第33話 逃亡

事態に気が付くことはできたが、この時の僕は袋を頭にかぶせられた挙句足まで縛られていたので、体を使って抵抗することは全くできなかった。

唯一できることといえばボッカス・ポーカスだが、この状況で唱えて最悪なものがでてしまえばカーランたちに迷惑がかかる。できることは、待つことだけだ。

すると、誰かが僕の足の縄をほどいてくれた。誰だろうと考えていたら、今度は頭の袋も取られた。

目の前には、カーランたちがいた。


「走れるか?逃げるぞ!!」


僕の手を引いて立たせた。周りには、騎士団の連中が腹やら顔やらを抑えて転がっていた。

僕たちはすぐさま、ここから逃げようとした。だが、前にまた別の騎士団が立ち塞がり、後ろにも、奴らが立っていた。


「何処へ行く気だ?」


囲まれた。


「騎士団に暴力を振るった罪で逮捕だ」


ふざけてやがる。やっぱりこの町の治安維持グループはゴミだ。


「てめぇ!!」


カーランの怒号にも動じず。奴らのリーダーらしき男は指の動きで合図を送った。

すると、周りが一斉に僕らに襲い掛かってきた。手には縄とかが握られている。

カーランとムーンは素手で奴らに対応した。

僕は逃げるので精一杯、とにかく数が多い。20人ぐらいいる一人一人は強くなさそうだが、ここまでいるとなると全員倒すのは無理でしょう。

唱えざるを得ない。あれを......


「糞ったれ!!ボッカス・ポーカス!!」


出てきたのは、ボンシャン・アンボンシャンクスダマ。なんで、なんでこんな時に限ってこんなテンポの悪いものが出てくるか、しかも一歩間違えればそこら辺に爆発魔法が展開されるたちの悪いゴミである。

