第21話 覚悟

3週間ぐらいだろうか、この山奥の小屋に来て、それぐらいたった。

その間、僕はトンの傷が癒えるまでローの家事の手伝いをした。最初はクソもうまくいかず、料理は不味い、服は上手くたためない、掃除は綺麗に出来ないと散々ローに迷惑をかけた。トンとは気まずくてなかなか話せなかったが、僕の家事の出来なさに呆れたのか解らないが、次第に僕に対してアドバイスするようになった。これで僕は少し上達した、今でもこの時の経験が生きている。

そんなこんなで2週間ぐらいたった頃には、僕らは普通に会話するようになった。そんなある日の夜、これから寝ようって時に、隣で寝床に座っていたトンが、僕に声をかけた。


「あの......」


トンは虚ろな表情をして、天井を見ながら言っていた。


「ん?どうしたんですか?」


「急にこんな事言うのも変な話なんですけど.....」


「なんですか?行ってくださいよ、こたえられるだけ答えます」


「.......これから、僕はどうすればいいんでしょうか.......」


彼は途方に暮れていた。立て続けに起きる、自分の無力さが原因の死、彼はそれに身も心も疲れ果ててしまった。

僕は戸惑ってしまった。どうするたって.....ねぇ....爺さんだったら上手く答えられたんだろうが、彼は既に天に登った、僕はそんな事に上手くこたえられるほど大人では無い。だが、答えなくてはトンのためにならず、自分で考えろ、なんて突き放せない。


「.....取り敢えず、前に進んでみませんか?」


ここは爺さんが言いそうな感じで行ってみた。全然答えになっていない気がするが。


「.....そうですよね、このまま迷っていても、しょうがないですよね」


彼は苦笑を見せて答えた。僕は「そうです」と適当な返事で答えてしまった。そうして僕たちは横になった。夜中、隣から「強くならなきゃ.....」と寝言が聞こえた気がした。僕は唾を飲んだ。


次の日、話があると言って、ローが僕たちを呼んだ。


「トン君、最近、体調の方はどうかね?」


「おかげさまで、すっかり動けるようになりました」


「そうか.........」


ローは安心したような表情をして、うなずいていた。


「そろそろ、この家から去った方がいいな」


今考えれば当たり前のことだが、その時は若干びっくりしてしまった。いつまでも世話になる義理なんてねえのにな。

トンは笑顔から真面目な表情に変わり、言った。


「あの、実はローさんに.......お願いしたいことがあります」


トンはなんか自身なさげだった。


「何かね?」


「僕に....僕に拳を教えてください!父と、チャウさんの仇を...取りたいのです!!お願いします!!」


トンはその場で深く礼をして、頼み込んだ。それを聞いたローは5秒ぐらい固まったあと。


「すまんが.....私はそう言う事は不得意でね....教えることは出来ん」


噓だ。


「噓をつくのは止めてください」


僕はすかさず反論した。トンはローの発言を含めて、驚いたような表情をしていた。


「断るにしても、ちゃんと本当の事をいって断ってください。掃除をしている時に見つけたのですが.....」


そう言って、僕は一枚の紙を懐から出した。ローはムッとした表情をした。


「こんな山奥に、隠れるようにして住んでいたので、怪しいと思って調べさせてもらいました。貴方の正体は、元善勝寺の僧侶。善勝寺では、武芸を学ばれてるとのことですが、貴方はそれを”復讐”に使って破門されてしまったようですね。それに僧侶と言えばたいていは俗から逃れるために山奥に施設がある事が多いらしいのですが、そんな僧侶であるはずの、貴方が、何故チャウさんのような人と関係を持っていたか...やはりそれは貴方が破門された僧侶だからだ!!」


