第32話 取引だけで終わって欲しかった
僕らは家へとそれぞれ帰った。
屋敷に入る時、カーランは心配そうな顔をしながら扉の前に立っていた。
「なぁ.....」
非常に重苦しい調子だ。
「どうしました?」
「二人に、このこと....悟られたりしてないよな?」
僕は一瞬ドキッとした。だが、ここで調子を崩せば、カーランに悟られてしまう。僕は冷静に、大丈夫でしょう。といった。
そうだ、僕はもう、カーランの味方ではない、ラング側の人間だ。そう考えると、カーランといるのが気まずい。
「そうか、当日もギリギリまで二人の監視を頼む。なんだかおかしい動きがあったら、すぐに知らせてくれ」
「はい......」
何とも言えない気分になった。別に僕がやっていることはカーランにとって完全に悪いことなんかではないのだが、心が痛む。
もし、これでカップルに何かあったら、僕はただじゃすまないだろう。
僕らは、ドアを開け、家に入った。
「ただいまー!!」
カーランは自分を明るく見せようと、テンションを高めながら家に入って行った。
「おう、お帰り」
だが、何もかもお見通しのラングは、特に怪しむ様子を見せないかのような反応を、カーランに返した。
カーランは、自分の行動に対してなんの違和感も持たずに返事を返されたことに若干驚いたのか、ラングの顔色を伺った。
「どうした?顔になんかついてるか?」
「いや.......」
考えすぎだと思ったのか、カーランは特に何もラングに問わず、自分の部屋へと入って行った。
僕はそのままリビングにとどまり、ラングに状況を手短に報告した。
「スケートリンク場の裏.....?なんだそりゃ?拉致る気満々じゃねぇか?本当に、お前らだけで大丈夫なのか?」
「......わかりませんね、騎士団一人一人はそこまで強くありませんので、少なくともカーランとムーンは太刀打ちできると考えてるっぽいです」
「そうか.....だが用心することにこしたこたぁねえよな?」
「はい。なので、その日ラングさんにはスケートリンク場にいてもらえないかと思いましてね?」
「怪しまれないか?」
「いや、その日はスケートリンク場でアイスホッケーの大会が開催されるらしいので、それを観戦する。という風にしておけばいいのです」
「分かった、明日チケットを買いに行こうぜ」
「はい」
手短に話を済ませた僕は、カーランの待つ自分たちの部屋へと向かった。
カーランは、ベッドの上で体育座りをして縮こまっていた。この不安を煽る姿に、僕は声をかけざるを得ない。
「カーランさん.....?」
「なぁ、下でラングと何話してた....?」
まずい。と心の中で歯を食いしばりながらも、平然を装って返す。
「ああ、水を飲もうとリビングへ入ったら、ラングさんから外で何やってたか、カーランには聞きにくいから教えてくれと言われたので、適当にごまかしました」
「そうか....俺のこと、不信に思ってなかったか?」
「ええ、そんな様子は特に」
「そうか.......」
カーランは俯きながら、独り言の調子で言った。
「このまま、終わるまでなにもつけ回さないでくれよ、ラング」
心が一気に苦しくなった。僕にはわからない。なぜそんなにも、友人をかばおうとするのか。
友人同士なら、協力すべきだ、まるで今のカーランは、昔のトンを見ているようだ。一人で山奥に入り、大臨会と戦おうとしていた。あの......。
僕は不安で心がいっぱいいっぱいだ。だが、カーランを説得できる自信はない。
そんな事を考えながら、僕は床に付いた。
その次の日から、服屋の手伝いをこなしつつ、取引の準備の作業に追われた。
カーラン側、ラング側どちらも僕がいなければいけないので、死ぬほど頭を回した。
店の手伝いも集中が必須なので、朦朧としながらも、取り組んだ。
そんなある日、いつものように針と糸を使って作業に集中していた時だ。僕は日々の悩みやらですっかりやつれていた時だ。
「どうしたんだい、そんな疲れた顔して」
横から、叔父さんことシューホーさんが声をかけてきた。
びっくりして力が抜けて、針を落としてしまった。
「ああ....はあ、ちょっと遊び過ぎて」
なんだかごまかしてしまっている自分が悲しくなった。
「そうですか、ほどほどにするんですよ.......そうだ、サカグチ君、仕事は慣れましたか?」
突然の質問だ。
「.....ええ、おかげさまで」
「....そうですか、それは良かった。やっぱり若いと覚えるのが早いんですかね」
なんだか、こう疲れていると、この言葉も皮肉に聞こえる不思議。不死身だから、いくら体に悪いことしようが、病気になることはないが、心の病気は防げない。
