第2話 困難状況下での生存努力

 戦闘員は、たとえ困難状況下陸軍歩におかれたとしても、兵教範自ら生存自活の手段を尽くし、第三章『安決して生存努力を全』怠ってはならない第二節より


 と教範に書いたのは私であり、現にこの状況下に於いても生存を諦めていないが、その続きを要約するとこうなる。


 救援は必ず来る。


 が、これは飽くまでも近代軍隊の歩兵が非正規戦に於いて孤立した状態の話であって、我々がここに居ても救援が来る可能性が著しく低いどころか、引き上げる略奪者と遭遇する可能性の方が高いという事実がある。ナンテコッタイ。


 という事で移動しなければならないならない。

 どの道、ここに居ても食料を食いつぶして飢え死ぬだけだ。

 よし、決まりだ。この村を発って人口密集地へ行こう。


「主要道路は……コレかな」


 クソみたいな正確性だという事が一瞬で解る地図(少なくともこの村には伊能忠敬の様な地理の天才は出現しなかったみたいだ)を共同倉庫の瓦礫から引っ張り出し、付近の主要道路で最も近いモノを探す。


「行くの……?」


 ロイスが不安そうな顔で袖を引っ張るが、ここに居ても状況が改善する見込みが無いので、状況改善の為に移動するしか無い旨を告げると、不安そうな顔が泣き出した。


「皆……皆もきっとどこかに隠れてるのよ!そうよ!」


 子供の身体とは言え、度重なる捜索によって生存者は我々二名しか居ないのは判明しているが、そう思いたくなるのも無理はない。


 災害に直面した民間人が良く陥る心理状況だ。

 防御機制は精神衛生に於いて極めて重要であるが、危機に直面している状況に於けるソレは迅速な行動の障害となり、部隊の任務達成を阻害する。


 部隊Troopsは二名、任務Missionは生存だ。


「そうかもしれないね……じゃあ、もう一度探してみるよ」


 もう一度、瓦礫をかき分ける。

 生存者を探している訳ではない。


 彼女の精神を安定させる為の食事、新しい被服、そして清潔な水を探しているのだ。

 二次被害を避ける為、以前の捜索では潜らなかった深い所まで潜る。

 生き埋めにならないように適当な棒を噛ませ、瓦礫を漁っていると、食べれそうなバケットとバター、そして水があった。


 後は服だが、顔見知りの死体から剥ぎ取る訳にもいかない上に、サイズが合うかも分からないので、彼女の家を漁る。

 魔法の特性か、何故か焼けておらず異臭を発し始めていた彼女の父親や兄弟を掻き分けつつ潜ると、機織り機の付近から青いワンピースと白い下着の発掘に成功した。

 ……確か収穫祭とかの特別な時に着ていた服だ。



 彼女を着替えさえ、身体を清潔にさせて、焚き火を囲み、たっぷりとバターを塗ったバケットを食べさせる。


 ご馳走みたいね、と彼女が言って、ようやく笑った。

 そうだ、その顔だ。やはり君には笑顔が一番似合う。

 が、我々が直面している状況を鑑みると時間的猶予はあまりない。その日は早く寝た。


 翌朝。


 死者の冥福を祈って簡易的な碑を作り、暫し祈った後に村を発った。



****



 略奪者に遭遇しないように注意しつつ、主要街道を目指して歩く。

 牛やロバ等も全て殺されていたので、移動手段は足だ。


 人と出会わないかとも思ったが、出会わない。


 出会うのはドワーフの商人で、当然救援は拒否された。

 略奪者に注意した方が良い旨の警告は受け入れられたが、我々は受け入れてくれなかった。


 この世界ではドワーフが商工業者を主にやっている。

 戦場での機動力はそんなに無いが、弩弓を始めとする工業製品や、天性の知能を以て商業分野にて活躍しているらしい。この世界では、人はトコトン『劣等種』なのだなぁ、と思ったが、兎に角今は生き延びなければならない。


