第36話 救えない

僕らはこの目の前に起きている現実が、信じられない。

カーランは自分の体から流れている血だまりに膝を付き、息は粗く、目はどこか焦点の合わないようすだ。

虚ろな目をしているのは、僕らもそうだ、僕とフェイは、只々苦しんでいるカーランを見て、真っ白に、なってしまっているのだ。


ああ、僕のせいだ、僕のせいだ、撃たれた箇所を見た限り、絶対助からない。僕は医者などではないが、そういう感覚が、ずんずんと心の底から全身までいきわたるのだ、そして、ぺたりと膝を突く。

力が入らない。今振り返ってみれば、カーランとそこまで深い関わりがあった訳ではないが、その時は、僕がチンシーを狂わせたせいでこうなったと考えると、自分が物凄く悪者に見えて、悲しくなってくるのだ。


「ハハハハハ!!その表情、実に美しいっ!!その顔を見せてこそ!償いは始めて成立する!!」


チンシーは僕らと打って変わって笑い転げていた。自分の望みがかなって、さぞかし嬉しかろう。


「惜しむらく......惜しいのは、フッ、惜しいのはこの男の惨状を貴様らのもう一人の仲間に見せてやれなかったことだなぁ....」


笑いながら泣いていた。僕らと真反対だ。

僕はこいつの様子を横目で見ても、憎しみはわいてこない。僕が悪いと分かってるからね。

でも、ラングは違う、彼は怒りに震えていた、わなわなと、そして、拳を握りしめている。


「カーラン!!....ごめんなさい....お願い!!...死なないで!!」


フェイがカーランに寄り添って言葉をかけていた。カーランの目は、今にも閉じて、消えそう。


「ああ...死にた...ぅね...よ...お、まだ...すくえてない」


ろれつが上手く回らない様子に、心が締め付けられる。神様助けてくれ。僕は彼らの様子を見て思った。


「さて、残りは私の家でじっくり楽しむか」


連中が、僕らをとらえようと走り出した。


「ラング!!逃げましょう!!」


フェイがカーランを背負って、走りだそうとしている。だがラングは、うつむいたまま、何も言わない。


「ラング!!!!!」


「.....くそっ」


このまま戦えるわけない。僕もそう言いたかったが、口には出さない。ラングの気持ちは痛いほどわかるし、僕はもう何も言える立場じゃない。


「糞ったれ!!!」


ラングは遂に、傍にあった樽を奴らにめがけて投げ、奴らに立ち向かって行った。


「ラング!!駄目!!」


フェイの悲痛な叫びが、場にとどろく。


「!!」


すると、その叫びを聞いたカーランも、フェイを振り切り、ラングを追いかけ始めた。

ふらふらと、痛々しく。


「ほう、まだ挑むか」


チンシーはラング目掛けて銃を構えた。このままではラングまで撃たれてしまう。

だが、ここから追いかけても間に合わない。運に頼らざるをえなかった。


「ボッカス・ポーカス!!」


無意味なのは、分かっている、だが、何もしないで突っ立ってるのは耐えられないものだ。

出てきたのはバイオレンスピッグとかいうモンスターだった。

ああ、終わった。


バァン!


二発目が、鳴った。


「アア!!」


だが、ラングの体は貫かなかった。貫いたのは、後ろにいたカーランの体だった。


「なっ.....!?」


予想外の結果に、ラングは思はず足を停めてしまう。

カーランは二発目の銃撃によって、完全に地に倒れてしまった。


「なっ....なんで俺じゃなくてカーランを!」


「君を殺すのは最後から二番目だからね」


チンシーはそう言ってにっこり笑った。


「てめぇ!!ふざけ....」


その言葉を聞いて、再び進もうとしたが、カーランに足首を引っ張られた。


「逃げ.....」


カーランは息絶えた。最後まで、友人をかばっていった。

ラングはそれをきき、一転して、奴らからにげていく。

追いかけるメイド筆頭の騎士団連中に、バイオレンスビッグはむかっていく、まるで、ラングの表したい衝動を、示すかのように。


「逃げられると思うなよ、○○○!!」


後ろから、叫ぶ声が聞こえた。チンシーが僕の本名をいって僕を呼んでいたのだ。

行きたかった。行けば、チンシーは僕を散々罵倒しながら拷問でも何でもしてくれるだろう。今の僕には、その状況がお似合いだ。

だが、ラング達のために戦っている僕には、とてもじゃないが、できることではない。


僕らは必死に走って、屋敷にたどり着いた。

屋敷には、シューホーさんとトンの師匠ことロー爺さんがいた。


「みんな!無事か!?」


流れ込むようにして家に帰ってきた僕らを、シューホーさんが出迎えてくれた。


「ええ....私たちは...私たちは」


フェイは青ざめた表情をして答える。ここまで取り乱した彼女は見たことがない。最初に出会った洞窟の中で死の危機に瀕した時も、流石にここまでにはならなかった。

自分が死ぬことよりも、自分のせいで他人が死んだ事の方が心のダメージは大きいということなのだろうか。


「何があったんだ....」


シューホーさんも姪であるフェイの様子をみてかなり動揺している....。

一方ラングは、椅子にドカッと座ったあと、テーブルに伏せ、何も言わなくなった。

その表情は読み取れない。


僕は部屋の隅で体育座りをし、カーランの事と、チンシーのことを思い返していた。

思い返せば返すほど、つらくなってくる。どんどん自分のばかさ加減が、身に染みてくる。

ああ、自分はなんと愚かな存在なのだろうか。僕はラングとフェイに土下座して謝りたかった。全て話したくなった。

だが、話したところで何になるか、もうカーランは帰らない、チンシーがこの僕の告白を査定するなら「自己満足で何にもならないね」とでも言いそうだ。


ふと顔を挙げると、ローが、ラングの肩を掴んでいた。


「何すんだよ....」


力なく、その手を振り払った。

実際、ローが何を考えているのかよくわからない。


「立て、ラング」


ローは真剣な眼差しで言った。だがラングは伏せたまま何も言わない。


「お前の気持ちはわかる....怒り、憎しみ、そして悲しみ。もう失うのは嫌だ、このまま死にたいとでも考えているだろう」


図星を付かれたのかただただイラついたのか、ラングはローに殴りかかった。だがそのパンチは、ローに片腕一本で止められる。


「今は頭を冷やせ」


「てめぇが熱くしたんだろうが!!ほっとけ!!」


なんだろうか、僕も腹が立ってくる。


「今の俺に、話しかけないでくれ....!今は...もうダメなんだ」


ラングは涙を流しながら答えた。フェイも壁にもたれかかりながら聞いている。


「一人で抱え込めば抱え込むほど、君はつらくなるだろう、私はすべて知っている。奴らから脅迫の手紙が、ここへ来たからな」


さらっととんでもないこと言った。これには、フェイもハッとした。


「じゃあ、ここ、もう割れてるんですか....」


「そのようだ、身代金を要求された、取引場所は、ここだ」


やばいじゃんそれ、へこたれている場合じゃないじゃん。戦わなければ.....。


「ラング、勇気を出せ、時期にここにもやって来る。失うことを恐れるな、戦え、ラング」


ローは必死に、ラングの説得にかかった。どんなやり取りがあったか、僕は途中で眠りについたので、わからない。


翌日、僕らはなんとか平常を取り戻した、なんとかだが....。

ラングはもう目の輝きを失いかけている。なんだか見ているだけで心配になってくるレベルだ。

本当に、僕らはこのまま奴らと戦えるのだろうか?


