第20話 圧倒的

やばい。

僕は本能的に危機を感じた。

あの、あの爺さんが、僕たちの中で今んとこ一番強い爺さんが、手も足も出ていない。ドルは後ろで手を組みながら、余裕そうな表情でこちらを見ていた。


「くそっ.....やっぱりこうなるか.....」


爺さんは、達観した表情で呟いた。彼はこうなることを何と無く分かっていたのかもしれない、だから山にこもって修行なんて急に言い出したのだ。正しかったのだ。


「チャウさん....」


「心配するな...これぐらいなんてことは無いわ..」


僕に肩を借りながら、爺さんは再び立ち上がった。


「無理しないでください、僕たちが行きます!」


そう言って、トンはドルの方へ向かった。その様子を見て、爺さんは手を突き出して、”やめろ”と言った、だがそれは、声には出ていなかった。彼の体は、もはや限界の域に達しているのが、なんとなく見て取れる。

僕は....できない、腹を抑えて苦しんでいる爺さんを癒すことはできない、ただ運に任せるだけ。悔しい、もどかしい、辛い。

僕は唱えた、向かっていたトンに、ドルを倒すことは出来ない、そう感じた。


「ヌアッ!!ボッカス・ポーカスっ!!」


この叫びは、よくわからん。

出てきた物は、トンの父が殺された時に出てきたあのデマンターの両手剣だった。嫌な気分だ、神がまるでトンの死を暗示しているようだ。くそっ。

しかもこの状況で微妙な物だ、トンに扱えるとは思えないし、奪われたら確実にみんな切り殺される。こんな感じで悩めば、トンの方を見ると、彼は見事にボコボコにされている。僕は焦った、こんな感情不死身になった時点でなくなったもんだと思い込んでいたが、やはり、僕も元は一人の人間。ダメな所はダメなままだ....。

僕の頭の中は次第に真っ白になってフリーズする。さっさとボッカス・ポーカスをもう一度唱えりゃいいものを、ばかな奴だ。


「おい、おまえ.......」


おどおどしていると、隣にいた爺さんが、僕に声を掛けた。


「ワシに、いい考えがあるんじゃ.....そのけ....剣を、ワシにくれんか?」


爺さんにはもう、頑張ってほしくなかった。だが、僕一人では、この状況をどうすることもできない。誰かの助けが必要だ。近くに置かれていた剣を拾い、爺さんに持たせた。


「よし.......ワシが、奴に切りかかったら、お前はトンの方へ迎え...あの、山の方へ逃げるぞ」


爺さんはそう弱々しく呟いた。その様子を見て、僕はただただ悲しくなった。こんな自分が情けない事を悔しく思えたのは、この時が初めてだった。不死身であることと、このふざけた魔法を使えるだけでは窮地なんか救えやしない、改めて実感した。


「はあ”あ”あ”あ”あ”っ」


腹の底から力を振り絞って叫び、爺さんは特攻した。ドルはトンに対する攻撃を止め、爺さんと再び戦い始めた。

その隙に僕はトンの方へ向かった。


「大丈夫ですか..」


「うっ......くっ......」


トンは再び大怪我を負っていた。僕はただ、只々申し訳ない気持ちに押しつぶされた。でも何故か謝らなかった。

僕はトンに肩を貸して、爺さんの戦闘を見た。身の丈以上ある剣をうまく扱えないのか、振った隙を狙われて攻撃されている。くらうたびに爺さんは僕らから離れるようにして後ろに下がって行った。僕らを逃がそうとしているのか、ただやられているだけなのか、判断に困ってしまった。

このままやられてしまうのか.....そう二人で心配したその時。


「さらばじゃドル.......」


爺さんは剣を地面に突き刺し、それを踏み台にして僕らの方へ跳んで来た。遠くからは分からなかったが跳んで来た爺さんの体は血だらけで痛々しく感じた。


「さっさと逃げるぞ......」


消え入りそうな声だった、これは今でも忘れられない。

そして、僕らは互いに肩を貸しあいながら森の中を駆け抜けた。トンは気を失っていたので、爺さんが背負った。必死に走りすぎて、後方確認はろくに出来ない。しばらくたてば、疲れで頭から足の先までだるさが襲い掛かった。僕はそのだるさに、気を奪わせまいと抵抗したが、だめだ、勝てなかった........。


「ハハ....優しすぎるわ....トン...その気持ち、大事にしてくれよ」


失う直前、確かにこんな事を爺さんはいっていた。独り言の調子だった。


そうして、僕はまた夢を見た。それはまた自分のあっちの世界での記憶で、また父との記憶であった........。


おぼろげな光景、またもや走馬灯のような情景だ。

その記憶の中では、僕は父に怒鳴りつけられていた。何故そんなことになっているのかというと、父に対して口答えをしたからだ。いつもはただうなだれて父の怒号を受け流していた僕は、その日は何故か、言い返したくなってしまったのだ。

なんといったっけか、確かこんな事をいったか.....?


「”自分”を殺してただ優秀である事を目指して生きるのは..いい事なんですか!?そんなの耐えられない!!好きなことをさせてくれ!!」


たしかこんな事をいったか、なんでこんな流れになったか、よく思い出せない。

そして、父が怒りながら返してきたのがこれだ。


「”自分”だって?そんなもん育てて何になる??そんなことしても、”学”がなけりゃ意味が無い、優秀でなければ社会では生きていけないっ!!お前はただ、ただ私みたいな優秀な人間の模倣をしてればいいのさ」


「自分を殺せ!!お前は私の子供だから薄々分かっているはずだ、優秀である事以外に意味はない!!」


........人間として優秀な者だったが、父親としては自分の意見を一方的に押し付ける最低なものであったと言わざるを得ない。こんなのが、自分の個性を伸ばして生きてきた母と結婚した理由が分からない。母も母で変わった人だが。

そんなことはさておき、その夢を見終わった後、僕は目覚めた、またもや知らない天井だ.....。天井?僕は屋内にいるのか?びっくりした。辺りを見回すと、僕は確かに建物の中にいる。壁もちゃんとある。トンも隣で寝ている。爺さんが、あのボロボロだった爺さんが、一人で運んでくれたのだろうか。

そうこうキョロキョロしていると、隣で寝ていたトンが目覚めた。彼の体の怪我は、しっかりと治療が施されていた。


「サ、サカグチさん....どこですかここ.......」


トンはけだるげに上半身を起こしながら言った。


「わかりません、さっぱりです」


マジでどこなんだ?誰の家なんだ?横にある窓から外の景色は木々が茂っていた。ということは僕らはまだ山中にいるようだ。

それを確認したその時、玄関みたいなとこから一人の男が入ってきた。


「おお、目覚めたようだな」


その男の容姿は、頭は剥げていて、服装は.....服に詳しくないのでうまく言えないが、坊さんが着ているような服であった。あと、目元が誰かに似ていた、その誰かがうまく思い出せなかったが.....。

とにかく、そんな感じの男が我々の前ですり鉢を擦りながら現れたのである。


「あの、あなたは......僕はトンと言うんですが」


「私の名はロー、チャウの仲間だった者だ、彼から話は聞いている」


どうやら、爺さんの仲間だったようだ、となると、あの時爺さんが言っていた山奥に住む友人は、彼の事のようだ。

爺さんの事を思い出すと、僕たちは爺さんがこの場にいないことに気が付いた。


「助けて頂いてありがとうございます」


「当然のことだ」


ローはトンに、さっきから僕らの前で擦っていたすり鉢を渡した。


「君の体の怪我はまだまだ酷い状態だ、しばらく安静にするといい」


「わかりました、お気遣いありがとうございます」


かなり丁寧な姿勢だ、年は見た感じ爺さんやジジイと若干下に見えるが、まあ信用して良さそうだ。


「僕はどうですか?」


「君はトン君に比べて大したことはない」


きっぱり言われた。まぁそうでしょうな。


「あの....チャウさんは何処におられるんですか?」


トンがこう言った時、ローは一瞬ビクッと震え、僕らに背を向け始めた。

嫌な予感がした。


「チャウは.........あの男は死んだ」


僕は、その時胸にズキッと何かが来た。これを聴いて、トンはやばいんじゃなかろうかと思って、彼の方を見た。

案の定、彼は目の光を失って、震えだした、汗もかきはじめた。


「そ.....そんなの信じられません!!信じられない!!」


「嘘では無い......こんな事を早くから伝えたくなかったのだが......」


トンは立ち上がろうとしたが、痛みで倒れ込んでしまった。


「まだ、動かないでくれ」


沈んだ声でそう言うと、ローは玄関から外へ出ていった。

気まずい空気、これで二度目、トンはまた、自らの無力さを嘆き悲しんだ。布団の中でうずくまり、泣いている。

僕も他人事ではなかった。だが実感がわかなかった。気を失ったトンよりも爺さんの体の状態はわかっていたのに、なんだか、よくわからなかった。

爺さんは、僕が気を失った後も、僕らを助けるために、傷だらけの体を引っ張って、ここまで運んできた。そらしぬわ、そらしぬわ。

僕は死因を冷静に分析して、只々そらしぬわ、と心の中で唱え続けた。

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