第16話 悩みと歪み

トンは、家から出るとはしって山の方へ向かっていった。朝食も取らずにどこへ行こうと言うのか、僕はこっそりと後をつける。

時刻は日が東から出た直後、村の外にはまだ誰も出ていなかった。トンは北山の山道にさしかかると、全速疾走で登り始めた。僕はびっくりしつつ後をつけようと思って走ったが、すぐに息が切れ始めた。ガリガリだからね、体力なんてあるはずがない。

僕はたまらず、トンに声をかけた。


「トンさん!!どこ行くんですか!!」


トンはビクッとしながら足を止めた。だが、こちらに振り返ろうとはしなかった。


「サカグチさん.....つけてきてたんですか.....」


暗いぼそぼそとした声で喋っている。以前のトンからありえないぐらいに人が変わっている。


「山で.....何をする気なんですか....?」


「修行です」


「へぇっ!?」


予想は当たっていた。やはりトンは、続く敗北で自分に自信を持てなくなってしまっているのだ。


「僕も付き合いますよ....というか修行って、一人で出来るものなんですか?」


「.......はい、この森を進んでいけば多くのモンスターに出会えるはずです、それを倒していけば.....きっと強くなれるはずです」


確かにモンスターには出会えるが、非現実的で、自殺行為だ。一人で行くのは危険すぎる。彼は半ばやけくそになっている。何とかして説得しなければ。


「そんな無茶な!!一人でなんて無理だ!!帰ってこい!!」


この発言が、トンの自尊心の崩壊を助長させてしまったようだ.


