正義と悪

第11話 邪神

————静かに。

 私はじじいにそう言われ、静かにバレないように黙っていた。

 なんでマロが、なんでチトセと私が殺されないといけなかったのか。

 そして頭のおかしいあの女。 絶対に許さない。


 そう静かにしているとじじいがこちらの隣に座った。

 「あの…」

 「お前さんの名前は?」

 じじいは少ししんどそうな声でこちらに質問する。

 それは仕方ない、じじいは腕がないのにかかわらず、私とチトセを連れて外に逃げてくれたからだ。

 私は仕方なく教えた。

 「…チカ」

 「そうか……良い名前だな」


 じじいはチトセと同じことを言う。

 そのじじいの表情はまるで孫ができたみたいなおじいさんの顔でなぜだか安心する。

 「それでは、俺の名前も言わんとダメだな」

 じじい————おじいさんはそういい一回ため息をつく。

 「私の名前は安雲日比藁阿弖流。 アテルだ」

 「アテルさん…」


 アテルさんは自己紹介が終わった後、後ろの草陰から誰もいないかと確認した。

 「あの、チトセは、チトセは?」

 「チトセ? あぁ、この子か。 大丈夫、脈は安定している」

 アテルさんは優しい笑顔でこちらを安心させようとする努力するのを感じた。 だが、一つ気掛かりがある。


 私が知っている限りではアテルさんは腕をなくしたはず、なのに幻覚かはわからないが————もう一本腕がある。

 そのもう一本の腕はまるで木の幹のように固そうで、それなのに普通の人間の腕のように動かしている。

 アテルさんは私が何か気になってるのかと感づいたのかこちらを向く。

 そして少し困ったような声を出して——。


 「どうした?」

 「いえ。あの腕が——」

 「あーこれか。 これはな、俺がまだ若い時にお師匠からお前は英雄の子孫なのだから腕を失っても戦わなくてはならないって言われた。 禁忌である欠損した部位を囃せる妖術を覚えさせられたんだ。 でもこれは自分自身にしか効果がないものだ」

 アテルさんはそう言って木の腕を撫でる。

 「まさか……本当に使う時が来るなんてな」

 アテルさんはそうぼそっと言った。


 私は今のアテルさんの姿を見て今の時代はこんなにも科学が進んでいるのになぜその科学の力を使って直す遺伝子を体に取り入れないのかと少し思った。


 

