第49話 修練の旅

「よし、もうすぐできそうだよ」


目の前で薬を煮る作業をするリヤイを、僕と爺さんは黙ってじっと見ていた。リヤイは慣れた手つきで煮汁を混ぜ、急須から器へと入れ替えていく。

少々緑色に濁った物が入った器を、リヤイは爺さんに手渡した。


「熱いからゆっくり飲んでね」


リヤイから器を受け取った爺さんは、一口ずずっと飲んだ。


「おいしい?」


ニッコリしながら彼は聞いた。


「ああ」


爺さんはただ頷いて返した。


「ああ、これ以外にも色々けが治す薬持ってきたから、痛むところがあったら言ってよ」


リヤイはかがんで爺さんに目線を合わせていった。爺さんは残りの薬をグイっと飲んだ。


「ありがとう.....そうだ、君たちがここに戻ってくる間、誰かに鉢合わせなかったか?」


はっとした表情で、爺さんは聞いた。僕らは首をかしげながら思い出していた、はて、誰かにあったか......。

ああ、そういえば狭い路地を出た時に一人の男にぶつかったことをここで思い出した。

それを言おうとしたその時。


「ワン!ワンワンワンワン!!」


近くから犬の鳴き声が聞こえた。爺さんはそれを聞くと、急いで屋根に飛び上がった。


「爺さん!どこ行くんだ?」


「ついてこい、ここから出るぞ」


僕らは急いで爺さんの後についていくようにして家から出た。その後夜通し走って、町はずれの森の奥へ逃げていった......。

明くる日朝、僕らは木陰に腰掛けていた。僕はこの落ち着いたタイミングで、爺さんに何があったのか、聞いてみることにした。


「あなたを追っているあいつらは...一体何者何ですか?」


落ち着いた表情で、爺さんは答えた。


「”固顎”だ」


「固顎?」


聞き覚えがなかった。


「固顎ですって!?この町一番のクランじゃないですか!一体何が.....」


「詳しくは話せない」


慌てるリヤイを尻目に、爺さんはきっぱりと答えた。


「そんな!?どうして......」


「君たち命の恩人を、この出来事には巻き込めぬからな」


僕らとまったく目を合わせずに、爺さんはきっぱり言った。


「私は流浪の身....助けてもなにもないぞ」


たしかに、あまり人の事情に気軽に入り込めるような身分ではない。リヤイも恐らくこんなことを考えているだろう。

そう思っていた。だが、しばしの沈黙の後リヤイは答えた。


「手伝いたいです......あなたのような、苦しんでいる人を見捨てておけません」


爺さんは驚いたような表情を見せた。そうして爺さんはリヤイに目を合わせて言った。


「そうか....それなら有難く協力してもらうが、一つ条件がある」


「なんです?」


「私に鍛えられることだ、今の君、そこそこ体を鍛えているようだが、それではまだ足りぬ」


「是非是非、鍛えられるのは好きなのでね」


若干不気味に感じたのだが、こうして僕らは爺さんについていくことになった.........。

三時間後。


「ああ....おなかすいた........なにか、何か食べさせてください....」


周りになにもない荒野を、僕らは長い時間歩いていた。

リヤイは必死に何か食べさせて欲しいと言っていたが、爺さんことヤロリはなにも答えず歩いていた。

すると前方に、樽とお椀をもったお茶屋が道の縁に座り込んでいるのが見えた。

これを見たリヤイは気分を上げながら言った。


「先生!見てくださいよアレ!お茶屋ですよ、飲みましょうよ!」


そう言った後、駆け足でお茶屋の前へと向かう。


「すいません、お茶を一杯」


「あいよ」


地味な服装に身をまとったお茶屋が、けだるげな表情で樽からお茶を掬ってリヤイに渡した。

そんな二人のやり取りを、怪訝な表情でヤロリは見ていた。

渡されたお茶を、リヤイはグイっと飲んだ。


「おお!美味しい!?」


「ありがとう....」


「もう一杯いただけますか!?」


「ええ、どうぞ」


気分を良くしたお茶屋は、もう一杯テキパキと注いだ。


「どうぞ、どうぞ、お連れ様に」


僕はその作業に、何らかの違和感を感じていた。

リヤイはお椀を受け取ると、それをヤロリに渡そうとした。が、ヤロリはそのお椀を蹴り飛ばした。


