第12話 再会と別れ

「久しぶりですねサカグチさん、元気そうで何よりです.........すいませんでした....」




彼はそう言って頭を下げた。


トンとはなんだかんだ言って三ヶ月ぶりである。彼は左右に木の枝が大量に詰まった籠を付けた棒を肩にかけている。




「いやいいんですよ、あの宝石は、ボッカス・ポーカスで出たものですし......また.....また出せばいいんですよ」




僕は涙を流しそうになったが、精一杯こらえた。彼に悪気はないし、別に僕も何か償いを求めているわけではない。これ以上謝罪の言葉を述べられるのは気分的にいいものではない。




「にしてもトンさん、凄い奥まで行きますねぇ.....町に行くとき大変でしょう。」




僕たちは今、森の中を歩いている。トンが自分の家に来ないかと誘ってくれた。最初は断ろうと思ったが、空模様はオレンジと黒、夜になったらまた山賊とかに襲われるだろうし、それに甘えた。


家はこの山の中腹にあると言う、なぜこんな人里離れた所に住んでいるのか、ますます財宝との関係が怪しまれる。




「まぁここに来て最初......十歳ぐらいの時ですかね、父さんと来て.....やっぱり大変でしたよ。滅茶苦茶村に行くのは大変だし、自給自足ですし」




「山賊とかもいるんでしょう?」




「凄いいますね、昔は一週間に一回は追いかけまわされました。そのせいで遭難しかけて死にかけもしましたし......」




「........なんでここに移ったんですか......?」




「わからないんです......その質問、父さんにも何回もしました....でもいつもはぐらかして....最近村に行くのにも禁止だって...いい加減話して欲しいですよ」




これが財宝と関係のある話ならば、トンの父親は非常に重要な鍵を握っているに違いない。でもまあ、たとえそうだったとしても、僕のことを警戒して話すことはないだろう、こんなところに住んでいる人間なのだ。




「あそこに見えるのが僕の家です」




彼は木々が茂っている方を指指して言った。見えずらいがよく見ると物干し竿があって、そこにトンの白い道着が干されている。




「わかりずらいっすね........」




「そうですよね........まあ慣れましたよ僕は」




なぜこんなわかりずらい所を家にしたのか、何かから隠れているのだろうか。たとえ何かから逃げているとしても僕だったらこんな山奥に家を立てない。寂しくて心が死んでしまうからだ。この世界に転移してから3年ぐらい、やはり知人や家族に会えないというのは寂しいものだ。




「父さん、ただいまー」




敷地内に僕たちは入り、トンは肩の荷を降ろした、家の構造は斜面の岩場に穴を掘った感じである。




「トン......おかえり、遅かったじゃないか。もうご飯の時間だぞ、早く食べよう」




ここに着いた頃には、辺りは薄暗くなっていた。もう夕飯の時間である。




「その前に、外に干してある服、もう取り込んでいいかな?」




「ああ、そうだな」




トンは服を物干し竿から取り、一つ一つたたんでいった、彼の手つきは慣れているように見える。


この親子の会話を聞いて、僕は現世の家族の事を思い出した。裕福な家庭に生まれ、父は僕に勉強を押し付ける国家公務員、母親は有名デザイナーで余り家に帰ってくることはなかった。トン親子のような会話は、僕の家庭では交わされる事はなかった。


家事も家政婦が仕切っていて、僕が何か手伝うという事はなかった。




「綺麗ですね......たたみ方」




「そうですか.......まあうちには母さんがいないから、こうやって小さい頃からやってるんですよ」




彼には今、母親がいない、父子家庭というものだ。母親は死んでしまったのか、いや、別れたのか。これも財宝に関係することなのか。思考がさっきから財宝に物事を紐づけようとしている。僕の悪いところだ。




「あ、父さん、実は今日ともっ.....!!」




事件は起きた。


僕は財宝のことで、トンは父親に話しかけようとしているところで、周りをよく見ていなかった。


僕とトンの後ろに、ふたりの男が剣を僕たちの首の前に当てる。そして後ろから、黒い服を着た男が現れた。




「静かにしろ、騒ぐと殺すぞ」




そいつはそう言って、家に入っていった。




どうしようか。


ここでボッカス・ポーカスを唱えて変なものが出たらまあ、僕はまだいい、トンが死ぬ。不死身だから首を切られても全然僕はOK牧場だが、トンは死ぬ。


トンは何が起こったのか分かっているようで、黙りこくっていた、額から冷や汗が出まくりである。




「トン、どうしたんだ!!」




中から叫ぶ声が聞こえた。トンに何があったのか、うすうす理解しているようだ。もし彼らの来襲が分かっていれば、戦えただろう。


だが今は違う脅されているのだ、自分の身など案じている場合ではない。ここでトンが抵抗すれば僕が切られるだけで済むからなんとかなるかもしれないが、トンは抵抗しようとしない。