 そんなことを考えた

束の間、あの女が来た。

 「ほーらここにいるんでしょう? 出てこないと貴方の大事なこのエビを切り刻むわよ?」

 「————!!」

 「待て、動くな」

 「でも……!」

 「―――頼む……!!」


 私はアテルさんの必死な顔を見て静かにすることにした。

 しかし雑草の間から見えた光景ではマロはいなかったため嘘と分かって少し安心したが、この後見た光景には絶句した。


 人間の死体を担いだいたからだ。


 時間は数秒もしないうちに女はなかなかでこない私たちイラついたのか、今度はアテルさんを標的にした。

 「ほらほら時の英雄の末裔さん? 貴方も早くしないと大切なお弟子さんの体を切り刻みますよ?」

 女はまるで幼女みたいな声真似をして————可愛こぶる。


 無論アテルさんはこの程度では動じなかった。

 するとケミはアテルさんの弟子の体をひもで気につるし、そして剣で切り刻み始めたのだ。

 弟子の体は真っ白で生きている気配はもうすでに見えない。

 「ほらっ…! ほらっ…! 早く出てこないとお弟子さんの体を永遠に切り刻みますよ? さぁ、もう出てきたらっ! どうですか!」

 その女はなんの躊躇いもなく遺体を切り刻む。 しかしアテルさんは自身の弟子なのに何も動じず、むしろ冷静を保っていた。

 「あの、アテルさん」

 「…なんだ」

 私はアテルさんに近づき、私も…アテルさんの支えになろうと動向を伺うと同時にあの女について聞いた。


 「——あの女は一体?」

 「あいつは古来の英雄の子孫、ケミだ」

 「あのようなことして英雄……」

 私は内心彼女が英雄なのを信じることは出来なかった。


 だって英雄にもかかわらずしていることが明らか人道から外れているからだ。

 「あら、内臓が出ちゃったわね。 ……穢らわしい」

 遺体はケミに切り続けられたあまり内臓がネチャネチャと血飛沫と共に流れ落ちた。

 それを見たケミは踏みつけてぐしゃぐしゃにした。


 「チカ、こっちだ」

 「えっと、はい」

 アテルさんと私はケミが内臓をぐしゃぐしゃにしているうちに後ろに下がり、そっと気づかれることもなく逃げた。

 だが、この時狂気の英雄ケミと目があってしまった。 しかし……。

 「――――」

 「――――」


 彼女はアテルさんをしばらく見て、アテルさんはケミを見た。 そしてお互いが同時に頷いた。

 ――――どういうこと?


 アテルさんはそのまま私の手を引っ張ってケミを置いて後ろに去っていった。

 その時見た彼女の瞳は……


 涙で溢れていた……。 


 ————————。

 ——————。

 ————。


 私はアテルさんに腕を引っ張られながら山をどんどん風のように駆けあがっていった。

 腕はずっと引っ張られ続けていたため少し痛かったが。 しかしこれは自身が生き延びるための行動のため仕方がないこと。


 山を登るときに感じるのは人は幸福の落ち着きがあると言う。


 しかし私が登るときに感じるのは血の香りのみ。


 錆びた鉄の臭い。

 錆びた鉄の香り。


 表現ではどれを使えばいいのかが分からない。

 そして山を登っている時には血の臭いは感じる。 しかしそれが出てくる場所が解らない。

 なぜなら山が血の臭いを放っているから。


 焦げ臭い香り。 焼けた肉の臭い。 遠くから聞こえる人の断末魔。


 そして爆音。


 暗闇。 何も見えない暗闇。

 辺りでは小さい蛍のような光がチカチカと光っている。

 あれは蛍?

 これも蛍?


 蛍が光を望むのは愛を営みたいから。

 人が光を望むのは落ち着きが欲しいから。


 爬虫類が光を望むのは暖かいから。

 哺乳理が光を望むのは周りが見えるから。

 鳥類も魚類も同じ。


 ましてや植物も光が大好きだ。

 生物は皆光が大好き。


 光が無いと生物は生きていけない。 光は生命の父。

 でも暗闇で見えるチカチカする光は悲しい感じがする。

 どうして? どうして?


 今あの光で多くの生命が命を落としているから?

 あの光は助けを求めているものだから?


 知らない。 私は知らない。


 その時足下に何かが引っかかって、私は盛大にこけた。

 「大丈夫か!?」

 アテルさんはすぐ後ろに振り返り、私の体を診てくれた。

 痛くないか? 血は出てないか? と親切に聞きながら。

 私は足元の日掛かった原因の物を見ると、それは一部が白骨化した子供の死体であった。 肌は真っ黒になっており腐敗臭がする。


 そして周りをよく見ると色々な人の死体が転がり落ちていた。

 どれもが腐敗が進んでいる。


 アテルさんはそれを見ると大慌てで私に塩水をかけた。

 「くそ、これは危ない。 チカ、行くぞ。 早く傷を診てもらわないと感染症にかかる」

 アテルさんはそういうとまた私の腕を掴んで走ろうとしたが、何を思ったのかおんぶで運んだ。

 「村まではあと少しの辛抱だ、我慢してくれ」


 私はアテルさんの温かい背中に乗って、嵐をも超える速さで村に向かった。

 これは彼なりの配慮何だろうと思った。

 もしも神様がここにいるのなら……今までの出来事はなかったことにしてほしいと願いたい。


                    *


 アテルさんは私をおぶって走り出してから少しして村に到達した。

 村には狼のような耳をした人たちがいて、村に入り口には若い男の人が二人いた。 二人が持っている武器は弓に剣を付けたいわゆる弓剣を手に持っていた。 彼らはアテルさんを見るなり、

 「アテル様、よくご無事で!!」と歓迎した。


 この時私は気づいていたのだが、アテルさんは……。

 チトセを連れていなかった。

 それに気づいた私はアテルさんに言葉を投げかけた。

 「アテルさん……チトセは?」

 「――――」

 アテルさんは無言を貫いた。


 どうして? どうして? どうして?