自分でも途中で何を言っているのか解らなくなったが、取り敢えず言いたい事は伝わったと思う。


「.....確かにお前の言う通り、若干間違っているところもあるが.......いかにも、私は善勝寺で修行を積んでいた男だ」


渋々ながら、彼は言い始めた。


「サカグチ君、残念だ。君も私と同じ気持ちだと考えていたのだが......」


「何故....教えていたけないのでしょうか....?」


トンは正座しながら問いた。僕も知りたかったことだ。


「復讐することが、いけないのでしょうか?」


「いや、復讐すること自体は何も、間違っている事だと私は思わん」


「では何故?」


善勝寺から追放されるわけだな、僧侶らしくない考え方だ。


「君に、相手の命を奪う”覚悟”がないように見えるからだ」


彼は落ち着きながら、どぎつい事を申した。

トンはドキッとしただろう、彼は見透かされていたのだ。自身の底にある、甘さというものを。


「相手に情けをかけるような者など、鍛えても伸びぬ」


彼の発言は腹立たしい物だったが、反論できるようなものではなかった。


「そ..そんな事ありません!!僕は.....」


実際トンも、覚悟があるとはっきり言う事は出来なかった。もはや反論の余地は無い。彼はそれを察したのか、突然立ち上がり、家から出ていった。

その後ろ姿を、ローはじっと見つめて呟いた。


「トン君、この事は決して嘘ではないのだ、今の君では私が拳を教えても、チャウを殺した者を、倒すことなどできないのだよ」


彼の目は、どこかもの悲しげだった。

僕はすぐさまトンの後を追うために、深緑の中へと入っていった。

1時間の捜索の末、トンは水を組む時にいく滝の麓の岩の上に座っていた。彼はやっぱり悲しげな表情をしていた。


「トンさん......」


僕が声をかけた時、トンは逃げようよせず、若干やつれた顔でこちらを見た。


「ああ、サカグチさん、来てくれたんですか.......」


「そりゃあ当然でしょう」


再び迷いの渦に入り込むトン、彼には今、復讐という暗い意味を持った戦いしかないのが痛いところだ。

思えば「救出作戦」の時はまだ良かった。救出、なのだから僕たちは正義のお膝元で戦っている。だが今は復讐という正義......?な状況で人対人の勝負。

心優しいトンは迷わざるを得ないのだ。


「このままローの言う通り下山して、どこか道場を探すというのはどうですか?わざわざあの人から学ぶ意味はない気がしますが」


「........いや、下山途中にドルに会うかもしれないと考えると、恐ろしくてできないですね、大臨会の規模を考えたらすぐに見つかりそうなので」


確かに元々栄えていたクランの捜索能力を考えれば、下山して街に隠れたとしても安全ではない、それに、奴らはリーダーの気質がそのままメンバーにも伝わってるのか知らんが、手段を選ばない、常になんか強引な感じだ。


「それに......ローさんが言ってたことが、あながち間違えではない気がするんです、復讐なのだから、確かに殺すという覚悟を決めなくては、なせない気がするんですよね」


僕はこれを聴いて怖くなった。トンが自分を捨てて非情の道へ進んでしまう、トンではなくなる、そんな感じがした。だがヴォングと戦った際の、トンの情が足を引っ張っているという考えを思い出すと、止める気にはなれなかった。


「そうかもしれないですね......」


僕はこれ以外何も言えなかった。

すると突然、森の中から声が聞こえた。


「み、見つけたぞ...あいつらだ!!」


その声に僕らは振り向いた、まさかドルかと、ビビりながら声の方に振り向くと、そこにいたのは部隊長率いる赤服どもだった。


「へへ...三日三晩ここいらを捜索したかいがあったぜ」


嫌なタイミングで嫌な連中に会ってしまった。つーかここまで捜索の手が及んでいたとは....恐るべし大臨会!


「けけけ...爺さんもいなけりゃ、俺たちの腹も調子が良い、あんたらに勝ち目はねぇぜ!!さあ、大人しく地図を渡せ!!」


連中は相変わらず強い口調で地図を求めた、トンは無言で岩場から降り、奴らの前に立って構えた。


「よし、ぶっ飛ばせぇ!!」


部隊長の連れの2人が、槍で攻撃を仕掛けてきた。トンはそれを軽く受け流し、奴らの顔面にパンチやキックを浴びせ倒した、もはやこいつらはトンの敵ではない。問題は部隊長、こいつにトンは一回負けている。


