第29話 七色の空間
太陽が消えた空の下、僕ら二人はのらりくらりと輝く街の中を歩いていた。一体何処へ向かっているのか、わからないまま、僕は歩んでいる。
すると前を歩いていたカーランが、突然立ち止まった。
「ついたぞ、ここだ」
不機嫌そうな表情を見せながら、彼は建物を指さす。
看板が、えらくチカチカと点滅している。酒場か?だとしたら変な酒場だ。
「入るぞ」
僕はそれに頷いて、中へと入った。
中へ入ると、まず今まで聞いたことがない程大きな音量で、ポップな音楽が流れている。あと、この室内全体が看板以上にチカチカと光っていて気分が悪い。
なんとか耐えて周りを見ると、その場にいた人間ほとんどが、音楽に身を乗せ、踊っている。
どういうとこなんだここは。
「すぐになれるさ、行こうぜ」
入口でげっそりしている僕を引っ張りながら、ずんずんとカーランは奥へと入って行った。
クラブ.....というものか?ドラマでしか見たことがない僕は戸惑いっぱなしだ。室内の装飾は魔法も合わさって奇抜なものに仕上がっている。俯いて地面を見ると、それもまた七色に所々光っている。
もはや落ち着けそうな目のやりどころはこの空間に存在しない。はっきり申そう、ここは物凄く僕にとってつまらない場所である。異世界らしさ0、90年代の都会みてぇな場所だ。転生者はなんてつまらない物を伝授してくれたんだ....。
奥へ進むと、座れる場所があったので僕らはそこへ座った。
「さて、飲みながら作戦会議と行きますかね。なに頼むんだ」
こんなとこでも酒が飲めるのかと思いながらメニューを開いた。
ソーダ、ミマヤンジュース....カクテル。ソフトな物もあるみたいだ。酒はあまり飲む気になれなかったので、ソーダを頼んだ。カーランはジュースを頼んでいた、意外だ。
飲み物を頼んでいる間も、僕は落ち着かない。男も女も激しくダンスしてるもんだから、見ていて疲れるのだ。
飲み物が来て、飲んでいると、カーランが僕に話しかける。
「さて、お前さんはどの子に話しかけるんだ?」
意気揚々とした様子で僕に話しかけた。だが僕の調子はその反対、なんの感情もない。
「いや....誰にも....どうかけていいか、わかりませんし...」
僕の好みの女性というのはまず、こんな所にはいないものだ。探す気になど、微塵もならない。
「そうか....」
カーランはジュースをグイっと飲み、荒々しくグラスをおいて言った。
「じゃあ俺が手本見せてやるから、よく見ておけよ~!」
アルコールは入っていないはずなのに、酔ったような変な調子である。
カーランは席を立ち、人ごみの中へ消えていった。
彼のナンパになど興味はないので、目を離し、さてどうしようかと考えていると。
「乾杯~」
傍に座っている8人ぐらいのグループに目が移った。いや、グループに移ったというよりも、その中の女の子一人に目が移ったのだ。
笑顔で乾杯している男どもの中、彼女は一人飲み物も持たず、退屈そうな表情をして、男の傍に座っていたのだ。
なんかこの男どもには見覚えがあるようなないような.....。
そんな彼女の不機嫌そうな様子に、となりの奴が気づいた。
「どうした?そんな顔して」
「何でもない」
一呼吸おいて彼女が答えた。
「そうか、これ飲むか?」
自分のドリンクを差し出す。
「いや、要らない。喉乾いてないもん」
「なんだよ、遠慮しなくていいんだぜ、金は俺がだすからさぁ」
「別に遠慮しているわけじゃない」
彼女はムスッとした表情を変えなかった。いい顔だ。
「なんだよそんな不機嫌そうな顔して....なんか言いたいことでもあんのか?」
「別に.....ただ気分が悪いだけ」
この空間に無関心そうな態度、なかなか合いそうな感覚を持った人だ。
悲しいことに、付け入る隙は今のところないのだが。
「気分が悪い?」
その問いに、彼女が頷く。
その反応を見て男は一瞬悩ましい表情を取った後、ハッと気が付いたような顔した。
「分かった?何で気分が悪いか」
男は段々と色を失っている。
「いや.......」
僕はさっきから女の子の視線が男の方ではなく、ダンスしている人々の方へと向いていることが気になっていた。その視線の先を予想する限りでは、女子のグループの中にいる一人に刺さっているのである。
「知ってるんだよ、私」
男はそれに気づいてしまったのだ。
「ちが....違うんだよ...あの子は、ただの友達さ」
男は明らかに動揺してしまっているようだ。視線を周りにきょろきょろ向けるが、周りの連中はワイワイしている。助けはこない。
ここで、女の子は初めて男の顔に視線を向けた。僕からはちょうど見えない方向なので、表情は確認できない。だが、男の顔を見る限りかなりヤバそうだ。
「君が...君が一番なんだ....!!」
男は押し倒さん勢いで女の子に抱き着いた。
「やめっ....厭らしい!!」
嫌なのか、抵抗する女の子、表情が見えないので、本気で嫌がっているかは分からん。周りの連中はそんな二人を見て、ジョッキ片手に笑い始めた。
「これで分かっただろう?.....俺の気持ちが...」
奇妙な気持ちの伝え方だなと見ていて思った。でも女の子は納得したのか、不機嫌そうな態度はとらなくなった。
見ていて羨ましいもんだ。僕は人々の方へ視線を変えた。
女の子と付き合う経験はこの世界に来てから0だ、顔は自分でも悪くないと思っているから、努力すればできるかもしれないのだが、今の僕には顔以外にも問題があるので、今の所作る気は全くない。
だが、彼らのやりとりを見て、興味が大分湧いてきてしまった。今の僕は、話しかけ方すらわからんというのに。
「おい、サカグチ!!」
色々考えていると、右の方からカーランの声が聞こえた。
返事をしようと振り返ると、カーランの傍に、見知らぬ女が付いていたのである。
「紹介するぜ、こいつがサカグチだ」
えらい上機嫌な調子で僕を紹介するカーラン。
「初めまして!私、ムーンといいます」
「は、はぁ....」
「サカグチ、今夜は最高だぜ!!」
心のそこでは謎の連帯感があったカーランとの距離が、一気に離れた気がした。
テンションは一気にだだ下がりである。ああもうつらい。
「さあ、座って」
カーランとムーンが近くに座る。もうほっといてくれ。
「どうだ、サカグチ?これで分かったか?」
耳元で囁くカーラン、わかるわけがない、どうやって拾えるんだよ。
「僕には無理です.....」
とりあえず断った。カーランは特に何も言わなかった。そして自分の彼女と話し始めた。
黙って聞く僕。二人は気分が上がりまくり、彼女の友達らしき人も現れる。
そして盛り上がる。僕はノリについていけず。ただただ黙っているので、次第におかしな物を見る目で見られているんじゃないか、僕は邪魔者なんじゃないかと、思い始めてくる。
ふと、さっき見ていたとなりの席を見ると、彼女も含めて盛り上がっていた。
夜は長い、僕の苦しい時間も長い。
「見て、ガリーよ」
「あんなガラ悪い人と付き合っちゃって...気味悪い」
ムーンの友人たちはそんなとなりの席を見てひそひそ話し始めた。あの子ガリーって言うのか.........うう....聞いていて気分が悪い。もう出ようかと思ったがその時。
「よし、みんなで踊りに行こうぜ!!」
有頂天のカーランが急にたって提案する。女どもはそれに賛成し、次々席を立つ。だが僕は立たなかった。
「サカグチ?いかないのか?」
「みんなで楽しんできてください.....僕はここに座って見てますよ」
こんな奴らとつるむ気になどならぬ。
「そうか、んじゃ」
特に何も言われることはなく、彼らはいった。これでやっと、いくらか静かな空間になっただろうか。
少し離れた所から見える彼らは、なんだか馬鹿らしく見えた。騒ぎながら飛び跳ねたり、回ったりしている。
そんな感じで見ていると、ガリーの席からひそひそと聞こえた。
「あの子....いいなぁ、連れて行こうぜ」
「ああ、いいな、今晩のディナーだ」
彼らの視線は、ムーンたちに向いていた。
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