その行動で何かを察したお茶屋は、逃げようと背を向けて走ったが、ヤロリにつかまってしまった。

腹を一発殴られ、怯んだ隙に首を折られて死んでしまった。


「い、いきなり何を....!!」


リヤイは驚いて言った。


「いきなりも何も、これを見ろ」


指した指の先には、ふたが二つある樽があった。


「お前に渡されたお茶は右のある本物のお茶だが、ワシに渡そうとしたのは左の偽物の毒入り茶だ」


「どうしてわかったんですか!?」


「常に注意を払って、物事をよく見る癖があるからだ」


確かにヤロリは、僕以上に彼らのやり取りをじっと見ていた。

この洞察力が、彼の強さの肝なのだろうか。


「これが強者として生きていく上でのルールだ.....」


そう言って、ヤロリは再び歩きだした。


「これが....」


リヤイは感心しながら頭の中でさっきの言葉を思い起こしていたようだった、彼はますますヤロリに引かれているようだった。

僕は逆に、彼のことが恐ろしく思えてきた。


「先生!!待ってくださいよ~!!」


リヤイは急ぎ足でヤロリの後についていく、僕もあまり深くは考えずに、ついていくことにした。


またさらに長い距離を僕らは歩いていった、坂を上がったり下ったり、リヤイは再びくたびれだした。


「ああ....水....」


対するヤロリは歩きなれているのかケロッと、表情をまるで変えない。

池の傍についたとき、フラフラのリヤイを、ヤロリは足で蹴とばし、池の中にリヤイを落した。


「わーっ!?」


ざぶん、と大きい音を立てて、リヤイは池に浸かってしまった。

慌てて泳ぎ始めるリヤイをみて、一瞬ヤロリが笑ったように見えたのだが、じっと彼を見つめていると、その視線に気づいて鋭い目線をこちらに向けて来るので、本当にそうだったかは確認できなかった。


「い、いきなり何す......寒い.....」


なんとか池から上がったリヤイ、最初はやっぱりキレたものの、あまりの寒さに怒りを忘れ、うずくまってしまった。


「寒いか?」


「は.....ははい」


「そうか、ならここで、体があったまるように、ウォーミングアップしようか」


「は、はぁ.....」


「私の動きをまねるんだ」


するとヤロリは、その場で構えを取り、演武を始めた、リヤイはそれを見よう見まねで真似し始める。

二人とも、キレのある動きだ。

しばらくして場所を変え、広々とした草原で今度はリヤイが一人で演武を始め、それをヤロリが拝見する形式になった。

リヤイが色々動くさまを、神妙な顔つきでヤロリは見ていた.......。

しばし動いた後、僕らは森の中で休憩を取り始めた。

散々動いて疲れたリヤイは、木の幹にぺたりと座り込み、お腹をさすり始めた、かれこれ、半日は何も口にしていない。


「なんか...ありません?」


僕に何か食べられるものがないか聞いてきたが、残念ながら何も持っていない。不死身だから、衣服と少しの金以外は特に何も持たないのだ。


「無いですね....」


ショックを受けたリヤイは、ガックリうなだれた。

が、突然はっと顔を上げた、その視線の先には、ヤロリが岩の上で饅頭を食べている姿があったのだ。彼は僕らの方をチラッと見たが、特に何も言わず、本を読みながらまた食べ始めた。

リヤイは自分から欲しいと言わず、唾を飲みながらもなんとか耐えていた。

その様子に気付いたのか、ヤロリがリヤイに聞いた。


「お腹がすいているのか?」


「ええ....はい....」


それを聞いたヤロリは、饅頭をくるんでいる紙包みをだした、てっきりリヤイにやるのかと思えば、ただ出しただけで、再び胸の中に閉まってしまった。


「ああ......」


リヤイは再びうなだれた。

なんかよくわからないことをしたヤロリは大きなあくびをして、幹にもたれかかり寝始めた。

スヤスヤと寝る彼を見て、リヤイは頭をかきながらじっと考えた後、ヤロリに近づいて、胸の中に手をそっと入れた。

バレてしまうのではと僕はびくびくしながら見ていたが、以外にもヤロリは起きず、リヤイは無事に饅頭を手に入れた。


(やったぜ....!)


