第31話 理不尽だ

立ちはだかる騎士団の男とガリー、このままもたついていたら、つかまってしまいそうだ。


「あいつらから始めたのよ!!」


ムーンが声を荒げて反論する。そうだ、あいつらが僕を殴ってきたのが始まりだ。


「だとしても、店を滅茶苦茶にしたのは事実だろ?知ってるか?ここを管理してるのは俺らの雇い主チンシー様だぜ?」


ガリーとその彼氏は、顔を見合わせてにやついた。くっ....それは確かだ、認めざるを得ない。

僕らの後ろに、さっきの連中が現れ始める。


「どのぐらい払えばいいの?」


「さあ、いくらだろうねぇ?チンシー様に聞いといてやる」


い、一体いくらになってしまうか....僕らは震えた。カーランも冷や汗をかいている。

すると、ムーンが、ひそひそと僕らに話した。


「心配しないで、私が何とかする」


その自信はどっから来るのか、店一つ滅茶苦茶にしたのに。こんなの払えるのは貴族ぐらいだ。


「明後日、またここで会おう」


そう言って、騎士団の連中は去っていった。

僕らは不安に身を襲われながら、家へと帰っていった。


僕らは、重苦しい表情をしながら屋敷へとたどり着いた。ああ、この出来事は話すべきか話さぬべきか、思考がグルグルと循環している。

話さないといけないのは薄々僕らは感じているが、言った後どうなるかを考えると、苦しくなってくる。

鍵は開いていた。リビングを見ると、明かりがともっている。洞窟カップルはまだ、起きていたみたいだ。

リビングを無視して部屋に帰りたかったが、我慢して、僕らは光の指す方へ向かった。


僕らの到着に、二人は気が付いた。


「お帰り。こんな遅くまでどこ行ってたの?」


「クラブにでも行ったか?その様子を見る限りじゃ、収穫はなさそうだな?」


酒を飲みながら、ラングは僕らをせせら笑う。


「ああ、全くだったよ....ドリンク代を取られただけで、終わっちまったよ」


カーランは失笑しながら、それに答えた。


「俺らもう寝るわ....おやすみ....」


目が若干泳ぎつつも、カーランはリビングから出て言った。


「おやすみなさい」


僕もそれに続いた。出ていく時に見えた二人の顔は、不思議そうだった。


このまま話さずに済むのかと思いきや、翌日の朝、朝食の時。寝ぼけながら朝食を食べていた時、ラングが世間話の合間に、急に切り出した。


「昨日の夜、何があったんだ?」


笑みを浮かべながら話していたラングが、急に真剣な眼差しで聞いてきたので驚いた。

カーランは一瞬、喉に食べ物を詰まらせた。


「なんで....そんなこと聞くんだよ....」


カーランは心底迷惑そうにして答える。


「昨日のお前、女に振られただけにしちゃあ深刻そうな顔だったから、気になったのさ」


「何でもねぇよ」


紅茶を啜りながら、ラングからの質問をいなす。カーランは、噓を付けないような性格をしてるのか、目を泳がせていた。


「そうか......」


ラングは突き放されると、黙ってうつむいた。


「何で話したがらないんだ?長い付き合いじゃないか、どんな問題でも、俺はお前の味方だぜ?」


諦めずに、再度質問するラング。


「なんだよ....何もないったらないんだよ!!」


だが、カーランはそれをはねのけた、だが、違和感は消しきれない。ラングは何か疑うような眼差しで僕らを見てきた。


「ラング、これ以上深掘りするのはやめよう?」


遂にフェイがラングをなだめ、この話は終わった。だがこのやり取りで、ラングたちが昨日の夜なにかが僕らにあった事が分かってしまっただろう。

それぐらい。カーランの態度は違和感の多いものだったのだ。

なぜ彼は、頑固にもこの出来事を話さないのか、僕はなんとなく理解できる。もし相手がただのチンピラだったら、気軽に二人に話して、協力することができたであろう。

だが、僕らが相手にしているのは権力者の部下、一筋縄ではいかない。選択を間違えば皆不幸のどん底に落ちる。カーランは、巻き込みたくなかったのだ。彼らを思ってのことなのだ。


この日の午前中、僕らは初日に立ち寄った演習場で鍛錬に励んでいた。とは言っても僕は鍛錬の必要性が.....ないわけではないのだが、やる気にならなかったので、ただ見ていただけだった。

カーランは普段槍を扱う訓練をよくしているらしいのだが今日は突きや蹴りといった肉弾戦のトレーニングを重点的に仲間と共に行っていた。彼の目からは、焦りと闘志が見える。強くならねばという思いが、事情を知っている僕からはよく見えた。

