう考えてもおかしい。
ケミは「私に分かった?」と言い、こちらを向いた。
「こんな感じで今は遠くに飛ばすことに専念して。それと地面が硫酸の水たまりになっている部分にも注意しながら」
ケミはそういって私の腕を掴み、立たせてくれた。
その顔は本当に勇者のように……かっこよく見えてしまった。
同時にそう思ってしまった自分が気持ち悪くてしょうがない。でも私は見てしまったの
だ。
彼女がアテルさんの弟子の遺体を無慈悲にも切り刻んで殺したのと、マロとチトセを殺したのを。
でもなんで……彼女、ケミを私の心は少し信頼しようとしているの。
――――本当に……気持ち悪い。
私は背筋に寒気が走った。
そうして私を助ける? 殺したかったらアネモネの生贄に捧げて殺した後に倒せばいいじゃない。なんでわざわざ私に説明するのよ。
ケミの目的が全く分からない……。
それに……邪神の卵を殺すのだって私にお願いしないで他の人、アテルさんにお願いすればいいのに。
私はケミに話しかけた。
「……どうして私を助けるの?」
ケミは私の質問に何も答えなかった。
ただ、小さな声で。
「貴女を、守りたいから。たったそれだけ」
ケミはそういうとアネモネに槍先を向けた。
「こいつはまだまだ元気そうね。これはまず触手を一気に切り落とすのが得策かも」
するとアネモネは頭の触手を一斉にこちらに差し向けた。
もしかしたら最初の手を抜いたように見えたのは挑発のつもりだったのかもしれない。
「じゃあチカ。まずは触手を全て切り落とすことに専念して!!」
ケミは触手を一斉に切り落とす。
同時に私の方にも来た。
「分かってる!!」
私は短刀を握り、触手を切りつけた。けど予想通り一発では切り落とせないようで地道な作業になりそうだ。
ただ厄介なのは少しかすり傷を入れただけでも凄い量の硫酸が触手の切り口から出てくる。
もしも硫酸がアネモネにとって血と同じであるのならそれでよかったはずなんだけどそうはいかないようだ。
「キャハハ!」
アネモネはこんな狭い場所でも大量の触手を正確にこちらに向かわせてくる。
これはどう考えても劣勢にもほどがある。
とくにこの洞穴は密閉のため、あの硫酸の蒸気が溜まるとどう考えても私たちの方が先にくたばる……早期決着が先決に他ならない。
この時眼と喉に激痛が走った。
「がは!!」
苦しい……痛い痛い!!
眼が焼ける、喉も!!
私は周りを見てみると真っ白な蒸気で覆われていた。
まさか!!
「がはっ! ケミ!! ケミ!!」
痛いながらも目を凝して見るとケミが倒れていた。
「ケミ!!」
私は激痛に耐えながらこれ以上吸わないように息を最小限に止めながらケミに近づく。
「アゲナイアゲナイアゲナイアゲナイ!!」
アネモネは自分のえさを荒らされてると勘違いしたのか妨害してきた。
真っ白な硫酸の蒸気に覆われているこの場所にとどまるのは流石に危ない……。
触手をよく見ると動きが少しぎこちない。
「どうして?」
私は触手をよけながら観察するとおびただしい数の触手が絡まっていた。
よし、今しかない!!
私は触手の防衛網を掻い潜り、ケミに接触することに成功。ただし私はこの時は本当に思考能力が落ちていたようで、今更――――。
「あ、待ってケミ意外に重い!!」
体重を全く考慮していなかった。
ケミを肩に乗せようにも私より何倍もあるその体はびくともせず、そして周りに取り囲むようにゆらゆらしている触手たち。これはどう考えても四面楚歌。
「待って……このまま置き去りにしても……いいや、だめ。こいつは私が殺すから」
「――――風の言霊、浄化」
「え……?」
私は素っ頓狂な声を出した
その時、辺りの真っ白な硫酸の蒸気が一気に晴れた。
「ケミ! ケミ!」
「心配……してくれるの?」
ケミは心なしかとてもうれしそうな口調に聞こえた。
そしてケミの笑顔は、なぜか心が温まってしまう。
どうして?