 馬車が向かってきた。

 武装は……しているが自衛レベルだ、荷物は……そうだな、ヒトでは無い。奴隷商人でも無さそうだ。――ヨシ。


「すみません」


 諦めと希望の狭間、こちらの弱みを見せまいと、出来るだけハキハキとした声で話しかける。

 幸いにして、我々は清潔な格好をしている。一目では略奪の被害者とは分からないだろう。


「なんだ?」


 御者のドワーフが、身を乗り出して話しかけてきた。

 我々に興味を持ったのは彼が初めてだ。


「この先で略奪を見かけました。気を付けた方が良いですよ」


「そうか……」


 とドワーフが呟くと、何やら荷台の中の人間と意志を交わし、そして引き返す事を決めた様だ。


「宜しければ便乗させて頂けませんか?」

「何か得があるならそうしよう」


 お、これはかなり良い反応だ。少なくとも対話の意思がある。


「そうですね、荷役は必要ですか?」

「そうだな……」


 と、顎髭に手を当てたドワーフの後ろから、声が響いた。


「良いよ、乗ってきな!」


 若い女性の声。


「良いんですか?」


 若干困惑気味でドワーフが振り向いたが、諦めた様な顔になり、黙って荷台を指差した。


「恩があるしね、話相手にはなるでしょ、さ、早く!」


 有り難い。と思いつつ荷台に乗ると、何とその声の主はエルフであった。


「宜しくね~」


 何だこのエルフは。今まで見たことが無いぞ。

 これが、カタリナさんと我々の出会いであり、目標達成に向けた一歩目になるとは、私はまだ知らなかった。



****



 啓蒙主義。

 あらゆる種族が共通の理性をもっていると考え、世界に何らかの根本法則があり、それは理性によって認知可能であるとする考え方である。

 これは前世世界では18世紀、科学的進歩やデカルト、ロック等の哲学的成果と政治的安定の下、教会の権威と実力が弱まった事で力を付け、科学文明の基礎となった思想である。

 どうやらこのエルフは、厳密には違うが啓蒙主義者であるという事が話していて分かった。

 という事は、この世界に於けるエルフ支配階層の間で、少なくとも政治的安定と宗教的権威の弱体化が発生し、そして何らかの学問的進歩があったという事である。

 おお、思ったより状況は良いかもしれないぞ。


「だってさー、人がエルフ並にお金持ちになったらすっっっっっっっっっっっっっっっっっごく儲かると思うのよ!」

「そうです!その通り!」


 そして拝金主義者でもある様だった。

 さて、科学文明の発展の歴史というのは資本主義の歴史でもある。

 何故かと言うと、科学文明の産物たる工業製品は、莫大な資本の上に立つ工場と、そこで働く労働者が必要だからである。

 聞き取りの結果、ドワーフのギルド制度によるある程度の集合生産はあるものの、大規模な工業製手工業マニュファクチュアによる工場等は無いらしい。

 よし、ここだ。ここが『機』だ。


「カタリナさん、どうです。私と彼女をあなたの商会に雇ってみませんか?」


 しかし、我々は『劣等種』であり、私に前世の知識があるからと言って、努力でドワーフやエルフと肩を並べられるかは――この世界での知識と経験が不足している為分からない。

 だが、相手が私を信頼し、意気投合した今がチャンスだ。逆に言えば、今しかチャンスは無い。


 攻撃は、機を逸する事の陸軍作戦教範無いよう、迅速的確かつ徹底的に行う第六章『攻撃』第一節より


「――――……」


 カタリナさんは、暫く考え込んだ。

 そりゃそうだろう。自分が彼女の立場でもそうなる。


「そうだね……」


 何やら胸元から青く光るモノを取り出して、見つめた後、こちらを真っ直ぐと見つめてきた。

 あ、知ってるコレ。某国で見た業者さん商売人の目だ。


「リアム君は……良いよ、ウチでも十分やっていけるだろう。でもロイスちゃんは……


 その言葉を聞いて、ロイスが一瞬ビクッとした後、諦めた様な顔で俯きつつ、私の手を握ってきた。


「彼女、村が焼かれて疲れてるんですよ。想像してみてください。もし倉庫も、馬車も、商品も、顧客も、全て無くなってしまった時、カタリナさんは元気に振る舞えますか?」


 言った後、しまった、村を焼かれて後が無いという、こちらの一番の弱みを相手に暴露してしまった。と思ったが、一度畳み掛けた以上は下手に引く訳にはいかない。


「彼女、本来は元気で笑顔が素敵な女性なんですよ。将来ヒトに商品を売るとき、必ず彼女は役に立ちます。どうか、どうか、この通りです」


 二人して、深々と頭を下げる。


 カタリナさんは再び光るモノを見つめて、そして再度、我々を見――

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