第19話 横暴な奴
「もう逃がさんぞ」
竹藪の中からじりじりと詰めてくる、一歩一歩距離が縮まっていくにつれ、こちらの緊張も高まっていく、僕はこれに耐えられず、後ろを振り向いた、振り返った先に見えたのは、ウォングと二人の赤服だった。
「また会ったな、次は逃がさん、貴様らに逃げられた後、俺は遭難して死にかけた......あの時捕まえていれば、こんなつらい目に合わなかったはずだ。だから絶対に逃がさんっ!」
何やらグダグダと間抜けな事を言っている。僕と爺さんの緊張は解けたが、トンの表情は今だこわばったままだ。
ドルは僕らから2mの所で立ち止まり、こう言い放った。
「さあ、命が惜しければ財宝の地図をこちらに渡せ」
思っていたよりも丁寧な物言いだった。あの野蛮な大臨会のリーダーなのだから、もっと強く物を言うものだと思っていた。
言っていることは物騒だがな。
僕の隣にいるトンは、その問いに、歯ぎしりしながらこう返した。
「絶対に嫌だ!!大体何故、あなた方はここまで財宝をつけ狙うんですか!父さんを殺してまでぇ.....!!どうして......」
言っている途中で、トンの目から涙は出始め、顔は真っ赤になった。彼らに対してため込んでいた怒りが、ついに解き放たれたのだ。
確かに、いくらクランの財政状況が厳しいからとは言え、なぜ手を汚してまで財宝を手に入れたがったのか、僕はその時分からなかった。今思えば少し考えれば理解できたことだ。理解だけは.......
「........教えよう........これは仕方のないことなのだ、私は財宝を使って、クランのメンバーを助けたいだけなのだ」
彼は重苦しく事を言った。
「どういう意味だ...?」
トンがドルににらみをきかせて言った。
「やはり、貴方みたいな田舎者の冒険者には解らないみたいですね、我々のような、王のお膝元で戦う冒険者たちの苦しみが」
鼻で笑いながら彼は言った。むかつく事をしてきたが、その様子はなんだか.....憐れみというか、僕たちに失望しているように見えた。
「ふざけるな!質問に答えろぉ!!」
トンは怒りと悲しみに身を包ませながら言った。もはや怒っているのか悲しんでいるのか僕からではうまく表現できない、それぐらいに彼は荒れた様子だった。
「ハァ.......我々のクラン”大臨会”は今、深刻な資金源不足に陥っている、様々な手を尽くしたが、もう...駄目だったのだ、転生者との競争に勝てなかったのだ.....だからこのクランを畳まざるをえなかった....だが、このまま解散すれば今まで大臨会のために働いてきた輝かしい仲間たちが路頭に迷ってしまう。家庭を持つメンバーだっているのだ。そんな彼らを、見捨てることは私には出来なかったのだ。だから我々は最後の仕事として、貴方の財宝を得に来たのだ」
彼は冷静に、事の詳細を語った。同情を誘う内容だが、やっている事は結局略奪である、しかも殺人もしている。トンもこの話を聞いているうちに涙は引いたが、怒りはまだ依然としてあるようだった。
「........何がクランのためだ.....気持ちは....分からなくは無い....でも、父の命を奪ってまで、他人を踏みにじってまですることか!!」
「必要な犠牲だったのだ.......」
ドルは俯きながらこちらに歩んでくる。
「何が犠牲だ....そんな一言で済んでたまるかっ!!」
トンが怒りに任せて言い放った瞬間、ドルはバッと飛びかかった。
「君と同じようにっ!!」
突然、襲い掛かってきたのだ。
トンの頭部に、手刀が迫る。やばい、と思った瞬間、いままで後ろで黙っていた爺さんが、トンを横から突き飛ばしたおかげで、ギリギリ回避できた。隙ができたドルに、爺さんが足払いをし、転ばせる事に成功。その間に転んだトンを救出した。
一方後ろにいた連中もボスの攻撃を合図にして、僕に襲い掛かってきた、赤服どもの攻撃はよけれたが、ウォングの攻撃は当たった。いたい。
「調子いいとこ済まないが、お前の相手はこのワシじゃ!」
「チャウさん....僕が.....」
「お前にはまだ早い、後ろであいつの援護に行け、奴らなら二人で戦えないこともないはずじゃ」
僕は地面に寝転がりながら、この会話を聞いていた、まだ、まだここで先にくたばるわけにはいかない。そう思えた、不死身の僕にとって、気絶は死みたいなもんである。僕は立ち上がり、ヴォングの方を見つめる、余裕だと言わんばかりの自身に満ちた顔だ。くそう、腹が立つわ。
後ろからトンが駆け寄ってきた。彼は僕の隣に来て、構え始めた。僕との打ち合わせはもう不要といったところか。
「フン、ガキが、すぐに蹴りをつけてやる」
ヴォングの腹立たしい挑発に、彼は何も言い返さない。多分だけど、物凄く緊張している。頭の方とか見ると、若干冷や汗をかいていた。彼は相手のことなどあまり眼中にはない、自分との戦いに集中しているのだ。
赤服どもが、装備している槍で攻撃を仕掛けてきた。だが、突くスピードが遅いのか簡単によけられ、しまいには奪われた。二本とも。
「くそっ、俺が行く!!」
この状況を見かねたヴォングは、退いた赤服をどかせながらトンへ向かって行った。トンも奪った槍を荒々しく地面にたたきつけて迎え撃つ。
2人が接触したとたん、突きと蹴りの激しい攻防戦が展開された、ヴォングの両腕を激しく回す攻撃回避し、隙を狙ったトンの突きをヴォングが素早くガードする。トンは一回戦った経験がいきているのか、ある程度ついていけていた。でも.....自分の肩を掴んだヴォングの手を掴み返そうとした隙にエルボーを食らっている辺り、まだまだ読みが甘いというか、優位には立てないみたいだ。だからこそ、僕の助けが必要なのである。頼む神様なんとかしてくれ。