それは信頼した私を絶望に陥れるかのように殺せると分かったから?
ケミは重い体を自力で何とか上げて、奴をじっと見つめてどう動くのかを考えていた。
私はあの大きいイソギンチャクを注視しながらケミに声をかけた。
しかし当のアネモネは何にも気にしていないようで、体の眼はまるで小ばかにしているかのように目を細め、ビクビク痙攣していた。
アネモネもとい邪神には知能は存在するのかな?
いや、今はそんなことはそうでもいい、戦いに集中しよう。
さらに、アネモネは触手をこちらに向かわせてきた。
ケミは苦しいはずなのに即座に体制を整え、槍を向けてタイミングよくその触手を遠くに切り飛ばした。
ただしアネモネにはダメージは無いに等しく、触手を揺らしながらさらに私たちを惑わそうとする。
本当に厄介な敵だ。
研究所から出るときも研究員やら気持ち悪い生物からの攻撃を避けながら出てきたけど、こいつの場合それは出来そうにもない。
もし戦闘を継続するのなら外でした方がまだ有利なのでは?
あ、挟まっているから動けないのか。
この時ケミは私の前に手をかざして下がるよう先導する。多分ケミもこいつはこの狭い空間内で戦うのは面倒くさいと思ったのだろう。
その時ケミは私の肩を叩いた。
「こいつの弱点は重曹、それで中和するしかない」
「中和?」
「えぇ、こいつの体に触れただけでも溶けるのならもしかしたらって思ったの。良い? 今から話すことは重要だからよく聞いてね」
私は静かにうなずいた。
「今から全速力で私が重曹を取りに行く。その間の囮お願いできる?」
「……逃げる気?」
「逃げないわ。もし逃げたらあなたにもう二度と近づかないし関わらない。それでいい?」
これはケミを信じてもいいのだろうか?
私の中のケミの印象は最悪。
狂人を超えた存在と見てもいい。ただし何故かケミは一日しか過ぎていないのに性格が一変している。
どれかが素でどれかが偽りの顔としか見れない。
でも……!!
「やっぱり、私って最低ね。わかった――――」
今浮かべている彼女の顔の申し訳なさそうな顔は嘘と言ってもいいの?
ダメなの?
もし本当にそれが嘘なら一生恨む。
でもおかしい。
逃げたければ最初から逃げればいいのに逃げないなんて、もしかしたら本心で倒そうとしているの?
「―――――私が行くから貴女は今すぐ逃げて!!」
ケミはそういうとアネモネの触手を半分以上切り落とし、自身が囮を兼ねて重曹を取りに行った。
「え……?」
私は頭が混乱した。
あのケミが逃げないで囮に行くなんて。
それも自分が死ぬ確率を上げてまで何で私を助けるの? それが全く分からない。私は貴女に一回殺されたのよ。それも首を斬られて。
痛かった。とても痛かった。そんなことをしたあなたは本当になんで私を必死にかばうのかが理解できない。死ねばいいのに。
でも何故か……彼女の傍の方がマロとチトセの傍にいたときより心が温もる。
遠くからケミが触手の妨害に耐えているのか声が響いてこちらに聞こえてきた。
声から聴いてアネモネは常大多数の触手を動かしているのに何の疲れも感じていなかったらしく、さらに触手をケミのもとに向かわして潰しにかかる。
あれ? 今気づいたのだけど私の存在こいつから消えてない?
今こいつの中では私のこと、
『こいついつでも殺せるから今はそのままにしていこ』
あ、何だろう。
無性に苛ついてきた。
そしてよく見ると触手が一本もこちらに向いていない。
これは……もう怒っても許されるよね?