「僕には出来ます........出来なきゃいけないんです!!お元気で....」


そう言って、トンは再び走り出した。


「あっ、待って」


僕も何とか追いつこうと、フラフラの体に鞭打って走るが、追いつけない。次第にトンとの距離は離れていき、僕の走る力もなくなっていった。


「はぁ........はぁ.......」


僕は最低である。友人の乱心を止められず。結果このようになってしまった。どう声かけていいかわからない、それを言い訳に僕は何もしなかった。これはもはや罪である。

そんなことを今更後悔しながら、僕はついに木の根につまずいてしまった。


「トン......さん」


もうダメだ、と思ったその時。


「まったく......だから体力はつけておいた方が良かったんじゃ」


後ろから声がした。

振り向くと、爺さんがやれやれという表情をしながら後ろにいた。


「チャウさん......」


「おんぶしてやるから後ろに乗れ、急ぐぞ」


僕は爺さんにおんぶしてもらい、再びトンを追いかけた。


「一人で修行なんて......具体的に何をするのか、何を身につけるのか決めずに....バカな奴じゃ」


呆れた口調で爺さんは言った。僕は何だか、よくわからないがトンを援護してやりたい気持ちになった。彼は、彼はバカじゃない!!っと背中で叫びたかったかもしれない。

よくわからない。


「にしても....何であいつはあんなに強さを求めるんだ?何か理由がありそうじゃが、知らないか?」


爺さんはなんだかんだトンの異常性を見抜いていたようだ。僕はいままで隠していた、トンの父親がヴォングに殺害されたことを打ち明けた。


「........そうか、そう言うことじゃったか...」


「トンさんは....押しつぶされそうになってるんだと思います.....劣等感に。なんとか救って上げられないか....」


「もっと早く話せよ!!本人がいない場とかでいいからさぁ!!お前その上になんのフォローも無しとかどういうことじゃ!!」


「時間が解決してくれると思ったんですぅ!!普通そういう感じで立ち直るでしょ人ってのは!!」


「立ち直る方法なんて人それぞれじゃ!!お前はそれでいいかもしれんがトンは違う....そういうことだったんじゃ」


そういう感じで言い合いをしていると、前方でトンが、赤服と鉢合わせた。何故赤服がこんな山奥にいるのか、意味が分からん。


「奴ら.....こんなところも見張っておったのか」


僕らは木の幹に隠れて様子を見た。赤服は、槍を持ったのが四人。部隊長みたいなのはいなかった。

僕は心配だったので、姿を彼らの前にさらそうとした。


「ちょっと待てい」


ジジイに止められた。


「なんで止めるんすか....助けなきゃ....さっきからトンさん休まずに走ってるから、ヤバいんじゃないですか?」


「まあ見てろ、きっとトンなら奴らを倒せるはずじゃ」


納得いかないが、様子を見ることになった。


「へへへ.....ヴォング様からこの山を捜索するように言われたが.....まさか本当に鉢合わせるとは」


「財宝の地図を渡してもらおう」


「.......お断りします」


俯きながら言っていた、彼はこの時どのような表情をしていたのだろうか、気になるところである。


「何を生意気な......かかれ!!」


四方から槍でついてくる赤服、トンはそれをジャンプでかわし、一人の赤服の背後に回ると、思いっきり頭を殴り飛ばした。


「ガァッ!?」


飛ばされた赤服は、そのまま別の奴とぶつかり、二人揃って倒れた。


「こいつぅ!!」


トンの正面にいた赤服が突くが、トンは槍を握って抑え、顔面を殴った。殴られた赤服は、思わず槍を手放す。

敵から槍を奪ったトン、ここで槍をうまく使いこなして残りの雑魚を倒すもんだと思っていたが、トンは槍に思いっきり力を加えて曲げ初めた。トンの表情は、ここからではよく見えない。

槍は、そのままバキッと真っ二つに折れた。よくしなるから中々折りにくい槍を待っ二つにしたのだ。


「糞ったれ!!」


残りの赤服が、トンに攻撃を仕掛ける。


「なっ!?」


やっぱり槍の扱いが下手くそなのかよくわからんが、トンに握られ、足払いを食らった。

赤服は、おもっきし尻餅をついた。


トンは、倒れた赤服の前で足を挙げた。踏みつける気なのだろうか、あの、あのトンが人を思いっきり踏みつけてしまうのだろうか。僕は何故かドキドキした。人がヤバい方向に変わっていく瞬間を、見てしまう気がした。

だが、トンは足を降ろした。踏みつけることはなかった。


「中々伸びしろはありそうじゃな....もうちょっと鍛えれば、そこそこ強くなるだろう」


爺さんはトンの戦いをよく観察していた。この人は何だかんだあのジジイと違って面倒見がありそうだ。この人には、ちゃんと相談しておくべきだった。

僕は後悔した。自分の中に不安を抱え込んでいたのは、トンだけじゃなかった。僕もだったんだ。


「おい、トンが山奥に進んでくぞ」


こんなことを考えている場合ではない。トンを説得するため、僕らはトンを追跡し始める。


追跡を続けると、川のほとりに来た。見覚えがある......ここはおととい。トンと僕が再開した場所だ。

トンは川沿いにしゃがみ込んで水面を覗き込んでいる。話しかけるなら、今かもしれない。

爺さんとともに、彼に声をかけた。


「トン」


トンは水面から顔を上げてこちらを一瞬見て、若干うんざりした表情をしてすぐに立ち去ろうとした。


「どこへ行く?そしてなぜわしらを避けようとするんじゃ?」


トンは立ち止まった。だがやっぱり振り返らない。


「......もうこの件に、関わってほしくないからです。」


「なんでじゃ?今のところ順調じゃろ、わしら5人で力を合わせれば、あんな奴らなんて一捻りじゃ」


「でも....でももし僕が足を引っ張って、あなた達に何か会ったら....心配なんです」


「わしらもお前と同じ追われる身じゃ、今更何を」


「あの人たちの望みは僕の地図です!!流石にあなた達を殺したりは出来ないでしょう......さっきの赤服たちが今頃下山して、ヴォングに報告してるはず。そしたら恐らく大臨会全体で僕を捕まえにかかるでしょう」


「お前の事もビリーからよく聞いている。一人で抱え込むな、協力しよう、わしらも覚悟はできておる」


「.............僕から離れてください」


「そんなに協力するのが嫌なんですか」


「これは僕の問題なんです.........僕が、一番頑張らなきゃダメなんです」


そう言ってトンは立ち去ろうとする。

トンは、あの父親の息子なのだ、改めて実感した。地図の事を息子に明かさず、一人で抱え込んだあの父親のだ。このままでは父親の後を追ってしまう、引き止めなければ!!

わなわなと使命感が湧いてきた。僕は何故かボッカス・ポーカスを唱えたくなった、止めるには、これしかない。


「まてやっ!!ボッカス・ポーカス!!」


「あっ、バカ!!」


爺さんからのビンタを食らいながら、ボッカス・ポーカスを唱えてしまった。やっちまった。

出てきたのは......アルコールランプ100個、火が付いた状態で、地面に召喚された。

結局、トンは立ち止まらなかったし、しかも見失った。


「この野郎....お前のせいで見失ったじゃねぇか!!」


「いや.....あの....すいませんでした」


なにも言い返せねぇよ。悲しい、それと憎い、こんな情けない事しかできない自分が憎たらしいもんだ。

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