こっちにそう言ったかのような感じで目線を彼は送った。僕もそれをみて一瞬安堵したが、ふっと後ろに目線をやると、ヤロリが起きていて、リヤイの方を睨み付けていたのだ。

僕は顔を曇らせた、それを不信に思ったのか、リヤイが後ろを見ると、彼もまた、顔を曇らせたのだ。


僕らはその後再び歩みを進め、開けたところに出た、そこには休憩場みたいな感じで茶屋があり、僕らはそこへ向かった。

入ろうとすると、奥から店の人がでてきて、僕らを案内した。


「いらっしゃい」


「外がよく見える席へ案内してくれ」


ヤロリはそう言った。店の人は僕らを席へ案内し、席に着いた後は茶を人数分頼んでゆっくりしていた。

ヤロリは窓の外をじっと見ていた。


「ねぇ先生、ご飯頼みましょうよ」


「いや、お腹は別にすいてないから頼まん」


「うーん...じゃあ僕たちだけで頼みに行きますよ」


断固としてご飯を頼まないヤロリ、僕らは空腹にたえかねたので、カウンター近くの席に移動して、ご飯を食べていたのだが、二三人の男が僕らの近くに寄ってきた。


いかにも、嫌な感じがする。


「なあ、あんたらお金はちゃんと持ってきてるんだろうなぁ?」


「もちろん、食い逃げなんてしませんよ」


「そうか、それは良かった」


猛烈に悪い予感がするこの頃、よくよく考えれば、こんな山奥に茶屋はおかしい、しかも店員が野郎ばかり、これは、確実に


「じゃあそれを全てよこしなぁ!!」


山賊どもの罠である。

突然、そばにいた男の1人が突然殴りかかった。やっぱりね。

瞬発力はバリバリに鍛えているリヤイはそれを上手くかわし、顔面を蹴り飛ばしたり、椅子で殴ったりして上手くさばいていく、一方で僕は殴られっぱなしだ。

なんとか相手の攻撃をかわしていくリヤイだが、如何せん相手は五人ぐらいで多く、反撃するのが厳しい、となると僕の出番だ。

蹴り飛ばされながらも、僕は唱える。


「ボッカス・ポーカス!!」


僕の魔法に驚き、一旦身を引く山賊ども、出てきたのがいいものだったら....この状況を切り抜けられるだろう。

だが、出てきたのは牛肉のステーキ......僕は再び殴られ始めた。

リヤイもじわじわと追い詰められている。このままではまずい。

ロープをもった二人組が、建物の中から現れた。

奴らはロープを束ねて持ったまま、リヤイに対して振りかざして攻撃を仕掛ける。

それを何なりとかわしていくが、遂に奴らはリヤイを中心に対面するように立って互いにロープを投げ合い、リヤイを挟んだ。


「ぐっ!!」


そのまま腕を縛りあげられ、身動きが取れなくなってしまった。僕ももう散々ボコられて、身動きが取れない。


「よし、もう一人の男の方に行くぞ」


今思えば、ヤロリが窓に近い席を選んだのは、こうなることを予測していたからなのだろうか。

建物の中から、ガシャン、バタンときこえてくる。リヤイはそれを聞いてなんとか縄を振りほどこうと暴れるが、上手く抜けられない。

僕も黙っていられず、ボッカス・ポーカスを唱えた。


「ボッカス・ポーカス!!」


出てきたのは....皮の防具、この状況じゃ使えない。僕はこの結果に脱力した。

暴れれば暴れるほど二本の縄がねじれ、身動きが取れなくなるリヤイ。遂に宙にあげられてしまった。

もう詰んでしまったと思ったその時。


「二本の縄で相手を縛り上げる武術か.....随分と古いものだな」


建物の中から、ヤロリが現れた。さっきの連中は皆やられたのだろうか。


「なっ.....!?」


驚いて身じろぐロープ使い。


「先生!」


「二人とも....情けない....」


僕が魔法で出したステーキを素手で食べながら、ため息をつくヤロリ。


「う、動くな!それ以上動けばこいつをこのまま絞め殺すぞ!」


脅しにかかってきた、だが。


「では競争といこうではないか、貴様らが絞め殺すのが先か、わしに喉をつぶされるのが先かなぁ!」


「なにを....」


それを言った瞬間、一人の喉が潰された。


「ああ!?」


もう一人は驚いて逃げようとしたが、顔面を殴り飛ばされた。


「ありがとう、先生」


縄を振りほどきながら、リヤイはいった。


「なに、お互い様さ、君も助けてくれたじゃないか」