気づくと私はアネモネの眼に短刀を突き刺していた。
「舐めんな!!」
私は眼に短刀を突き刺したままアネモネの体の周りを走り、肉を裂いていく。
この時生々しく聞こえる肉が切れていく音が気持ちよく感じてしまった。
私はこちらに向いているアネモネに皮を肉ごと抉り取った。
「これだけ?」
と、ドヤ顔を決めた。
この時アネモネの背中から真っ黒な硫酸が流れ出て、地面を次々に溶かしていき、硫酸の海に変えていった。
「危ない!!」
私は危うく硫酸で溶けた地面を踏みそうになり、後ろに退散した。
辺りは再び蒸気に包まれようとしていて。このままでは先ほどの二の舞と感じ、私は自分が今は穿いている袴の一部を手で引きちぎり、口元を覆い隠した。
これでも少し痛いぐらいだけど後は眼……眼はどうしようもないか
しばらくするとアネモネの様子が急変した。
身体の眼は震え、触手は壁中に突き刺す。そのたび壁から人の断末魔が連続して響き渡った。そして次第にアネモネの体は黒色に変色していき、目は真っ赤に染まり、黒い液体が漏れ出る。その液体が触れた地面から煙が出た。
「……そうか!」
この硫酸の原料は人間……?
なんで硫酸になる原理は分からないけど。
これは早いとこ目を潰しておきたいけど今硫酸がこんなに出ているのなら……そうだあの時の!!
私は手をアネモネに向け、ケミとタケヒコに向けて使った呪文を唱えた。
「イケッチャパロ……は?」
何も出なかった。
え、まって何で……嘘……。
どうして呪文が発動しないの……?
この時一瞬見たアネモネが憐みの眼を向ける。
なんだろう……取り敢えず今すぐにでもぶっ殺したい。
私は前に出た。しかし触手はケミに優先的に向かう。こっちには硫酸と蒸気でいいと言わんばかりに垂れ流しを続け、足場が減っていく。
……硫酸は人を飲み込んで出している……ならこの壁に刺さった触手を知り落とせばいいのでは?
理解した私は触手を斬り落とす。
無論、このまま進んでしまえば硫酸で溶けて終了のため壁に短刀を突き刺して器用に触手を切り落とした。切り落とされた触手は傷口から硫酸をまき散らしながらバタバタと暴れ、私は少し危険と判断して離れ、次々に壁に突き刺さってる触手を切り落とし、何とか全ての触手を落とせた。
そのときアネモネが地面を勢いよく叩き、地震のように強い振動が襲った。それは壁にも伝わり、私はその場から落とされた。
「まずい、硫酸!!」
その時、被害を最小限にとどめるべく、靴を犠牲にして一回硫酸の海に足を付いた後、遠くに飛んだ。
靴を見ると硫酸で黒ずんでいた。もしこのまま放置すれば死しかない。
私は黒ずんだ靴をすぎに脱げ捨て、裸足になった。
供給源を止められたアネモネはそろそろこちらを始末したくなったのか触手をこちらに向かわせてきた。
「クソ!」
私は顔すれすれに直進する触手を短刀で切り落とし、そしてさらなる攻撃も何とか防ぐ。
私は何度も触手を切り捨てていっているのだがひとつおかしなことに触手が減るどころか増えている。
もしかして!
「これ触手再生してる!」
こんなの、どうすれば勝てるの?
その時私の左足首を触手が掴んだ。
「あづい!」
掴まれた足首は物凄い煙を放ち、想像以上の激痛が私を襲う。
「あっづ……くそっ!」
私はすぐに触手を切り落としたが、私はそのまま地面にぶつかる。もちろん地面も濃硫酸によって現在進行形のため私はすぐに立ち上がった。
しかし触れた部位はやけどの跡のようになる。
――――これはどうすればいい?
