第5話 もう帰りたいんだが
朝、僕は自分の家の床の上で目覚めた。
ベットから転げ落ちたわけではない、この家、というかこの廃墟には何もないのだ。
寝心地は悪いが目覚めはよい、天井に穴が空いているお陰で、日光が直接顔に当たるからね、雨の日はもうあれだが。
とにかく、今日はいよいよ冒険に出発する日だ。
複数人で行くのは久しぶりだ、最後に行ったのはもう何年前だったか...思い出せない。
僕は必要な持ち物を持って...地図と杖(ただの木の棒)だけだが。
家から出た。
出発時刻の9時にはまだまだ早いが、家には時計が無いし、やる事も無いので、集合場所の「女の子の家」にさっさと行くことにした。
女の子は今どっかで保護されているからもう家には誰もいない。
なぜここを集合場所に選んだのかいうと、ここで少し、確認したい事があったからだ。
女の子の家について、僕はその事件の悲惨さを改めて確認した。
家のドアはバラバラになっていて、中には入らなかったから詳しくは分からないが、家具とかがめちゃくちゃになっているのが入り口からみて取れる。
僕は不死身なので恐れはしないが、厳しくなることは覚悟した。
地図とかを見てルートを確認していると、トンがやってきた。
「おはようございますー」
僕に深々とお辞儀した。
相変わらず白い道着を来ていて、防具とかは身につけていないようだった。
背には食料とかが入った風呂敷が肩にかかっている。
「おはよう」
僕はあいさつし返した。
「いや~カイさん早いですね!僕が一番乗りになるかなって思ってたんですけど......」
まあ僕は準備らしい準備もしてないし、暇だったからね。
「まあ何も準備とかしなかったんで....トンさんは体調の方とか大丈夫ですか?」
「全然大丈夫です!」
清々しいほど好青年だ、もう眩しいぐらいに。
トンは僕との挨拶を済ませたあと、悲惨な状態になっている家をじっと見ていた。
その背中には哀愁を感じた。
次にきたのはヘンテコジジイことビリーだ。
「おお~い、来たぞぉ~い」
ビリーにはトンのような素晴らしい応対を見習って欲しいものだ。
「おはようございます.......」
僕は冷たい眼差しでジジイを見た。
服装は相変わらずクタクタになっているネズミ色の服で、手には.....転生者の人たちになら分かると思うが、液体が入った「化粧瓶」みたいなものを持っている。
それ以外は何も持って来なかったようだ。
まあ、ジジイとトンには持ち物については特に指示してないから別にかわまない。
「は、初めましてっ!ぼ、僕はトンといいます...」
緊張しているのかトンはぎこちないあいさつをした。
別に恐縮するような相手ではないと思うのだが。
「おお~おぬしがトンかぁ~、よろしくよろしく」
そういいながらジジイはトンの手を掴んで、荒々しい握手をしていた。
「カイから聞いたおぬしは武術家と聞いたんじゃが.....どんな武術を使うんじゃ?」
「ぼっ....私は、カラテと...ちょっとだけ柔道が使えますっ!」
緊張しすぎて一人称まで変わってしまっている。
トンに仲間がいなかったのは、真面目すぎる所が原因なのだろうか?
ここまで丁寧な人は今まで出会った事がない
体感時間で3時間ぐらいたった後、ようやく、最後のメンバーが来た
「はぁ.....はぁ.....」
大きな風呂敷を抱えて、ようやくワンがやってきた。
時計がないから時間は分からないが、遅れて来たことは確かだと思う。
「全くいつまで待たせるんじゃぁ~」
と、ジジイが言っていたが...今思えばしょうがない気がする。
だって食料とかの必需品の運搬をワンに全て任せてしまったのだから。
「す、すいません......」
ワンは汗を大量にかいていた、これから山を登るというのにこれはやばい。
フラフラ歩きながら僕たちの前に倒れ込むようにしてたどり着いた。
「はぁ......はぁ.....す、すいません....遅れてしまって...」
「大丈夫ですか?僕が荷物持ちますよ」
トンはワンから荷物持ちを引き受けた。
最初からこの二人に分担すればよかったと僕は後悔している。
「全く...情けないのぅ...」
ジジイはまだブツブツ文句を言っている、ネチネチしつこい奴だなぁ。
するとジジイは「化粧瓶」のような物の蓋をあけ、先っぽの部分をチョンと指に付けた。
何をするのかと見ていたら、次はなんとその指を鼻に付け、すぅ、と吸い込んだ。
吸い込んだあと、イライラして突っ張っていた顔が、ふぅー、と息をつくことによって緩んでいった。
このジジイ、酒癖が悪いやつかと思っていたら、”そっち ”だったのか、余計に今後が心配になってきた。
少し休憩した後、荷物は「やっぱり自分が持ってきたんだから自分が持たなきゃ...」とワンが言って。
荷物は二人で分担する事になった。
「それじゃあ、皆さん....行きましょう」
僕はパーティーに号令をかけて、家の裏から森の中に歩みを進めた。
進んで30分ぐらいたった後、森の中。
まだ、平坦な道で山には差し掛かっていないようだ。
ワンはさっきの疲れが完全に取れてないのかひぃひぃ言っている。
ジジイは以外にも余裕そうだ、長い間冒険者をやっているというのはあながち嘘ではなさそうだ。
トンは背筋を真っ直ぐ伸ばしながら、目線は真っ直ぐ前を見て歩いている。
僕は地図を何度も確認しながら歩いた。
そんなこんなで、山の入り口にさしかかった。
入り口付近は森のように木はあまり生えてなくて、開けていた。
「皆さん、これから山に入りますが、体力の方は大丈夫ですか?」
僕は一応メンバーのみんなに確認をとった。
「僕は...大丈夫です」
トンははっきり答えた。
「わしもまだまだ大丈夫じゃ、若いもんには負けてられん」
続けてジジイが答えた、一言余計だ。
「き...きついです...休憩させてください.....」
案の定、ワンが休憩を求めた。
時は一刻を争うのだが、そんな汗だらだらの顔で言われちゃ仕方がない。
「なにぃ?休憩じゃとぉ!?馬鹿ッ、時間がないんじゃぞ!!これから救う淑女に大事があったらどうするんじゃ!!」
「足が動かないんですよぉ~」
ジジイの意見は正論だが、無理に歩かせてぶっ倒れるのも困る。
ワンは本当にクエストを受けたことがあるのか疑うほどの体力の無さだ。
「落ち着いてくださいビリーさん」
トンが止めに入る。
あいつは本当にでいい奴だ、こんなアホどもの世話役には勿体ない。
こんな感じで言い争っていると...山の斜面から人が10人ぐらい降りてきた。
降りて来て早々、僕たちの前に立ち塞がってこう言った。
「オイ貴様らぁ!ここを通りたきゃ...持ち物全部置いていけぇ!!」
まずい、山賊だ。
ただでさえ時間がヤバいのにこんな所で足止めをくらってしまうとは残念。
とか言ってる場合じゃねぇ早くかたずけなきゃ。
僕が啞然としていると、トンが山賊に言った。
「お前たつのような山賊に渡す物は何もにゃいっ!」
噛んだ。
緊張しすぎているのか焦っているのか、おそらく今トンの胸に手を当てたら心臓の動きがよく感じられるだろう。
「お前ら....邪魔じゃ、今わしらは急いでるからとっとと道を開けんかぁ」
ジジイは全然動じていないようだ。
「.......」
ワンは言うまでもなく震えながら僕の後ろに隠れている。
こいつは絶対に冒険に行ったことが無い、これでもう確信した。
「何を生意気な...みんな囲めえっ!!」
山賊のリーダーがそう指示すると、山賊どもは一斉に剣を抜いて、僕たちの周りを取り囲んだ。
くそぉ...やっぱり戦わないといけないのか....。
トンはすぅ....とカラテの構えをとった、どんな構えなのか僕にはよくわからん。
ジジイはけだるそうにして、ため息までついた。
ムカつくが、頼りがいがある。
ワンは....何故か荷物の中から傘を取り出して構えた。
何で傘なんかを持って来たのか意味不明だし、武器にした意味もわからない。
「かかれっ!!」
号令と共に、山賊どもがそれぞれの相手に飛び出した。
トンはそれをひらりとかわし、鋭い蹴りを思いっきり山賊の顔面に放っている。
ジジイは剣の突きをかわした後、相手の腕を掴んでねじり上げ、剣を奪い、それを思いっきり山賊の太ももに突き刺した。
その隙に後ろから切りかかった山賊を....ここからはちょっと見なかったからわからない。
山賊に切られそうになったからね。
一方僕とワンは山賊の攻撃をよけるのに必死だった。
二人ともトンやジジイのような格闘センスは持ち合わせていない。
ワンは剣の斬撃を傘で受けたが、傘が真っ二つに割れてしまった。
絶対絶命のピンチだ(ワンが)。
僕たち二人は山の中に逃げた、それを山賊が二、三人追いかける。
逃げながらワンは僕に話した。
「カ、カイさんどうしましょう.....このままじゃいずれ追いつかれますぅ!!」
うーん...このヘタレめ....。
仕方ない、もっと後に披露したかったのだが。
「離れていてください」
僕はそうワンに告げて、走るのを止めて、山賊の前に立った。
切られる前に、僕は魔法を唱えた。
「見ろ、これが僕の力っ!!”ポッカス・ボーガス! ”」
山の斜面に魔法陣が展開された。
突然展開された魔法陣に、山賊どもはビビッて後ずさる。
「い,...いったい何が起こるんだ....」
ワンはこっちをじっと見ている。
ここは仲間の前で初披露という事で、すごいことがおきたらいいな、とか考えていた。
ここでカッコよく山賊を倒したら、「流石です!」とかトン辺りが言ってくれるんだろうな、とか思ってた。
_____甘かった_____
魔法陣から出てきたのは、液体だった。
その液体は器に入っていたのだが、山の斜面で器が傾いてこぼれ、山の地面に吸収されていく。
その液体の中には...切られた野菜が入っていた。
となるとこれは「野菜のスープ」という事なのだろか......。
目の前の光景は信じがたいものだっただろう、ワンにも、山賊にも。
あっけに取られた山賊に、トンが後ろから蹴りを放っていた。
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