 「チトセ? アテル様……それはもしかして」

 「今は何も言ってやるな。 この子がかわいそうだ。 そうだ、この子を医者に診てやってくれ。 死体にそのまま躓いてしまったからな」

 「了解です。 お嬢ちゃん、歩ける?」


 私はアテル様に降ろされた。

 「ねぇ、チトセは!? チトセは!?」

 「―――」

 アテルさんは何も言わず、村の長老と思わしき人物に連れられ、何処かに行った。

 「チトセ! チトセは!?」

 「お嬢ちゃん落ち着いて。 あーもう。 おい。誰か手伝ってくれ、こりゃ一人じゃどうにもならんわ」

 私はアテルさんを追いかけようとしたが大人には敵うはずがなく、そのまま一つの民家の中に入れられた。


 ――――。

 ―――。

 ――。


 民家の中はこんな小さな村なのには偏見かもしれないがとても綺麗で、設備が整っていた。 むしろあの嫌な研究所の記憶がよみがえりそうでむかむかする。

 それよりも私はチトセのことが心配だった。

 その理由は分からない。


 彼は私と同類だから?

 私と彼は一緒?

 違う。

 彼はタコで私は人。


 でも彼はタコだけど生んだ親を知っている。

 けど私は生みの親を知らない。

 なら私は誰の子?

 「えっと貴方の名前は?」

 民家の中にいた白衣を着た人狼のお医者さんが私の名前を聞いた。

 それに対して私は、

 「チカ」

 と、一言だけ言った。

 今の私には目の前の医者らしき人物は目障りの他なかった。

 私は心の中で自問自答した。


―――。

――。


 心の中は真っ暗で、何の音も聞こえない心地がいい場所。

 そんな場所なら渡社本心を言える。

 「私は本当に人」

 私は自信たっぷりにそういった。

 

 すると目の前の闇からもう一人の私が歩いてきた。

 もう一人の私は鼻で笑い、こう反論した。

「違うわ、どこに呪文を扱う人がいるのよ。 そんなことできる人間は人間じゃない」

 しかし目の前のもう一人の私に私は反論した。

 「なら術使いはどうなのよ。 みんな呪文話しているじゃない」


 私がそういうと今度はその目の前の私の体を縦に真っ二つ引き裂いて出てきた私が次にこういった。

 「ケミとはアテルは呪文使ってたじゃない。 人間は呪文を扱えない? そんなわけがない。 実際に彼らは使えたのだから……そう思ってるでしょ? でも彼らは殺されれば終わり、死という穴の中に入ってもう出てこない。 でもあなたはどうなの? 生き返ってるじゃない」


