第5話 教育
――以上の通り、
何時もの微笑みを湛え、黙って聞いていたカタリナさんが、口を開く。
「しかし君、職人はどこから持ってくるんだ?」
よし来た。こっちのフィールドだ。
「こちらをご覧下さい。簡易的ではありますが、織機の操作について、図表を用いて教範を作成しました。これにより迅速な人材の育成が可能であり、また焼け出され、現在街に浮浪者として存在する難民等を活用する事により、極めて安価に人材の確保が可能です」
まぁ、我々もそんな『極めて安価に確保された人材』である事は置いておくとして、この『図表入り教範』がこの案のミソである。
「うん……」
暫く考え込んだカタリナさんが、ゆっくりと口を開く。
「ソレ、品質の保証はどうするんだい?」
「検品にあっては我々が行いますし、熟練工や経験者を選抜、活用する事も考慮します」
再度暫く考え込んだカタリナさんは、いきなり立ち上がると、黙って外に出ていった。
もしや失敗したのかと不安になったが、その不安は斜め上からの強い衝撃を受けて粉砕される羽目になる。
****
「よーし、リアム君。この子を風呂に入れて、着替えさせた後に昼飯の残りのスープを温めて飲ませ、そして寝かせた後私の元に来たまえ」
は?
カタリナさんが連れてきたのは11人の子供達。
皆やつれ、ボロボロの服を着ていた。
殆どが人間であったが、ドワーフも3人居た。
……察するに路上生活者であろうか。分からないが、どの道一人ではどうしようも無いので、ロイスやロベルトさん、その他従業員の方々に手伝ってもらい、指示をこなす。
が、栄養状態を鑑み、濃いスープをいきなり飲ませると消化器に負荷が掛かり過ぎ、下手したら死にかねない者には薄めたスープを飲ませてやる。
皆無口で、寝床を用意してやると死んだように静かに眠っていた。(本当に死んだ者が居ないかとヒヤヒヤした)
そして、再び部屋の扉を叩いた。
「失礼します」
カタリナさんは、いつもの同じ様な微笑みを湛え、それでも商売人の目でこちらを見つめてくる。
「よーし、リアム君」
「はい」
何となく彼女の言いたい事の予想がついたが、もしその予想が当たっていたとしたら、かなり厄介な事だ。
「君とロイスちゃんの試用期間を一年に延長する。が、今日の君からの提案であった職人の大量育成の件だがね――
首から下げたペンダントを弄くりながら続ける。
――もし出来たら画期的な事だが、本当に出来るのか、申し訳ないが君を試させて貰う」
ああ、やっぱり。
「半年。半年で彼らを職人として仕立て上げろ。出来るな?」
「出来ます」
考えようとしたが、何故か即答してしまった。
さて、彼らがどういう者達なのか、ロベルトさんに聞いた所に依るとやはり路上生活者で、その中でも幼い者達を連れてきたらしい。
その割には私と同年代かそれより少し下の者しか居ない気がするが――過酷な路上生活では、彼らより幼い者達は生き残れないという意味だろうか。
状況を整理する。
・11名(内ヒト8ドワーフ3)
・凡そ13~16歳?
