第74話 戦略兵器
「列車砲か」
「はい、精度・威力・弾量上の問題がありますが、化学砲弾ならばこれらの問題に対する回答になります」
「待避線に偽装した照準台により帝都方向に概ね指向することを基本とし、臨機射撃は車両基地転車台により行います。当然、対帝都射撃の場合に想定される修正射撃については転車台等を使用せずとも対応可能とします」
「……なるほど」
深い溜息の後、概念図を見る。
コレは砲というより、連続使用可能な
無誘導翼安定
「で、弾体がコレか」
「はい、
簡単な数学が頭を過る。
空間中へと一定以上の濃度で気体をバラ撒きたいとき、一点から大量に発散させるのが良いか、必要十分な量を多数点から発散させるのが良いか。
空間は三乗に支配されている。だから、より猛烈な爆発物に於いてさえ、
「弾体そのものは野戦軍にも
「なるほど」
装弾筒付翼安定自噴弾、直径320mm。52発の子弾を搭載。誇らしげに記載された計画は、既に国家市民軍が化学兵器に対する濃厚な理解を持っていることを示していた。
尤も、制御系を始めとする『工夫』はまだまだ未熟と言って良いが、化学弾を使用する場合には必要とされる
「本ファミリー化学弾群が実用化した場合、帝国の首都から集結地域、前線部隊に至るまでの全縦深をほぼ同時に打撃・殲滅することが可能です」
全縦深同時化学攻撃。机上とは言え、我々はそこまであと一歩の位置に居る。
爆発的な発展速度。そう評価すべきだ。私の想像を超える速さで、この
「了解、下がってよし」
「帰ります」
問題は、それを帝国は知らない点だ。
彼らはあまりにもトロく、そして保守的だ。
見誤られて、また戦争になったとき。或いは、私が死んだ後、帝国と再度戦争になったとき。きっと恐るべきことが起きる。今更と言えば今更だが、改めて具体的事実に直面した今、悪寒を抑えることができない。
将校がドアを閉めた瞬間、大きく、深い吐息が出た。
****
警備兵に一声掛けてシンプルだが高品質とわかる木の扉をノックすると、「はーい」という聞き慣れた声が聞こえる。
腰から開けなければならない程度には重い扉を押し開くと、この国の『象徴』が居る。
「おお、リアムか」
「お疲れ様です。予算裁可を頂きたく参りました」
「よっしゃ、見せてみろ」
カタリナ氏の現在の地位は『象徴』だが、中央銀行総裁も兼ねていた。
ロベルト受刑者から業務を引き継いだ彼女は、恩赦を以て『刑の執行の免除』をロベルト
当時のドーベックには、戦費をどうするかという問題があった。物不足に主導されたインフレは、莫大な戦費と輸出入先の激減によってその勢いを助長され、正直私にはどうしたら良いのか分からなかった。だからロベルト氏を呼び戻したのだが、彼は金利を上げて沈静化を図りつつ、詳細かつ正確なレポートを
そして、彼女は無事にこの街へ――この国へと帰ってきた。
彼女は、彼女は税金を設けて市場から資金を回収するという荒業を以て貨幣価値を維持する選択をした。本来ならば広範かつ詳細な検討を経なければいけないその施策の方法と程度は恐ろしいほどに的確で――恐らく天才か、或いは天そのもが行ったと言って良い程の効果を発揮した。
そして今は逆に金融緩和によって戦後の経済成長・回復を推し進めつつ、ゼロ関税の隙を狙ってドバドバと帝国経済から金貨を引き出すという貨幣安政策を取っている。今、ドーベックは『陛下バンザイ』の声と共に特需景気に湧いている。
カタリナ氏が『象徴』しているのは国だが、国の血液たる貨幣に対しては正しく君主として振る舞っていた。ドーベック
「なんじゃコリャ? 船か?」
「列車砲――我々にとって初めての、戦略兵器です」
「何が出来るんだ?」
「帝都を殲滅できます」
当然、彼女にはサリンがどういう物質であるかという説明はしてある。
しかしながら、それは飽くまで常識中の「兵器」としての――非戦略兵器、戦術的存在としてのソレである。
兵器の目標は、普通は『敵の戦力』つまり敵兵とか、敵部隊とかに限定される。だから、その圧倒的な破壊と効率とが許容される。
しかし、第一次世界大戦を経て、人類は総力戦を知った。
常備軍だけで無く、国家の活動の殆ど全部を戦争のために投じることができるようになって、当然、戦争もそのような形態で行われ、『敵』は、国家そのもの、つまり国民となった。
戦略兵器の目標は、国家そのものである。敵国の国民や統治機構を効果的に破壊・殺戮すべく設計され、使用される。
この世界は、未だそのようなことを経験していない。
だが、私は知っている。そして、その能力を授けることにした。
「……恐ろしいことを思いつくんだな、君は」
「国の、ためですから」
「これはつまり、全く無実の人々を巻き込むと、国の行為として、そういうことをすると、その象徴が私になると、そういうことだよな?」
「はい、計算上、帝都を一撃――とはいきませんが、三時間もあれば殲滅することが可能です」
どう思うんだろうか。
目の前の美しいエルフを見ながら、直立の姿勢を保つ。
「私としては、不要と思う。彼らをテーブルの対面に就かせている時点で、我々は十分な実力を持っている。だが――――
そこまで言って、彼女は再び資料をペラペラと捲って、ふーん。と鼻から声を出して、
――――いや、やっぱあった方が良いな。この能力をこの値段と考えると安い。だが、持ってるだけじゃ勿体ない。それと、二点問題がある」
カタ、と紙挟みを机上に置き、そしてこちらを睨むように見つめてくる。
「一点。帝国に威力を理解させる。二点、『帝国』を殲滅する。この二点を達成するには、どうしたら良いと思う?」
彼女は、天才であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます