第3話 商会

「……よし、わかった。半年。半年はウチで雇おう。それから先はどれだけの富を君たちがウチに持ってきてくれたかで決める」


 微笑みながら、そう言ってくれた。


「ありがとうございます」


 今思えば、カタリナさんに拾われた事も、我々を雇うという突飛な提案を受け入れた事も奇跡に近い事象なのだが、今は兎に角、この世界で商人としてやっていける事をやるしか無い。


「さ、じゃあアレだ、工場と規格とやらの話の続きを聞かせて貰おうじゃ無いか」


 ――馬車が目的地に着くまで所要4日、私は彼女の話相手をさせられたのはまた別の話である。



****



 港町の一角。

 そこが『カタリナ商会』の本店であった。

 予想はしていたが、荷馬車から見た風景によってほぼ確定した事象として、カタリナさんは、ドワーフが殆どを占める商業という分野に、身一つで飛び込んだ随分な変わり者だという事が分かった。

 考えてみれば、村を焼け出された我々を半年間の試用期間付きとは言え雇うという決断をしたのも、随分と突飛かつ大胆なモノである。

 エルフは全て、城か森に住んで、ケンタウロスに守られながら『劣等種』から集めた税で優雅な暮らしをしているモノだと思い込んでいたが――


 常に例外は陸軍作戦教範存在する第一章『総則』第三節より


 やはり思い込みはいけない。


 到着後、二階の片隅の物置として使われていた場所を部屋として充てがわれた。

 有り難い、何より焦げと血の匂いがしない。

 ロイスも心なしか嬉しそうだ……と、彼女を何となしに見つめていると、話しかけてきた。


「その……ありがとう」


「良いんだよ、私も君が居ないとココに居なかったかもしれない」


 指揮官の精神的強靭さ、その原動力は、部下をなるべく死なせたく無い、楽をさせてやりたいという、一種の親心に由来するとも言われる。

 そして、やはり人間は一人では生きていけない生き物だ。もし彼女が居なければ、あんなにも精力的に動くことは困難だっただろう。


「こちらからも礼を言うよ、私を信じて付いてきてくれて、本当に、ありがとう」


 冷静に考えれば、私の行動は軍人としては適切であっても、民間人としては不自然なモノだ。

 そんな私に不信感を抱かず、信頼して追従してくれると言うのは、生半可なモノでは無い。

 彼女は、村を焼かれ、知り合いが全滅したとは言え、村に残って私から離れる事も出来た。


 そして私の人格は、前世の記憶を得る前と後ではかなり歪んでいる筈だ。


 これらを考慮して得られる最適解は、彼女に頭を下げ、そして今後も宜しくと頼み込む事だ。

 この世界の人間と私との価値観の相違は、資本主義と共産主義のソレよりも遥かに大きい。

 そんな私を信頼してくれる人間は、水、食料、寝床に次いで大切である事は言うまでもない。


 すると、彼女は少し驚いた様な顔をした後、笑って、いいよ、と言ってくれた。良かった。少なくともこれで、この世界で孤立する恐れは低くなった。


 暫くすると、御者をしていたドワーフから呼ばれた。食事らしい。


「そう言えば……お名前をお伺いしていませんでしたね、私はリアム、こっちはロイスです」


 すると、一瞬迷ったような顔をした後に、ゆっくりと口を開いた。


「……ロベルトだ」


「宜しくお願いします」


 頭を下げ、上げると居なくなっていた。

 凄いな、訓練したら特警隊行けるんじゃ無いか?等と思いつつ、下に降りると、村では食べた事が無いようなご馳走が広がっていた。


「あ~、アンタが噂のヒトね!リアム君とロイスちゃんだっけ?」


 女性のドワーフが、それはそれは大きな声で呼び掛けつつ、距離感を縮地法でも使ったのかと思いたくなる程に一気に詰めてきた。


「はい、宜しくお願いしますね」


 頭を下げる。この食卓に居るという事は、カタリナ商会の従業員だろう。


「あ、私ね、レダって言うの、そしてほら!このご馳走、全部アンタ達の為に作ったのよ!美味しそうでしょう!」


 あ、これアレだ、既視感あると思ったら大阪のおばちゃんだ。


「えぇ、村ではこんな料理、収穫祭の時にも出ませんでしたから」


 村でのご馳走と言えば、精々干し肉と少しのバケット位だ。

 こんな分厚いステーキにロブスター、大量のバケットが食卓に並んでいるのは見たことが無い。


「アンタ達、村焼かれちゃったんでしょ?可哀想に、私の事、母だと思っていいからね!困ったことがあったら何でも言って頂戴!」


 多銃身機関砲並に良く回る口だなぁと薄々思っていると、カタリナさんがやって来た。


 食事が始まり、美味しそうなロブスターやステーキを食べる。


 嗚呼、旨い。ロブスターはプリプリだし、ステーキは外を強火で炙ってあり、外はカリッと、中はジュワッと――奇しくも私の語彙では、比べるのもおこがましい大手ファミレスのパッサパサなステーキの売り文句と同じ表現しか出来ないが、兎に角旨い。


 ふと、彼女は何を以てこの商会に入ったのか、それが気になった。

 この料理の腕ならばきっと料理人だろうなと思いつつ、問う。


「とても美味しい料理ですね、ここでは専ら料理人を?」


 そう問うと、ニヤッと笑ってレダさんが答えた。


「私しゃ鍛冶をココでやってんだ!見るかい?私の騎兵刀サーベル


 どこに仕舞っていたのか、大きな騎兵刀サーベルを食卓の下から引っ張り出し、我々の目の前で鞘から抜いた。

 一瞬、あの日の事を思い出しそうになったが、その構造を見てギョッとした。

 まるでフェンシングで用いるエペの様に、その刀は真っ直ぐな構造を持つ、直刀であった。


 前世のこの時代――中近世の騎兵刀は、専ら斬撃を目的として、バナナ状に歪曲している曲刀である筈だ。その上、私があの日見た剣も歪曲した構造を持つ曲刀であった。


 しかしこの剣は、明らかに刺突を目的として設計されている。


「変わった見た目ですね……」


「私のオリジナルさ」


 そして、私の記憶の限りでは、騎兵刀サーベルは、歪曲構造から、剣術研究を経て徐々に直刀となり、最後の騎兵刀サーベルであるM1913騎兵刀は、ほぼ完全な直刀構造を持っていた筈だ。

 前世世界では、そんな進化に終止符を打ったのは機関銃と鉄条網であったが、この世界ではまだ続くのかもしれない。

 そして、レダさんはその進化の最先端に居ると言っても過言では無い。

 もし収斂進化的事象が発生すると考えるならば、今後の騎兵刀サーベルの主流はこの『レダスタイル』とも言うべき直刀になる筈だ。

 もっとも、この世界の騎兵刀サーベルケンタウロス騎人が用いるモノであり、人間の騎兵とは身体の構造が異なるので、どうなるかは一概に言えないが……。


「いや、素晴らしい腕をお持ちです」


 そして成程、通りで料理の火加減も上手いわけだ。この時代の鍛冶ならば、石炭か木炭を引っ掻き回して温度調整を行いながら、手作業でものづくりをしている筈だ。

 美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、レダさんの才能に関心していると、彼女がこんな事を呟いた。


「実はコレ、売れ残ったからここにあるんだけどね……いや私ね、女じゃない、ホントは鍛冶としてやっていけて無い筈なんだけど……カタリナちゃんのお陰なのよ、これが」

「レダさん天才だから!きっと売れるよ!そのうち」


 ……やはりカタリナさん、人を見る目は確かに過ぎる上に決断も早いが、あんまり常識に囚われないのと楽観的過ぎるばっかりに、商売で苦労してないかと心配になった。


 夕食を終えた後、今日は休んだ方が良い旨を告げに来たカタリナさんにこう切り出した。


「帳簿を見せて頂けますか?」


「ああ、それならロベルトに見せてもらってね、おやすみ~」


 行ってしまった。

 雇い主の睡眠を妨害する訳にもいかず、一階の事務室、その一番奥に座るロベルトさんに声を掛ける。


「すいません、帳簿を見せてもらっても?」


 無表情のまま、厚い帳簿を手渡される。

 ……机の上の書類と帳簿を見るに、ある程度の製紙技術はあるんだな。


「高いから大事にな」

「分かりました」


 成程、馬車で聞いた『工場が無い』というのはこういう事か。

 殆どの物品をドワーフ職人のギルドが手作業で作っている為、労働者を大規模に集めて作業に従事させる工業製手工業マニュファクチュアが登場しなかったのだろう。

 そしてその結果、物品の価値が高い……と。


 そんな事を推察しつつ帳簿を見ると、思わず面食らってしまった。

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