 そういってもう一人の私はけらけらと笑い出した。

 そこで私はこう反論した。

 「でも今の世の中は自己修復する人間なんて珍しくない。 現に私は体が崩壊しているのに復活してる人間を何人も見たわ」


 そういうと彼女はけらけら笑うのをやめた。

 「それはどうだか。もし彼らが世界の理に反している人間かもしれないじゃない」

 「理に反する?」

 そういって私を引き裂いて出てきた私が私に絡みつく。

 「この世の生命は理性の亀と欲望の鶴がいることで自我が存在する。ならその亀と鶴が両方滑ったらどうなるか?」


 私は彼女の意見を聞いてこう答えた。

 「……人が人ではなくなる。 私には後ろの正面の人なんか分からないんだから」


 「本当にそう? なら今私と話しているあなたは後ろの正面じゃないの?」

 「―――そんなことわからない」

 「後ろの正面が私? それか正面の後ろが私?」

 「……知らない。 知らない!!」

 「ならケミの言ってたチトセと邪神は同じじゃない? チトセという自我を持たされた籠を邪神にかぶせているんじゃないの?」

 私は私に押し負けそうになる。

 しかし私は私に何も答えられずにいた。


 この時私の目の前にいた私がケミになった。

 「もしそうなら私は間違っていない。 だってチトセという亀と鶴で出来た自我の籠をかぶせられた邪神を滅ぼしたのだから」

 「でも……それでもチトセを殺すのは間違ってる!!」

 「どうして? 彼はあなたと出会って一日程度。 なのになんで彼をかばうの? ずっといたマロには何も思わないのになんでチトセだけ?」


 「分からない……分からない……けど彼への理不尽な暴力何て……」

 「理不尽? その時点からあなたは間違ってる。 だってあなたは自分の正体がばれそうになった時一人の兵隊さんを殺したじゃない。 その時点であなたの言い分はおかしい。 貴方は自分から逃げて何が良いの? 貴方は恥ずかしくないの?」

 「でも、貴方は……無罪な人をたくさん」

 「無罪? 貴方の無罪とは? それに彼らが本当に何もしてない保証は?」

 「ない――――」

 「ほら無いのでしょう? なんであなたはそれだけで私を有罪に? もしかして報復?」


 「……」

 「私は勇者。 世の理を守るもの。 そして夫婦神々が生み出した全ての生命を守るのが私たち。 その私を有罪にしようとするあなたは本当に何がしたいの?」


 「私は……」

 「もし私が死んだら世界の理が崩壊する」



 「私は……」

 「そして人は亀と鶴を失い自我の籠が失われ、自分ではない何かになる」



 「私は……」

 「そうなってしまえば生命の社会はどうなるのだか」


 「私は……!!」


 私が何かを言おうとしたその時、辺りを光が襲った。

 その時一瞬だけかすかに、

 「ナビィと共に……」

 確かにこう聞こえた。


 ――――――。

 ―――。

 ――。


 私は心の世より現世に帰ってきた。

 周りは先ほどの場所とは違うところで、お医者さんはいなかった。 そして私の上には布団がかぶせられていた。

私は手が届きそうな位置に合った障子をあけて外を見ると、街灯がかなり光が抑えられており、空は黄昏時だった。


 さらに左手が誰かに握られてる感覚がした。

 誰だろうか?

 気になった私は左を向いた。

 なんと狂気の英雄ケミがいた。


 彼女は私に手を握りながら本を読み、私が目を覚ましたのは気づいていないようだった。

 殺される……!!


 私は全身そう感じた。

 今この場で叫んでも帰って彼女にばれて殺されてしまう。 私の人生はおしまいなの?

