勇者

伝説の剣に選ばれたあの日から、私は勇者と呼ばれるようになった。

勇者は魔王を退治せねばならない。

私は、単身で魔界へと乗り込み、襲い来る魔物を次々と倒しながら、進み続けた。

長い長い旅を経て、たった今、私は魔王の住む城まで辿り着いた。

暗闇の中、雷鳴が轟き、辺り一帯は邪悪な気に支配されている。

いよいよ今日が最終決戦だ。

右手に持つ伝説の剣を強く握りしめ、深呼吸をした後、魔王の城へと乗り込んだ。

城の中には多くの魔物がいた。

魔物たちは皆襲い掛かってきたので、私は伝説の剣で返り討ちにした。

上へ上へと登って行くと、最上階には魔王が待ち構えていた。


「私は勇者。魔王、お前を倒しに来た」


私がそう言うと、ここで予想外の出来事が起こった。

魔王は、私の言葉に対して返事をしたのだが、それは魔界の言葉だったのである。

もちろん私は人間界の言葉しか分からないため、魔王が何と言っているのか理解できなかった。

魔王の慌てた様子を見ると、恐らく向こうも私が何と言ったのか理解できていないのだろう。

魔王と会話ができない、意思疎通ができないとは困ったことになった。

そうなると、お互い全く会話をせずに、いきなり戦いを始めるというのも変ではないか。

私と魔王はずっと何もできず、こう着状態のまま、時間だけが過ぎていく。


「魔王よ、こちらから攻撃するぞ」


魔王は何か言っている。

しかし、やはりその意味は理解できなかった。


「攻撃するからな」


私は、ついに攻撃を仕掛けた。

そして、これを機に、魔王との戦いが始まった。


「うおおおお!!」


激しい戦いが繰り広げられる。

そんな中、私はふと考える。

魔王とは何者なのだろうか。

魔物を引き連れ、人間を襲うという噂は聞いたことがあるが、実際にその現場を目撃したことはない。

魔物に会ったという人間にも会ったことがない。

魔王は人間に対して過去にどれほどの損害を与えてきたのだろう。

また、逆に、私は魔物たちにとって何者なのだろう。

魔界の外からやってきた私は、彼らにとって敵。

敵がいたなら、排除しようとするのは当たり前なのではないだろうか。

私は、そんな彼らをなぎ倒してきてしまったわけか。

実は、私こそが悪なのかもしれない。

ああ、せめて魔界の言葉が理解できていればよかったのになあ。


「うらああああ!!」


しかし、止まることはできない。

戦うしかない。

なぜなら、私は勇者なのだから。

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