何とか持ってくれよ....俺の心。
その日から、二日たった。
僕はあまり眠れていないのだが、ついにあの日がきてしまった。
2時ぐらい、僕らはスケートリンク場で集まっていた。
3人とも、笑顔は、なし。厳しい表情で、向き合っている。
ムーンの手には、大きなカバンが握られていた。
「サカグチ、そういやラングとフェイが出かけてったんだが、どこに行ったか聞いてねぇか?」
「このスケートリンク場でやってるアイスホッケーの大会に見に行くと.....」
「おい!!何でもっと早く言わねぇんだ!お前それ....下手したら俺たちが見つかるじゃねぇか!!」
僕はカーランに軽く頭をはたかれた。疲れからか、そこまで頭が回っていなかったのだ。カーランは近くにある柱かなんかに身を隠して周りを見回す。
「ねぇ二人とも、動きは、わかってるよね....?」
緊迫した表情で、ムーンが問う。まあ、そこまで大層なものではない。
ムーンが一人で奴らの前に立ち、取引をする。もし襲い掛かったりしたら、僕らが加勢するという単純なものである。
単純過ぎて、相手も多分読んでるんじゃねぇかなと思いつつも、二人は奴らに負けないという絶対的な自信をもっていらっしゃるのでこれ以上の作戦は考えなかった。
「そろそろ時間だ.....行こうぜ」
約束の時間が近づく。僕らはスケートリンク場の裏へと移動した。
リンク場の裏、そこには、騎士団の一隊と、いつぞやに見たきれいな馬車があった。
「おい、あれ......」
「チンシーの馬車?ですかね.....」
僕らは一瞬言葉が出せなくなったが、よく考えてみればおかしいことではない。騎士団はチンシーが編成したグループで、あのクラブもチンシーが管理人だ。
「恐れていられないわ、とりあえず行ってみる」
物陰からムーンは出て騎士団と会う。
「持って来たわよ...約束の物......」
「ご苦労」
馬車の窓から、金髪の男が顔を出した。チンシー本人だ。
ムーンは騎士団の一人に、金が入ってるであろうバッグを渡した。
するとチンシーが、妙に派手な袋を彼女に渡した。
「これは.....?」
「それは貴方の友人たちの治療費だ、受け取ってくれ..........本当に、申し訳ない」
取引はスムーズに進む。
「もう二度と、私たちをつけ回さないと約束してください」
「ああもちろんだ。店を滅茶苦茶にされるのはもうこりごりだからなぁ」
ムーンは疑うような表情で彼らの前から去っていった。取引は、無事に終わったのだ。
「終わったわ.....」
憑き物が取れたかのような表情をして、僕らの前へとやってきた。
「案外、大丈夫だったな......?」
「そうね、聞き分けのいいやつで驚いたわ。騎士団のリーダーなのに」
確かに、僕も驚愕した。てっきりあの連中ならここで襲い掛かってくるもんだと思っていたから。
チンシーが奴らをたしなめたのか、貧困街の民衆に支持されるような人柄だ。確かにありえない話ではない。
....頭があまり回らなかったせいか、この時はここまでしか考えられなかった。今振り返ってみれば、完全に的外れだ。
それは突然起こった。ムーンの家の近くを歩いていた時だった。
僕らは不安の抑圧から解放され、すっかり油断していたのだ。
「そういや、友達の怪我は治ったのか?」
「どっちも後遺症なく治ったわ、回復魔法さまさまね」
「そうか、それは良かったなぁ」
カーランはひさしぶりに笑顔を見せた。眩しいもんだ。
「今度みんなで一緒に飯でも食いに行こうぜ、ちょっとした祝いがてらにさ」
「いいわねそれ、行きましょう!!」
「ああ!あと、ラングにも、今回の事、話さねぇとな......んで、謝ろう」
その言葉を聞いて、僕はラングと話し合いをしなくては、と思った。
しばらく頭を悩ませていると、その時.....。
「見つけたぞ!!こいつらだ!」
突如、建物の陰から飛び出してきた連中に、頭から袋をかぶせられた。
「なんだよ!これ!?」
「きゃあ!?」
視界が真っ黒になり、何者かに体が持ち上げられたような感覚があった。
周りの叫び声から、3人とも拉致されかけているのは間違いない。
だが、その時の僕は、カチコチの頭なのでまともに抵抗することができず。足を縛られている間も、目の前の現実をはっきりと認識できなかったので、されるがままの状態だった。
外からバシッバシッとしばき合う音が聞こえる。そうだ、僕はここでやっと今何が起きているかを認識できた。
襲われたのだ。多分騎士団に。
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