「そろそろだな.....」


ローが時計を見て言う。緊張と不安が、僕らの中で渦巻き始める。

外を見ると、たくさんの馬車がこちらに向かって来るのが見えた。


「来たぞ!!」


ローが叫ぶ、僕らは一目散に外へと飛び出した。

まずはとりあえず、向かってくる連中に対して一発だ。


「ボッカス・ポーカス!!」


出てきたのは、赤と緑の棒だった。僕は素早く魔法陣のところへ向かって拾い上げ、皆の傍へ向かった。


「やれそうか?」


「迎撃は無理そうです、でもこれは、使えますよ」


僕は緑の棒をラングに手渡した。


「これは?」


「誰でもボッカス・ポーカスが唱えられる杖です、これを振りながら、僕のように魔法を唱えれば、ボッカス・ポーカスが3回だけつかえますよ」


「でも悪いのもでるんじゃあ?」


「この緑色の棒から出る奴はいいものしか出てきません、まあ使えるかは別ですが...」


「そうか、分かった」


ラングはそう言って、敵がやってくるのに備え、伏せた。


僕はこの悪いものしか出ない赤い棒でやることがあるので、再び敵の方へと向かう。


馬車の通り道へと立つ。さっきは失敗したが確実に成功するであろうものが出たのでいいとしよう。敵を混乱させるのには十分なものだ。

距離的にチャンスはもうこれだけだな.....。意を決して唱える。


「ボッカス・ポーカス!!」


簡易版だ。赤い棒から唱えたので確実に悪い効果が現れる。

唱えた瞬間、猛烈な空腹と吐き気が、僕を襲った。唱えた瞬間にはもう馬に激突する寸前だったので、よけきれず、やられた。

だが、この距離の近さは相手が魔法陣の範囲内に入っていたということでもあるので、奴らの先頭は、僕と同じく、吐き気と空腹に襲われているだろう。


止まったり、転げてしまった。馬車の中から、連中が四つん這いで現れる。

ローはそのうちの一人の胸倉をつかみ上げ、問いただす。


「貴様らの長はどこだ?」


騎士団連中は吐き気でそれどころじゃなかったので、答えなかった。

するとロー達の前に、一台の煌びやかな馬車が止まった。

チンシーだ。


「チンシー様....!オゲッホッ!!オエ....」


チンシーが馬車の窓を開け、辺りを見回す。それと同時に、あの厄介なメイドが、馬車から降りてくる。


「ほー爺さんを連れてくるか?もっと若い奴を連れてきてほしかったなぁ、ジジイの泣き顔など、哀れ過ぎて楽しむ余裕がないね」


チンシーの煽りに、ラングが思わず打って出ようとしたが、ローに止められた。


「ムーンはどこ?」


「連れてきているぞ、身代金を渡してくれれば、返そうか」


噓だ。


「ここにある」


ローは持っていた袋を前に出して見せた。チンシーは馬車から降りて、僕らの前にたった。


「そうか、じゃあ渡してくれ」


「先にムーンを返しやがれ.....!!」


静かな怒りを秘めながら、ラングが言う。


「その金が本物じゃないかもしれないのにか?不平等だ」


「そっちだっ....!!」


これ以上ラングがうだうだいうのを、ローが制止する。

ローは袋を開け、中から10000ドックの価値を示す金貨を5枚ぐらい見せ、地べたに置いた。


「すきに使うがいい」


「おお、ありがとさん」


チンシーが袋を拾おうとしたその時。


「動くな」


ローが素早くチンシーの懐へ入り込み、袖に隠し持っていたナイフを突き付け脅した。


「ありゃ、わざわざ俺が取りに言ったのに信用されないもんなのね」


「あたりめぇだろうが」


「まあ、それも仕方ないか」


チンシーの顔から笑顔が消える。


「助け.....て....!!」


その時突然、どこからかムーンの声が聞こえた。

それに一瞬僕らは気を緩めてしまう。

その隙を、チンシーは見逃さない、ローを押しのけ後ろへと下がってしまった。


「やれ」


奴の号令が、静かな場に響く。

その後はたちまち、マジックアローの光が場に輝いた。

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