戦後
第37話 処理
「ん……」
朝日を頼りに意識を取り戻すと、私の身体は清潔で、ふかふかな布の上に横たわっていた。
アレは夢だったのか? そうであって欲しいと、目を擦る。すると、ジャラという鎖の音がした。
「えっ、419番が起きた?」
外から、誰かの声がした。
暫くして、『あの』庇の広い帽子――戦場で見たものとは異なり、黒に近い紺色だったが――を被り、奇妙な、
「えーと、あなたの名前を教えてください」
「……」
横棒二本と玉一つの飾りが両肩に付いた女の
戦場で見た劣等種と同じような、くすんだ緑色の服を着ていた。
「お前……」
「……」
「おい、ベッペ。これがスザンナで間違いないな?」
「はい」
ベッペはあろうことか、劣等種と直接言葉を交わしていた。
奇妙だった。寒気がした。クソッ、負けるとはこういうことなのか?
「殺せ!」
そう叫んで無茶苦茶に暴れようとすると、手慣れた手付きで鎖を引っ張られ、警棒と縄で手脚を締め上げられた挙げ句、皮とベルトの化け物みたいな拘束具でガチガチに拘束され、猿轡をされた。身体の熱が籠もって、ヨダレで首まで濡れる。
「懲罰房へ、6時間かな」
「了!」
まるで死体か荷物かのように運ばれている最中、『敵』を観察すると、歩調が揃っていた。劣等種がここまで統制立った動きをしていることに気味の悪さを感じる。
一体どんな魔法を使ったんだ? 奇術か、禁術かを使ったのか?
いや、それにしても……
****
あの後、彼らは投降した。
捕虜収容所は、スタジアムに仮設した。保安小隊が動員されたことによって試合は殆ど開かれていなかったし、周囲の飲食店や防火設備、スタジアム自身の設備で風呂やら屎尿やら飯やらの所要が満たせたので丁度良かった。
台風が来襲する中、台風一過の後に来るであろう死体処理の問題が持ち上がった。味方の死体を回収する一方、フランシア側の2000を超える数の死体を何とかする必要があったのだ。このために捕虜を使用したかったし、降伏させるにあたって名誉や生命を約束していた以上、そのように取り扱うべきだった。
しかし、ドーベック諸法の下、彼らは『秩序紊乱』や『殺人』その他の罪責に問われるのでは無いかという声が上がった。法的な手続き上はその通りだったし、この国の
捕虜は、その時点で419名居た。ドーベック市民の内、外来客相手に商売していた一派、そして戦死者遺族からは「殺してしまえ」という声が出た。鉱工業や交易を主とする一派、戦闘従事者からは「懲役に処せ」という声が出た。端的に戦場処理なんかやりたくないという理由の他、生きていたほうが彼らにとって都合が良かったからだ。私と保安部の一部から出た「騎兵部隊を作りたい」という意見は、びっくりするぐらい
結局、嵐の中で行われた喧々諤々の議論の後、上記二択の内どちらにするのか決するため、台風通過後直ちに投票を行うと合意された。
翌朝の新聞上では『フランシアはこの街を滅ぼそうとした!』『慈悲は不要!』とか最初流れていたが、次いで奇をてらったのか『フランシアは騙されていた!?』やら『捕虜語る後悔』とかのやや同情的な見出しが目立つようになった。(捕虜への取材は許していなかったのだが、看守から漏れたらしい)
当然、捕虜への取り調べが行われたが、実際にはとても同情できない理由で攻め込まれたことは明らかだった。しかし、幾つかの新聞がライバルを潰そうとして暴走し始めているのは敢えて黙認した。
フランシア家の捕虜たちは、最初は呆然とし、あるいは自暴自棄的になっていたが、思ったよりも捕虜収容所が快適であり、直ちに命は奪われないと知ると、ややホッとしたような顔を見せるようになっていた。
しかし、「市民の投票によって諸君らの
そこで、逆に幹部連中だけに『法廷』での弁明の機会を設けた。部下の命を助けたかったら、
これを受けて何人かは創意工夫を凝らして自決し、絶望からか容体が悪化して死亡した者も居たので408名にまで捕虜の数は減っていた。その中でも、まだ意識が無い「スザンナ」に義理があるとかの適当な理屈を付けて自分を納得させた幹部が、まだ生き残っていた。
彼らがした『弁明』に効果があったのか無かったのかは知らないが、新聞屋が入れ知恵をしたらしい。僅差で彼らは『
宣誓式には、多くの市民が集った。
禊として、仰々しい儀式をやることは重要な意味を持っていたのだ。本館のバルコニーで大歓声を受けるカタリナさんは、後で「私ってなんかやったっけ」とか言っていたが、もうちょっとこう、なんか無いのだろうか。
私は、カタリナ商会職員たるの名誉と責任を自覚し、ドーベック諸法及び上司の職務上の命令に服従し、職能を鍛え、汚職のみをにくみ、強い責任感の下、商会の利益を追求し、誠心誠意、職務に専念することをかたく誓います。
何名かは派手に泣いていたが、数日のうちに自らの立場を受け入れたらしい。
戦場の後処理は2週間に渡って続いた。その内に、市民からは熱狂が取れ、いつしか受け入れられるようになった。ケンタウロス用の家は、彼ら自身の手によって着々と建設されつつあった。
ドーベック市民がケンタウロスを受け入れたのは、手続き上の公正と議論の尽があったからと結論できたが、街の景気が盛り上がって「その程度のこと」を気にしていられる程に暇では無くなったことも大きく影響していた。
そんな中、『彼女』は起きた。
****
「じゃあ何だ、お前、劣等種に膝を屈したのか」
懲罰房から出されたスザンナは、臨時の取調室に居た。
「しかし殿下……「今の彼女は419番だ。お前の上司ではない」
実は
彼らは命令を受けてそれに従っていたに過ぎないのだから、それを上書きすれば良いのでは無いかという懲役派の理屈を成立させるには、彼女は眠ったままの――或いはそのまま死んでいた――方が都合が良かったのだ。
制帽を帽子掛に置き、今朝プレスしたばかりの常装を軽く直してから話しかける。真鍮で作った『普務』の
「我々は戦闘の他、我々が公正と信じる手続きに則らない他、あなたの生命や名誉を奪いませんし、あなたは他の犯罪者とはまた違う地位にあります」
「何が公正だ。
なるほど、一理ある。咳払いをして、文官から武官へとモードを切り替える。
「勿論。私も武人だ。理解できる。しかし、市民はそう考えなかった」
「カタリナのことか?」
「
「何故だ?」
「何故とは?」
「……何故そんなことを許す? リスクしか無いでは無いか。カタリナと会いたい。会って、話をしたい」
「……」
思い返す。『私が金儲けするために皆が街作ってるの見るのが楽しくてしょうがない』という超越的視点が理解されるのかは些か疑問だったが、あの人ならば、
「お前、名を何という? 負けは認めよう。せめて……首を取りたかった」
「リアム。リアム・ド・アシャル。カタリナ商会普務だ」
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