「ええ~い、次は俺が相手だ」


奴の体は固く、トンの攻撃ではダメージを与えられない。僕はそれを分かっていたのですかさずボッカス・ポーカスを唱えた。


「こっちを向け!!ボッカス・ポーカス!!」


魔法陣から出てきたのは.......種落としとかいう調理器具。つ、使えねぇ。


「へっ、そんなもん何に使うんだぁ~?」


僕の一連の行動を見ていた部隊長は僕をバカにした。むかついたが、閉口した。実際問題、僕はこれしかできないバカだ。


「ハッハッハッハ!」


部隊長が口を大きく開けて笑った、その時。


グサッ


何かが、奴の腹部に刺さった。


「グォアッ!?」


一体、何が起きたのか、僕にはすぐさま理解できなかった。だって、あの、あのトンが、奴の腹部を槍で刺しているのだから......。

僕は目を疑った。だがこれは紛れもない真実だった。彼は覚悟を決めてしまったのだ。


「き、てめぇ!やった........」


部隊長はその場に膝を付いた。即死は免れたが、じきに死ぬであろう。


「ひ、ひえええ.....」


槍を奪われた赤服二人は怯えていた。トンはやはりというべきか、彼らにも容赦はしなかった。


「や、止めてくれ....!!」


トンは思い切り、胸の辺りを刺した。今度は即死だ。

なぜトンが、容赦無く彼らを刺し殺すか、それは......。


「た、助け!」


トンはもう一人の方も刺した。死んだ。彼は赤に染まりつつある。

さっきの続きだが、このまま生かして返せば、ドルに情報が伝わり、すぐにここにきてしまうからであろう。要は時間稼ぎのためだ。つまり、トンは、冷静にそれを判断して殺人を犯しているのだ。


「お、お前....俺の仲間をよくも......!!」


惨劇を見ていた部隊長が、最後の力を振り絞って立ち上がった。腹から血がダラダラ垂れている。


「許さん.....おおおおおおおおお!!」


奴は全力でトンに殴りかかった。だがトンはそれをしゃがんでかわし、カウンターで胸に刺した。

部隊長はその場にバタンと倒れた。戦いは終わった。一方的だった。


「ドル様.....リウ......すまねぇ」


奴はボスと、家族の名前を言って、動かなくなった。トンは、死んでいく部隊長の姿を最後まで見守っていた。

奴の命が尽きた時、トンは震えだした。そして、彼に何らかの衝動が襲い掛かった。その衝動の強さは計り知れない物だった。

僕が彼の近くに来た時、ついに彼は槍を自分に向けて突き刺そうとしたのである。僕は慌てて、それを止めるために槍を掴んだ。


「止めてください......トンさん!!」


トンは力を抜こうとしなかった。このままでは突き刺さってしまう。慌てた僕はなんとか説得しようと御託を並べた。


「トンさん!!これは仕方のないことなんです、復讐というのは、こういうものなのです。相手の事情、気持ちなど考えず、自分のために戦う。これでいいんです!!トンさん、”自分”を捨てて、覚悟を決めて、戦ってください!!」


それを聞いて、トンは槍を手放した。どうやら、説得できたようだ。だが、様子がおかしい、トンの顔をよく見ると、目が死んでいた。


「......そうですよね、強くなるためには......相手に対する情なんて、必要ないですよね、こんなことで.....うじうじしてるなんて、馬鹿みたいですよね」


トンは自分を自嘲し始めた。僕は、自分がとんでもないことを言ってしまった事に気が付いた。僕は父の言葉を借りて、トンの”自分”を殺してしまったのだ。


「なんだかスッキリしました。ありがとうございます」


トンは、綺麗な笑顔を見せた。僕はただ、死にたくなった。




「いい顔をしている」


僕らはその後、再びローに修行を申し込んだ。ローは、さっきと打って変わって了承してくれた。


「ありがとうございます」


トンは、ただ頭を下げた。


「お前に、私の拳の全てを授けよう」


僕は自分と、ローに只々むかついた。だがそれを、表に出すことは、トンの事を考えると、できやしなかった。

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