私はただその答えを導き出すのみ。
アネモネは触手をゆらゆらと動かし、私の動向をうかがう。
これはどうすればいい?
もしこのまま突っ込んだとしても捕まれたらお終い。ていうかケミは何してるの。早く来て!
アネモネは動けない巨体と違い、触手はとても速く、切り捨てても生えてくるから余計に厄介。一体何が得策?
……一か八かで本体を目指すしかない。
「たぁぁ!!」
私はアネモネの巨体目掛けて足を全力で回した。
その分硫酸が足首に何度も触れてしまい激しい激痛が襲ってくる。
――――だめ、動いて!!
私は心・体共にそう念じて走る。
しかしそれを妨害する触手。
「じゃま!!」
しかし今の火事場の馬鹿力の私にはどうってことはない。
そう思った私は無数の触手を一気に薙ぎ払い、そのまま体目掛けて短刀を突き刺した。
――――――ダ……メ。
「ァアアアア……」
短刀を突き刺されたアネモネは断末魔をあげ、そして図体が徐々に小さくなっていく。
―――ちょっと弱すぎない?
それと同時に辺りを嫌な空気が襲った。
「しまった!」
すると突然アネモネの体が風船のように膨れ上がり、中身が見えた。
真っ黒い硫酸が。
「ヤバイ!」
私は後ろに振り返り、その場を離れようとしたが……その瞬間後ろから巨大な爆発音がして、背中が燃えるような激痛が走った。
「チカ!!」
同時に後ろから誰かに水を掛けられ……意識を失った。
――――――。
――――。
――。
――――今はどうなってるの?
私は気が付けば暗闇にいた。体の感触が無い。
それよりもここはどこ?
風景と言えばケミと嫌な再会をした時の夢の中にそっくり。確かそこで鶴とか亀とか訳の分からない話に付き合わされた記憶がある。
もしも今回も同じなら本当に勘弁してほしい。いや、もうそんなことは無いってなんだかわかる。死んだのかな?
私は体を動かそうと力を出す。
しかし動かない。
あぁ、本当に死んでしまったんだ。
その時、映像が流れ始めた。
ふふ、これが俗にいう走馬灯なのかな?
けど目に映るのは研究所内での虐待。ただそればかり。
走馬灯は良いものと聞いたけどそんなことは無いんだ。
本当に私の人生は下らないことばかりだったんだ……チホお母さんはどこかに行ってくるって言ったきり帰ってこないし。今まで一緒に遊んでくれたマロは邪神だったり、挙句に懐かしい香りがしたチトセも邪神……私って本当に何なの?
私は銀髪赤眼の少女。
こんな子なんて普通いない。
もしかしたら私も邪神なのかな?
そんなの嫌だ。
でもどうして? もし邪神だったらチトセとマロとも同じだからもっと一緒に遊べるよ? なら何で嫌なの?
―――――チカ……。
突然頭の中に誰かが声をかけてきた。
それはチホお母さんと全く違う声……でも、聞いたことがある。
それは実に最近。
――――ごめんね……。
“その人”は泣いていた。
――――こんな……不出来なお母さんで。
貴女は誰?
――――でも、絶対に……貴女を助けに戻って――――――。
私の体が反応した。
ようやく死後の世界にも私の体がようやく来たんだ。
そこで私は目を開けた。
そこは真っ暗な空間で、辺りは刺激臭が襲うだけで痛みなんてない。
私は重くなった体を動かし、声の主を探した。
―――――チカ。
その声は実に優しく、チホお母さんと違い、とても優しい声だった。
チホお母さんは私がいじめられても助けてくれず、むしろご飯と言っても鳥の糞を出していた。我ながらその段階でよく怒らなかったものだと褒めてあげたい。
それよりも目の前で白く輝いている私より少し大きいだけの女の子が泣いてるのが気になる。
一体どうしたんだろ?