 だがそんな考えの裏腹で、彼女は私に気づいた。

 「起きたの?」

 「―――」

 「おかゆ作ったんだけど……冷めちゃってるわね。 また新しいの持ってくるね」

 彼女はそういって部屋から出た。


 今の気持ちを一言で表すのなら、

 「は?」


 まさにこうである。

 むしろ「は?」以外で答えられるのならぜひ教えてほしい。

 彼女が料理? 絶対に毒入ってるでしょ。

 入ってなくても平気で人肉入れてるでしょ。 あのいかれた女。

 そんなとき、今度は部屋にアテルさんが入ってきた。


アテルさんは私と村に入ってきた時と違い、穏やかな表情に戻っていた。

 「起きたか」

 彼はそう優しく言った。

 これを聞いた私は感情を彼にぶつけた。

 「あの、あのクズ女なんですか?」

 「ははは、思ってた以上に言うね……」


 彼の顔はとても引いていた。

 ごめんなさい。 私もあれ? て引いてます。

 アテルさんはゆっくりと歩いて私の前で腰を下ろした。

 アテルさんが腰を下ろすのを見届けた私は再び感情をぶつけた。 ……少々抑えながら。

 「あの、あの女なんでいるんですか」

 「そうだな……彼女はだてに勇者だ。 この村に入れないわけにはいかない」

 「でも、彼女絶対人を殺します。 絶対そう!!」

 「頼む……許してくれ。 彼女……本当は―――」


 「あ、来てたんですか」

 狂気の英雄は盆の上におかゆをいれた茶碗を乗せて戻ってきた。

 「あぁ、そうだな」

 「言ってくれればアテルさんのも持ってきたのに」

 「いや、俺はさっき少しイナゴを食べたから大丈夫だ」

 「そうですか。 それではとなり失礼します」

 ケミはそういうと彼の隣に腰を下ろしておかゆが入った茶碗を持った。

 「ほら、起きれる?」

 「いらない」


 私は心から彼女を拒絶した。

 しかし彼女は少し泣きそうな顔で私の接触をしたがっていた。

 「だって絶対毒入ってるもん」

 「大丈夫、入れてないから……」

 「チトセとマロを殺したくせ……それに私の首を切り落とした段階で信用できない」

 「あれは本当にごめんなさい……あれは事故で…‥」

 「事故? ならあなたは勇者失格じゃない」

 「ちが……本当はあなたを斬るのは想定外で……」


 「私のことはどうでもいい……許せないのは……チトセとマロを殺したの、なんで殺したの?」

 「―――それは教えられない」

 ケミはそう答えた。

 「でもこれだけは言える。 チトセは殺していない。 そしてあなたのそのマロも……生きている……でもあなたが知っているのとは違う」


 「なら、チトセは―――」

 「では、私はお暇させてもらおうかな」

 その時アテルさんはそういって立ち上がった。


 「私は少し村長と話がある、だからしばらくは二人でいてくれ。 チカもケミも仲良くだぞ?」

 アテルさんはそういって逃げるように去っていった。

 勘弁してほしい。

 私がケミと仲良く? そんなのあり得ないこと。 もし今から巨大隕石が降ってくるぐらいおかしなことなんだけど。

 その時ケミは「あの、言い?」と小さな声で言った。 


 「分かった。 貴女の聞きたいことは出来る範囲で答えるから……」

 「ならまずは何でマロを殺したの?」

 「……それは彼が太古昔の邪神をモデルに生み出された邪神だから。 もしこのまま放置されると―――」

 「邪神はチトセじゃないの?」

 「そうね、チトセも同じ邪神。 けどその邪神にも系統があってチトセは最上位の邪神。 だから危険なの。 それと同時にあなたの言うマロの正式の名前は甲骨竜ゾハク。 ゾハクは上位の邪神だから殺した……けど実際には時間稼ぎ程度だから殺したはおかしいかな」


 彼女はそういい終えた後、お盆に乗せてある茶碗をとり、おかゆをスプーンですくい、こちらに近づける。


 「だからいらないって」

 しかし彼女は手をどけない。

 「食べて……」

 「いらないって」

 やっぱり手をどけない。

 そうなればと私は彼女の手からスプーンを取り上げる。


 「もしも毒が入ってたらあなたのこと地の果てまで恨むから」

 ケミにそう言った後、私は恐る恐るおかゆを口の中に運ぶ。

 そのおかゆはまずく、吐き出したい―――ことはなく、むしろとてもおいしかった。

 なぜなら私は生まれてこの方研究所では栄養剤しか食べさせてもらえなかったからかもしれない。


 「おいしい?」

 どうしよう、何て言えばいいのか分からない。

 だってこいつはチトセとワラを殺していないにしても傷つけた。 それだけでも許せない。 でもこいつは美味しい食べ物を恵んでくれた。 彼女はないがしたい? 何が目的なの?


 「そう、美味しかったのね」

 「え、なんで……」

 何で彼女は私の心の中を?

 「それは言霊術のなかの神御心と言って相手の心を読むことが出来る技」

 「ええっと」

 「貴女も覚える?」


 どうしよう。

 あ、そうだ! 聞いてないふりをしておかゆ食べちゃお。 本心ではないけど……本心ではないけど!!

 「はいどうぞ」

 「ふん!」

 私は彼女が差し出した茶碗を受け取り、おかゆを口に駆け込んでいく。

 こればかりは認めるしかない。 おかゆ美味しかったと。 でもこれは本人には言いたくない……屈辱だから。


 「それはうれしい……お代わりいる?」

 そうだった……心読めるんだった。

 えーい、開き直ってやる!!