いや、この状況なら爆発魔法が一番ましかも.....。

カーランは敵から縄を奪い、パンチが来た時に腕に巻きつけるなどして活用している。一方ムーンは、苦戦気味だ......。


「ムーン!!」


カーランがムーンの援護に向かった。僕も、何かしなければ。

ムーンの周囲の敵を、カーランは上手く縄を振り回して倒していく。

クスダマからは、宝石が出た。いくら騎士団とて、見ないものはいないだろう。実際何名かが一瞬落ちてくる宝石に目が移った。


「逃げるぞ!」


ムーンの手を引いて、隙をついて走り出した。僕もそれに続く。


「てめえら!どこ見てんだ!!早く追え!!」


僕たち三人は、追手を振り払おうと全速力で走り、馬車が往来する大きな通りへとやってきた。


「あれに乗るぞ!!」


とカーランが指さしたのは荷物がたくさん入った大きい貨車を引っ張る馬車。迷っている暇などない。すぐに貨車に飛び乗った。

ナイフを持った連中も二人飛び乗ってきた、すぐ後ろまで来ていたか.....。

狭いスペースの中。もみ合いつつ、ナイフが僕の体に何度か刺さりながらも、何とか一人を貨車の中から追い出した。

追い出したところで、馬車の主が、僕らの存在に気付き、急に馬車を停止し、その慣性で、ひるんだところをムーンが荷物を奴の頭にぶつけ、蹴り飛ばした。


「おいてめぇら!!貨物の中で何してる!!」


僕らは何も言わず去っていった。


「ここら辺は....叔父さんの店の近くだ、助かったぜ」


僕はほっとした。奴らを撃退できた訳では無いので、色々と考えることはあるのだが、とりあえず今は助かりそうだ。

僕らは店へと駆け込んだ。しかし入る瞬間に、なんだか視線を感じた。振り向くと、物陰から僕らを見ている騎士団がいた......ああばれてしまった。

その事は、前を走っていたムーンも気が付いたようだ。


息を切らしながら、店へと入った。


「どうしたんだお前ら....そんな慌てて...」


荷物を運んでいたラングが迎えた。


「ら、ラング....よく、聞いて...くれ」


息を切らしすぎたのか、カーランは上手く話せなかった。

だが、僕の落ち込んだ表情を見たからか、何があったかラングは察したような表情を見せた。


「とりあえず、奥に入って、座って話そうぜ......」


とりあえず、僕らは店の奥に入り、テーブルを囲んでみんな椅子に座った。


「ラング....」


「襲われたか?騎士団に」


ラングはいきなり切り出した。


「...なんで、それを....!!」


「サカグチから聞いた....気になってしょうがなかったもんでな」


カーランは僕を一瞬見た。睨んでるのか、よくわからない。


「サカグチ、いつ襲われたんだ?俺たちを呼びに来なかったって事は、取引中は大丈夫だったんだろ?」


「そうです、取引自体は何事もなく。終わったんですが、帰宅途中に、襲われました......」


「そうか.....誰か後を付けてたとかそういうのは?」


「注意がかけてたとはいえ確認してたんだが....いなかったぜ」


「これが原因だと思います.....」


ムーンはそう言って、やけに派手な袋をテーブルの上に出した。


「これは....チンシーにもらった治療費だったか?」


「ええ、やけに派手でそこそこ大きい袋を渡してきて、おかしいとは思ったんだけど....」


「これを目印にしていたってわけですね」


ああ....つまりこれは。


「騎士団全体が、いや、この都市の貴族であるチンシーが、私たちを狙っている.....」


絶望的な状況である。


「随分と面倒.....いや、それどころじゃねぇ奴に追われてんのか」


ガックシとうなだれるラング。


「ここから逃げよう、ムーン、田舎にでも行って....まだ誰にも迷惑をかけずに逃げられるはずだ」


「いや、ダメよ、ここに入る時、後ろから視線を感じて後ろを見たら.....騎士団が見ていたわ」


「なっ....!?」


「そんな.....!!」


カーランとフェイが、同時に目を見開いた。こうなると、もはやフェイ達も逃げざるを得ない。

僕たちの間には、暫し沈黙の時間が訪れた。カーランは頭を抱えてうなだれた。僕も、他人事ではない。最初に殴り合いのけんかになったのは僕のせいでもあるのだ。


「......出ていく準備をしましょう、今から叔父さんの家に行って事情を話してきましょう...あとローおじいちゃんも呼んで...」


最初に口を開いたのはフェイだった。


「そうだな、この町からはさっさと出ていったほうがいい」


「ラング.....フェイ....すまねぇ....」


「全部お前が悪いわけじゃねぇ、そんなのは後にしろ」


僕はこの場でも、彼らに謝罪することはなかった。カーランを身代わりにしたのだ。

僕ら五人は、すっかり真っ暗になった街へと出ようとした、その時。


バゴーン!!


物凄い轟音が、店の入口からとどろいた。


「なんだ!?」


「畜生!!奴らもう襲撃をかけてきやがった」


「み、店が.....」


皆それぞれパニックになるなか、ラングはブツブツ「くそったれ」と言いながら入り口の方へと走る。


「ラング!!どこ行くの!!」


「さっさと逃げろ!!ここは俺が敵を引き付ける!!裏口から逃げるんだ!!」


「ふざけんなラング!!お前が逃げ...!!」


ラングの言葉を聞いたフェイは、顔に苦悶の表情を浮かべつつも、カーランを無理に引っ張って裏口へと向かった。

絶対に裏口にもいる。自己犠牲はこの状況で糞も役に立たないだろう。だがまあ4人なら無理矢理でも突破できる。多分こう考えたに違いない。裏口は狭い路地だ、正面の入口と同じように魔法で派手にぶっ壊せはしないだろう。

多分ラングはこう考えた。


僕は、どうするべきか。裏口から逃げるか?いや今の僕にそれをする資格があるか。ない。傷つくことを避け、謝罪することを避けた僕に、ラングを見捨てて逃げることはできやしない。カーランの気持ちを考えれば、ラングをなんとかして救わなければ彼は心の中に一生モノの傷を背負うだろう。

どっちかを救えばいいなんて話ではない。ラングとカーラン、互いにかばいあう彼らを、どちらも救わなければ....。


僕は二人に引っ張られて裏口へと消えるカーランを尻目に、ラングの方へと向かった。

店は、白く輝くマジックアローによって、滅茶苦茶になっていた。

ラングは棚の陰に隠れてなんとかやり過ごしている。

僕は堂々と真正面を歩き、三人の男がだすアローを受けてもなるべくケロッとした顔で歩んだ。

奴らが僕に気を取られている隙に、ラングが足元からはって移動し。


「おらあ!!」


奴らを殴り飛ばして外へと出た。


「おい!!何してんだ馬鹿野郎!」


体中やけどだらけの僕をみてラングが言う。


「僕はへっちゃらですよ、こんなの、痛いうちに入らないです」


体の痛みなんて、心の痛みに比べれば全然だ。


「でも.....お前、もっと自分を大切に....」


「同種罪悪ってやつですか?まあ今はそれどころじゃないでしょう」


とりあえず、敵をひきつけなければ.....。


「追え!!!あいつらだ!」


「.....お前覚えてろよ!!」


僕らは走った。フェイ達の方向とは恐らく別の方へと、全力で。


「うまく逃れてくれよ.....」


ラングがどこかを見てポツリといった。僕も同じ気持ちである。


僕らは夜通し奴らと追いかけっこをし、貧困街の路地に座り込んだ。引き付けていた連中の数は20人ぐらいか。

3人は、うまく逃げきれたか、不安で、僕は震えが止まらない。


「あいつらなら、逃げられているはずだ。絶対にきっと」


ゴミの山に埋もれながら、そのことだけを気にして、堕ちた。

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