第42話 公安
「以後の前進は班前進! いちはーん! 前方30! 堆土の線までぇー!」
「「いちはーん! 前方30! 堆土の線までー!」」
「
色んな奴が居た。
ヒト、亜人、獣人、ドワーフ、そして俺、ハーフリング。
皆平等に
俺は、住民が通常受けるべきとされている教育――風習から制度、時計の読み方から
驚くべきは一番出来の悪かった奴でも新聞を読んで意見を述べる位には『市民』として養成され、そして
なるほど、この街に感じた苛立ちはそういうことだったのか、つまるところ、俺は、俺と同じような身分の者が、豊かそうであったことに嫉妬していたのだ。『言葉』の授業は、俺に自らを客観視させる能力を付与した。
共通教育を『高等』まで修了した後、長官の誘い通りに警察官に志願した。で、新たな『同期』共々地面を這いつくばることと相成ったのだ。
「警察執行法は、そもそも警察組織法の規定に基づいて執行することが可能な任意処分についても敢えて確認規定としてこれを設けているが、これは単に……
午前中は『各個教練・野戦』で、午後は座学である。どう考えても逆の方が良い、昼飯のシチューとパンが意識を下へと引っ張る。
「フレデリック! フレデリック候補生!」
「ハイッ!」
「貴様今寝ていたか」
「いいえッ!」
寝ていはいない、眠りかけていただけだ。
本来制帽の鍔で隠れるハズの法務教官の眉が、ココからでもはっきり見えた。つまりVの字になっている訳だ。
「では
「はい! 警察官が行政警察若しくは司法警察としての職務を執行する場合、原則として武器を用いてはなりません」
「違う」
「えーと……
正直、これまで鉱山労働をして劣化した脳味噌では、警察官として要求される法律知識を理解することは大変に困難であった。だから、事例問題を殆ど丸暗記してこれまで戦ってきた。
「
「はい、警察力比例の原則です」
「その通り、警察力は飽くまで市民に対して向けられるモノである以上、可能な限り謙抑的に運用されなければならない。警察職務は直接的には市民の自由を規制するが、それは飽くまで市民社会一般を防護するためであり――
今、こちらに自慢気な視線を向けてくる
座学のビリと教練のトップ、座学のトップと教練のビリとで『足して二で割ったら大体平均ぐらいになるだろう』という教官の独断により機会あるごとに組まされているが……実態としては『不利点が補われ、有利点が助長される』というより『不利点が助長され、有利点でそれが補われる』という機序で大体平均の結果を出していた。
****
「公安警察官はどうだ? 外来人だよな? 養成順調か?」
「順調です。もうすぐ前期課程が終わる所ですよ」
「前期で警察官、後期で公安員専門教育だっけか」
環境アセスメントや住民説明会を必要としなかったダムが
「出来ればダムが発電する前に公安警察を動けるようにして欲しいからな、頼んだぞ」
「発電機ってそんなアレなモンなんですか」
「……お前が知る必要は無い」
「失礼しました」
身内だから良いやという牧歌的な情報管理が限界であることを示し、『必要な者に、必要なだけ』というクリアランス制の導入を強力に後押ししたのは、先のフランシア家によるドーベック平野襲撃であった。あの件は直接的には金庫の盗難という物理的なものが原因であったが、『穴』は少ないほうが良い。
「ま、大したことは無いんだが、
「あいつ良く発狂しますからね」
水力発電機を実用化するにあたって必須となる、巨大な
水力発電をして何をするか? 再確認しよう、アルミを作るのだ。
市場調査が正しければ、現在アルミは大変に非効率な方法で生産されている。電気精錬はそれに革命的進歩を起こすことが出来る。つまり、電気精錬技術を如何に独占出来るかが、ダムの投資を回収したその先、どれだけ利益をもたらすかに直結するという訳だ。
「シルビアで思い出した。まだ数は無いが、こいつを公安に配備する予定だから」
「それは……件の拳銃ですか?」
「消音拳銃だ。アルミに亜鉛やらマグネシウムやら混ぜて焼入れした軽量合金を採用した上で小口径弾と消音器を組み合わせてだな……
「……それは教えてくれるんですね」
****
へぇ、こんなモンもあるんだな。それが最初の感想だった。
前期課程修了が近づいてきたある日、『拳銃貸与式』に出席した。
それは、従来教練で用いてきた回転式拳銃よりも細く、軽く、小さな弾を用いたるそれは、お世辞にも警察職務に向いているとは言い難そうだ。特に『消音器』とやらが組み込まれた銃身はクソ程清掃がやりにくそうだ。なんでも連射し過ぎると燃えるらしい。だが軽くて小さいのだけは有り難かった。
二時間程度の分結説明と射撃予習の後、射場で
射手、3発入り弾倉弾込め、前方20の的。
撃ち方用意、撃て。
拳銃射撃のコツは、銃口を少し下に向けるぐらいに『個癖』を意識することと、反動を恐れない程度に肩へ力を入れることだ。ゆっくり引き金を絞ると、
なるほど、これが消音拳銃か。標的紙をワイヤーで手繰り寄せ、その結果に満足する。相変わらずカルメンは下手くそで、1発が土手に命中し
その夜。酒保の『指定席』でチビチビ蒸留酒を煽っていると、カルメンがやってきた。なんだかんだ、お互い助け合ってここまで来たのだ。酒保の隅は、我々の指定席だった。
ここはレコードの音が反響して良く聞こえるし、独特の閉塞感がちょうど良い心地よさを与えてくれるのだ。丁度『二人乗りの自転車』が流れ始めた。
「なぁフレデリック。お前気付いたか?」
「……何がだ。お前の射撃が下手くそっちゅう話ならお前のクセ教えてやるが」
「それは後で聞こう」
何か呑むか、と聞くと、お前と同じものと返ってきた。
酒保のおばさんが蒸留酒を準備する間、お前は肩に力が入りすぎだと、少しの誇張と茶化しを混ぜて教えてやる。パコンという
「お前、拳銃使用の標準手順覚えてるか?」
「馬鹿にしやがって、まず口頭警告だろ、指向だろ、威嚇射撃だろ……」
「そこだ」
「?」
彼女は、何か『気付き』を得ているようだった。
「消音拳銃で威嚇射撃、出来るか?」
そこまで言われて、やっと気付いた。
確かに妙だ。
「どうにも変じゃ無いか?」
「……どうだかね」
「我々って何者なんだ? 何故、こんなに厚遇される?」
「警察官候補生ということになっているが」
「なぁ、今まで教えられてきたことが、間違いということは無いのか? 仕事で約に立つのか? 家族に顔向け出来るのか? ……不安なんだよ」
こんなカルメンは初めて見た。いつも一生懸命で、胸を張っている彼女が、これまで積み上げてきたモノと、今日渡された『仕事道具』との間に生じている小さな不和が原因で、ここまで弱っている。
「もし、我々が『警察官じゃ無い』としたら、お前、どうする」
「どうするって……」
「私は、私はこの街に来て救われた。警察の職務に誇りを持っている。でも、でも……
俺は別に警察官だろうが、
「俺は……バカだからわかんねぇや。まぁ呑め、何とかなるだろ」
と肩を竦めてから、それが演技で無くなるよう、彼女の
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