僕は祈りながら魔法を唱えた。
「たのんます!!ボッカス・ポーカス!!」
本当に、ここでいいものが出てほしかった。僕のためでは無く、トンのためだと思って、出すものを決めて欲しい。そう願った。神がその願いを叶えたのか.....いや叶えてくれなかったのか、叶えたつもりなのか、よくわからない物が出てきた。
リボルバー、またの名を回転式拳”銃”である。
目の前に現れた銀色の物体を、僕はすぐさま手に取った。銃!?最高だ、最初はそう思っていた。
開けられなかったが、弾が入ってる所をよく見ると、装填されていることがよく分かった。使える。
なんかカチってやって、引き金を引けば.......打てる!殺せる!!僕の気分は有頂天だった、興奮していた。
だが、考えれば考えるほど、これをうまく使える気がしなかった。僕に.....僕にこれが使えるのか....わからん、怖い。
いざ構えてみると、もっと怖くなった。
トンはもう、ヴォングの攻撃をよけることに精一杯で、勝てる見込みはない、僕がやらねばいかんのだが、もしトンに当たったらとか考えると、ますます気持ちが引けてくる。
とりあえず、別の角度から行こう、と動いた。
トンはますます押され始めている。突きをはじかれ、その勢いで一回した後、パンチを顔面に何発も食らっているのだ。このままではまずい。僕は若干斜面を降りて、竹藪の中からヴォングを狙い、トンがぶっ飛ばされた隙に打った。外れた、反動に耐えられず、後ろに倒れた。
なんとか立ち上がったが、その瞬間に、ヴォングに体当たりをかまされた。
「貴様....銃を隠し持っているなぁ....!」
この世界には既に銃が存在している。音がデカく、コストも高い、そして魔法との共用が不可能ということで、あまり使われないとのことだが。
それはともかく、やばい状況には変わりない、銃をこいつが知っているということは、奪われたらお終いであると言うことだ。
やつが覆いかぶさって、手を掴み、銃を奪おうとした。僕は丸まって抵抗した。絶対に渡さない、渡してたまるか。
トンもこのもみ合いに途中から参加した、僕ら三人は犬の喧嘩のように取っ組み合い、皆それぞれタケノコやら竹に体をぶつけ、銃も4回ぐらい暴発した、でも誰にも当たらなかった。そして、体感時間10分後、ようやくトンが銃を手にした。
最後のチャンスだ。
「トンさん!!、これでこいつを打ち抜いてください!!」
僕はヴォングの腰を思いっきり引っ張って動きを止めた。皆、銃争奪戦に疲労している。息を切らさない者はいない。ヴォングは僕を振り払おうとせず、トン目掛けて進もうとしている。こいつも相当焦ってそうだ。今がチャンス!!これでこいつを打ち抜けば、我々の勝利だ。
だが、一つ不安があった、それはトンに人が殺せるかと言う話だ。いままで僕は、トンが人を殺害したところを見たことがない。山賊も、自分を追ってきた赤服も、彼は殺していない。この世界の人間にしては珍しい感性を持った人間だ。だがこの世界にとって、この尊ぶべき命に対する姿勢は、足枷にしかならないのではと思っている。尊敬の国から来たというのに、この姿勢はおかしいのでは?と思う転生者の読者もいるのかもしれない。だがこの世界は命の奪い合いが当たり前だ。夜、武装もせず一人で女性や子供が歩けば、攫われて大変なことになるし、戦う技術を身に着けていない人が山を歩けば、たちまち山賊に身ぐるみをはがされて、殺される。
元の世界の感性ではこの世界を生きていけない、そう感じたのだ。
果たしてトンは、殺せるのか。
この不安は意外.....いや案外考えてみれば理解できる形で終止符を打った。
「早く!!」
僕はトンをせかした、だが彼は銃をいじっているだけで撃とうとしない。様子がおかしい。
するとトンが言った。
「あの!!これどう使うんですか!?」
これを聞いた瞬間、僕の力は抜けた。そうだ、トンさんはずっと山で暮らしていたから、銃の使い方など知らんのだ、ましてやこれは元の世界の物、扱えるはずがないのだ。拳銃は既にこの世界にもあるが、流通しているのは都市のみである。
ヴォングはすかさず飛び上がり、トンから銃を奪おうとした。しかしトンがバク転で回避したため、奪えず、銃は僕の手になんとか渡った。
「ゲッ!?」
思わず滅茶苦茶驚くヴォング、すぐさま僕の方に来ようとするが、疲れて思うように動けないのか、その動きは遅かった。
「下がってください」
僕はトンにそう言って、視界からトンが消えたその時、僕は撃った。
ドガン!!
命中はした、若干逸れたのか、致命傷にはならなかった。
「グッ......」
ヴォングはその場に気絶した。とどめをさそうと思ったが、銃は弾切れ、残念だ。
「急いでチャウさんの援護に行きましょう!!」
トンも、とどめを刺す気はないみたいだ、僕はここで彼を改めて尊敬したが、がっかりもした。
斜面を登る途中、怪我をした赤服2人とすれ違ったが、彼らの事も攻撃しなかった。少し邪魔をすれば、ヴォングはここで死んでいたというのに....惜しいことをした。
登り切り、僕らは声のする方へ向かった。すると、何者かが、こちらに吹っ飛んできた。その時の衝撃を、僕ははっきり覚えている。
「ハハハ.....かなり厳しいなこれは....」
顔に傷を負い、口から若干血がでている爺さんが、こちらに飛ばされてきたのだ。
絶体絶命である。
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