・栄養状況については劣悪であったが、改善しつつあり。
・麻薬中毒者等については認められず。
・反抗的態度を取る者は現時点に於いて居ない。
・育成目標は作業者の養成。
・訴訟の恐れ無し。
あ、行けるわコレ。
前世、教育研究幹部として本省から陸軍に出向していた時には、一般歩兵から特殊部隊に至るまで、様々な教育に携わっていた。
その中でも一番苦労したのが『前期教育隊』今まで平和な暮らしをしていた人間を軍人に仕立て上げる過程であるが、人権が云々とか、体力錬成がキツイ云々で、一番文句が多い過程でもあった。その分、彼らを修了させた達成感は凄まじいモノがあったが、それでも一番苦労した過程なのだ。
それに比べれば子供11名位、どうという事は無い。
ある種の確信を以て、床に就き、そして日の出の前に起き出し、彼らの寝床へ向かった。
すやすやと眠る彼らの直ぐ横で息を深く吸い、腹に空気を溜める。
「起゛床゛!゛」
よし、声は出るな。
農作業で鍛えた腹筋のおかげか、前世と殆ど変わらない声量が出た。
彼らはビクッ!として大慌てで出てきたが、当然寝床はグチャグチャになる。
「ベッドを整えろ!」
大慌てで見た目を整えるが、当然教育を受けていないだけあってまだまだ雑だ。
うん、この辺の教育もしないとな。
「おはよう諸君!」
「「……」」
あまりの出来事が続けざまに起こったからか、唖然としている。
「返゛事゛は゛!゛?゛」
「「お、おは――「舐゛め゛て゛ん゛の゛か゛?゛」
「「お゛は゛よ゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛!゛」」
お、声出んじゃん。案外元気だな。
まぁ、過酷な路上生活で元気じゃ無い者は死んでいったという生存バイアスが相当に掛かっているだろうが、少なくとも目の前の者達は元気だ。
「私は貴様らの教育を承ったリアムだ! カタリナ様は貴様らを慈悲の心から拾われた訳では無い!」
彼らの顔に絶望が染みる。良い反応だ。続けよう。
「だが貴様らは奴隷では無い! 出ていきたければ出ていっても一向に構わん! だが二度と帰ってくるな!」
ドアを開け、外を見せる。
日の出、美しい風景と共に、工房から朝食用のパンが焼き上がる匂いが漂ってきた。
誰かの腹が鳴る。
「ここに居る間の衣食住は全て保証しよう!そして私は貴様らが私に付いてくる限り、決して見捨てん!」
彼らの顔から絶望が抜け、少しの希望が垣間見える。
「よーし、ここまで聞いて出ていきたい者は?」
無し。
「よし諸君、飯だ」
私を先頭に一列縦隊を組み、食堂へと向かう。訓練した訳では無いので当然歩調はバラバラであったが、カタリナさんはそんな我々を見て一瞬ギョッとした。
「おはようございます」
いつもの通り、にこやかに挨拶する。挨拶は人間関係の基本だ。
「お、おは「「お゛は゛よ゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛」゛」゛
うん、元気な挨拶。自発的にやるとは感心だ。
これは行ける。その様な確信の中で私は手早く朝食を完食し、そして彼らがキレイにモノを食べれる様に『教育』をしてやった。
それから人目に付かない所でのランニングや、事あるごとに行われる腕立て伏せ、そして教範を用いた織機取り扱いの習熟、身だしなみや衛生の指導。その他を行い、長い一日が終わった。
疲れ果てた彼らが眠った後、私は自室で、今日の所感と反省を日本語で記述した。その後この世界の読み書きの学習をし、そして再び日の出の前に起き出した。
そんな生活を一ヶ月も続けた頃には、私もある程度はこの世界の読み書きが出来るようになり、そして彼らも織機の取り扱いには十二分な強靭な体力と、もしかしてこれは機械織機じゃ無いかな?と、思いたくなる程の練度で織機を操作出来る程に習熟していった。
さて、残りの期間、読み書きと算数でも教えようかなと思っていると、カタリナさんから呼び出された。
「失礼します」
一礼して部屋に入ると、彼女が湛えていたのはいつもの微笑みでは無く、どちらかと言うと苦笑いであった。
「君、ホントは魔法使えるだろ」
「いえ、魔法を使えるのは彼らの方です。良く付いてきてくれました」
自分の意志に依らず、いきなりこんな場所に放り込まれ、怒鳴られながら体力の錬成と織機の習熟をさせらたにも関わらず、一人の脱落者も出さなかったのは奇跡と言って差し支えない。
その上、ドワーフとヒト間で懸念していた種族間差別も発生しなかった。
やはり共通の脅威に直面すると、団結心が生まれるのだろうか。
……共通の脅威とは私の事であるが。
カタリナさんは、ペンダントを取り出してジッと見つめ、そして散々に悩んでいる様であった。
時間が経ち、沈黙が流れる。
そして、カタリナさんが顔を上げ、こちらを商人の目で真っ直ぐに見つめた。
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