その子はただひたすらごめんなさ、ごめんなさいと、ここにまで聞こえる声で泣いていた。私は流石にほっとけなくなり、その子に近づいた。
その子に近づきよく見てみるととても私に似ていた。
「……なんで泣いてるの?」
私はその子に話しかけた。
その子は私の声に反応し、突然抱きしめてきた。
彼女は私より年上なのになんで泣いてるの?
分からない。
わからない。
ワカラナイ。
――――――。
「ごめんね、ごめんね」
その子は壊れたロボットみたいにただ同じことを繰り返すだけ。
けど私にはその感情が理解できなかった。
なんで泣いてるの?
「ごめんね」
なんで泣いてるの?
「ごめんね」
―――――何故なら彼女に構い続けると自分まで壊れたロボットになってしまいそうだから。
でも不思議と安心する。
「おかあ……さん」
私はそういうと再び意識を失った。
――――――。
――――。
―――。
「あ……」
私は眼を開けると知らない天井だった。
いや、そんなことは無いか。だって見た感じそこはどうみても洞穴。
私は体を持ち上げようとしたが同時に体が痛みに襲われ、地面に寝転がった。
今は動けないかー。
確か私はアネモネと戦ってそのまま倒したと思ったら硫酸を全身に浴びてそれから……。うーん、何も思い出せない。
あの後どうしたんだろ。この痛みから多分ただでは済まなかったのだろう。
「はぁ……」
「起きた?」
隣からケミの声が聞こえた。
眼を開けるとケミの顔は
私に真上。なんでケミがいるんだろう
「良かった……本当に良かった」
「ねぇ、今どういう状況?」
「今?」
「うん……」
「今は貴女がアネモネの体に短刀を突き刺してそれに伴うアネモネの大爆発が起きた。この段階で貴女は死ぬはずだったけど奇跡的に私が放り投げた重曹がたっぷり入った樽のおかげで生き延びた。そしてそれから五分ぐらい貴女は気を失っていっていま目を覚ましたとこ」
「ふーん。じゃこの口の中がチクチクするのも重曹?」
「……そうね」
「……分かった。いたっ!」
「まだあなたは立ち上がってはダメ。いくら軽度でも全身に硫酸が掛かってるからなおさらよ」
「それ早く言ってよ……」
私は改めて自分の体を見てみると全身が包帯で巻かれていた。
包帯から歯硫酸が肉を溶かしていたからか焦げた肉の臭いまたは錆びた鉄の臭いがする。
……いや、これ本当に軽度?
「あ、がががが……怪我を見たら痛みが……」
「鎮痛剤打つ?」
「いら、いらない。どうせ毒でしょ?」
「……よくわかったわね?」
ケミはそういうと注射器を放り捨てた。
本当にこの女クズだ。
まって、それはそうと確かここに来た理由は邪神の卵を潰すために、もしかしてここにいる邪神の卵の保持者を全部殺さないとだめなのかな……。
「けど、ちょうどよかった。あの邪神のおかげでここにいるだるま達が全員溶かされたか硫酸を浴びて死んだみたいだし目的は完了かな」
ケミはそういうと私をお姫様抱っこした。
「ごめん、この姿勢痛い?」
「……痛いけど我慢できる。落としたら承知しないからね」
「はいはい」
ケミはそういうとそのまま奥に進んで行った。
奥に行くと先ほどの洞穴が蛍光灯で点滅していたのに対してここはだいぶ新しいのか壁も地面も汚いと綺麗の境界線のように分かれていた。
そして私はなんで奥? と疑問を感じた。
彼女の目的は何?
私はここに入る前に言われたのは邪神の卵を殺さないといけないからであっておくには用はないはず。
もしかしたらこれまでのは全て演技で私を無力化して殺すための算段だった?