僕を一人の人間として見てしまっているのだろうか、今の僕なんか命の天秤にかけたら片方が地にめり込むぐらいの重さだろうに。




そんなこと考えていると、突然、後ろから衝撃が来た。




「ぐおおっ!?」




後ろにいた赤い服の男たちが、前に倒れた。




「トン、助けにきたぞっ!!」




振り返ると、灰色の服を着た、顔が若干トンに似た、髭を生やしたおじさまが立っていた。




「父さん!!」




どうやら彼はトンの父親みたいだ。父親が来て笑顔のトンを見て安心したのも束の間、ぶっ飛ばされた男2人が剣を構えて、こちらに切りかかった。




「敵がくるぞ、構えろトン!!」




トンは回れ右をして、男の斬撃をかわし、蹴りを顔面にかます。


彼の蹴りは素早く、足が長いので美しい。見とれていると、横にいたトンの父親が僕のパンツに手を入れた。何してんだこいつと一瞬思ったが、何やら紙を入れているようだ。




「ここで出すなよ」




彼はこうささやくと、トンの後ろからきりかかろうとしたもう一人の男の腕をねじり上げ、剣を奪い、首を切った。


トンと戦っている方の奴も、トンの格闘技でヘロヘロにされ、トンの父親に剣を首に押し当てられる。




騒ぎを聞いて、家の中に入った黒い服の男が戻ってきた。


剣を首に押し当てられた部下の姿を見て、憤慨する。




「貴様..........」




「18年ぶりだな、ヴォング......まだお前は私を追い回すのを諦めていなかったのか?」




「ああ、諦められる訳がないだろう。それが俺たちのボスの意向だ」




ヴォングはじりじりと距離を詰めてくる。脅しが全く効いていないようだ。




「さぁ地図はどこだ!?とっとと渡せっ!!」




「そんなものはもう燃やした!!」




僕はそれを聴いて、パンツの中に入れられた紙を思い浮かべた。まさか.......




「なにぃ........!!」




ヴォングは止まって構え始めた、今にも飛びかかって来そうだ。


それを見て、トンの父親は人質にしていたヴォングの部下の首を切った。




それが、戦いの火蓋代わりになった。




ヴォングに対してトンの父親は切りかかったが、奴はそれを軽くいなし、逆に蹴りを浴びせた。




「父さん!!」




それからトンが後ろから蹴りを放ったが、奴は体をそらしてかわし、トンの右足を右手で掴み、顔面に蹴った。




「ぐおあっ!!」




トンはその場に倒れ込んだ。奴はトンを鼻で笑った後、僕に目を合わせて来た。やべぇ、このままじゃ全員やられる。


このヴォングという男はこんなにも強いのか、ていうかさっき”ボス”とか言ってたな、こいつにも上司がいるのか、こいつ以上となればどれほどの強さを持つのか、ますます怖くなってくる。


今考えてみると、所詮こいつは転生者の100分の1にも満たない強さだろうに、目の前で戦い方をみるとなんか恐ろしく見えてしまう。実は、今まで僕は転生者の強さをさんざんこの文章で紹介してきたが、実際に転生者を見たことはない。どの話もギルドで冒険者が話してたのを小耳に挟んでいただけだ。


百回ぐらい聞いた転生者の武勇伝も一回見た実力者の戦闘の恐ろしさは叶わない。百聞は一見に如かずとはこのことである。




そんなことはどうでもよくて、僕はその時奴の目を見て、逃げようか逃げまいかを考えていた。我ながら不死身なのに情けない。


すると、奴の後ろからトンの父親が再び切りかかる。奴は後ろからの攻撃でも普通に交わして、追撃は飛び込みで交わした。すごい動きだ、あのジジイを思い出す。


僕はトンに肩を貸して、トンを起き上がらせた。




「大丈夫ですか」




「ええ......まぁ」




蹴られた場所は赤く腫れあがっている。常人なら痛々しさを感じるレベルだが、僕はもう慣れっこだ。


トンの父親が、トンのそばによって、耳元で囁いた。




「トン.......よく聞いてくれ、お前........お前はあいつと一緒に逃げてくれ.....」




虚ろな目をしていたトンが、はっとした。




「そんな!!、どうしてそんなこと言うんです!!......僕と、僕と父さんとサカグチさんで力を合わせて....」




とりあえず僕はヴォングの前に行った、足止めをするためにだ。




「それで勝てそうだったらいいんだが.....はっきり言って無理そうだ。」




僕は腹を三回殴られて、顔面を同じく三回蹴られて親子の元にぶっ飛ばされた。




「父さん.....僕にはできない、できないよ......見捨てていくなんて、そんなの最低だ、最悪だ......」




「トン、お前には、お前には..お前には生きて欲しいんだっ!!...お前を産んで死んだ母さんの分まで精一杯生きて欲しいんだっ!!!!!!さっさといけぇ!!」




このままやられっぱなしの負け犬止まりなのもアレなので、ボッカス・ポーカスを唱える事にした。




「ボ.....ボッカス・ポーカス.......」




魔法陣から出てきたのは、デマンター製の最高級の両手剣と、子供が砂場で遊ぶ時に使うおもちゃのスコップだった。


魔法陣の位置は僕たちと、ヴォングの中間。やべぇ、これでヴォングがデマンターソードを拾ったら手が付けられなくなる。




トンの父親はこの結果を見ていたのか、トンを突き飛ばしてすぐさま拾いに行った。トンは父親の背中をしっかりと見つめていた。対して、彼の父親はこちらに振り向くことは無かった。


ヴォングも魔法陣の位置目掛けて走る。




「ふんっ!!」




トンの父親が、ヴォング目掛けて持っていた剣を投げる。ヴォングはそれをジャンプで交わし、両手剣を拾おうとしたトンの父親に対して飛び蹴りをかました。吹っ飛んだトンの父親は、木の幹に体を思いっきり打ち付けられた。


その様子見たトンは、助けに行こうと一歩足を踏み出す。僕は彼の肩を掴んで止めた。


怒りで顔を真っ赤にさせ、涙を流したトンの顔と目が合う、僕は何も言わず首を振った、それはあなたの父が望んでいる行動ではない。僕はそう表情で訴えた。




そしてトンは........体を震わせ、拳を思いっきり握りしめたトンは......父親がいる方向とは真逆の方向に歩みを進めた。




「逃げる」........父親からも言われた、最善で最高、いやトンからすれば最低で最悪の行動を取ったのだ。


トンは走った、木にぶつかりながら、石につまずいて転びながら、父親がいた方に何度も振り返りながら。




僕はそれに続いた。

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