ヤロリはリヤイに背を向けながら答えた。


再び僕らは山の奥へ入り、リヤイの修行が始まった。

二人は組み手を始めた、元から激しい動きで修行していたリヤイは、ヤロリの攻勢にある程度対応できていたが、ヤロリが少し本気を出すと、それにビビッてしまっていた。


「あきらめるな、動き続けるんだ!この武術を身に着ければ、相手が手を出す前にかたをつけられる」


ヤロリはリヤイに、厳しく指導していた...と、その時、僕の後ろから何者かが飛び出てきた。


「うわぁ!?」


その男は両手に剣を持ち、ヤロリに切りかかる、が、蹴り飛ばされた。

地面に転がるが、諦めずに切りかかってくる。だがヤロリは一枚上手で、その男の腕をつかみ、地面に倒して腕を固め、剣を一本奪い取ってしまった。

剣を相手に向け構えるヤロリ、男は逃げようとせずに再びきりかかる。

金属音が森に響いた、ヤロリは剣もなかなか達者で、男を逆に圧倒していた。

そして一瞬にして、背中と腹を切り裂いてしまった。


「がぁっ!!」


切られた男はヤロリに指を指しながら、バッタリと地面に倒れた。


「せ、先生は剣も扱えるんだね......」


「武術家たるもの、武器はある程度扱えるようにならんと駄目だ」


ヤロリは剣を投げ捨てながら言った。僕は彼に感心しつつも、倒れた刺客が若干気になった、そういえば、なぜ彼は付け狙われているのだろうか。


「固顎の連中を、最終的にあなたはどうするんですか.....?」


ヤロリは僕に背を向けて言った。


「終わらせるのさ」


彼はそれ以外語らなかった。ますます不信感が沸いた。


時刻は夕方、僕らはこの山で野宿することになった。この辺に住むモンスターはあまり驚異ではないので問題は刺客以外無い。

僕はリヤイと共に薪として使うために落ちていた木の枝を拾っていた時だった。

ふと前を見ると、棒をもった男が立っていた。見覚えのある男だが、思い出せない。

その男はいきなり、持っていた棒を頭に振り下ろして来た。


ゴンと、僕の頭に当たった、空間がぐらりと揺れた感じがして、地面が横向きに迫った感じがした。


「サカグチさん!」


リヤイの声が響く。


「見つけたぞ!サカグチ!!」


なんだか聞き覚えのある声....山の奥で鉢合わせ....そういえば黒い服を着ていたような.....。

まさか、ウォング?トンにぶっ殺されたんじゃなかったのか?


「お前も始末してやるわ!」


いまいち視界が安定しなかったので、確かだったかはわかんないが、棒を振りかざしてリヤイに襲い掛かって行った。


「先生!先生!」


何とかして攻撃をかわしながらヤロリを呼ぶリヤイ、するとどこらかか声が聞こえた。


「うろたえるなリヤイ!その男は君が倒すんだ」


その言葉にリヤイははっとして、攻勢に転じた。ヴォングにできるだけ接近して棒を掴もうとするがなかなかつかめない。そこでリヤイは奪おうとせずに振りかざしたところをめくりあげ、腹に打撃を加えた。


「ぐお!」


怯んだところにさらに追撃を加えて棒を落とさせ、格闘戦に持ち込む。

それでは終始圧倒、修行を積んだ彼の敵ではなかった。

フラフラになるヴォング。こんなに弱く感じたのは始めてである。


「糞....また若いのに手こずるなど....」


そう言って彼は逃げていってしまった。リヤイは目をキラキラと輝かせて、構えたままじっとしていた。

そこへ、どこかにいたヤロリがやってきた。


「先生!やりました!」


喜々とした顔でヤロリへと近づくリヤイ、だが、ヤロリの顔は、それとは正反対だった。

ヤロリはリヤイにビンタを食らわせた。


「っ先生!?」


「リヤイ......なぜ逃した?」


その言い方は、冷たく、詰め寄るような感じだった。


「だって....勝負はもうついて」


「ついてはおらぬ!」


食い気味で返すヤロリ。


「武術家の勝負というのは、相手を殺すまで終わらない......相手に成長する機会を、与えないようにするためにな」


そう言って、僕らに背を向けて歩みだした。リヤイは、納得の行かない表情をして、彼について行った。

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