私はケミに抱きかかえられながらだいぶ奥に進んだ後、一つだけ大きな扉があり、そこに入ると中には小さな机と椅子。そしてベッドが一個置いてあった。
私はそのベッドの中に優しく寝かされ、ケミは一人机をガサガサ物色し始めた。
「ねぇ、ケミ。ここは?」
「ここは私の部屋……昔のね」
「昔?」
「えぇ……思い出したくもないけど」
「……それにしてもきれいすぎない?」
「それは……言いたくない。これ以上この部屋について聞くようなら殺生も辞さない。……だからこの部屋の話題は一切言わないで」
「分かった。けど、これだけ教えてくれない? 私をどうするつもり、殺すの?」
「貴女は殺さない」
「……だったら何で首を斬ったの? 事故事故言ってるけどどうなのよ。逆に聞くけど事故じゃなかったらどうするつもりだったのよ!!」
「……それは答えられない。ただ……貴女が似ていたから」
「はぁ?」
「貴女が……貴女が……!!」
ケミはその場で静止し、涙を地面に落とした。
一体……何だってんのよ。
「……貴女が私と似ていたから」
「いや、それは嫌なんだけど」
「そうじゃない。ただ貴女が昔の私と同じ目をしていたから。昔の自分を思い出して切り捨てた」
「でも思っていた以上に楽しんでいるように見えたんだけど?」
「あ、いやその……それはあの、あれよ――――」
「私が覚えている限り思いっきり私のこと偽りの神……邪神扱いしていたじゃない。笑いながら」
私がそういうとケミは図星だったのかそわそわしだした。
正直これはどう見ても私を殺したい行動にしか見えないんだけど。
「ついでに言うと何かよく分からない真っ黒な石っころ出されて、はいこいつ真っ黒だから邪神……とか大丈夫? 挙句に今になって事故? 貴女相当頭イカレてるわよ」
「……」
ケミは机の棚から包帯を取り出し、私に近づいて来た。
「ねぇ、どうなの? 恥ずかしく―――いった!!」
「喋っててもいいけど舌噛まないようにね」
ケミは今までの私の発言を受け流して私の体に巻いてある包帯をとる。
とても痛い。
傷を実際に見てみるととても赤黒く手どう見ても重症のようにしか見えないけど……G本当に大丈夫なの?
「でもこれでもまだ優しい方よ? もし私が重曹直ぐに投げなかったらあなた本当に死んでいたのかもしれないの。でも……可愛い
顔はなんとか無事でよかった」
「……こんな重症としか言えないのに?」
「えぇ、だって右側が重曹をキッチリ浴びて軽傷に対して左は硫酸だらけな地面に触れたせいでわりと傷がひどいわ」
「……そう」
確かに今回はケミに少し……ほんの少し感謝したほうがいいかもしれない。
もし彼女があの時重曹を投げてくれなかったらこれ以上酷かったに違いないし。
ケミは私の体の包帯を取り換えた後、休憩しててと言い、部屋の外に出た。
今更ながらこの部屋は洞穴なのに設備とかそろっており。言うならエアコン、ストーブ、冷蔵庫、台所、トイレ……トイレ?
いや、それはどうでもいいとしてここ一室でも生きていけそうな気がする。
私は痛む体を寝かし、安静にした。
――――――。
―――――。
―――。
本当に今日は色々起きすぎだ。
ケミの人格が突然変異したりそして急に元に戻ってまた人格が変わるを繰り返したケミだけでも一日の日記が書けそう。
少し気になるとはいえここは本当にどんな場所何だろうか。
ケミは自分の部屋と言っていたけどそれにしてはおかしな点がある。
まぁ、それはあのだるまにされた人間たちなのだけど自分の部屋ならそんなのを長い間おこうと思うのかな?