そんな感じでカーランを遠目から見ていると、ラングが隣に座ってきた。座り始めるや否や、話しかけてくる。


「お前、どっか鍛えねえのか?」


「ええ、鍛えても意味ないですし」


「そんなことねぇよ、あの魔法で出てきた物を使いこなす力を身に着ければ、グッと強くなれるぜ、そうすりゃあ、自分の身も、大切な人も、守れるってこった。」


確かに、鍛えれば強くなれるかもしれない。だが、僕には強くなる理由などあんまりない。自分の身はもう心配いらないし、大切ななにかもない。


「.....まあ、考えておきますかね」


ラングはカーランの方へ目をやっていた。


「にしてもあいつ、今までよりも一段と精を出してやってんなぁ」


視線の先では、木の板を割る鍛錬が行なわれていた。


「はぁ」


「まるで人が変わったみてぇだ」


「はぁ」


実感などわかない、カーランの前なんて僕は知らない。真剣なのは分かるが。


「一ついいか?」


「なんです?」


「この間の夜、あいつに何があったか知ってるか?」


ラングはカーランの方へ向いたまま言い放った。

僕は言葉に詰まった。


「.....あいつから聞きたかったんだが、どうも話してくれないんでな、なにか知っていたら、教えてくれないか?」


話そうか話さないか、非常に迷った。どっちがカーランの為になるか、僕は非常に判断に困った。

確かに話せば協力してくれるに違いない。だが、それはカーランの巻き込みたくないという気持ちに反するものだ。だが大局的に考えればここで話してしまった方がいい。

協力してくれる人が、多ければ多いほど有利だ。だから僕はあえてカーランの気持ち等全て話すことによって、ラングには裏方として活動してもらおうと考えた。


僕は、ラングに何があったか全て話した。彼はすべて、一言一句逃さんという風に真剣な眼差しで聞いていた。


全て話したあと、重苦しい表情で話した。


「あの馬鹿......へんな意地貼りやがって.....でもまあ、話し合いで済みそうなんだろ?」


「まあ、あちらが何もしてこなければですけどね」


「んじゃあ、お前の言う通りにするよ」


ラングは、裏で動くことに了承した。フェイにも話した上であまり言及しないようにするとの事だ。

話が分かるやつで助かるわー。


次の日。


いよいよ騎士団が言ってた約束の日だ。一体何を言われるか、僕もカーランもドキドキしている。

とある運動場で、僕らはムーンと待ち合わせをしている。


「カーラン!」


約束の時間に、ムーンは来た。


「ムーン....来なくても、いいのに....!」


カーランはこの件に自身と僕以外を巻き込むのが嫌だったので、複雑な表情をしていた。なんだか、わざと嫌な顔をしているというか......。


「なに言ってんのよカーラン、私も、あの夜散々戦ったんだから、私も行かなきゃ.....」


「で、でもよ.......逃げてくれよ....あんなふざけた連中だ!今頃お前を襲う計画を立ててったっておかしくない!」


ムーンは一瞬、俯いた。勇敢な彼女でも、やはり怖いのだ。


「逃げてられないわ.....あいつらが、あいつらが許せないから、友達の顔を瓶で殴って傷を付けた......アイスホッケーの大会が近かった友達の、腕の骨を折った。だから、拳で奴らに立ち向かえなくても、気持ちだけは、負けたくない。だから、逃げない!」


これにはカーランも、閉口した。


7時ぐらい、僕らは例のクラブの前に到着した。連中は、入り口の前に屯っている。


「よう、来たか」


憎たらしい連中だ。


「あなた達、条件を聞いたんでしょ、教えなさいよ」


無駄話などしている暇は無い。僕たちは、そう思っている。


「まぁまぁそう急かすなよ........教えてやる。条件はこうだ。金額は150000ドック、悪くないだろう?取引の場には、お前がこい」


そう言ってムーンを指さした。金額はまあ店滅茶苦茶にしたことを考えると妥当。


「受け渡し場所と日時は?」


「スケートリンク場の裏、3時だ。ちょうどガリーの大会があるんでな」


こいつ、そういえばガリーの彼氏だったか......ううん?、裏?なんでリンク場の裏でやるんだ?

怪しい......。


「分かったわ」


「じゃあ頼むぜ、お嬢さん?」


ニヤニヤしながら、奴は言った。

僕らは手短に話を終え、その場から去った。帰り道、連中との話の中ずっと黙っていたカーランは、遂に口を開いた。


「これ、明らかに罠だ」


多分そうだ、取引する人間をムーンに指定し、スケートリンク場の裏、確実にヤバい匂いがする。明らかに、ムーンをさらおうとしている。

いくら有利な立場にいるからって、調子に乗りすぎだ。


「分かってる、でも、取引現場には行くわ」


「どうして?奴らの思い通りだ!」


「奴らが襲い掛かってくるのなら、立ち向かえばいい。私には、自信がある。それに、奴らは自分の立場に酔って、腐っている。そんな奴らには、負けない」


彼女の目の奥には、炎が燃えている気がした。しかし、若干暴走気味であるようにも感じた。


「そんな....そんな危険な真似、君にさせたくない!!」


カーランはムーンの手を引いた。


「君は強情だ、だから行かないでくれと言っても聞かないだろう。だから、せめて一人でなんて戦おうとしないでくれ.....!」


「俺も、戦う」


この場は、しばしば沈黙に包まれた。時が止まってしまったかのような不思議な何かが場を包んだ。


「ありがとう......あなたがいてくれれば、心強いわ」


カーランの決意を、彼女は笑顔で出迎えた。僕は、2人がどこかへ走り去っていくような気がした。僕の追いつけないほど、遠くへ。

何か、何か手を打たなければ、二人は......。

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