 「全部食べる」

 「ふふ、元気になってくれて良かった。 なら大きなお茶碗に入れて持ってくるわね」

 「それともう一つ言い?」

 「ん?」

 「心読まないで」

 「はいはい」

 ケミはそういうと術を唱え、そのまま部屋を後にした。



                 *

 それから私はお代わりを全部腹の中にいれ、満足したところ、ケミは何故か嬉しそうな顔でこちらを見ていた。

 気味が悪く、私はついつい声をかけてしまった。

 「なに、その気持ち悪い顔」

 「ううん。 ちょっとね……」

 彼女はそのあと何も言わなかった。


 一体何を考えていたんだろう?


 私はそう思いながらもケミに邪神の話の続きを聞くことにした。

 「チトセとマロはどうしても殺さないといけなかったのは分かった。 けど、他に方法はなかったの?」

 そういうとケミは首を横に振った。

 「ごめん。 邪神はどうあがいても殺さないといけない」


 ケミは申し訳なさそうにそう言った。

 「そう……あ、それと今更だけど何で布団に寝てたの?」

 「貴女が診察中にいきなり倒れたからよ……て、お医者さんが言ってた」

 ケミはそういうと私から空っぽになった茶碗を取った後、立ち上がった。

 「そうだ、貴方の名前は?」

 「―――チカ」

 「チカか……そうやっぱり」

 「なに?」

 「ううん。 なんでもない。 あ、体は動けそう?」

 「―――」

 私はケミに言われて立ち上がろうと、力を入れた。

 よ、何とか立ち上がった。

 「なら良かった。 今日の夜ちょっとだけ話したいことがあるから19時玄関前で待ってて」


 ケミはそういうと部屋から出た。

 ようやく出ていったか。

 私は安堵した。 狂気の英雄たるケミが出ていったから。

 そこから夜までは自分の時間だった。


 アテルさんが来て少し今の状況について話してもらい、そしてお医者さんが来て健康状態を調べた。

 その時知ったけど私とアテルさんがこの村に逃げ延びたときは夕方の16時だったみたいで、時間と言う概念をあまり知らなかった私は驚いた。


 そして時間はあっという間に過ぎて19時前、私はこの家から出て、彼女を探そうとしたが彼女はもうすでにいた。

 ケミは自分とより少し高い槍と刀を持って。


 彼女は私を見るなりざっざっざと近づき、話しかけた。

 「良かった。 来てくれたんだ」

 「だって来なかったら殺すつもりだったでしょ?」

 「……えぇ、そのつもりだった」


 彼女はそういって槍の先を私の喉元に当てた。

 この時の彼女の顔はあの時のような狂気が感じとれた。 逃げたほうがいいか?

 「……よく私をあそこまでコケにしたわね? 褒めてあげたいほどよ」

 「それはどうも。 貴女は子供殺して楽しい?」

 「えぇ、楽しい。 だって悲鳴を聞くの快適でしょう? そして殺された時のおぞましいものを見る目……ぞわわわとする感触が癖になりそう」


 ケミはそういうと笑い始めた。

 頭おかしいんじゃないの?

 さらに私は彼女の行動がいまいち理解できなかった。 なぜならもし私を殺すのなら今のタイミングですればいい。 なんで殺さない。

 「さて、本題に入ろうか」


 彼女は満足したのか喉元に当てている槍の先を取り払った。

 「ごめんね。 少しあなたを試したかったの。 チカさんが私のことを恨んでるの体感しているから」

 と、ケミは言ったけどごめん。 結局何を試したかったの?