私だったら思わないけど。
もう一つはどう見ても部屋にしてはおかしな場所だ。
かつて研究所に幽閉されていた自分が言うのもあれだけどここはがあの研究所と同じ匂いがしてる。
……あのケミは確実に研究員ではないとして……。いや、そんなの分からないか。
『お母さん』
「おかあさん?」
私は夢の中で見て、お母さんと呼んだ人のことを考えた。
『クソガキ!!』
同時に研究員だとされるケミの言葉が脳内再生された。
『お母さん』
『クソガキ!!』
『お母さん!!』
『このクソガキ!!』
「あ、ケミ殺そう」
「いきなり物騒な子と言わないでくれる?」
用が終わったのかケミが戻ってきた。
「ケミ」
「どうしたの?」
「謝って」
「何を?」
「クソガキって言ったこと謝って。そして理由を話して」
「え、そ、そそんなこと言ったっけ?」
ケミの口調が落ち着いた様子から焦りに代わる。
本当に何なのこいつ。
「言ったよ。これはどう見ても“暴言”だよね?」
「あ、ご、ごめんなさい!! そのあれはあの。あれよ! あの時の私少し色々と手順と違って苛ついてるときにあのくそエビ邪神ゾハクが色々とむかつくこと言ってくれたおかげで適当なことを言ってしまって……あんな大ごとになって……この通りです」
最後の方意気消沈してたから何て言ったのか上手いこと聞き取れなかったけど……なるほど、事故っていうのはそれか……納得――――は?
「いや待って。そういうことならあなた苛ついたら人殺すの?」
「ダメなの?」
「え?」
「え?」
やばい。
この人本当にヤバイ。
苛ついたら人殺してるのこの人? だとしたら今すぐに制裁したいけどそんなことしてる暇はない感じ。
だってこんな状態だもん。
挑んだら挑んだ分痛い目見そうだしね。
でもそういうことか。
これで少しは納得? したかもれない。
人殺すのは謎なんだけど。
「ほら、もうここの人たちの処刑すんだからもう出るわよ」
「……苛ついてたの?」
「ううん、まったく。むしろ今が一番幸せ」
「……処刑して?」
「それは……想像は貴女に任せるわ」
彼女はそういったけど多分今回は殺してないと思う。
それは彼女の布にはアネモネと戦う前に掛かった血しかないのだから。
プラス臭いも変化なしだから彼女は今回は殺しておらず、処刑と言っても純粋にもう死んでいたのかもしれないしね。
「あ、そうそうこの洞穴の人たちは皆硫酸で溶かされたりしたせいでくっついたりしてるから見ないほうがいいわ」
「言われても見ないよ。で、他は何もないの?」
「ないわよ? 何か欲しいものでもあった?」
「別に」
私とケミは洞穴の外に出た。
外はとっくに太陽が昇っており、時間は昼頃だろう。
「もうこんな時間か。チカ。昼ご飯にしましょうか」
「人肉?」
「食べたいの? 良かったらその洞穴から取ってくるけど」
「気持ち悪い」
私は自分でもおかしなことだけど初めて彼女といて楽しいと思う感情が芽生えていた。あんなことをされて一日しかないのに。
これは俗にいう犯人に同情が芽生えてしまう状況なのかな?
その時ケミは私の方を振り向き――――。
「チカ……これだけは信じて。おとといのことは本当に事故。あの苛ついていたことは建前だけど……」
「……やっぱり理由は他にあるの?」
「―――――」
私はこの時聞けばよかったはずだけど、それは何故か良くない感じがしたため心に秘めた。
「言ったと思うけどチトセとゾハクは生きている。それだけは信じて」
「……だったらどこに?」
「それは言えない、でも生きているのは本当。信じて」
「分かった。信じてあげる。でも、私は貴女のこと好きになれない」
「そうよね、あんなことした人だから。でもね、私は貴女のこと嫌いになんてなれない」
ケミはそういってエメラルド交じりの栗色の瞳を私に向けた。
「……本当におかしな人」
私はケミに抱っこされながら村に帰った。
これより三日後ゾハク襲来。
そう心に書いた。
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