第22話 修練
次の日から、トンの修行は始まった。トンの目は、白くなったままだが。
「よし、トン君、まずは君がどれぐらいの技量を持ってるか見せてもらう、私の前でちょっと形を見せてくれ」
「わかりました」
以前のような彼の威勢の良さは、なくなっていると言っていい。まるで別人だ、強さだけを求める、戦闘マシーンだ。
トンは言われた通りに形を見せた。形とはまあ、戦う際に使う技みたいなもんだ、突きと言っても、使う拳によって色々違ってくる。ローはそれを確認したかったようだ。
「なるほど」
ローは見て一言言うと、今度は自分が構え始めた。トンとはまた違った拳だ。
「では一度組み合っていこう」
「はい」
組み合うとは、言い換えれば戦うというわけだ。
「いつでもこい」
十秒ぐらいタイミングを見計らって、トンは飛びかかった。この木々覆い茂る森の中、二人は長時間組み合っていた。途中、寝てしまったので、様子はあまり詳しく書けないが、見た感じだとトンはガンガン攻めているにも拘わらず、全て攻撃は受け流されており、押されていた。
最後は投げ飛ばされて終わった。
「うむ、防御はうまくできているが、攻撃は単純、これでは強者との打ち合いに勝てぬ」
「なるほど....どうすればいいのですか?」
寝ころんでいたトンは正座して聞いた。
「ついてこい」
ローはそれだけ言って歩き始めた。トンはすぐさま立ち上がり後ろについていった。
彼らはしばし歩くと、木と縄でできた5つの人形の前で止まった。その人形の表面にはいくつか丸い模様があり、それぞれ違う構えを取っていた。大きさは僕らと同じぐらいだ。
「君はこれから、この人形と共に修行をしてもらう」
「......これにですか?」
「ああ、これで相手のツボを突く練習をするのだ、この体に付いている斑点は、そのための物なのだ。つけるようになれば、相手を肉体を内側から、殺せるようになる」
「はい....」
恐ろしい拳法だ、おそらく元は相手をそこまで傷つけずに動きを止める善勝寺らしい拳法だったんだろうな、それをローは更に深めて、外側から相手の内蔵に傷をつける危険な拳法へと変貌させたのだ。
「見ていてくれ、こうして、敵のツボをつくのだ」
ローはスッっと人差し指を鎌のようにして構え、いくつかのステップを踏み、人形の頭の斑点を素早く付いた。
「深く入れば入るほど、相手の内蔵への衝撃は深くなる、また、押す場所によってダメージを受ける内蔵が違って来ることも考えておいてくれ。例えば頭部...その時は脳.....」
それからしばらく内蔵への影響をローは語っていた。トンはローから目をそらさず真剣に聞いて、質問もしていた。聞けば聞くほど恐ろしい拳法である事は、しっかりと理解できた。
「では、やってみてくれ」
「はい」
彼は人形の前にたち、目を閉じて、ゆっくりと構え始めた。そこそこ長い時間、閉じていた。その間彼は瞼の裏で何を見ていたか......僕は想像できる気がした。恐らくは彼の父や記憶に新しい爺さんの苦しみ、ドルの笑う表情だろう。彼の苦しみの一部は僕も分かっているはずなのに、うまくいやせなかったのが、トンを変えてしまった。そう考えると、すべて終わって回想している今の僕でも悲しくなってくる。
「ハアァ”ァ”ァ”っ~!!」
彼は力を最大限までこめ、人形の弱点を何本かの指で突き始めた。何度も、何度もついた。
彼はそこから何日も練習した。一週間後にローと手合わせした際には、いくらか攻撃が通るようになった。それでもトンは浮かれず、真面目に修行を続けた。僕との彼の根本的に違う所は、何でも真面目に勤勉に取り組める力が、トンにはある。僕にはない。みじんもない。僕はこの間、彼の修行を見ながら、誰もいないところで、いくつかボッカス・ポーカスを唱えるだけ、こんなこと、意味がない。唱えても唱えても、出てくるものはいいものにならない、だって運だもの、なるはずがない。なんだか自分が情けなく感じるようになって、トンといることが嫌になってきた。彼はこの修行期間中でも、僕に対する態度は変わることがなかった。僕に敬意を払っていた。それがまた。腹立たしく感じてしまった。僕は彼に嫉妬しているのだろうか、このころは寝る前によく、トンが僕だったらという想像をするようになった。彼ならば、父と対立せずに、妹にも慕われ、好青年として周りから親しまれて、人気者だったのだろうか。僕はトンがこんな世界に生まれてしまったことが不幸に感じられた。
トンは明くる日も明くる日も人形やローに挑んだ、ピンク色の道着が、茶色に全部染まるまで打ち込んだ。彼のキレは以前よりも更に増したし、ローに対して優位に立てるようになった。
だが彼は足りないと感じているのか、まだ木人形と絡んでいる。その原動力はどこからくるんだ?親しい者の死か、僕は嫌味をきかせて質問したくなった。
修行を始めて一か月とちょっとがたった。彼の拳の破壊力はついに木人形を破壊するまでに至った。それを見た僕は、試しにボッカス・ポーカスで出た聖火リレーのトーチをトンに蹴りで撃ち落とすように頼んだ。僕は思い切り上に投げ、トンがそれを蹴り飛ばした。トーチは遥か遠くに吹っ飛んだ。それを何とか拾ってみると、滅茶苦茶ひしゃげていた。僕は若干引いた。
また別の日には僕が誤って召喚してしまったアルストギルトトゥルーフとかいう悪魔の退治をお願いした。トンはそれを了承して、5分ぐらいで倒した。変身を二段階も持っている、上級悪魔を5分である。強くなりすぎだ。
ある日、トンはローに滝の麓へと呼び出された。僕らがそこに着くと、ローは岩場で座禅を組んで待っていた。何の偶然か何か、その岩は一か月前トンが覚悟を決めた時に座っていた岩だった。