 そして彼女は腰にかけてある刀を私に渡した。

 「これは宝刀ちゅら。 この刀は神話の英雄ちゅらが使ってたもの。 本当は筑紫三角神殿に納められてるんだけどこれは私が引き抜いたものだから大丈夫なはず」

 「いや、待って。 貴女が引き抜いたものなんだから私じゃあ使えないでしょ?」


 「そうね……これは筑紫の者でないと使えない。 でもあなたは出来る」

 「それはどういう?」

 「いいから受け取って」

 ケミはそういって私に無理やり刀を持たせるがそもそもな話6歳が刀を持つなんて無理な話、刀を持たされた私は綺麗に刀を地面にぶっさしてしまった。


 そのあと抜けばいいけど力が足りず抜けなかった。

 「やっぱり偽の宝刀じゃなくてもこっちの短刀の方が良かったか」

 「いやこれ偽物!?」


 ――――――。

 ―――。

 ――。


 「よし、短刀は持てるね」

 私はケミから短刀を受け取った後、実際に扱えるかで何回か振った。

 なんとか私ぐらいでも短刀は扱えた。

 そして偽の宝刀ちゅらは実はただの軍刀だったらしく、そのまま地面に突き刺したまま放置していた。


 絶対にアテルさんとかに怒られそう。

 「その短刀は今後もしっかり持っててね」

 「分かった」

 「では、次の話なんだけどちょっとこっちに来て」

 私はケミさんに連れられて村はずれにある洞穴に案内された。

「これは?」

「いったら防空壕かな」

 ―――いだい……いだいよー……。

 ―――だすげてぇ……。

 何か嫌な感じが。

 「それと何だけどちょっと入る前に話すね」

 「なに」


 ケミはそのうめき声を無視して勝手に話を始めた。

 「ゾハク……チカの言うところのマロは明日から三日後、この村に襲撃してくる」

 「それがどうしたの」

 「……今から見せるものはそれに関連したものだから。 ほら、入りましょ」

 彼女はそういってライトを付けながら洞穴に入っていった。

 私は彼女の後を追う形で続いて洞穴に入っていった。


 洞穴の中は冷たく、寒かった。

 そして奥に進んでいくにつれうめき声がよりはっきり聞き取れていった。

 声を聴いて今のうめき声は何十人規模だろう。

 この時のケミは何も話さず、むしろ話しかけてもうるさいと返されるだけ。


 しずくの音は反響で大きく美しく響き、石ころの音は不協和音で恐怖心をあおる。

 同時に血の匂いがきつくなり、気のせいか汚物の臭いも漂い、気を失いそうだ。

 

 さて、この洞穴は予想よりも深いみたいで、ようやく奥から明かりが見えてきた。

 ―――ごろじてぇー……。

 「え?」


 その時私はだるまがごろごろと転がるのをシルエットで見てしまった。

 ケミさんはそれにライトをあてる。 そしてそのだるまに色が付いた。

 

 ……そのだるまは両腕両足を切断された服を着ていない人間だった。

 その人間は傷口を布で抑えられていないため、血が好き放題に流れ、ウジ虫や寄生虫は好き放題その人の体内に入ってくる。

 この光景を見た私は何が起きているのかが理解できなかった。


 「チカ、よく聞いて」

 ケミは淡々としゃべり始めた。

 「邪神に卵を植え付けられた生物は瞬殺してはいけない。 それは瞬殺は邪神の子が生まれる信号になってるから。 ならどうすればいいのか。 それはゆっくり殺すことで卵は宿主の生命活動が終わったのかが認知できないからこうするの」

 私にはケミの言葉があまり耳に入ってこなかった。

 

 ただ私はケミにあの人間のようにされると言う恐怖心しかなかった。

 そして英雄とは何かを考えてしまった。

 「でもこれのほかに卵を目覚めさせるやり方がある。 それは邪神の鳴声を聞くこと。 これをされたらせっかくじっくり殺しているのに無駄になってしまう。 だから――――――」

 

 ケミはそう言いながらだるま人間に近づき持ち上げた――――――。

 「殺して、邪神にしてから殺すしかない」

 ケミはそういってだるま人間の顎を切り落とした。


 「アガガガガガガガ!!」

 すると人間の体がぼこぼこと膨れ上がり、破裂した。

 そしてその血しぶきがケミだけでなく、私にもかかった。

 とくに一番かかったケミはせっかくの白い衣が真っ赤に染まってしまった。


 そして破裂した先を見ると胴体に大量の眼が付いた巨大なイソギンチャクがいた。

 「あれが……」

 「あれが邪神……一刻も早く倒さないと、群れになると厄介だから。 ―――チカ、貴女は逃げたかったら逃げてもいい」

 彼女は本心でそういった。 と、私は感じ取った。

 でも私は仲間を殺したやつを他の奴に殺されるなんて嫌。


 「私も戦う」

 「そう―――」

 こうして私と狂気の英雄ケミとの共闘が始まった。

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