第50話 悪人

僕たちはあの後、さっきの休憩場に戻り、そこで一泊することにした。

僕とリヤイは同じ部屋で、彼は悩んでいるような表情をずっとしていた。

声がかけずらかったので、部屋の中は沈黙が支配していた。

しばし二人とも黙っていたが、リヤイが殻を破って話し始めた。


「あなたなら....あの人を、殺していましたか?」


いきなり重い質問だ。ヴォングを僕だったら殺していたか?という事だが、多分殺していた。

大臨会の連中、しかも幹部、逃していたらトンに不運が降りかかるかも知れない。だから殺すのだ。


「ええ、最も殺せるかどうかはわかりませんけどね」


「そうですか......」


僕はすっかりこの世界の理不尽さにやられてしまった男だ。殺す殺さないは利益で決めるのである。

リヤイはガックシとうなだれる。


「やっぱり、こんなことで悩んでる武術家って、僕ぐらいですかね」


「いいや、君以外にもいるさ、僕はその人を一人知ってるよ」


「........その人はどんな決断を?」


僕はトンが血まみれで薙刀をもっていたのを思い出して、嫌な気分になった。


「殺す決断をしたね、まあ親の仇だったから、本当にみんな殺してるかどうかはわからんけど」


「....親の仇、自分も相手を憎めば、殺せるかな....」


彼はそう言って、横になった。


翌日、池の横で修行の合間に休憩している途中、森の中をふと見ると、その中から10人ぐらいの男が現れた。皆、こちらを睨んでいる。

僕らは身構えた。

するとその中から、一人の男が現れる。

ヴォングだ。


「ふふふ、昨日ボコられた恨み....晴らさせてもらうぞ、皆、行けぇ!!」


周りにいる連中が、一斉に襲い掛かってくる。リヤイはヤロリに


「僕が行きます」


と一言いって、立ち向かっていった。ヤロリは、何も言わなかった。

戦闘開始、1人対多数でもリヤイは善戦している。が、抑えきれず、何人かがヤロリのもとへ向かった。


「先生!」


ヤロリは椅子に座ったまま、僕の前で二三人仕留めた。

そして立ち上がり、リヤイの手を引いて走り出した。


「数が多い、ここは引くぞ」


僕らは全力疾走で山を駆け抜ける。なんか足止めになるもん出ないかなと思ってボッカス・ポーカスを唱えたが、出てきたのは釣竿と魚。

そのままもっていくことにした。

逃げていった先に、竹藪があった。僕らはそこへ身を一回ひそめた。


「ちょっとそれを貸せ」


ヤロリは釣竿を指差して行った。言われた通りに貸した。

ちょっとすると、あの連中がぞろぞろとやってきた。僕らには気づいてないようで、僕らの隠れているところを素通りしていく。

そして一番最後の人が僕らの前を通ったとき、ヤロリが動いた。


「はっ!」


敵目掛けて釣竿を振りかざした。釣り針は、上手く服に引っかかる。

それを確認したヤロリは思いっきり引っ張り、敵を引き寄せ、仰向けになっていた敵の喉を潰した。


「グボァ!?」


僕らはすかさず茂みから飛び出して逃げ出した。連中がこちらに振り返り、僕らを追ってくるのが見えた。


「先生!これからどうするんですか?」


「奴らを分断する、手伝ってくれ」


ヤロリはそう言って茂みへと隠れた。急に何も言わず隠れてしまったので混乱したが、なんとか意義を飲み込み、連中が現れた時に、僕らはバラバラに逃げた。


「追え!」


連中は思い通りに二手に分かれた。僕はそのまま、ヤロリが逃げた方へと走った。そしてある程度走ると、茂みからヤロリが現れた。


「よくやってくれた」


彼はすぐさま4人を抹殺し、リヤイのもとへ向かった。リヤイも優勢で戦っており、確固撃破することができた。

だが、彼にはまだ殺す勇気はなかったのか、彼と戦った連中はフラフラしながら立ち去っていく。

気まずい顔をするリヤイ、だがヤロリは彼を見ておらず、ちょっと先の方を見ている。

その目線の先には、ウォングがいた。

苦渋の表情を見せるウォング、彼はすぐさま背を向けて逃げていった。


「追うぞ」


ヤロリは鋭い目を向け、走り出した。僕らもその後に続いた。

ある程度開けた場所、僕らはそこでウォングを追い詰めた。

驚きながらも、彼はもう背を向けて逃げようとはしなかった。


「くっ......」


「大臨会も落ちぶれたものだ、ドルのような猛者はもういないのか?」


詰め寄りながら笑みを若干浮かべるヤロリ、ウォングは思いつめた顔をしながらも果敢にヤロリに攻めかかる。

勝負は一方的だった。終始ウォングは手も足も出ておらず、殴られけられ、最後は首元の一撃で倒れた。

リヤイはそれを、青ざめた表情をしながらただ見ていた。


「二番手と聞いていたが、話にならんな」


ヤロリは手を払って、その場から立ち去ろうとした。


「あの!」


立ち去ろうとしたヤロリに、リヤイは意を決した表情で聞いた。


「あなたは....なぜそんなに人を簡単に殺めるのですか?命は...助けてあげてもいいじゃないですか」


その問いにしばし無言だったヤロリ、だが、ゆっくりと語り始めた。


「3年前....ワシは今のように悪人でも命はそこまで取らなかった....だがある日強盗を捕まえて.....奴は捕まった時、もうしないとワシに約束した、やつの表情は心から反省しているようだったからはなしてやった」


ヤロリはこちらの方を向いた、その表情は怒りがこもっているようだった。


「だが3ヶ月後.....奴は再び罪を犯した、そして、その時は盗みに入った家の住人を全て殺していたのだ.....!!」


ヤロリがここまで感情を前に出して語っているのは初めてだ、僕らはただただ聞くことしかできなかった。


「悪人に情など不要だ、悪人はいつまでたっても悪人だ、善人はそいつらに踏みにじられる。それは不条理だ、だからワシは、そうなる前に奴らの命を踏みにじるのだ」


こうして再びヤロリは背を向けて歩き出した。


「もうお前に教える技は無い、ただ最後に一つ....悪人の命は絶対に奪い取れ」


「先生.....」


リヤイは最後になにか言おうとしていたが、その前にヤロリは去っていってしまった.....。

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