ローは僕たちが来たのを見ると、口を開いた。
「トン君、素晴らしい上達だ。昔のワシでもこんなに早く上達できんぞ」
「ありがとうございます、ローさんの精密な指導のおかげです」
「君の滞在能力が高かったのさ、覚悟が、君を変えたのだ」
覚悟....嫌な言葉だ。
「恐らく今の君ならヴォングを倒すことは容易だろう、だが問題はドルだ。彼は、年老いたとは言えチャウ相手に無傷で圧倒した男だ。一筋縄ではいかないだろう、気を付けてくれ」
「はい、わかっています」
僕はこのテンプレ会話に耐え切れず、川に石を投げたりして暇を潰した。ふと石を拾っている時に、その辺を歩いているカニを見つけた。僕はそれが気になってしょうがないので、その辺にあった小さい木の枝で、カニをいじり始めた。カニは枝をハサミで挟んで、力一杯何とかしようとしていた。僕はその姿がなんだかおかしく思えて、調子に乗って、素手で掴もうとした。そしたらカニが、僕の手を挟んできた。
「いでっ!!」
何とも間抜けな姿である。すると、向こうで話していた2人に、僕の挙動不審が気づかれた、すぐさまトンがやってきた。
「何してるんですか?サカグチさん?」
僕は自分の間抜けが知られたくなかったので、挟まれた手を抑えて、俯いて痛がっているふりをした。
「ああ、カニを取りたかったんですか」
だがトンは気づいた。彼はすぐさまもっていた綱を使って素早くカニを縛り、僕に渡した。
「どうぞ」
なんだか僕はすべてのことがトンに負けている気がした。
二日後。
「ローさん、僕は必ずしも大臨会を討伐し、仇を取りたいと思っています。ですが、もしもの時のために、この地図は、貴方が一度預かっておいてくれませんか、僕は必ず取りに戻りたいと思っているので」
「倒すという気持ちが強いのならば、これは君が持っているべきだと思うのだが....?」
材木集めから帰ってくると、トンとローが地図のことについて、話しているようだった。
「.....この地図は、僕の命よりも重いのです、これを持ちながら戦うと、不安で落ち着いて戦うことができないと思うんです。だから、お願いします」
「そうか......」
ローは地図をトンから受け取った。
「わかった、預かっておこう、頑張ってくれ」
「はい、必ず、必ず戻って参ります」
トンは大臨会を討伐するべくこの家から出るようだった。これについて、僕には一応昨日相談があった。ローにあまり迷惑をかけないためにも、そろそろ出ていった方がいいだろうという話でまとまっている。
地図をどうするかについてはトンに一任した。これが彼なりの答えなのだろう。
「では、行って参ります」
僕らは準備を終えて、家から出た。外から改めて見ると、小さい家だなぁと感じた。まぁこんな家でも、僕が住んでいた廃墟よりはましだが。この機会にローのように、山奥に家を立て、誰とも合わずに暮らすというのも悪くないように感じた。
家から20メートルぐらい離れると、家の中から笛の音が聞こえた。周りの自然と合わさって、緩やかで、心地よく聞こえた。
「さて、これからどこを探しましょうか」
先陣切ってるトンが、後ろを振り向いていった。
「大臨会の事ですしこの周辺を捜索している可能性が高いでしょう、あまり遠くへ行かない方がいいと思われます」
「うーん.....滝にそって行ってみようか...」
目立つ場所だし、もしかしたら大臨会のメンバーがいるかもしれない。一か月もたった今、恐らく我々は危険な存在として大臨会に認識されているだろう。3人、行方不明なのは僕らが殺したからであるのは恐らく分かっているはず。だから僕らを見つけたら、赤服どもは今までと違って緊迫した表情でかかって来るだろう。わざと捕まる作戦は使えなさそうだ。そう考えると、ドルに会うとなれば、赤服を死ぬ寸前まで痛めつけて居場所をはかせるのが得策か......でもそんなことするトン、見たくないなぁ.....。
僕らは滝につき、岩場を歩いていた。水が轟々流れている。足を滑らせ、落ちてしまったら村まで川で流されそうだ。
10分ぐらいたって、僕らはなんだか、どこかから視線を感じるようになった。誰かに見られている、なんだか殺意が、僕らに寄せられている。そんな気がした。きょろきょろ周りを見回していると、その殺意の正体が判明した。
ヴォングが、木の陰から僕らを見ていたのだ。トンは僕より早く気がついていたようで、彼をにらんでいた。
奴はゆっくりと、僕らの前まで歩いてきた。
「これはこれは、また仲間とはぐれ遭難してしまったと思ったら......君たちにあえて幸運だよ」
またこいつはカッコ悪いことをベラベラと喋っている。だが顔は笑っていない。
「一つ質問したい、赤服3人がこの辺で行方不明になったが、貴様の仕業か?」
あっ。
「ああ、僕がやった.....」
トンは嘘つかずに答えた。変なところで前のトンが谷間みせている。
「そうか、やはり、やはり貴様が殺したのか!!好青年なそぶりをみせている貴様の本性か!!傑作だ」
奴はなんだか怒っているようだった。
「違います、あなた達、大臨会が僕を変えたんです。冷酷な、横暴な、あなた達のように」
「我々は冷酷などではない!!勘違いしてもらっては困る。我々のする殺人は、貴様のような、感情に任せて起こすものではない。多数を救うための、意味のあるものなのだ!」
「戯言を!」
トンは怒りに任せてヴォングに襲い掛かった。戦いの火蓋は、切って落とされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます