第14話 夢と爺さん

僕は夢を見た。

その夢の情景は若干ぼやけていて、あっちの世界で死ぬ前に見た走馬灯のようだった。

夢の内容も、僕の、あっちの世界の思い出だった。まだ高校生だった頃のやつだ。


僕は自分の部屋で読書をしていた。日はすっかり静まって、少し前にある窓のカーテンは締まりきっている。

夕飯を食べ終えてそこそこ時間がたった後だからか、食器を洗う時にでるカチャカチャ音は聞こえない、静かな夜だった。

もうこの情景を見て、何の夢を見るのか大体分かってしまった。嫌な夢だ。


「○○○、ちょっと来なさい」


居間の方から聞こえたこの抑揚のない声は父の声だ。父がこう僕を呼ぶときは、何かやらかした時だ。怒られるのは確定だ、逃げる事はできない。

半ば投げやりな気持ちでドアを開けて、部屋から出た。一歩一歩歩くたびに、考えが脳内に巡る。なんて言おうか、どう言い訳するか、何がダメだったのか。

居間に入った。大きいテーブルの上には一枚の紙を除いて何もない、紙は恐らく成績表だ。テーブルの向こう側にいる父は、腕を組んで無言で僕を睨み付けている。僕は目を合わせたくなくて、俯いた。

ふと後ろに視線を感じた、後ろを見ると、妹がドアに隠れながら僕の事を見ていた。その顔は、まるでいい気味だ、と言わんばかりのニヤつきっぷりだ。


「ちょっとここ座れ」


イライラしているのが一瞬で分かるその声に、僕はビクビクしながら椅子に座った。


ここで、夢は終わった。

なぜこんな夢を見たのか、それは恐らく、父親と呼ばれる人に久しぶりに出会ったからなのかもしれない。僕はいままでこの世界に来てからというもの、家族と呼ばれる関係性を持つ人間に、出会ったことがなかった。ていうかろくに人と関わってこなかった。

パンツ一丁の男と、話す奴なんていないと思っていたのだ。

孤独に時が過ぎる中で、家族の思い出はすっかり忘れていたのだ。

それを思い出させてくれたのが、あの親子だったのだ。いい記憶とは言えなかったが、なんか虚しさを感じた。



目が覚めた。

まず見えたのは全く知らない天井だ、僕の住む廃墟だったら空いた天井から日光が僕の顔を照らしてくる。

地面?が柔らかい、不思議な感覚だ。ここはあの世か?


「あっ、目覚めましたか?サカグチさん」


ふっ、と横を向くとトンがホッとした表情で僕を見ていた。


「ああ....はい.......ここどこですか?」


内装といい壁といい見覚えの無いものばかりだ、ここはマジでどこだ?

すると、トンの後ろに立っているドアから一人の男が入って来た。


「おお~ようやく起きたかぁ、おかゆ作ったんじゃが、食うか?」


見覚えのあるジジイだが、思い出せない。若干伸びてぼさぼさの髪の毛、みすぼらしい格好、忘れることなんてありえないような身なりしてんのに、僕は忘れてしまっている。

なんとなく、誰だこいつ?みたいな顔をしているのをトンは気づいたのか。


「サカグチさん、この方は”シーハン”の店主、チャウさんという方です」


シーハンとは、さっきまで僕と洞窟カップルが戦っていた飲食店の店名だ。その店主という事は。

.........やべぇ、店の中にでけぇ穴作ったことに関してキレてるかもしれねぇ。


「どうも........あの、穴作ってしまってすいませんでした。」


とりあえず謝った。というかあの戦いで店の中滅茶苦茶になってたからごめんなさいじゃ済まないと思うが。


「まあ......いいんじゃ、元はあの赤い服の連中が悪いんじゃから」


この爺さんは寛容なお方でいらっしゃった。弁償という話にならなそうでひとまず安心。


「とは言え、流石に何もなしというわけにはいかん、じゃから、あの連中の討伐に協力してもらうぞ。お前の変わった魔法とかについてはビリーから聴いておる」


言われたあと、この爺さんがどういう人か思い出した。シーハンで飲んでるジジイと話している店員、それがこの爺さんだ。

となると、相当な実力者であるのかもしれない。この協力願いは願ってもない話だ。いいぞこれはぁ。


「分かりました、協力します」


「よし!じゃあ夜に討伐メンバー全員で会議するから、それまでゆっくり休んどけよぉ」


そう言うと、爺さんはウキウキな様子で部屋から出ていった。

この部屋は再びトンと僕の2人になる。


「そういえばここどこですかね?」


「ここはチャウさんの家です」


「なるほど」


僕は窓から外の景色を見る。村の景色がそこそこ見渡せる高さだ、これでだいたい位置が分かった。


「この二階建ての家、チャウさんの家だったんすね」


「まぁビリーさんと同じ元魔王軍幹部討伐パーティでしたからね、憧れますよぉ」


「でもなんで爺さん2人はこんな村に住むんだろうね......」


「まぁでも、僕はこの村悪くないところだと思うんですよね....静かで......癒されるんだと思うんですよ、やっぱり戦いとかに疲れると、こういう所に住みたくなるんじゃないですか?」


「そうかね......」


僕は出されたおかゆを食いながら、トンとたわいない話を続けた。

トンは以前の元気を取り戻したかのような前向きっぷりを見せたが、その瞳には曇りが見えたような気がした。なんかこっち側に来たような雰囲気だ。

話の途中で、僕は地図の事を思い出した。落とし穴に落ちた影響で、若干クシャとなった地図を、トンの前に出して見せた。


「あの.....これ見たことありますか?」


「何ですかこれ?」


「見た感じ、宝の地図のようです、実はあの時、あなたの父が、僕のパンツの中に突っ込みました」


トンは何か思い出したのか、ハットして地図を食い入るように見始めた。


「これが.......これがあの人達が言ってた地図.......!!」


トンはわなわなと震え始める、僕は地図をトンに返した。トンはしばらく地図を見ていたが、しばらくすると目をぬぐい始めた、悲しさが再びトンを襲い始める。

僕はそれを見ているだけで、声はかけられない。


僕には、肉親が死んだ人間の気持ちがわからないのだ。同じ屋根の下で住んでいた家族の中で一番最初に死んでしまったが為に、家族が自分を残して死ぬという出来事を、経験できずに第一の人生を終えた。

悲しいだろうという想像しかできない、どれほど悲しいのか、どう悲しいのか、全く分からない。でも、もし父が死んでいた場面に立ち会ったとしても、僕が悲しめるかどうか、わからない。トンの父は、いい父親だっただろう、最後まで家族を思い、家族の為に散っていったのだ。

関わりがそんなないから悲しめはしないが、まあなんとなく心情はイメージ出来る。だが、僕の父は立派かと言われれば、はっきりそうだとは言えない、経歴はすごいが、家の中では何かと問題点が多い。彼は自分の願望を平気で押しつけてくるのだ。


「父さん........何で僕に何も言ってくれなかったんだ......なんで....」


トンの父は、やはりトンに財宝の事を隠していた。なぜだろうか。

部屋が微妙な空気に包まれてしばらくした後、爺さんが僕たちを呼んだ。


「おお~い、今からやるぞ、早く降りてこい」


僕はトンの方を向いた、彼は椅子に座って窓から外を見ていた。


「行きますか?トンさん」


「...........行きます」


彼はすっかり元気を無くしてしまっているが、、前に進もうという根性はまだあるようだ。

彼は、僕より先にこの部屋から出た。


居間に入ると、昼間僕とともに赤服連中と戦った洞窟カップルが丸いテーブルの席に座っていた、テーブルの上にはシーハンで出るような食事が並んでいる。ラングは僕たちを見て軽く「よう」と挨拶したが、フェイの方は僕を見るや否やうんざりした表情をした。

僕はその表情を見て見ぬふりして席についた。すると、キッチン?の方から爺さんが出てきて椅子によっこらしょと座った。


「さぁ、これから大臨会討伐会議を始める、まず何か奴らについて、知っていることがあったら話してくれ」


会議が始まった、4人に何とも言えない緊張感が走る。


「ちなみにこの飯は好きなだけ食っていいからな、ま、ワシからのまかないじゃ」


若干遠慮気味でありながらも4人はそれぞれ感謝を述べて食べ始めた。


「なぁ、なにか情報はないか?」


爺さんは再び僕たちに聞いた。


「うーん、特に何も知らないですね、大臨会なんてギルド初めて聞きましたよ」


フェイは特に何も知らないみたいだった。


「そうだなー、強いて言えばあの赤服......まぁ下っ端の連中の実力は大したことないですなぁ」


ラングは豪快になんかの肉を食いながら話した。確かにあの赤服どもの実力は大した事ない、はっきり言って雑魚。山賊とどっこいどっこいの実力だ。


「そうじゃな、確かに奴らは骨の無い脆弱な連中じゃったな.....なのにこの村の冒険者は全く抵抗しない。......まったく困ったもんじゃ」


爺さんはフォークで野菜を指しながら、グチグチ文句を言った。確かにこの村の冒険者が一丸となって抵抗すれば、爺さんの店が戦いの場になることはなかっただろう。


「他になんかないか?」


「ふぁい」


僕が手を挙げた。


「あら、あなた何か知ってるのかしら?」


「はい、僕たち2人は奴らのボスと、目的を知っています......ていうか奴らに追われています」


「どういうことだ?詳しく話せ」


僕とトンはラングの問いに答えるようにほとんど話した、地図の事、ヴォングの事.....トンの父親のこと以外全てを彼らに伝えた。


「なるほどな......それにしてもしつこい奴らじゃなぁ」


ため息をつきながら、爺さんはお茶をグイっと飲んだ。


「ヴォング.....一体どれぐらいの強さなのかしら」


「心配するまでもないさ、どうせ赤服どもに毛が生えた程度さ」


「見くびらない方がいいですよ.....僕は一回彼に殺されかけましたし」


「まあ、俺たち四人でいけばなんとかなるだろう」


本当になんとかなるのだろうか、大臨会にはまだ”ボス”がいる。僕が今一番心配しているのがそれだ。


「それにしても、大臨会が10年もかけて探したくなるほどの財宝って、一体何なのかしら?トンくんは見たことあるの?」


「ま、前々からあるのはしってたんですけど、実際に見たことはないですね」


「まっ、財宝だから多分金だろ、今の時代、財宝のありかが分かるなら得てみたくもなるもんさ」


確かに今の時代、転生者がいる、いない私生ギルドでは格差が出始めている。昔は、危険なクエストは規模の大きいギルドが人材を多く派遣することで、まあ物量でゴリ押してクリアしていた、だが今は転生者一人で大抵のクエストはクリアできるようになり、規模の大きいギルドは一気に仕事を失った。転生者は規模の大きいギルドにはあまり入ろうとせず、国が管轄する国生ギルドか自分でギルドを開くものが多い。だからこそ、レベルが高いクエストを受けにくくなり、無駄に規模が大きい大臨会の連中は財源不足に陥った。というわけなのだろうか。


「とりあえず、その財宝の影響でトンは大臨会に追われている、というわけじゃな?」


「まあ.......そうですね」


トンは若干俯きながら答えた。


「ワシにいい考えがある、皆聞いてくれ」


「なんですかそれ」


嫌な予感がするが、とりあえず飯を食うのをやめて聞いてみる事にした。


書くのがめんどくさいので、詳細は作戦実行時に説明するとしよう。

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